「酒呑童子の中世説話について考えることをとおして、見せかけのおおいをとりはらった人間の姿を知る」の記事一覧

『石山寺縁起絵巻』の詞書と絵図

By Yukinobu Kurata (倉田幸暢)

『石山寺縁起. [1]』写_国会デジタルコレクション_ndljp_pid_2589669_PDF_コマ番号003~009_第1詞書_002
石山寺縁起絵巻いしやまでらえんぎえまき』〔模写〕〔一部分〕
第1段詞書ことばがき

『石山寺縁起. [1]』写_国会デジタルコレクション_ndljp_pid_2589669_PDF_コマ番号010~014_第1絵図_003_002
石山寺縁起絵巻いしやまでらえんぎえまき』〔模写〕〔一部分〕
第1段絵図

 

都にも人やまつらん石山の峰に残れる秋のよのつき

―― 藤原長能『新古今和歌集』 (*1)

志賀の浦や遠ざかり行く浪まより氷りて出づる有明の月

―― 藤原家隆『新古今和歌集』 (*2) (*3)

寺社縁起は、むしろ文書資料以上に過去の社会と精神生活について多くの知見をはらんだ文献であろう。それは読み方に従い、一層豊かな世界を物語りうるものである。

―― 阿部泰郎「比良山系をめぐる宗教史的考察」 (*4)

 

『石山寺縁起. [1]』写_国会デジタルコレクション_ndljp_pid_2589669_PDF_コマ番号010~014_第1段絵図_002_一部切り出し_001
比良明神ひらみょうじん(岩に座して釣り糸を垂れる老翁)と、良弁ろうべん僧正
石山寺縁起絵巻いしやまでらえんぎえまき』〔模写〕〔一部分〕
第1段絵図

ここでは、『石山寺縁起絵巻いしやまでらえんぎえまき』の詞書ことばがきと絵図を紹介します。

石山寺縁起絵巻いしやまでらえんぎえまき』には、香取本かとりぼん『大江山絵詞』おおえやまえことばの絵巻のなかに描かれている、酒天童子(酒呑童子)の原型のひとつとなったとおもわれる、比良明神ひらみょうじんという神が登場します。

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脚注
  1. 出典:藤原長能『新古今和歌集』. [↩ Back]
  2. 出典:藤原家隆『新古今和歌集』. [↩ Back]
  3. 参考: 「しがのうら【滋賀浦・志賀浦】 滋賀県大津市の琵琶湖南西岸の地。⦅歌枕⦆ 「 -や遠ざかり行く浪まより氷りて出づる有明の月/新古今 冬」」, 「大辞林 第三版の解説」, 「滋賀浦・志賀浦(しがのうら)とは - コトバンク」より, 2019年12月30日閲覧. [↩ Back]
  4. 出典:阿部泰郎 (1980年) 「一節 比良明神: 東大寺縁起」, 「四章 比良山の神々」, 「一、比良山系をめぐる宗教史的考察: 寺社縁起を中心とする」, 「論文篇」, 元興寺文化財研究所(編集), 『比良山系における山岳宗教調査報告書』, 元興寺文化財研究所, 37ページ. [↩ Back]

酒呑童子の赤い鬼瓦(?): 比叡山延暦寺の根本中堂の屋根にある酒呑童子のような色をした赤い鬼瓦

By Yukinobu Kurata (倉田幸暢)


(この上の動画の 1:20~ 現在の根本中堂赤い鬼瓦の映像)

ぼくはいま、酒呑童子(酒天童子)の伝説について研究しているのですが、酒呑童子(酒天童子)の伝承を構成する重要な要素のいくつかは、比叡山延暦寺に代表される天台教団(天台宗の教団)がつくったといわれています。
くわしくは、こちらの記事をご覧ください。)

そうしたこともあってか、比叡山延暦寺には、酒呑童子(酒天童子)の伝説とのつながりをかんじるモノがいろいろあります。たとえば、伝説のなかで酒天童子が変化した楠の巨木をおもわせる、比叡山延暦寺の根本中堂の本尊である薬師如来像の御衣木(造仏のために使用される霊木)やその跡地、また、まるで酒呑童子(酒天童子)のような色をした赤い鬼瓦、などがあります。

今回は、そういったもののなかから、比叡山延暦寺の根本中堂の赤い鬼瓦について、お話してみたいとおもいます。

 

この下の絵図は、江戸時代後期に制作された「延暦寺根本中堂他造営絵図えんりゃくじこんぽんちゅうどうほかぞうえいえず」という絵図です。(※この下の絵図は、元の原画を模写したものです。)

「延暦寺根本中堂他造営絵図」〔模写〕(比叡山延暦寺の東塔地区にある伽藍を描いた絵図)
延暦寺根本中堂他造営絵図えんりゃくじこんぽんちゅうどうほかぞうえいえず」〔模写〕
(比叡山延暦寺の東塔地区にある伽藍を描いた絵図)

この下の絵図は、この上の「延暦寺根本中堂他造営絵図えんりゃくじこんぽんちゅうどうほかぞうえいえず」のなかの、根本中堂の部分を拡大したものです。すこしわかりにくいですが、この根本中堂の絵図の屋根の棟木(むなぎ)の左端(ひだりはし)のところには、赤い鬼瓦が描かれています。(※この下の絵図は、元の原画を模写したものです。)

「延暦寺根本中堂他造営絵図」〔模写〕〔一部分〕(根本中堂とその廻廊が描かれている部分)
延暦寺根本中堂他造営絵図えんりゃくじこんぽんちゅうどうほかぞうえいえず」〔模写〕〔一部分〕
(根本中堂とその廻廊が描かれている部分)

この下の絵図は、この上の「延暦寺根本中堂他造営絵図えんりゃくじこんぽんちゅうどうほかぞうえいえず」のなかの、根本中堂の屋根の棟木(むなぎ)の左端(ひだりはし)のところにある、赤い鬼瓦の部分を拡大したものです。(※この下の絵図は、元の原画を模写したものです。)

根本中堂の赤い鬼瓦(南側の鬼瓦(二本角の赤鬼))
根本中堂の赤い鬼瓦
(南側の鬼瓦(二本角の赤鬼))
延暦寺根本中堂他造営絵図えんりゃくじこんぽんちゅうどうほかぞうえいえず」〔模写〕〔一部分〕
(根本中堂の赤い鬼瓦が描かれている部分)

 

ちなみに、根本中堂の屋根の赤い鬼瓦は、北側の赤い鬼瓦と、南側の赤い鬼瓦の、2つの赤い鬼瓦があります。南側の鬼瓦は、二本角の赤鬼の顔をしています。北側の鬼瓦は、一本角の赤鬼の顔をしています。

 

この上で紹介した、「延暦寺根本中堂他造営絵図えんりゃくじこんぽんちゅうどうほかぞうえいえず」の絵図は、江戸時代後期に制作されたものですが、根本中堂の赤い鬼瓦は、現在の根本中堂にもあります

たとえば、この下のYouTube動画のなかの、「1:20~」のところに、現在の根本中堂の赤い鬼瓦が映っています。

根本中堂大改修(H28年9月) - YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=LZEV_8XyEb8&start=80

 

また、この下の、比叡山延暦寺の公式Twitterアカウントのツイートの動画には、根本中堂の改修工事のために、一時的に根本中堂の屋根からはずされている、根本中堂の赤い鬼瓦が映っています。

延暦寺【公式】さんのツイート
https://twitter.com/enryakuji_hiei/status/1127059661511782400

 

また、この下のYouTube動画のなかの、「9:50~10:00」のところには、光の加減で見えにくくなってはいますが、根本中堂の赤い鬼瓦が映っています。

伝教大師最澄と根本中堂 - YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=XG8eiZlpHlk&start=590

 

ちなみに、ここで紹介した「延暦寺根本中堂他造営絵図えんりゃくじこんぽんちゅうどうほかぞうえいえず」の内題ないだい(絵図のなかに書かれている題名)は、「比叡山ひえいざん 根本中堂こんぽんちゅうどう 廻廊かいろう 大講堂だいこうどう 文殊楼もんじゅろう 鐘楼堂しょうろうどう 食堂じきどう 法蔵ほうぞう 御造営絵図ごぞうえいえず」です (*1)

 内題ないだいに「比叡山根本中堂・廻廊かいろう大講堂だいこうどう文殊楼もんじゅろう鐘楼堂しょうろうどう食堂じきどう法蔵ほうぞう御造営絵図」とあり、根本中堂以下七棟の建物を細部まで緻密に彩色鮮やかに描く。中央に根本中堂、手前に文殊楼、背後に大講堂を描くが、この図にある大講堂と鐘楼堂は昭和三十一年(一九五六)の火災で焼失している。本図自体は、江戸時代後期の作になるが、その図様は「御造営絵図」という内題や一緒に描かれている建物、根本中堂の屋根が柿葺こけらぶきに描かれていることなどから、三代将軍徳川家光の命により寛永かんえい十一年(一六三四)に着工され同十九年に完成を見た時のものではないかと推定される。画面の大きさに比較して描かれる対象は少なく、この大きな絵図がどのような目的で制作されたか、興味がもたれる。

(「16 延暦寺根本中堂他造営絵図えんりゃくじこんぽんちゅうどうほかぞうえいえず」, 「作品解説」, 大津市歴史博物館(編集), 『古絵図が語る大津の歴史』) (*1)

 延暦寺については、織田信長の山門さんもん焼き討ちによる影響か、古い絵図は残されていないが、「比叡山三塔図」(15)は制作は江戸時代初期のものでありながら、描かれた景観は焼き討ち以前の状況であろうと考えられている。江戸時代中頃の絵図には、『近世の町と村』に展示している「山門三塔坂本惣絵図」(30)が、山上の三塔十六谷の様子を詳細に記す。また、根本中堂こんぽんちゅうどう以下の造営の状況を描いた「延暦寺根本中堂他造営絵図えんりゃくじこんぽんちゅうどうほかぞうえいえず」(16)があるが、大きな画面に対して描かれている内容があまりに少なく、どのように利用されたか興味がもたれる。

(「(三)社寺絵図の世界」, 「古絵図が語る大津の歴史」, 大津市歴史博物館(編集), 『古絵図が語る大津の歴史』) (*2)

 

以下の参考文献は、今回、紹介した、根本中堂の赤い鬼瓦が描かれている、江戸時代後期に制作された「延暦寺根本中堂他造営絵図えんりゃくじこんぽんちゅうどうほかぞうえいえず」の絵図が掲載されている参考文献です。

・参考文献: (2002年) 「2. 延暦寺根本中堂他造営絵図えんりゃくじこんぽんちゅうどうほかぞうえいえず(滋賀1)」, 『社寺境内図資料集成 2 (国立歴史民俗博物館資料調査報告書:情報資料研究部 12)』, 国立歴史民俗博物館; 〔口絵〕, 29ページ.

・参考文献: (1955年) 〔根本中堂廻廊〕, 『国宝延暦寺根本中堂及重要文化財根本中堂廻廊修理工事報告書』, 国宝延暦寺根本中堂修理事務所, 〔口絵〕.

・参考文献: (1955年) 「四十 延暦寺根本中堂附近古図」(縮尺二十分ノ一), 『重要文化財延暦寺大講堂修理工事報告書』, 国宝延暦寺根本中堂修理事務所, 〔口絵〕.

・参考文献: (2000年) 「16 延暦寺根本中堂他造営絵図えんりゃくじこんぽんちゅうどうほかぞうえいえず」, 「三、社寺絵図の世界」, 「図版」, 大津市歴史博物館(編集), 『古絵図が語る大津の歴史: 開館10周年記念・文化財保護法50年記念』, 大津市歴史博物館, 20ページ.

 

比叡山延暦寺の根本中堂の赤い鬼瓦(南側の鬼瓦(二本角の赤鬼)(イメージ図))
比叡山延暦寺の根本中堂の赤い鬼瓦
(南側の鬼瓦(二本角の赤鬼))
(イメージ図)

比叡山延暦寺の根本中堂の赤い鬼瓦(北側の鬼瓦(一本角の赤鬼))(イメージ図))
比叡山延暦寺の根本中堂の赤い鬼瓦
(北側の鬼瓦(一本角の赤鬼))
(イメージ図)

 

以下の参考文献は、根本中堂の図面などが掲載されていて、それらの図面のなかに根本中堂の鬼瓦が描かれている参考文献などです。

・参考文献: (1968年) 「滋賀県 延暦寺根本中堂側面圖 縮尺六拾分之壹」(「延暦寺根本中堂及び廻廊 竣工 側面図」), 『国宝・重要文化財(建造物)実測図集 10 (滋賀県 2)』, 文化財保護委員会, 442ページ〔図面番号:817〕.

 

 

「これ好奇のかけらなり、となむ語り伝へたるとや。」


脚注
  1. 出典: (2000年) 「16 延暦寺根本中堂他造営絵図えんりゃくじこんぽんちゅうどうほかぞうえいえず(写真展示) 一鋪」, 「作品解説」, 大津市歴史博物館(編集), 『古絵図が語る大津の歴史: 開館10周年記念・文化財保護法50年記念』, 大津市歴史博物館, 56ページ. [↩ Back][↩ Back]
  2. 出典: (2000年) 「(三)社寺絵図の世界」, 「古絵図が語る大津の歴史」, 大津市歴史博物館(編集), 『古絵図が語る大津の歴史: 開館10周年記念・文化財保護法50年記念』, 大津市歴史博物館, 53ページ. [↩ Back]

花祭り(奥三河・東栄町)についてのメモ

By Yukinobu Kurata (倉田幸暢)

「神に捧げる 神と舞う 奥三河の花祭」チラシ_表
「神に捧げる 神と舞う 奥三河の花祭」のチラシの表側

「東栄町観光ガイドブック」_01_表表紙
「東栄町観光ガイドブック」のパンフレットの表表紙

ここでは、花祭り(奥三河・東栄町)についての覚書としてメモした内容の一部をシェアさせていただきたいとおもいます。

 

ぼくは、まだ、奥三河の花祭りには、行ったことがありません。

去年は、奥三河の花祭りのチラシをいくつか手に入れる機会があり、「花祭りに行ってみたいなぁ」とおもっていたものの、結局、行けずじまいになってしまっていました(汗)。

先日、たまたま、知人の方からいただいたメッセージで、花祭りのことを思い出したのですが、それがなければ、あやうく、今年も見逃してしまうところでした(汗)。

東栄町の各地でおこなわれる花祭りのなかで、どの地区の花祭りに行こうかと、いろいろ悩んだのですが、今回は、お正月におこなわれる、東栄町の古戸(ふっと)の地区の花祭りに行こうとおもいます。

これで、年末年始の予定は、比叡山延暦寺で鬼追式を見て、奥三河の東栄町の古戸で花祭りの鬼の舞を見て、そのあと、能の「翁」を見る、という、伝統芸能づくしの新春・オニオニパニック・弾丸ツアーになりそうですが(笑)、すごくたのしみです!
(o≧ω≦)O

 

(参考)
榊鬼勢ぞろい(東栄フェスティバル) - YouTube

東栄フェスティバルで行われた、榊鬼勢ぞろいのダイジェスト版です。最初に各保存会による舞の披露があり、その後に勢ぞろいが行われます。なんと、花祭の歴史で初の試みとのことです。

(「榊鬼勢ぞろい(東栄フェスティバル) - YouTube」の説明文より) (*1)

 

(参考)
スライドショー:奥三河や東栄町の花祭りなどについてのチラシやパンフレット(2018年入手)

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脚注
  1. 2019年11月27日閲覧. [↩ Back]

首塚大明神(酒呑童子の首を埋めた首塚)

By Yukinobu Kurata (倉田幸暢)

IMG_20190415_100308
首塚大明神の例祭(2019年4月15日) (*1)

 

首塚大明神の社(やしろ)の上に掲げられている扁額に書かれている和歌 (*2)

いにしえは
鬼のかしらと
いひけれど
いまは佛に
勝る首塚
  ―― 首塚大明神の扁額の和歌
           (*3) (*4) (*5)

 

 

このブログ記事は、まだ書きかけの状態ですが、「すずろ作法すずりんぐ」というかんがえかたにもとづいて、ある程度できたところで公開して、そのあとで、随時、内容を追加・修正する方法をとっています。更新通知をうけとるには、メールマガジンに登録していただいたり、ソーシャルメディアでフォローしていただければとおもいます。

 

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脚注
  1. この写真は、2019年4月に筆者が撮影した写真です。 [↩ Back]
  2. この写真は、2017年3月に筆者が撮影した写真です。 [↩ Back]
  3. 「いにしえは 鬼のかしらと いひけれど いまは佛に 勝る首塚」。この和歌は、首塚大明神のお社(おやしろ)の上に掲げられている扁額に書かれている和歌です(筆者が2017年3月1日に現地にて確認しました)。[↩ Back]
  4. この和歌の文章(釈文)のなかの「ひらがなの文字」のなかには、実際には変体仮名へんたいがなの文字として書かれている文字があります。それらの変体仮名へんたいがなについては、つぎのとおりです。「鬼のかしらと」の「と」の文字は、変体仮名へんたいがなの「登」。「いひけれど」の「い」の文字は、変体仮名へんたいがなの「以」。「いまは佛に」の「に」の文字は、変体仮名へんたいがなの「尓」。[↩ Back]
  5. この和歌のおおまかな意味は、だいたいつぎのような意味なのではないかとおもいます。「昔は人々に害悪をなした鬼の首(酒呑童子の首)ではあるが、今ではその鬼の首の霊験によって、仏よりも人々の役に立っている首塚である」[↩ Back]

PV映像の制作作業の舞台裏: 「鬼シンポジウム in ふくちやま2019」非公式PV

By Yukinobu Kurata (倉田幸暢)


PV映像(非公式): 「鬼シンポジウム in ふくちやま2019」のイベントの紹介用の動画
(この映像は、ぼくが個人的につくった映像なので非公式なものです。)
このPV映像で紹介しているイベントの情報はこちら

ここでは、この上にある「鬼シンポジウム in ふくちやま2019」のPV映像のなかで使用している、写真や動画や絵巻物の絵図などの出典や、古典などから引用した文章や、その引用文の出典の情報など、この映像の制作作業の舞台裏の情報を紹介します。

このPVは、北広島町の旭神楽団さんによる広島神楽の公演の映像以外にも、いろいろな文化財の絵図や、いろいろな文献の引用文などをちりばめてつくりました。ですので、もし可能なら、大きめの画面で見ていただけると、いろいろな発見があっておもしろいのではないかとおもいます。

このPVの映像は、2019年11月9日に、大江山鬼伝説の地・京都府福知山市大江町にて開催された、「鬼シンポジウム in ふくちやま2019」のイベントについて知ってもらいたくてつくった映像です。 (この映像は、ぼくが個人的につくった映像なので非公式なものです。)

(もうひとつの理由としては、北広島町の旭神楽団さんの広島神楽の公演が、めちゃくちゃかっこよくて、興奮のあまり、つくってしまった、という理由もあります(笑)。この動画は、ほとんど、旭神楽団さんの囃子のかっこよさに支えられていると言っても過言ではありません。)

このイベントは、世界鬼学会の設立25周年記念イベントとして開催されたものです。世界鬼学会(鬼学会)というのは、鬼好きな人たちや鬼に興味がある人たちが集まっている、すてきコミュニティーです☆

「鬼シンポジウム in ふくちやま2019」のイベントの紹介記事はこちら

 

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麒麟無極と邪見極大の謎: 香取本『大江山絵詞』に記された酒天童子(酒呑童子)の側近たち

By Yukinobu Kurata (倉田幸暢)

The Lady and the unicorn Desire
尊像(貴人)と一角獣と獅子
我が唯一つの望みに」(À mon seul désir)〔一部分〕 (*1)
(「貴婦人と一角獣」(La Dame à la licorne)の6つの連作のタペストリーのうちの最後のひとつ)

IMG_20190416_135306
尊像(貴神)と一角獣と獅子
赤山禅院せきざんぜんいん本殿の狛犬(麒麟(?))と獅子 (*2)
(比叡山延暦寺 「皇城表鬼門」 赤山禅院せきざんぜんいん

日本橋
東京日本橋の麒麟像 (*3)

Tokyo HDR - 250
東京日本橋の獅子像 (*4)

 

順々に説明したカーディアスは、六枚目に視線を移したところでかすかに目を細くした。「そして最後、『天幕』と名づけられた一枚。これがなにを象徴しているのかは、いまだに結論が出ていません。それまで身に付けていた首飾くびかざりを外し、侍女が捧げ持つ箱に収める婦人。背後には『私のたったひとつの望み』と書かれた天幕があり、ユニコーンと獅子ししがその入口へとさそっている。この天幕が象徴するものはなにか。『箱』はなにを表しているのか」

―― 「貴婦人とユニコーン」のタペストリーについて語るカーディアス「ユニコーンの日」『機動戦士ガンダムUC』 (*5)

 

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脚注
  1. 画像の出典:"The Lady and the unicorn Desire" (unattributed) on Wikimedia Commons (Public domain). [↩ Back]
  2. この写真は、2019年4月に筆者が撮影した写真です。 [↩ Back]
  3. 画像の出典: "日本橋" by othree on Flickr (License: CC BY 2.0). [↩ Back]
  4. 画像の出典: "Tokyo HDR - 250" by Kabacchi on Flickr (License: CC BY 2.0). [↩ Back]
  5. 出典:福井晴敏 (著者), 矢立肇 (原案), 富野由悠季 (原案) (2014年) 「2」, 「0096/Sect.1 ユニコーンの日」, 『機動戦士ガンダムUC 1(ユニコーンの日 上)』(Kindle版), 角川コミックス・エース, KADOKAWA, 位置No.3638/3785. [↩ Back]

「鬼シンポジウム in ふくちやま2019」のイベント紹介レポート(世界鬼学会設立25周年記念イベント)

By Yukinobu Kurata (倉田幸暢)


PV映像(非公式): 「鬼シンポジウム in ふくちやま2019」のイベントの紹介用の動画
(この映像は、ぼくが個人的につくった映像なので非公式なものです。)
このPV映像で使用している各種の素材の出典などの情報はこちら

 

IMG_190120_世界鬼学会_日本の鬼の交流博物館_0004
世界鬼学会設立25周年記念「鬼シンポジウム in ふくちやま2019」のチラシ

ここでは、2019年11月9日に、大江山鬼伝説の地・京都府福知山市大江町にて開催された、「鬼シンポジウム in ふくちやま2019」のレポートをおつたえします。

このイベントは、世界鬼学会設立25周年記念イベントとして開催されたものです。世界鬼学会(鬼学会)というのは、鬼好きな人たちや鬼に興味がある人たちが集まっているコミュニティーです。

IMG_20191109_152541
広島神楽公演(北広島町「旭神楽団」):演目「大江山」
(「鬼シンポジウム in ふくちやま2019」)


広島神楽公演(北広島町「旭神楽団」):演目「大江山」
(「鬼シンポジウム in ふくちやま2019」)


広島神楽公演(北広島町「旭神楽団」):演目「八岐大蛇やまたのおろち
(「鬼シンポジウム in ふくちやま2019」)

IMG_20191109_145528
「鬼シンポジウム in ふくちやま2019」のイベント会場
大江町総合会館 イベントホール (*1)
(京都府福知山市大江町河守)

▲ もくじへもどる

世界鬼学会ってなに?

ここでご紹介している「鬼シンポジウム in ふくちやま2019」のイベントを主催しているのは、世界鬼学会です。

世界鬼学会(鬼学会)というのは、鬼好きな人たちや、鬼に興味がある人たちが集まる、すてきコミュニティーです。鬼学会の拠点は、酒呑童子伝説の舞台である大江山の中腹にある、日本の鬼の交流博物館(愛称:鬼博おにはく)です。

日本の鬼の交流博物館(鬼博おにはく)がある京都府福知山市大江町は、鬼にまつわる3つの伝説が残る鬼伝説の地です。その3つの鬼伝説というのは、つぎの3つの伝説です。

鬼学会は、このような鬼伝説の地である福知山市大江町から、鬼にまつわる情報を発信したり、鬼についてのイベントを開催したりしています。

世界鬼学会では、鬼の伝説に興味がある人や、鬼好きな人を対象として、鬼学会の会員を募集しています。

鬼学会の会員になるための手順は、こちらでご案内しています。

 

目次
  1. 世界鬼学会ってなに?
  2. 小松和彦先生の講演「鬼のイメージの起源と変貌」
    1. 書写山 円教寺しょしゃざん えんぎょうじ修正会しゅしょうえの鬼追い
    2. 松尾寺の役行者像(前鬼・後鬼の像)
    3. 敦煌トンコウ莫高窟ばっこうくつの第428窟の「降魔変ごうまへん」の壁画
    4. トプカプ宮殿博物館の『サライ・アルバム(宮廷詩画帳)』に描かれた怪物たち(鬼?)
    5. 月岡芳年『百器夜行』
    6. 醍醐寺本『絵因果経えいんがきょう』第三上「降魔成道ごうまじょうどう
    7. 鬼とはなにか?: 「過剰な「力」の象徴的表現」「《われわれ》に恐怖や災厄を与えるもの」「ラベル」
    8. 見えない「もの」とのコミュニケーション方法
    9. 鬼はどこにいるのか?: 文化の四つの伝承母体の関係図
    10. 天上の異界、地上(人間世界)、地下の異界、山中の異界、海上の異界、水中の異界
    11. 典型化され、キャラクター化された鬼
    12. キャラクター化された鬼のはじめは?: 『北野天満宮縁起絵巻』、『春日権現験記絵巻』、『餓鬼草紙』、『紫式部日記』
    13. 百鬼夜行の絵画化: 『不動利益縁起絵巻』、『融通念仏縁起絵巻』
    14. 鬼とは、「怨霊」であり、「京都の人々にとっての災い」。「鬼というラベルを貼った側の人たちが作った物語」
  3. 広島神楽の北広島町「旭神楽団」による演目「大江山」と「八岐大蛇やまたのおろち」の公演
    1. 広島神楽の北広島町「旭神楽団」による演目「大江山」
    2. 広島神楽の北広島町「旭神楽団」による演目「八岐大蛇やまたのおろち
    3. 参考: 広島神楽や北広島町についてのパンフレットやチラシなど
  4. 「鬼シンポジウム in ふくちやま2019」のイベント情報
    1. 「鬼シンポジウム in ふくちやま2019」のイベントの、関係各位のみなさまのウェブサイトのURL
  5. 参考:日本の鬼の交流博物館の展示品
  6. 参考:「芸北石見神楽げいほくいわみかぐらの面と衣装展」日本の鬼の交流博物館 秋季特別展
  7. 参考:広島神楽の約30年間の伝統と進化の歴史がつまった一冊、『広島神楽 日本を舞う ―神楽旅―』のご紹介
    1. 印象的な言葉を、『広島神楽 日本を舞う ―神楽旅―』の本からひろい集めてみました
      1. 「「古き」をそのまま受け継ぐ「伝承的伝承」とは違った地平を歩み、時代の要請に応えようとする「信念」」: 寺本泰輔さんによる序文
      2. 「「芸北神楽」から「広島神楽」が生まれた、その約三十年の歴史を臨場感豊かに書き記した貴重な歴史書」: 新谷尚紀さんによる序文
      3. 「町づくり・人づくりのプロデューサー」「文化でメシが食える人を地域が育てる」「千代田へ行けば何か夢がもっと膨らみそう」
      4. 「スーパー神楽誕生」: 「無から有を生む」
      5. 「出来上がって、清盛が舞台でその刀を持って舞う姿に涙が出ました。刀一本に私の人生をかけた思いがしました」: 演目「厳島」の創作
      6. 社会教育としての神楽解説: 「月一の舞い」
      7. 「誠の鬼神と申するは、都において我が世の春をうたいたるけがれし人の心なり」: 演目「青葉の笛」
      8. 「【芸能】とはホンマ(事実)がハンブ(半分)、ウソ(嘘)がハンブ」: 演目「滝夜叉姫たきやしゃひめ
      9. 「保存的伝承から創造的伝承へ」: 演目「オロチ」の創作と、神楽の進化
    2. ここまでご紹介してきたのは、この本のなかのほんの一部です
  8. 鬼学会の会員になるには、どうしたらいいの?

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脚注
  1. この写真は、2019年11月に筆者が撮影した写真です。 [↩ Back]

香取本『大江山絵詞』の「平野山」と「近江国かが山」: 比叡山延暦寺による土地領有権説話としての酒呑童子譚

By Yukinobu Kurata (倉田幸暢)

香取本『大江山絵詞』における比叡山追放後の酒天童子の移住の流れの推定図_009_w3500_80p
香取本かとりぼん『大江山絵詞』おおえやまえことばにおける比叡山追放後の酒天童子の移住の流れの推定図 (*1)

 

物語の真の意図は、叡山を支配していた邪悪なる在地の神を調伏し、これより叡山の支配権を天台教団が正当に譲渡されたということを、「怪物退治」の物語の中に仕組むことにあった筈である。

―― 濱中修「『伊吹童子』考:叡山開創譚の視点より」 (*2)

寺社縁起は、むしろ文書資料以上に過去の社会と精神生活について多くの知見をはらんだ文献であろう。それは読み方に従い、一層豊かな世界を物語りうるものである。比良山に関して、特に南都と叡山の縁起はそのなかで此山の神々が重要な役割を演じている。

―― 阿部泰郎「比良山系をめぐる宗教史的考察」 (*3)

志賀しがうらゆるけしきのことなるは比良ひら高嶺たかねに雪やるらん

―― 慈円じえん (慈鎮和尚じちんかしょう)『拾玉集』[歌番号35] (*4)

酒天童子しゅてんどうじ酒呑童子しゅてんどうじ)が奪われ、追い出された、「平野山ひらのやま」と「近江国おうみのくにかがやま」とは、どこなのか?

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香取本(かとりぼん)大江山絵詞(おおえやまえことば)』の絵図のイメージ画像
(現状の絵巻の原本の「下巻 第七絵図」のイメージ画像) (*5)

鎌倉時代~南北朝時代(室町時代前半)ごろにつくられたとされている、現存最古の酒呑童子しゅてんどうじ説話をつたえる絵巻物である、香取本かとりぼん『大江山絵詞』おおえやまえことばという絵巻物があります。

(※参考: 香取本かとりぼん『大江山絵詞』おおえやまえことばの絵巻物についてのくわしいお話は、こちらの記事で紹介しています。)

その香取本かとりぼん『大江山絵詞』おおえやまえことばの絵巻物に記されている、酒天童子しゅてんどうじ酒呑童子しゅてんどうじ)の物語のなかに、「平野山ひらのやま」という地名と、「近江国おうみのくにかがやま」という地名の、2つの謎の地名が登場します。

ここでは、香取本かとりぼん『大江山絵詞』おおえやまえことばの絵巻物に記されている、「平野山ひらのやま」という地名と、「近江国おうみのくにかがやま」という地名が、いったいどこの土地を指しているのか、ということについてかんがえてみたいとおもいます。

また、それらの土地についてかんがえるにあたっては、香取本かとりぼん『大江山絵詞』おおえやまえことばの酒呑童子説話の成り立ちにふかくかかわったとされている比叡山延暦寺とそれらの土地とのかかわり、という観点から話をすすめていきたいとおもいます。

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目次
  1. 酒天童子しゅてんどうじ酒呑童子しゅてんどうじ)が奪われ、追い出された、「平野山ひらのやま」と「近江国おうみのくにかがやま」とは、どこなのか?
  2. 香取本『大江山絵詞』の酒天童子(酒呑童子)の昔語りのなかに、「平野山ひらのやま」と「近江国おうみのくにかがやま」が登場する場面の詞書の一節
  3. 香取本かとりぼん『大江山絵詞』おおえやまえことばの説話にあらわれている、比叡山延暦寺の影響
    1. 香取本かとりぼん『大江山絵詞』おおえやまえことばの酒呑童子説話の成り立ちにふかくかかわったとされる比叡山延暦寺の記家について
  4. 香取本かとりぼん『大江山絵詞』おおえやまえことばの「平野山ひらのやま」とは、比良山地ひらさんち比叡山地ひえいさんち石山いしやま石山寺いしやまでら)をふくむ一帯のことであり、酒天童子(酒呑童子)はその一帯の地主神じぬしがみである比良明神ひらみょうじんとして描かれている
    1. 平安時代の近江国の湖西地域における、北部の山門派(比叡山延暦寺)と、中部の寺門派(園城寺(三井寺))、南部の石山寺、の競立
    2. 比良明神ひらみょうじんの伝承地である湖西地域の3つの神社・仏閣と、3つの釣垂岩つりたれいわ
    3. 釣垂岩つりたれいわ その1: 白鬚神社しらひげじんじゃ釣垂岩つりたれいわ比良山地ひらさんちのふもとの釣垂岩つりたれいわ
      1. 参考: 白鬚神社しらひげじんじゃの前の道路を横断するのは、とても危険です
    4. 釣垂岩つりたれいわ その2: 比叡山延暦寺ひえいざんえんりゃくじ小比叡おびえみねの中腹の修禅峰道しゅうぜんみねみち釣垂岩つりたれいわ
      1. 参考: 比叡山延暦寺ひえいざんえんりゃくじ釣垂岩つりたれいわの別称「垂釣岩たるつりいわ」「鯛釣岩たいつりいわ
    5. 釣垂岩つりたれいわ その3: 石山寺いしやまでら釣垂岩つりたれいわ比良明神影向石ひらみょうじんようごうせき
      1. 参考: 「寺門伝記補録じもんでんきほろく」に記されている、石山いしやま石山寺いしやまでら)の比良明神ひらみょうじん白鬚明神しらひげみょうじん
      2. 参考: 「造立盧舎那仏詔ぞうりゅうるしゃなぶつのみことのり」: 「奈良の大仏」(東大寺とうだいじ盧舎那仏像るしゃなぶつぞう)を造立ぞうりゅうするために、聖武天皇しょうむてんのうによって出された命令書
    6. 参考: 釣垂岩つりたれいわ その4(?): 近江八幡市の『大嶋神社・奥津嶋神社文書』おおしまじんじゃ おくつしまじんじゃ もんじょに記されている、釣垂岩つりたれいわのような岩の上で釣り糸を垂れる白鬚明神しらひげみょうじん比良明神ひらみょうじん)の末裔まつえいおきな
      1. 比叡山延暦寺ひえいざんえんりゃくじの領地であった、近江国蒲生郡おうみのくにがもうぐん奥島おくしま(近江八幡市の、円山町・島町・白王町・北津田町・中之庄町のあたりの地域)
      2. 白鬚神社しらひげじんじゃ白鬚明神しらひげみょうじん / 比良明神ひらみょうじん)は、近江国蒲生郡おうみのくにがもうぐん沖島おきのしま(滋賀県近江八幡市沖島町)にも存在した
      3. 余談: 「つわきのつちいし」と呼ばれていた、釣垂岩つりたれいわのような岩は、どこにあったのか?
    7. 参考: 『日本の神々: 神社と聖地 第5巻』に記されている、白鬚神社しらひげじんじゃや、比良明神ひらみょうじん白鬚明神しらひげみょうじん)についての記述
    8. 参考: 『近江輿地志略おうみよちしりゃく』に記されている、白鬚神社しらひげじんじゃや、比良明神ひらみょうじん白鬚明神しらひげみょうじん)についての記述
  5. シコブチ明神みょうじんと、相応和尚そうおうかしょうと、天台修験てんだいしゅげん(天台宗の修験道)と、無動寺谷むどうじだにと、息障明王院そくしょうみょうおういん葛川明王院かつらがわみょうおういん)、などについて
    1. 相応和尚そうおうかしょうに仮託して、天台宗の教団が奪い取った、比良山地ひらさんち地主神じぬしがみ思古渕明神しこぶちみょうじん)の領地と信仰
    2. 葛川かつらがわ伊香立いかだちの相論
    3. 葛川地区の森林資源、林産物、炭竃: 木材、薪炭
  6. 三尾明神みおみょうじん水尾明神みおみょうじん)について
    1. 『長谷寺縁起絵巻』はせでらえんぎえまきに登場する、三尾明神みおみょうじんと、祟りたたりをなす霊木(御衣木みそぎ)のくすのきと、香取本かとりぼん『大江山絵詞』おおえやまえことばに登場する、平野山(ひらのやま)比良山地ひらさんち)の地主神じぬしがみ比良明神ひらみょうじん)としての酒天童子と、酒天童子が変化した祟りたたりをなすくすのきの巨木との、類似性について
    2. 寺門伝記補録じもんでんきほろく』に記された、園城寺おんじょうじ三井寺みいでら)の長等山ながらやま地主神じぬしがみとしての、三尾明神みおみょうじんの伝承について
      1. 参考: 三尾明神影向石みおみょうじんようごうせき園城寺おんじょうじ三井寺みいでら)の境内にある、三尾明神みおみょうじんが姿をあらわした岩)
      2. 参考: 赤尾神、白尾神、黒尾神の、それぞれの神々が現れた時代について
      3. 参考: 三尾明神の本地ほんじ本地仏ほんじぶつ)について
      4. 参考: 三尾明神みおみょうじんを祀る普賢堂ふげんどう三尾明神みおみょうじん本地堂ほんじどう)について
    3. 『三井寺仮名縁起』に記された、園城寺おんじょうじ三井寺みいでら)の南院の鎮守神ちんじゅがみとしての三尾明神みおみょうじん(「赤白黒しゃくびゃくこくの三神」(赤尾神、白尾神、黒尾神))の伝承
      1. 参考: 「本朝四箇大寺」と呼ばれていた、かつての園城寺おんじょうじ三井寺みいでら)の広大な境内の領域について
      2. 参考: 園城寺おんじょうじ三井寺みいでら)の南院の鎮守神ちんじゅがみである、三尾明神みおみょうじん鎮守社ちんじゅしゃの現在の状況
      3. 参考: 園城寺おんじょうじ三井寺みいでら)の中院の鎮守神ちんじゅがみである、鬼子母神きしもじん哥梨帝母かりていも訶梨帝母かりていも))の鎮守社ちんじゅしゃの現在の状況
      4. 参考: 園城寺おんじょうじ三井寺みいでら)の北院の鎮守神ちんじゅがみである、新羅明神しらぎみょうじん鎮守社ちんじゅしゃの現在の状況
    4. 参考: 三尾神社みおじんじゃ(滋賀県大津市園城寺町おんじょうじちょう)について
    5. 参考: 三尾氏みおうじの一族が越前国えちぜんのくにから近江国おうみのくにへと移住したことと、水尾神社みおじんじゃの関係について
  7. 兵主明神ひょうずみょうじんなどの、甲賀三郎の物語『諏訪縁起』に登場する、老翁の姿をした神
    1. 兵主明神ひょうずみょうじん: 近江国甲賀郡の甲賀三郎の物語『諏訪縁起』に登場する、老僧の姿をした神
    2. 好美翁こうびおう: 近江国甲賀郡の甲賀三郎の物語『諏訪縁起』に登場する、地底国・維縵国ゆいまんこくの国王であり、3万歳を超える老翁
  8. 近江国おうみのくにかがやま」が、己高山こだかみやまである可能性と、白山信仰について
    1. 条件1: 白山信仰が盛んな場所である
    2. 条件2: 最澄の領地である
    3. 条件3: 交通の要衝である
    4. 条件4: 近江国の鬼門とされる場所である
    5. 近江国おうみのくにかがやま」が、伊吹山いぶきやまである可能性と、白山信仰について
    6. 近江国おうみのくにかがやま」が、比良山地ひらさんち権現山ごんげんやまである可能性と、白山信仰について

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脚注
  1. 地図の出典: 国土地理院「地理院地図」の、地理院タイル「全国ランドサットモザイク画像」を、加工・編集して使用しています。地理院タイルは、「国土地理院コンテンツ利用規約」にもとづいて使用しています。地理院タイル「全国ランドサットモザイク画像」は、地理院タイル「全国最新写真(シームレス)」のズームレベル9~13で表示される画像(地理院タイル)です。地理院タイル「全国ランドサットモザイク画像」のデータソース: Landsat8画像(GSI,TSIC,GEO Grid/AIST), Landsat8画像(courtesy of the U.S. Geological Survey), 海底地形(GEBCO)。くわしくは、国土地理院のウェブサイトのなかの、「地理院タイル一覧」のページhttps://maps.gsi.go.jp/development/ichiran.html)のなかの、「2.基本測量成果以外で出典の記載のみで利用可能なもの」のなかの、「ベースマップ」のなかの、「写真」(衛星写真の画像)のところをご参照ください。 [↩ Back]
  2. 出典:濱中修 (1990年) 「『伊吹童子』考:叡山開創譚の視点より」, 『沖縄国際大学文学部紀要. 国文学篇』, 19(1), 沖縄国際大学, 59ページ. [↩ Back]
  3. 出典:阿部泰郎 (1980年) 「一節 比良明神: 東大寺縁起」, 「四章 比良山の神々」, 「一、比良山系をめぐる宗教史的考察: 寺社縁起を中心とする」, 「論文篇」, 元興寺文化財研究所(編集), 『比良山系における山岳宗教調査報告書』, 元興寺文化財研究所, 37ページ. [↩ Back]
  4. 参考文献: 「志うらゆるけしきのことなるは比良ひら高嶺たかねに雪やるらん」; 慈円じえん(慈鎮和尚じちんかしょう)(原著者), 石川一(著者), 山本一(著者), (2008年) [歌番号35], 「雪」, 「百首和歌 十題(初度百首)」, 久保田淳(監修), 『拾玉集 上 (和歌文学大系 ; 58)』, 明治書院, 8ページ. [↩ Back]
  5. この絵図のイメージ画像は、香取本(かとりぼん)大江山絵詞(おおえやまえことば)』の絵図(現状の絵巻の原本の「下巻 第七絵図」)をもとにして、筆者(倉田幸暢)が制作したものです。[↩ Back]

無動寺谷(比叡山延暦寺)の修験道山伏が、香取本『大江山絵詞』の祖型となった酒呑童子説話にあたえた影響

By Yukinobu Kurata (倉田幸暢)

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無動寺谷むどうじだに明王堂みょうおうどうと、相応和尚そうおうかしょうの石像と、客人宮まろうどのみや白山神社はくさんじんじゃ(*1)
無動寺谷むどうじだに, 比叡山延暦寺)

 

座主ざす無動寺むどうじはべりけるころ十首じゅっしゅむかしうたつかはしける返事へんじなかに)

ながふけゆくつきをながめてもちかづくやみひとぞなき

―― 慈円じえん (慈鎮和尚じちんかしょう) (*2) (*3) (*4)

 

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現存最古の酒呑童子説話をつたえる絵巻物である、香取本かとりぼん『大江山絵詞』おおえやまえことばのなかで描かれている酒天童子(酒呑童子)の物語の成立には、比叡山延暦寺の天台宗教団がふかくかかわったとされています。

ここでは、その比叡山延暦寺の天台宗教団のなかでも、とくに、比叡山延暦寺の無動寺谷むどうじだにに所属していた修験道の山伏(修験者)や、無動寺谷むどうじだにに関連があった記家のひとたち(学僧)が、香取本かとりぼん『大江山絵詞』おおえやまえことばのなかで描かれている酒天童子(酒呑童子)の物語の創作に、ふかくかかわったのではないか、という可能性について、かんがえてみたいとおもいます。

目次
  1. 香取本かとりぼん『大江山絵詞』おおえやまえことばに描かれている酒呑童子説話の成立に、比叡山延暦寺の天台宗教団がふかくかかわっていたことについて
  2. 酒呑童子説話の祖型をつくった比叡山延暦寺の記家と、無動寺谷の修験道山伏との関係
    1. 記家きけと呼ばれた学僧の人たちってどんな人たちだったの?
      1. 光宗、『渓嵐拾葉集』
      2. 義源、梶井流記家の重要人物
      3. 鎌倉初期の顕真
    2. 無動寺谷の智信(知心)が、記家に影響をあたえたことについて
    3. 江戸時代の無動寺谷の学僧である真超、記家
  3. 早尾権現と、素戔嗚命と、荒神と、不動明王と、慈円と、無動寺谷の修験道山伏とのつながり
    1. 慈円と、竹台山王社と、早尾権現と、大行事権現と、無動寺谷
  4. 不動明王の尊称である「大聖不動明王」という呼称について
  5. 大威徳明王と、相応和尚と、無動寺谷
  6. 香取本『大江山絵詞』の四神のなかに、熊野の神の化身(山伏)が登場する理由
  7. 慈円(慈鎮和尚)と、無動寺谷の修験道
    1. 慈円(慈鎮和尚)は、修験者であった
  8. 謡曲「大江山」と、観世太夫と、室町幕府の将軍と、青蓮院門跡と、無動寺谷
  9. 平野山ひらのやま」とは、比良山地ひらさんち比叡山地ひえいさんち石山いしやま石山寺いしやまでら)をふくむ一帯のことであり、酒天童子(酒呑童子)はその一帯の地主神じぬしがみである比良明神ひらみょうじんとして描かれている
  10. 近江国おうみのくにかが山」が、己高山こだかみやまである可能性と、白山信仰について
    1. 近江国おうみのくにかが山」が、伊吹山いぶきやまである可能性と、白山信仰について
    2. 近江国おうみのくにかが山」が、比良山地ひらさんち権現山ごんげんやまである可能性と、白山信仰について
  11. 無動寺谷の玉泉坊流もふくめた、数ある天台宗系の修験道の始祖が、智証大師円珍ちしょうだいしえんちんである可能性について
    1. 三不動さんふどう園城寺おんじょうじ三井寺みいでら)の黄不動きふどう高野山こうやさん明王院の赤不動あかふどう青蓮院しょうれんいん青不動あおふどう)と、智証大師円珍ちしょうだいしえんちんの関係
  12. 水天童子すいてんどうじという護法童子の名称が起源となって、酒天童子しゅてんどうじという名称がうまれた可能性について
    1. 水天童子すいてんどうじ円珍えんちん弁慶水べんけいすい千手水せんじゅすい)の伝承と、熊野くまの那智なちとの関係
    2. 護法童子としての酒天童子(酒呑童子)
    3. 比叡山の地主神じぬしがみ水神すいじん)としての酒天童子(酒呑童子)
      1. 比叡山と、水を得ることを目的とした信仰(水神信仰)
    4. 天台座主良真が喧伝しようとした、天台宗の祈雨の霊験と、比叡山延暦寺の龍王・龍神(水神すいじん)説話の創作と、水天供すいてんく
      1. 「龍尾という山岳」が、龍尾山や龍尾水(天龍水)のことである可能性について
      2. 良真と、天台座主慶命けいみょうと、無動寺谷むどうじだにの修験道と、白山信仰
        1. 藤原道長ふじわらのみちながと、慶命けいみょうと、無動寺谷むどうじだにの関係
    5. 香取本かとりぼん『大江山絵詞』おおえやまえことばに描写されている水神すいじんとしての酒天童子(酒呑童子)
      1. 酒天童子(酒呑童子)の宮殿(鬼が城)の壇上積基壇だんじょうづみきだん羽目石はめいしに描かれた「波の文様」
      2. 酒天童子(酒呑童子)の首を運ぶ輿こしに載せられた、酒天童子(酒呑童子)の首が入っている容器の底で波打つ水
    6. 水天すいてん(=ヴァルナ=龍神・水神)
  13. 比叡山延暦寺の3D地図

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脚注
  1. この写真は、2019年5月に筆者が撮影した写真です。 [↩ Back]
  2. 参考文献: 「ながき夜のふけゆく月をながめてもちかづくやみる人ぞなき」; 慈円じえん(慈鎮和尚じちんかしょう)(原著), 石川一(著者), 山本一(著者), 久保田淳(監修), (2011年) [歌番号5681], 「第五」, 『拾玉集 下 (和歌文学大系 ; 59)』, 明治書院, 243ページ. [↩ Back]
  3. 参考文献: 「ながき夜のふけゆく月をながめてもちかづくやみる人ぞなき」; [歌番号1529], 藤原良経ふじわらのよしつね(原著), 『秋篠月清集』あきしのげっせいしゅう, 谷知子(著者), 平野多恵(著者), 久保田淳(監修), (2013年), 『和歌文学大系 60 (秋篠月清集・明恵上人歌集)』, 明治書院, 249ページ. [↩ Back]
  4. 参考文献: 「座主無動寺に侍りける頃十首むかし歌つかはしける返事の中に ながき夜の更ゆく月をなかめても近つく闇をしる人ぞなき(後京極殿御自歌合)」; 硲慈弘 (1928年) 「無動寺」, 「山の部」, 「二、叡山和歌集」, 「附録」, 『伝説の比叡山』, 近江屋書店, 111ページ. [↩ Back]

Q&A:「比叡山延暦寺の酒呑童子ゆかりのおすすめ鬼スポットを教えてくださいな♬」

By Yukinobu Kurata (倉田幸暢)

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比叡山遠望 (*1)
(京都市左京区の馬橋(馬橋人道橋)(高野川) より撮影 (*2)

 

わが山は 花の都のうしとらに 鬼かどを ふたぐとぞ聞く

―― 慈円『拾玉集』第四冊 [歌番号:4800] (*3) (*4)

 

先日、つぎのようなご質問をいただきましたので、この場を借りてお答えしたいとおもいます。

いただいたご質問の大意: 「比叡山延暦寺の酒呑童子ゆかりのおすすめ鬼スポットを教えてくださいな♬」

ご質問いただき、ありがとうございます!
m(_ _)m

ぼくなりの比叡山延暦寺の酒呑童子ゆかりのおすすめスポットについて、これまでにぼくが発信させていただいだ情報のなかでは、下記の2つの記事が参考になるかもしれません。

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脚注
  1. この写真は、筆者が2019年4月に撮影した写真です。 [↩ Back]
  2. 参考:「馬橋(馬橋人道橋)(高野川)」(京都府京都市左京区松ケ崎小竹藪町)の場所の、おおまかな緯度経度:35.048489, 135.785017 . [↩ Back]
  3. 出典:慈円 (慈鎮和尚) [歌番号:4800], 「第四冊」, 慈円 (原著), 石川一, 山本一, (2011年), 『拾玉集 下』, 和歌文学大系 ; 59, 明治書院, 121ページ. [↩ Back]
  4. 引用文のなかの振り仮名の一部を、引用者が変更しました。 [↩ Back]

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