天才軍師の条件は小心者であること。 孔明・仲達・大村益次郎

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最近、久しぶりに横山光輝著、マンガ『三国志』の
52巻「街亭の戦い」~55巻「祁山夏の陣」あたりをなんとなく読み返してみました。

ちょうど天才軍師と呼ばれた
蜀の諸葛亮孔明と、魏の司馬懿仲達、
この二人の天才が火花を散らす場面です。

読んでいて感じたことは、
この二人に共通しているのが、「とても慎重であった」ということです。

この二人は、自軍の将からもたびたび、
「慎重すぎる」とか、「小心者」「心配しすぎ」「用心深い」「臆病者」と
揶揄されるほど大変に慎重な人だったようです。

しかし、彼らは、小心者といわれるほど非常に慎重であったからこそ、
天才軍師とよばれるほどの戦果をあげることができたのだということを改めて感じました。

そんなことを考えているときに、
ふと、司馬遼太郎の『華神』という小説の一節にも
これと似たような話があったことを思い出しました。

この本は幕末に、討幕軍の総司令官として戦い、
日本の近代兵制の創始者となった、大村益次郎という人物の物語です。

そしてその一節というのは、
ある人が大村益次郎のことを、「あいつは小心者だ」と言ったのに対して、
かの西郷隆盛が、
「小心者であるからこそ戦に勝てるのだ。その点、大村先生は流石だ」
といった意味のことを言う部分です。

どうやら、大局的に物事を動かしていく役目を担う人には
このように小心者といわれるほど「非常に慎重」であるということが必須のようです。

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