(この上の動画の 1:29~1:34 現在の根本中堂の赤い鬼瓦の映像)
ぼくはいま、酒呑童子(酒天童子)の伝説について研究しているのですが、酒呑童子(酒天童子)の伝承を構成する重要な要素のいくつかは、比叡山延暦寺に代表される天台教団(天台宗の教団)がつくったといわれています。
(くわしくは、こちらの記事をご覧ください。)
そうしたこともあってか、比叡山延暦寺には、酒呑童子(酒天童子)の伝説とのつながりをかんじるモノがいろいろあります。たとえば、伝説のなかで酒天童子が変化した楠の巨木をおもわせる、比叡山延暦寺の根本中堂の本尊である薬師如来像の御衣木(造仏のために使用される霊木)やその跡地、また、まるで酒呑童子(酒天童子)のような色をした赤い鬼瓦、などがあります。
今回は、そういったもののなかから、比叡山延暦寺の根本中堂の赤い鬼瓦について、お話してみたいとおもいます。
この下の絵図は、江戸時代後期に制作された《延暦寺根本中堂他造営絵図》という絵図です。
《延暦寺根本中堂他造営絵図》〔全体図〕
(比叡山延暦寺の東塔地区にある伽藍を描いた絵図)
(絵画の引用元: 『社寺境内図資料集成 2 (国立歴史民俗博物館資料調査報告書:情報資料研究部 12)』、巻頭の口絵より [1])
この下の絵図は、この上の《延暦寺根本中堂他造営絵図》のなかの、根本中堂の部分を拡大したものです。すこしわかりにくいですが、この根本中堂の絵図の屋根の棟木(むなぎ)の左端(南側)のところには、赤い鬼瓦が描かれています。
《延暦寺根本中堂他造営絵図》〔部分図〕
(根本中堂とその廻廊が描かれている部分)
(絵画の引用元: 『国宝延暦寺根本中堂及重要文化財根本中堂廻廊修理工事報告書』、巻頭の口絵(引き出し口絵)より [2])
この下の絵図は、この上の《延暦寺根本中堂他造営絵図》のなかの、根本中堂の屋根の棟木(むなぎ)の左端(南側)のところにある、赤い鬼瓦の部分を拡大したものです。
根本中堂の赤い鬼瓦
(南側の鬼瓦(二本角の赤鬼))
《延暦寺根本中堂他造営絵図》〔部分図〕
(根本中堂の赤い鬼瓦が描かれている部分)
(絵画の引用元: 『国宝延暦寺根本中堂及重要文化財根本中堂廻廊修理工事報告書』、巻頭の口絵(引き出し口絵)より [2])
この上の絵図を模写したものが、この下の絵図です。この上の絵図の画像は、画質が悪くてすこし見にくいので、この下の絵図(模写)を参考にしてください。
根本中堂の赤い鬼瓦
(南側の鬼瓦(二本角の赤鬼))
《延暦寺根本中堂他造営絵図》〔模写〕〔部分図〕
(根本中堂の赤い鬼瓦が描かれている部分)
ちなみに、根本中堂の屋根の赤い鬼瓦は、北側の赤い鬼瓦と、南側の赤い鬼瓦の、2つの赤い鬼瓦があります。南側の鬼瓦は、二本角の赤鬼の顔をしています。北側の鬼瓦は、一本角の赤鬼の顔をしています。
この上で紹介した、《延暦寺根本中堂他造営絵図》の絵図は、江戸時代後期に制作されたものですが、根本中堂の赤い鬼瓦は、現在の根本中堂にもあります。
たとえば、この下のYouTube動画のなかの、「1:20~」のところに、現在の根本中堂の赤い鬼瓦が映っています。
根本中堂大改修(H28年9月) - YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=LZEV_8XyEb8&start=80
また、この下の、比叡山延暦寺の公式のXアカウント(旧Twitterアカウント)のポスト(投稿)の動画には、根本中堂の改修工事のために、一時的に根本中堂の屋根からはずされている、根本中堂の赤い鬼瓦が映っています。
延暦寺【公式】さんのポスト(投稿)
https://x.com/enryakuji_hiei/status/1127059661511782400
見学会の様子をちらりと公開です😉そのイチ!現場に足を踏み入れるのはワクワクしますね!#根本中堂大改修 #延暦寺 #天台宗 pic.twitter.com/gxZWe4Bu4g
— 延暦寺【公式】 (@enryakuji_hiei) May 11, 2019
また、この下のYouTube動画のなかの、「9:50~10:00」のところには、光の加減で見えにくくなってはいますが、根本中堂の赤い鬼瓦が映っています。
伝教大師最澄と根本中堂 - YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=XG8eiZlpHlk&start=590
ちなみに、ここで紹介した《延暦寺根本中堂他造営絵図》の内題(絵図のなかに書かれている題名)は、「比叡山 根本中堂 廻廊 大講堂 文殊楼 鐘楼堂 食堂 法蔵 御造営絵図」です [3]。
内題に「比叡山根本中堂・廻廊・大講堂・文殊楼・鐘楼堂・食堂・法蔵御造営絵図」とあり、根本中堂以下七棟の建物を細部まで緻密に彩色鮮やかに描く。中央に根本中堂、手前に文殊楼、背後に大講堂を描くが、この図にある大講堂と鐘楼堂は昭和三十一年(一九五六)の火災で焼失している。本図自体は、江戸時代後期の作になるが、その図様は「御造営絵図」という内題や一緒に描かれている建物、根本中堂の屋根が柿葺に描かれていることなどから、三代将軍徳川家光の命により寛永十一年(一六三四)に着工され同十九年に完成を見た時のものではないかと推定される。画面の大きさに比較して描かれる対象は少なく、この大きな絵図がどのような目的で制作されたか、興味がもたれる。
(「16 延暦寺根本中堂他造営絵図」, 「作品解説」, 大津市歴史博物館(編集), 『古絵図が語る大津の歴史』) [3]
延暦寺については、織田信長の山門焼き討ちによる影響か、古い絵図は残されていないが、「比叡山三塔図」(15)は制作は江戸時代初期のものでありながら、描かれた景観は焼き討ち以前の状況であろうと考えられている。江戸時代中頃の絵図には、『近世の町と村』に展示している「山門三塔坂本惣絵図」(30)が、山上の三塔十六谷の様子を詳細に記す。また、根本中堂以下の造営の状況を描いた「延暦寺根本中堂他造営絵図」(16)があるが、大きな画面に対して描かれている内容があまりに少なく、どのように利用されたか興味がもたれる。
(「(三)社寺絵図の世界」, 「古絵図が語る大津の歴史」, 大津市歴史博物館(編集), 『古絵図が語る大津の歴史』) [4]
以下の参考文献は、今回、紹介した、根本中堂の赤い鬼瓦が描かれている、江戸時代後期に制作された《延暦寺根本中堂他造営絵図》の絵図が掲載されている参考文献です。
- 参考文献: (2002年) 「2. 延暦寺根本中堂他造営絵図(滋賀1)」, 『社寺境内図資料集成 2 (国立歴史民俗博物館資料調査報告書:情報資料研究部 12)』, 国立歴史民俗博物館; 〔口絵〕, 29ページ.
- 参考文献: (1955年) 〔根本中堂廻廊〕, 『国宝延暦寺根本中堂及重要文化財根本中堂廻廊修理工事報告書』, 国宝延暦寺根本中堂修理事務所, 〔口絵〕.
- 参考文献: (1955年) 「四十 延暦寺根本中堂附近古図」(縮尺二十分ノ一), 『重要文化財延暦寺大講堂修理工事報告書』, 国宝延暦寺根本中堂修理事務所, 〔口絵〕.
- 参考文献: (2000年) 「16 延暦寺根本中堂他造営絵図」, 「三、社寺絵図の世界」, 「図版」, 大津市歴史博物館(編集), 『古絵図が語る大津の歴史: 開館10周年記念・文化財保護法50年記念』, 大津市歴史博物館, 20ページ.
比叡山延暦寺の根本中堂の赤い鬼瓦
(南側の鬼瓦(二本角の赤鬼))
(イメージ図)
比叡山延暦寺の根本中堂の赤い鬼瓦
(北側の鬼瓦(一本角の赤鬼))
(イメージ図)
以下の参考文献は、根本中堂の図面などが掲載されていて、それらの図面のなかに根本中堂の鬼瓦が描かれている参考文献などです。
- 参考文献: (1968年) 「滋賀県 延暦寺根本中堂側面圖 縮尺六拾分之壹」(「延暦寺根本中堂及び廻廊 竣工 側面図」), 『国宝・重要文化財(建造物)実測図集 10 (滋賀県 2)』, 文化財保護委員会, 442ページ〔図面番号:817〕.
「これ好奇のかけらなり、となむ語り伝へたるとや。」
- 出典: 国立歴史民俗博物館 (2002年) 「2. 延暦寺根本中堂他造営絵図(滋賀1)」〔巻頭の口絵〕, 『社寺境内図資料集成 2 (国立歴史民俗博物館資料調査報告書:情報資料研究部 12)』, 国立歴史民俗博物館. [Back ↩]
- 出典: 国宝延暦寺根本中堂修理事務所 (1955年) 〔巻頭の口絵(引き出し口絵)〕, 『国宝延暦寺根本中堂及重要文化財根本中堂廻廊修理工事報告書』, 国宝延暦寺根本中堂修理事務所. [Back ↩][Back ↩]
- 出典: (2000年) 「16 延暦寺根本中堂他造営絵図(写真展示) 一鋪」, 「作品解説」, 大津市歴史博物館(編集), 『古絵図が語る大津の歴史: 開館10周年記念・文化財保護法50年記念』, 大津市歴史博物館, 56ページ. [Back ↩][Back ↩]
- 出典: (2000年) 「(三)社寺絵図の世界」, 「古絵図が語る大津の歴史」, 大津市歴史博物館(編集), 『古絵図が語る大津の歴史: 開館10周年記念・文化財保護法50年記念』, 大津市歴史博物館, 53ページ. [Back ↩]
- 出典: 関口真大 [著者], 森定慈紹 [著者], (1963年) 「根本中堂」, 『比叡山 (現代教養文庫)』, 社会思想社, 13ページ. [Back ↩][Back ↩]