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HTML5と「ゲーム性」がすべてを変える: ブラウザゲームに学ぶ「インタラクティブ性」と「エンターテイメント性」

 

遊びをせんとや生(うま)れけむ

戲(たはぶ)れせんとや生(むま)れけん

遊ぶ子供の声聞きけば

我が身さへこそ動(ゆる)がるれ

――― 「四句神歌」、『梁塵秘抄』 (*1) (*2)

「遊ぶものは神である。
 
 神のみが、遊ぶことができた。
 
 遊は絶対の自由と、
 ゆたかな創造の世界である。
 
 それは神の世界に外ならない。
 
 この神の世界にかかわるとき、
 人もともに遊ぶことができた。」

――― 白川静、『文字逍遥』 (*3)

「石油は人間の頭のなかで見つかる」

――― ダニエル・ヤーギン、『探求』 (*4)

 

ここでは、下の動画のような、HTML5をつかったブラウザゲームをいくつか紹介しながら、「遊び」、「学び」、「集客・販売」の未来についてお話していきます。

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  1. (「遊びをせんとや生(うま)れけむ
      戲(たはぶ)れせんとや生(むま)れけん
      遊ぶ子供の声聞きけば
      我が身さへこそゆるがるれ」
    、編集:西郷信綱、『梁塵秘抄』、ちくま学芸文庫、筑摩書房、2004年、19ページ) [↩ Back]
  2. (「遊びをせんとや生(うま)れけむ、戲(たはぶ)れせんとや生(むま)れけん、遊ぶ子供の聲(こえ)きけば、我が身さへこそ動(ゆる)がるれ。」、校訂:佐佐木信綱、三五九(359)、「雜八十六首」(雑八十六首)、「四句神哥 百七十首」(四句神歌)(しくかみうた)、「梁塵祕抄 卷第二」(梁塵秘抄 巻第二)、『新訂 梁塵秘抄』、岩波文庫 黄 22-1、岩波書店、1941年、66ページ) [↩ Back]
  3. (白川静、「遊字論」、『文字逍遥』、平凡社ライブラリー、平凡社、1994年、10ページ) [↩ Back]
  4. (ダニエル・ヤーギン(Daniel Yergin)、(訳 伏見威蕃)、「結論−"偉大な革命"」、『探求――エネルギーの世紀(下)』、2012年、433ページ) [↩ Back]

英語を身に着けるべき理由 - 這い寄る混沌 -

インターネットをどう使いこなすかがビジネスマンにとって死活的な意味を持つようになった今、「英語は苦手」と敬遠するのは、ほとんど自殺行為である。

―――大前研一

死は逃げる者を追う。

―――

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Creative Commons License photo credit: vanz

不幸にも誰もが持っているようなスキルしかない「普通の人」にとって、新しい世界のもたらす現実は、首を切るか切られるかの競争だ。こうした人々が提供するのは、誰にでも提供しうるサービスである。グローバル市場では、彼らの競争相手は世界に何百万人、ひょっとすると何十億人もいて、企業は格安の労働者を雇い入れることができる。この現象に被害を被っている人はどんどん増えている。
(中略)
今やブルーカラーだけでなく、大学の卒業証書を持っている人にまで被害を及ぼしている。

(ヨーナス・リッデルストラレ、シェル・A・ノードストレム(訳 中山ゆーじん)「才能は人質を取る」(第6章 才能による支配)、『成功ルールが変わる!―「カラオケ資本主義」を越えて』、p.93)

本物の才能を持っていない建築家、エンジニア、経理部員その他、あらゆる知的労働者は、もはや安全ではない。著者のアドバイスは実にシンプルなものだ。労働の食物連鎖でより強いものに変わるか、逃げるかのどちらかだ。

(ヨーナス・リッデルストラレ、シェル・A・ノードストレム(訳 中山ゆーじん)「才能は人質を取る」(第6章 才能による支配)、『成功ルールが変わる!―「カラオケ資本主義」を越えて』、p.94)

自分にとって最も分かりやすい教科書

自分にとって最も分かりやすい教科書やテキストというのもは
市販の既成品のなかには存在しません。

自分にとって最も分かりやすい教科書やテキストは
自分で書き込みを行ったり
アンダーラインやマーカーを使って

ある意味、自分で育てていくものです。

ですので、ある程度質のいい教科書を選ぶ必要はありますが
市販の教科書に完璧を求めることはあまり意味のないことだとおもいます。

自分にとって最も理解しやすい教科書が欲しいのであれば
買う前にあれやこれやと悩むのではなく
他人の書評などを参考にして、過不足ないと判断した時点で
早めに買ってしまって、
一刻も早くその教科書を自分流にアレンジしていくことが必要だとおもいます。

書き込みがまったくなく、きれいなままの教科書なんて、何の価値もありません。

むしろ、書き込みが多く、
他人から見れば汚いと思われるほどに使い込んだ教科書にこそ
真の価値があります。

自分自身の教科書であって、他人の教科書ではないのですから
他人から見た評価なんてなんの意味もありません。無意味です。

とにかく、学習の過程で気付いたことや考えたこと、疑問に思ったことは
どんどん書き込んでいくべきだとおもいます。

自分から自発的に考えたことに関する事項は
記憶に定着しやすいです。

逆に、自分にとって最も理解しやすい教科書が欲しいのであれば
「自分自身が教科書を作っていく」という意識と努力が必要になるのです。

他人の頭を通して理解していたものを
自分の頭を通して理解できるように努力するです。

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