些細なことをつまらないことに終わらせない

些細なことをつまらないことに終わらせない

Andrew Carnegie
アンドリュー・カーネギー

私たちは知性を神格化しないよう十分注意しなくてはなりません。

私たちは知性を神格化しないよう十分注意しなくてはなりません。
知性は強力な筋肉を持っていますが、人格は持っていません。

Albert Einstein
アルバート・アインシュタイン

100円のチップに入る「知識」を学習することに意味などない

学校は「知識」を教えることには熱心だ。しかし義務教育で学ぶ知識なんて、今や100円で買えるチップにすべて入ってしまうのだ。その程度のものに拘泥して何の意味があろう。 

本当に大切なのは、必要な時に必要な知識を速やかに探してこれる能力、そしてその知識を元に論理的に考えることのできる能力であるはずだ。

大前 研一/経営コンサルタント

日経BP社 SAFTY JAPAN
大前 研一氏 コラム
「産業突然死」の時代の人生論
第20回:サイバーの巧みな利用は南北問題をも解決する
1. 100円のチップに入る「知識」を学習することに意味などない

「学習の仕方を学んだ人のみが、真の教育を受けた人である」

「学習の仕方を学んだ人のみが、真の教育を受けた人である」

Carl Rogers
カール・ロジャース

心理学者 

「独学のすすめ」 リンク集

「独学のすすめ」の主旨

人間の知識の歴史のうえでは、「独学」こそが唯一の学問の方法であったのではないか。(…)人間が、なにかを学ぼうとするとき、たよりになるのはじぶんじしん以外にはなにもないのがふつうなので、「独学」以外に学問の正道はなかった。

 
この文章は、加藤秀俊さんの著書『独学のすすめ』の一節です。

「独学のすすめ」の主旨は、この一節に要約されています。

 
たしかに、学校に通って講義を聞くことは学習の基本といえるでしょう。

しかし、なによりも大切なことは、自主的に学ぼうとする気持ちだと思います。

その気持ちさえあれば、たとえ金銭的・時間的な事情で

学校で学ぶことができなかったとしても、独学で立派にやっていけます。

 
とくに現在では、少額、あるいは無料でも、多くの便利な道具が使えるようになってきました。

そのため、昔に比べて独学することがはるかに容易になっています。

この「独学のすすめ」では、そうした独学によるさまざまな学習法について述べていきたいと思います。

 
かく言う私も、生涯学び続ける学習者の一人に過ぎません。

しかし、そんな私でもきっと誰かの力になれることがあると信じています。

私が知っていることや考えたことなどが、少しでも皆さんのお役に立てれば幸いです。

生産者と消費者

 (Photo by Kelvin Kay at Wikimedia Commons)
Photo by Kkmd on Wikimedia Commons

最近ふと思った。

大人になるってことが、年を重ねるってことが、
消費しかしなくなるってことと同義になっていってるんじゃないか、って。

映画とか、演劇とか、音楽とか、料理とか、本とか、絵とか、
観賞したり、聞いたり、味わったり、読んだり、鑑賞したり、
よいものを消費するのはとっても楽しい。

でも、本当はクリエイターである、つくる側が一番楽しいんじゃないかって。

手からこぼれ落ちる砂みたいに、
やった先からどこに行ってしまったのか分からなくなって、
誰からも忘れ去られてしまうような日々の作業じゃなくて、

カタチに残せること、
たしかにそこにあって、自分がつくったんだって胸を張って言えるもの。

よいものをつくるのはきっと大変だろうと思う。

徹夜したり、煮詰まったり、期日に間に合わなかったり、意見がぶつかったり、
身も心もボロボロで、
自分はなんでこんな苦しいことやってんだろ、ってなときもあるだろう。

でも、なによりも、

誰かに言われたからじゃない、
その過程自体が楽しいから、
自分の心が求めることをカタチにしていくことができるから、
持てる力のすべてをかけてそれに没頭できるから、
そして、その努力が時として自分自身が予想していた以上のものを見せてくれるから、

やっぱり一番楽しいのは生産者じゃないかな。

生産者は本当は心のなかで思ってるんじゃないだろうか。

あーあ、消費者ってかわいそうだよなー、こっち側はこんなに楽しいのに、って。
ほんとうの「楽しい」はこっち側にしかないのに、って。

そんなこんなで、
自分も生産者でいたいなぁ、なんて思っとります。

ほんとは、みんな心のどっかで
何やらつくってみたくてうずうずしてるんじゃないかなぁ。

2007年1月14日2:36
倉田幸暢

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