いわば、イデオロギッシュなものが、エロスと暴力こき混ぜた波瀾の物語に導いたわけで、皮肉ともいえるが、そこに人間の不思議と中世という時代の一面がある。中世の多くのイデオロギー説は、外見の厳めしさとはうらはらに、実際には人間の生の現実性、欲望や体臭とないまぜの形でしか存在しえなかったのである。

―― 高橋昌明『酒呑童子の誕生』 (*1)

もとより「説話」は、截然と切りとられた「形」で「存在」した“ためし”はなく、諸「領域」に或時ははめこまれ、或時は埋没伏流しつ浮遊しているのである。

―― 牧野和夫「中世聖徳太子伝と説話」 (*2)

真実の存するところ、それを世俗の人が失うとは悲しいことだ。私はかくなることを恐れたがゆえに、そのために注解を作り、その障害を取りのぞき、荒地をひらき、この深義を理解し、その深浅を標示した。こいねがわくは名文をしてこの世よりせず、珍しい物語が今日より絶えることがなければ、夏后かこうの事績は将来にわたって忘れさられることなく、八方の世界の果の事も後世の人びとに伝わることであろう。これもまたよいことではないか。

―― 郭璞かくはく「山海経序」, 『山海経』せんがいきょう (*3)

(注:この記事は、制作中のものであり、随時内容を修正しています。)

 鎌倉時代~南北朝時代(室町時代前半)ごろにつくられたとされている、現存最古の酒呑童子説話をつたえる『大江山絵詞(おおえやまえことば)』(香取本(かとりぼん) (*4))という絵巻物があります。(この絵巻物は、現在、公益財団法人 阪急文化財団が運営している逸翁(いつおう)美術館に所蔵されています。このことから、この絵巻物は「逸翁本(いつおうぼん)」や「逸本(いつほん)」と呼ばれることもあります。)

 その『大江山絵詞(おおえやまえことば)』の、詞書(ことばがき)の文章や、詞書(ことばがき)釈文(しゃくぶん)や、詞書(ことばがき)の現代語訳や、詞書(ことばがき)と絵図の本来の並び順、などについてお話します。

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香取本(かとりぼん)大江山絵詞(おおえやまえことば)』の絵図(現状の絵巻の原本の「下巻 第七絵図」)のイメージ画像 (*5)

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香取本(かとりぼん)大江山絵詞(おおえやまえことば)』の絵図(現状の絵巻の原本の「下巻 第七絵図」)のイメージ画像
(絵図全体のなかの一部分の抜粋) (*5)

酒呑童子の説話をいまにつたえる代表的な2大文化財である、香取本(かとりぼん)大江山絵詞(おおえやまえことば)』(逸翁(いつおう)美術館所蔵)と、古法眼本(こほうげんぼん)酒伝童子絵巻(しゅてんどうじえまき)』(サントリー美術館所蔵)の、2つの絵巻物について

 ちなみに、酒呑童子の説話をいまにつたえる代表的な2大文化財(絵巻物)として、香取本(かとりぼん)大江山絵詞(おおえやまえことば)』(逸翁(いつおう)美術館所蔵)と、古法眼本(こほうげんぼん)酒伝童子絵巻(しゅてんどうじえまき)』(サントリー美術館所蔵)の、2つの絵巻物があります。

 香取本(かとりぼん)大江山絵詞(おおえやまえことば)』は、現在、重要文化財に指定されています (*6)が、1950年までは、国宝(いわゆる「旧国宝」)に指定されていました。1950年8月に文化財保護法が施行されたことで、それまで国宝(いわゆる「旧国宝」)であった香取本(かとりぼん)大江山絵詞(おおえやまえことば)』は、重要文化財に指定されました (*7)

逸翁美術館とその周辺の写真 (*8)

 もうひとつの代表的な酒呑童子説話の文化財(絵巻物)として、サントリー美術館に所蔵されている、古法眼本(こほうげんぼん)酒伝童子絵巻(しゅてんどうじえまき)』という絵巻物があります。この絵巻物も、現在、重要文化財に指定されています (*9)古法眼本(こほうげんぼん)酒伝童子絵巻(しゅてんどうじえまき)』の絵図は、狩野派(かのうは)2代目の絵師である狩野元信(かのうもとのぶ)が描いたとされている絵図です。狩野元信(かのうもとのぶ)は、通称「古法眼(こほうげん)」とも呼ばれます。サントリー美術館所蔵の『酒伝童子絵巻(しゅてんどうじえまき)』は、古法眼(こほうげん)狩野元信(かのうもとのぶ))が絵図を描いた絵巻物なので、「古法眼本(こほうげんぼん)」と呼ばれることもあります。また、この絵巻物は、サントリー美術館に所蔵されていることから、「サントリー(ぼん)」や「サ本(さほん)」と呼ばれることもあります。

サントリー美術館とその周辺の写真 (*10)

 酒呑童子の説話は、中世から現在までの約600年以上の長い歴史のなかで、絵画や、文学、能楽(謡曲)、浄瑠璃、歌舞伎、演劇、唱歌・楽曲、映画、マンガ、アニメ、ゲームなどなど、数え切れないほどたくさんの文化や芸術に取り入れられてきました。そのように、酒呑童子の説話は、これまでの日本の文化や芸術に大きな影響を与えてきましたし、いまの日本の文化や芸術にも大きな影響を与え続けていますし、これからの日本の文化や芸術にも大きな影響を与え続けていくことでしょう。また、その文化的・芸術的影響は、日本だけにとどまらず、世界中に広がりつづけています。そうした、酒呑童子の説話の影響の大きさを考えると、酒呑童子の説話をいまにつたえている代表的な2大文化財(絵巻物)である、香取本(かとりぼん)大江山絵詞(おおえやまえことば)』(逸翁(いつおう)美術館所蔵)と、古法眼本(こほうげんぼん)酒伝童子絵巻(しゅてんどうじえまき)』(サントリー美術館所蔵)の2大絵巻物が、文化財として、とても価値が高いものであるということが、おわかりいただけるかとおもいます。

目次
  1. 酒呑童子の説話をいまにつたえる代表的な2大文化財である、香取本(かとりぼん)大江山絵詞(おおえやまえことば)』(逸翁(いつおう)美術館所蔵)と、古法眼本(こほうげんぼん)酒伝童子絵巻(しゅてんどうじえまき)』(サントリー美術館所蔵)の、2つの絵巻物について
  2. だれにもわからない、香取本(かとりぼん)大江山絵詞(おおえやまえことば)』の、絵図と詞書(ことばがき)の正しい並び順
  3. 高橋昌明さんの復元案にもとづいた、香取本(かとりぼん)大江山絵詞(おおえやまえことば)』の、絵図と詞書(ことばがき)の順序
    1. 高橋昌明さんの復元案:上巻
      1. 高橋昌明さんの復元案:上巻 第一段
      2. 高橋昌明さんの復元案:上巻 第二段
      3. 高橋昌明さんの復元案:上巻 第三段
      4. 高橋昌明さんの復元案:上巻 第四段
      5. 高橋昌明さんの復元案:上巻 第五段
      6. 高橋昌明さんの復元案:上巻 第六段
      7. 高橋昌明さんの復元案:上巻 第七段?
      8. 高橋昌明さんの復元案:上巻 第八段
      9. 高橋昌明さんの復元案:上巻 第九段
      10. 高橋昌明さんの復元案:上巻 第十段
    2. 高橋昌明さんの復元案:下巻
      1. 高橋昌明さんの復元案:下巻 第一段
      2. 高橋昌明さんの復元案:下巻 第二段
      3. 高橋昌明さんの復元案:下巻 第三段
      4. 高橋昌明さんの復元案:下巻 第四段
      5. 高橋昌明さんの復元案:下巻 第五段
      6. 高橋昌明さんの復元案:下巻 第六段
      7. 高橋昌明さんの復元案:下巻 第七段
      8. 高橋昌明さんの復元案:下巻 第八段
      9. 高橋昌明さんの復元案:下巻 第九段
  4. 絵巻の原本の現状:香取本(かとりぼん)大江山絵詞(おおえやまえことば)』の詞書(ことばがき)釈文(しゃくぶん)
    1. 絵巻の原本の現状:上巻
    2. 絵巻の原本の現状:下巻
    3. 絵巻の原本の現状:詞書巻(ことばがきかん)
  5. 陽明文庫本(ようめいぶんこぼん)酒天童子物語絵詞(しゅてんどうじものがたりえことば)
    1. 陽明文庫本(ようめいぶんこぼん)酒天童子物語絵詞(しゅてんどうじものがたりえことば)」のイメージ画像
    2. 陽明文庫本(ようめいぶんこぼん)酒天童子物語絵詞(しゅてんどうじものがたりえことば)」の文章
  6. 静嘉堂文庫(せいかどうぶんこ)色川(いろかわ)三中(みなか)旧蔵『大江山酒顚童子絵詞(おおえやましゅてんどうじえことば)』の詞書(ことばがき)
  7. 香取本(かとりぼん)大江山絵詞(おおえやまえことば)』の詞書(ことばがき)の現代語訳
    1. 用語集
  8. 香取本(かとりぼん)大江山絵詞(おおえやまえことば)』に関連する諸本の詞書(ことばがき)の原文
    1. 絵巻の原本の現状:香取本(かとりぼん)大江山絵詞(おおえやまえことば)』の詞書(ことばがき)の原文
    2. 陽明文庫本(ようめいぶんこぼん)酒天童子物語絵詞(しゅてんどうじものがたりえことば)」の詞書(ことばがき)の原文
    3. 静嘉堂文庫(せいかどうぶんこ)色川(いろかわ)三中(みなか)旧蔵『大江山酒顚童子絵詞(おおえやましゅてんどうじえことば)』の詞書(ことばがき)の原文

だれにもわからない、香取本(かとりぼん)大江山絵詞(おおえやまえことば)』の、絵図と詞書(ことばがき)の正しい並び順

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香取本(かとりぼん)大江山絵詞(おおえやまえことば)』の絵巻のイメージ画像
(「上巻」「下巻」「詞書巻(ことばがきかん)」の三巻(絵巻の原本の現状)) (*11)

 

後魏のれき道元は『水経』に注をして、『山海経』は世に埋もれることとし久しく、韋編いへんほとんど絶え、書策の順序は乱れて編集しがたく、後人が仮に綴り合わせたから、古人の遠意と異なるところが多いという。まことに古経の残簡の復元しがたいのは昔からなのである。

―― 高馬三良「解説」『山海経』 (*12)

 

現在、逸翁(いつおう)美術館に収蔵されている香取本(かとりぼん)大江山絵詞(おおえやまえことば)』の絵巻物の、絵図と、詞書(ことばがき)は、現状では「上巻」「下巻」「詞書巻(ことばがきかん)」の三巻の巻物のかたちになっています。ですが、この三巻の巻物のかたちにまとめられる以前は、絵図と詞書(ことばがき)が巻物のかたちにまとめられていたわけではなく、絵図と詞書(ことばがき)がバラバラになっている状態だったそうです。しかも、詞書(ことばがき)の文章や、絵図の一部が欠損している状態であったそうです。そのため、香取本(かとりぼん)大江山絵詞(おおえやまえことば)』の絵巻物の、もともとの絵図と詞書(ことばがき)の正しい並び順は、わからなくなってしまっているのです。ですので、現状の香取本(かとりぼん)大江山絵詞(おおえやまえことば)』の絵巻物の、絵図と詞書(ことばがき)の並び順は、正しい並び順ではなく、並び順がまちがっている部分もあるようです。 (*13)

香取本(かとりぼん)大江山絵詞(おおえやまえことば)』の、絵図と詞書(ことばがき)の、正しい並び順については、榊原悟さん (*14) や、高橋昌明さん (*15)が、復元案を提示されています。

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高橋昌明さんの復元案にもとづいた、香取本(かとりぼん)大江山絵詞(おおえやまえことば)』の、絵図と詞書(ことばがき)の順序

下記は、高橋昌明さんが考案された「香取本(かとりぼん)大江山絵詞(おおえやまえことば)』の復元案」にもとづいて、香取本(かとりぼん)大江山絵詞(おおえやまえことば)』の絵図と詞書(ことばがき)や、関連する文献の詞書(ことばがき)の順番を並べ替えたものです (*15)。高橋昌明さんの復元案は、『酒呑童子の誕生 : もうひとつの日本文化』という本の巻末の「【付録】『大江山絵詞』復元の試み」という部分に掲載されています。

ぼくが知る限り、いまのところは、この高橋昌明さんの復元案の順序が、本来の正しい並び順にいちばんちかいのではないかと考えています。

高橋昌明さんの復元案:上巻

以下では、高橋昌明さんが考案された香取本(かとりぼん)大江山絵詞(おおえやまえことば)』の復元案のなかの、「上巻」のなかのそれぞれの段の、詞書(ことばがき)と、絵図を、紹介します。

高橋昌明さんの復元案:上巻 第一段

以下は、「高橋昌明さんの復元案:上巻 第一段」の、詞書(ことばがき)と、絵図です。

高橋昌明さんの復元案:上巻 第一段
詞書
陽明文庫本(ようめいぶんこぼん)酒天童子物語絵詞(しゅてんどうじものがたりえことば)」)

陽明文庫本「酒天童子物語絵詞」の第一紙目の詞書(ことばがき)のイメージ画像
陽明文庫本(ようめいぶんこぼん)酒天童子物語絵詞(しゅてんどうじものがたりえことば)」の第一紙目の詞書(ことばがき)のイメージ画像 (*16) (*17) (*18)

陽明文庫本「酒天童子物語絵詞」の第二紙目の詞書(ことばがき)のイメージ画像
陽明文庫本(ようめいぶんこぼん)酒天童子物語絵詞(しゅてんどうじものがたりえことば)」の第二紙目の詞書(ことばがき)のイメージ画像 (*16) (*19) (*18) (*20) (*21)

陽明文庫本「酒天童子物語絵詞」の第三紙目の詞書(ことばがき)のイメージ画像
陽明文庫本(ようめいぶんこぼん)酒天童子物語絵詞(しゅてんどうじものがたりえことば)」の第三紙目の詞書(ことばがき)のイメージ画像 (*16) (*19) (*18) (*20) (*21)
陽明文庫本「酒天童子物語絵詞」の第四紙目の詞書(ことばがき)のイメージ画像
陽明文庫本(ようめいぶんこぼん)酒天童子物語絵詞(しゅてんどうじものがたりえことば)」の第四紙目の詞書(ことばがき)のイメージ画像 (*16) (*19) (*18) (*20) (*21)

陽明文庫本「酒天童子物語絵詞」の第五紙目の詞書(ことばがき)のイメージ画像
陽明文庫本(ようめいぶんこぼん)酒天童子物語絵詞(しゅてんどうじものがたりえことば)」の第五紙目の詞書(ことばがき)のイメージ画像 (*16) (*19) (*18) (*20) (*21)

夫、徳政をもて国を治時は、則、仏神覆護して玄応をたれ、応善をもて世を祈ときは、又、星宿随喜して当生を利したまふ。しかれとも、青異黄軒のすなをなりし昔も、邪魔悪鬼はしつ■■■■■三代二漢のをさまりし古■■■■■は是そむきやすし。爰以■■■■■■申侯は神武帝功をひらき■■■■■かに六十六代の御門に相当■■■■つ日数をかそふれは星霜■■■■■千六百四十余廻に及にけり。御年七歳にして帝位につき、九歳にして詩筆にたつさはり給へり。さきには政を文学にみかきてあまねく百家に通し、後には妄想を真如にとらかしてふかく三宝に帰し給き。凡夫在位廿六年のあひた、南面の化実に恵露世をうるをし、左言の心さらになをくきてうにみてりされは、一天皆聖猷をあふきたてまつり、万人権化とうたかひ申、徳はさらに八埏のみちをたらす。三■■■■あとをつき、政は又四海の■■■■む二帝の善政流をう■■■■■■は秋の霜のことく、其恩■■■■■似たり。十善を四海に■■■■■■を一子になて給しかは、花■■■■まちに帰伏して臣妾皆感喜をすといふことなし。此時を得て顕教蜜宗のしな〳〵なるともに現証をあらはし、左文右武のまち〳〵なるたかひに能芸をあらそひ、医算のたくひおの〳〵妙功をぬき、いつ名は往生よりもたかく、陰陽の輩術徳をほとこすほまれは後代にしのきけり。王侯相将よりはしめて、緇素男女におよふまて、其仁風にそみ其恩波に浴せすといふことなし。是則四賢斉信公任行成俊賢各実をほとこす百官こと〳〵く行を■■■かゆへなり。

しかれとも、碓を■■■■おほき時は十堯九舜も■■■■■■さはりをなす魔あつま■■■■■■護神智もをかされ給■■■■■■■始のころより正暦年中に■■■■■ひそかに都鄙の貴賤をうしなひ、遠近の男女をほろほすことあり。九重の卿相侍臣よりはしめて、諸国の上下土民にいたるまて、或は父母兄弟にわかれてむねをこかすともからもあり、或は妻子眷属を失て袖をうるをすやからもあり、洛中洛外にかなしみの涙尽かたく、村南村北になくこえたえさりけり。つねは暴風雷雨して変異奇特のことくも有けり。上臥したるわか殿上人しかるへき人〻の姫君北方つほねまちの女童部にいたるまて、其数おほくうせ行けり。暫は世をうらみ、身をなけきて出■■■■■たるなとあやふみ、うたかふほ■■■■なりけれは、これたゝことにあ■■■■天魔のしわさとそなけ■■■■■■■よつて、諸寺諸社に仰て大■■■■■■せらるといへとも、貴僧高僧其■■■■あらはしかたく、霊仏霊社加護もむなしきにゝたり。古世の語に無為の世にいたり有苗の伐あり、垂拱の時にも遂鹿の戦ありなとかきをかれたるもおもひあはせられ侍にや。其比晴明といふ者有けり。陰陽卜巫の術掌をさすににたり。天変地変に目に見かことし。すなはち、めされて御占ありけるに、うらなひ申ていはく、帝都より西北にあたりて大江山といふ山有。かの所にすむ鬼王の所行なり。時うつり、日かさなりては、九重の上下諸国の人民一人として跡をとゝむへからす。相搆て君にも心をかけたてまつるといへとも、長時不断の御行たゆませ給はさるあひた■■■■伺かねたるよし、かんかへ申けれ■■■■闕を始として竹薗蓮府■■■■■■悲歎せすといふことなし。■■■■■道のうちうれへあまねく■■■■■ほかまてさはきにそなり■■■■■諸司八省、心をまほりにして■■■■神威の前にめくらし、文客武将は実を抽て才智を南北のもとにいつしつゝ、かの天魔の暴逆のしりそけて、此貴賤の愁歎をやすめんとそせられける。

 

高橋昌明さんの復元案:上巻 第一段
絵図
(絵巻の原本の現状:上巻 第一絵図)

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高橋昌明さんの復元案:上巻 第二段

以下は、「高橋昌明さんの復元案:上巻 第二段」の、詞書(ことばがき)と、絵図です。

高橋昌明さんの復元案:上巻 第二段
詞書
陽明文庫本(ようめいぶんこぼん)酒天童子物語絵詞(しゅてんどうじものがたりえことば)」)
(絵巻の原本の現状:上巻 第一段 詞書(ことばがき)

陽明文庫本「酒天童子物語絵詞」の第五紙目の詞書(ことばがき)のイメージ画像
陽明文庫本(ようめいぶんこぼん)酒天童子物語絵詞(しゅてんどうじものがたりえことば)」の第五紙目の詞書(ことばがき)のイメージ画像 (*16) (*19) (*18) (*20) (*21)

陽明文庫本「酒天童子物語絵詞」の第六紙目の詞書(ことばがき)のイメージ画像
陽明文庫本(ようめいぶんこぼん)酒天童子物語絵詞(しゅてんどうじものがたりえことば)」の第六紙目の詞書(ことばがき)のイメージ画像 (*16) (*20)

陽明文庫本「酒天童子物語絵詞」の第七紙目の詞書(ことばがき)のイメージ画像
陽明文庫本(ようめいぶんこぼん)酒天童子物語絵詞(しゅてんどうじものがたりえことば)」の第七紙目の詞書(ことばがき)のイメージ画像 (*16) (*19) (*18) (*20) (*21)

陽明文庫本「酒天童子物語絵詞」の第八紙目の詞書(ことばがき)のイメージ画像
陽明文庫本(ようめいぶんこぼん)酒天童子物語絵詞(しゅてんどうじものがたりえことば)」の第八紙目の詞書(ことばがき)のイメージ画像 (*16) (*22)

陽明文庫本「酒天童子物語絵詞」の第九紙目の詞書(ことばがき)のイメージ画像
陽明文庫本(ようめいぶんこぼん)酒天童子物語絵詞(しゅてんどうじものがたりえことば)」の第九紙目の詞書(ことばがき)のイメージ画像 (*16) (*19) (*18) (*20) (*21)

公卿僉儀、度〻におよひて後、右心みにいはく、朝家に文武二道を定置るゝ事、文をもて{万機の政務をとり、武をもては諸国の乱逆をうちしつめんかためなり。すみやかに致頼〻信維衡保昌等をめされて、このむねを仰ふくめらるへしと定申されけれは、すなはち、四人の武士をめして此由を仰す。各申されけるは、まことに弓箭の【道には偏に】朝敵をたいらけんかためな【り。夫仰を】辞申におよはす。五材四【義に忠をつくし】、左車右馬のはかりとを【めくらすへしと】いへとも、これはすかたをみさる【天魔、声を】きかさる鬼神なり。合戦【をとくる事】、人力及かたきよしをそ申ける。

【爰に閑】院の左大将実躬卿、其時中納言にてをはしけるか申されけるは、かゝる変化の者も、王土にあとをとゝめなから、いかてか天気にしたかはさるへきとなむ、摂津守頼光・丹後守保昌、二人に仰られてめさるへきよし申されけれは、諸卿一同して両将をめされぬ。我朝の天下の大事これにすくへからす。各武勇の心さしをはけまして、速に凶害の輩をしつむへしと仰ふくめられしかは、各畏て罷出ぬ。煙霞東西に心なけれとも、風にあふときはたちまちに飛行す。これすなはち順の徳也。人臣は遠近におよひなけれとも、命をふくむときは馳走す。これすなはち【忠のい】たるをや。両輩各宿所へ退【出して綸】言そむきかたかりし間、おも【ひ〳〵に出立けり】。別をゝしむ}
妻妾あり■■■■■■■孫子あり。たかひに心をく■■■■■■もよをすたのむかたとては只■■■■の守護氏寺の仏陀の加護■■■■■■光は八幡三所日吉山王ねんこ■■■■祈念し、保昌は熊野三所・住吉明神と再三祈申て、神馬幷に種〻重宝・色〻の幣帛を別当神主等にたてまつらる。是則とゆへなく朝敵をほろほして再会を期せんとなり。すてに発向と聞しかは、近国の武士数万騎をあひもよをして、二人の将軍にさしそへられけり。爰頼光申けるは、朝敵をうたんことかならすしも勢によるへからす。且は、かれらか妻子の歎も不便なり。王威むなしからすは、宣旨豈ゆるなるへしやとて、とめをかれしかは、各悦の涙をゝさへてとゝまりぬ。死も生も一所にと契をふかくする郎等、頼■■■■■■綱・公時・貞通・季武・四人■■■■■■■■主従共に五騎也。保昌の■■■■■■■宰小監はかりなり。かれこれ■■■■■ひたたれ色〻の鎧きて参■■■■■■■ならひに宣旨を給て出け■■■■■■地の錦の直垂にいとをとし■■■■■頭のかふとをもたせたり。大中黒の■や、廿四さしたるをかしら、たかにをひしけとうのゆみをつゑにつき、金作の太刀の三尺五寸なるをさけはきたり。保昌は、赤地錦鎧直垂にむらさきすそ、この鎧にくわかたうちたるかふともたせて、たかうすへをの征矢おひて、ふしまきの弓つへにつき、白きひるまきの太刀に、虎皮のしんさや入てはき、庭上にゆるきいてたるけしきまことにあたりをはらひてそみえける。

のこりの郎等共もともせんとはやりけれとも、妻子なともさすか心くるしくやありけん。かれらにつけてみなとゝめけれは、心ならすとゝまりぬ。さりけれとも、京中はかりは共したりけり。

 

高橋昌明さんの復元案:上巻 第二段
絵図
(絵巻の原本の現状:上巻 第二絵図)

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高橋昌明さんの復元案:上巻 第三段

以下は、「高橋昌明さんの復元案:上巻 第三段」の、詞書(ことばがき)と、絵図です。

高橋昌明さんの復元案:上巻 第三段
詞書
陽明文庫本(ようめいぶんこぼん)酒天童子物語絵詞(しゅてんどうじものがたりえことば)」)
(絵巻の原本の現状:上巻 第二段 詞書(ことばがき)

陽明文庫本「酒天童子物語絵詞」の第九紙目の詞書(ことばがき)のイメージ画像
陽明文庫本(ようめいぶんこぼん)酒天童子物語絵詞(しゅてんどうじものがたりえことば)」の第九紙目の詞書(ことばがき)のイメージ画像 (*16) (*19) (*18) (*20) (*21)

陽明文庫本「酒天童子物語絵詞」の第十紙目の詞書(ことばがき)のイメージ画像
陽明文庫本(ようめいぶんこぼん)酒天童子物語絵詞(しゅてんどうじものがたりえことば)」の第十紙目の詞書(ことばがき)のイメージ画像 (*16) (*19) (*18) (*20) (*21)

陽明文庫本「酒天童子物語絵詞」の第十一紙目の詞書(ことばがき)のイメージ画像
陽明文庫本(ようめいぶんこぼん)酒天童子物語絵詞(しゅてんどうじものがたりえことば)」の第十一紙目の詞書(ことばがき)のイメージ画像 (*16) (*19) (*18) (*20) (*21)

陽明文庫本「酒天童子物語絵詞」の第十二紙目の詞書(ことばがき)のイメージ画像
陽明文庫本(ようめいぶんこぼん)酒天童子物語絵詞(しゅてんどうじものがたりえことば)」の第十二紙目の詞書(ことばがき)のイメージ画像 (*16) (*19) (*18) (*20) (*21)

禁中の卿■■■■■■■■洛中の貴賤万人にいた■■■■■■■みる輩稲麻竹葦の■■■■■■■■■下にみち〳〵て、門前市■■■■■■■元年十一月一日、帝都をい■■■■■■王のすみかときく大江山いく■■■■る〳〵とそわけすてに、かの大江山を尋入、谷〻峯〻に日をかさね、よをかさねてもとめけれとも、樵渓跡たえて、雲海のうみをへたて、群源きしをあらひて、煙波まなこをさいきれり。山よりなを山に入、谷より又谷につたへとも、あやしきこともみえさりしかは、頼光の給けるは、王敵をうちたいらけすは、なかく都へ帰へからすといはれけれは、保昌尤可然とて、実躰同心。こゝや、かしこや、たつねゆくに、巌崛みちほそくして、身をそはめて入所もあり、渓樹枝をうなたれて、頭をかたふけてゆくところもあり。所〻の苦行は霞にうつみて跡もたへこゑ〳〵の■■はあらしにたくひてかすか■■■■■しそらすゝけわたりて■■■■■■■けしきなにとなくお■■■■■■■■みねには陰雲ありて、斜■■■■■■■すさまし木には芳樹な■■■■■■■よそをひかろしあそふ鳥の■■■■■雲に宿するかたらひさむくた■■■■さるの木をいたひて月にさけふこゑよりほかは、おとする物そなかりける。

さる程に、ある山のほこらをみやれは、あやしきことも侍りけり。かのすかた白髪なる老翁一人、としたかき山臥、老僧や、若き僧、各一人つゝ種〻酒肴用意して、柴宿さして唐櫃なとかきすへて、人をあひまつ{けしきなり。各これをみて、うたかひなき変化の者と思けれは、太刀をぬき、弓をひきてむかふ処に、白翁すゝみ出て、きものをぬきかけて、はたかになりて、手をあはせていひけるは、をそれあやしみ給ことなかれ。各をまちたてまつるなり。そのゆへは、翁は【子供】六七人もちたりしを、一人【ならす鬼】王にとりうしなはれて、こ【の歎い】かはかりとかおもひ給。かの山【臥は、同行あまた】とられ、この若僧は、弟子【・師匠を失】なひてなげき給へは、両【将宣旨を】うけ給て鬼城へたつねむ【かひ給由】をつたへうけ給はるあひた、よろこひをなして、我等も御共仕て、心のゆくかたと、かのところへあひむかはんためなり、とかたりけるに、頼光の給けるは、かくの給へはとて、心をゆるしたてまつるには侍らねとも、我等宣旨をくひにかけて侍れは、我等か身には何事か侍らんとて、太刀をゝさめ、弓をなをして、各用意の飯酒ともに至極して鬼城をもとめいたすへきとはかるところに、白翁申けるは、そのすかたともにては、たつね給はんことかなふへからす。たとひ兄弟なりとも、いかてかたやすくあふことをうへき。すかたをやつし、やうをかへてたつねみ給へとて、唐櫃の中より【柿衣】・柿の袈裟・頭巾なとゝ【りいたして、とり〳〵】にきて、おいといふ物九ちやう【おなしく櫃】なかより取出して、かのを【ひに甲冑】}酒肴を取入てからけし■■■■■山臥・老僧・若僧・綱・公時■■■■■■武・独武者なと九人は、九ちやう■をいをかけて、白翁と頼光は先達のことくに、檜杖といふ物をつきてあゆみつゝきける馬をは、是より舎人男に、みなふるさとへそ、かへしつかはしける。

 

高橋昌明さんの復元案:上巻 第三段
絵図
(絵巻の原本の現状:上巻 第七絵図)

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高橋昌明さんの復元案:上巻 第四段

以下は、「高橋昌明さんの復元案:上巻 第四段」の、詞書(ことばがき)と、絵図です。

高橋昌明さんの復元案:上巻 第四段
詞書
(絵巻の原本の現状:上巻 第三段 詞書(ことばがき)

……
たり。頭には黒髪もなく白髪なるが、顔譬へむ方なし。色々様々に血の付きたる物を洗ひて木の枝に掛け、岩の角等に干し掛けたり。人々是を見て、「疑ひ無く変化の物よ」と思ひて、忽ちに命を失ひてんとする所に、女、手を合はせて、「我、更に鬼神・変化の物にあらず。本はよな、生田の里の賤の女にて侍りしが、思はぬ外に、鬼王に捕られて此の所に来て侍りし時、『骨強く筋高し』とて捨てられしが、この器量の者とて、斯かる着物を洗はせらるiなり。古里も懐しく、親しき者も恋しけれども、春行き秋闌けて、既に二百余廻りの季月を重ねたり。さても此の人々は、如何にして是へはおはしぬるにか。速やかに疾く帰り給へ。此の所は遥かに人間の里を離れたり。齢しかも盛りなる人々也。いと悲しくこそ覚ゆれ」と申しければ、頼光問ひ給ひけるは、「此の山は大江山の奥也。人間を離れたるとは何事ぞ」と宣へば、老女答へけるは、「是へおはしつる道には、岩穴のありつるぞかし。其の穴より此の方は、〈鬼隠しの里〉と申す所なり」とぞ申しける。保昌、賤の女にまた問はれけるは、「さて、此の所の有様、詳しく語り申せ。王の宣旨を蒙りて尋ね来れる也」と宣へば、「さてはありの儘に申すべし」とて、「鬼王の城は此の上に侍る也。八足の門を立てて〈酒天童子〉と額をば書きたる由をぞ聞き侍りし。彼の亭主の鬼王、仮に童子の姿に変じて酒を愛する也。九重の内より公卿・殿上人の姫君・北の方、貴賤上下取り集めて、料理包丁して喰ひ物とす。此の頃、都に晴明と申すなる、泰山府君を祭り給ふによりて、式神・護法、隙なく国土を廻りて守護し給ふ故に、都より人をも取り得ずして、帰る時は漫ろに腹を据ゑかねて、胸を叩き歯を食ひ縛りて、眼を怒らかして侍る也。徒然なる儘に、笛を吹きて遊び給ふ。不思議なる事の侍るは、天台座主慈恵大師の御弟子御堂の入道殿の御子の幼き児を取りて、鉄石の籠に込め奉る所に、彼の児、他念無く法華経を読み奉り給ふ御声、暁様には是まで聞こへ侍るぞや。斯様に生きながら魔道の報いを受けて侍れば、其の罪業を悲しく思ふに、『此の御経の御声を承るにこそ、罪障も消滅するらん』と忝く侍る。また、慈恵大師の手づから自ら行なひ給へばや、彼の一乗守護の為に、諸天善神、雨の如くに集まり、雲の如くに来りて、夙夜不断に修行し給へるに、鬼王も持ち扱ひて侍る」由をぞ語りける。

 

高橋昌明さんの復元案:上巻 第四段
絵図
(絵巻の原本の現状:上巻 第九絵図)

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高橋昌明さんの復元案:上巻 第五段

以下は、「高橋昌明さんの復元案:上巻 第五段」の、詞書(ことばがき)と、絵図です。

高橋昌明さんの復元案:上巻 第五段
詞書
(絵巻の原本の現状:上巻 第四段 詞書(ことばがき)

賤の女の詞に随ひて、此の所を少し歩み登りて見れば、誠に八足の大門あり。門の柱・扉は美しく殊勝にして、辺りも輝く程也。四方の山は瑠璃の如し。地は水精の砂を撒きたるに似たり。各これを見るに、石室霜深くして、迦葉の洞に来れるかと疑ひ、蘿径雪浅くして、懺悔の庭に臨めるが如し。頼光、綱を召して、「門の内へ入りて案内聞け」と宣へば、綱、忽ちに樊噲が思ひをなして、唯一人門の内へ入りて、寝殿と思しき所へ差し回りて、「物申さん」と高らかに申しければ、内より気高く由々しき声にて、「何物ぞ」と答へて出でたる人を見れば、一丈計りなる大の童の練貫の小袖に大口踏み包みて、笛持ちたる手にて簾掻き上げて、「誰人ぞ」と問ふ。眼居・言柄、気高く由々しき気色にてぞ有りける。綱少しも騒がず、「諸国修行の者、山臥ども十余人侍るが、道に踏み迷ひて是まで参るなり。御宿給はらん」と申しければ、童子、「然らば、惣門の際なる廊へ入れ奉れ」とて、案内者の女房副へたり。此の女房、綱が前に立ち、ゆくゆく袖を顔に当ててさめざめと泣きければ、綱、事の故を問ふに、女房答へけるは、「御姿を見奉るに、修行者にこそおはしますめれ。是へおはしなん後、生きて古郷へ帰る事あるべからず。愛しく悲しくこそ思ひ奉れ。我は是、土御門の内府宗成卿の第三の女なり。過ぐる秋の頃、月を詠じし程に敢なく獲られて、心憂き目をば見る也。少しも心に違ふ物をば、果物と名付けて座を変へず喰らひ侍れば、目の前に見るも心憂し。今日や身の上にならむずらんと思ふに、雪山の鳥の心地して、悲しく心憂く侍る」と申す。斯かるを聞くに、由々しき事を聞くものかなと思へども、然らぬ体に持て成して、門の際なる廊へ人々をも入れ奉りぬ。

 

高橋昌明さんの復元案:上巻 第五段
絵図
(絵巻の原本の現状:上巻 第十絵図)

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高橋昌明さんの復元案:上巻 第六段

以下は、「高橋昌明さんの復元案:上巻 第六段」の、詞書(ことばがき)と、絵図です。

高橋昌明さんの復元案:上巻 第六段
詞書
(絵巻の原本の現状:上巻 第五段 詞書(ことばがき)

其の後、度ばかり有りて、容顔美麗の女房達、円座十枚持て来て、此の人々に敷かせけり。銀の瓶子の大やかなるに酒入れ、金の鉢等に何の肉やらん、いと高く盛り上げて持ちつつ来り。彼の唐土の張文成といひし人が仙窟に至りて、神女に会ひ慣れけんも、斯くや有りけんとぞ覚えける。頼光(よりみつ)保昌(やすまさ)、同じ(ことば)に、「同じくは、亭主(ていしゅ)御出(おい)であらんこそ面白(おもしろ)(はべ)るべけれ。我等(われら)(ばか)りは(めずら)しからぬ同行(どうぎょう)(ども)にてある」と言はれければ、(しばら)くありて亭主(ていしゅ)童子(どうじ)()(きた)り。(たけ)一丈(いちじょう)(ばか)りなるが、眼居(まなこい)言柄(ことがら)(まこと)(かしこ)く、智恵(ちえ)(ぶか)げにて、色々(いろいろ)小袖(こそで)に、白き(はかま)(こう)水干(すいかん)をぞ着たりける。美しき女房(にょうぼう)(たち)四、五人に、(あるい)円座(えんざ)(あるい)脇息(きょうそく)持たせて、(あた)りも(かがや)(ばか)りに由々(ゆゆ)しくぞ見えし。童子(どうじ)頼光(よりみつ)に問ひ(もう)されけるは、「(おん)修行者(すぎょうざ)何方(いずかた)より(いか)なる(ところ)へとて御出(おい)(そうら)ひけるぞ」と問ひければ、答へられけるは、「諸国一見(いっけん)(ため)(まか)()でたるが、(すず)ろに山に()み迷ひて、(これ)まで(きた)る」(よし)をぞ答へられける。童子(どうじ)(また)我身(わがみ)有様(ありさま)を心に()けて語りけり。「(われ)(これ)、酒を深く愛する者なり。()れば、眷属等(けんぞくら)には酒天童子(しゅてんどうじ)異名(いみょう)に呼び付けられ(はべ)るなり。(いにしえ)はよな、平野山(ひらのやま)重代(じゅうだい)私領(しりょう)として(まか)り過ぎしを、伝教大師(でんぎょうだいし)といひし不思議(ふしぎ)(ぼう)()の山を(てん)じ取りて、(みね)には根本中堂(こんぽんちゅうどう)を建て、(ふもと)には七社(しちしゃ)霊神(れいじん)(あが)(たてまつ)らんとせられしを、年来(ねんらい)住所(すみどころ)なれば、(かつ)名残(なごり
)
()しく覚え、(かつ)(すみか)もなかりし(こと)口惜(くちお)しさに、楠木(くすのき)(へん)じて度々(たびたび)障碍(しょうげ)をなし、(さまた)(はべ)りしかば、大師房(だいしぼう)()の木を切り、地を(たいら)げて、「()けなば」と(はべ)りし(ほど)に、()()(うち)(また)、先のよりも(だい)なる楠木(くすのき)(へん)じて(はべ)りしを、伝教房(でんぎょうぼう)不思議(ふしぎ)かなと(おも)ひて、結界(けっかい)(ふう)(たま)ひし(うえ)、「阿耨多羅三藐三菩提(あのくたらさんみゃくさんぼだい)(ほとけ)(たち)()が立つ(そま)冥加(みょうが)あらせ(たま)へ」と(もう)されしかば、心は(たけ)(おも)へども(ちから)及ばず
(あら)はれ()でて、「(しか)らば、居所(いどころ)を与へ(たま)へ」と(うれ)(もう)せしに()て、近江国(おうみのくに)かが山、大師房(だいしぼう)(りょう)なりしを得たりしかば、(しか)らばとて()の山に住み()えてありし(ほど)に、桓武(かんむ)天皇、(また)勅使(ちょくし)を立て宣旨(せんじ)を読まれしかば、王土(おうど)にありながら、勅命(ちょくめい)さすがに(そむ)(がた)かりし(うえ)天使(てんし)(きた)りて追ひ(いだ)せしかば、(ちから)無くして(また)()の山を迷ひ()でて、立ち宿(やど)るべき(すみか)もなかりし(こと)口惜(くちお)しさに、風に(たく)し雲に乗りて、(しばら)くは浮かれ(はべ)りし(ほど)に、時々(ときどき)()怨念(おんねん)(もよお)す時は、悪心(あくしん)()()て、大風(おおかぜ)()旱魃(かんばつ)()りて、国土(こくど)(あだ)()して心を(なぐさ)(はべ)りき。然るに仁明の御宇かとよ、嘉祥二年の頃より此の所に住み初めて侍るが、斯かる賢王に遇ひ奉りて侍る時、我等が威勢も心に任せ侍る也。其の故は、王威緩ければ民の力衰へ、仏神の加護薄ければ国土衰弊する事にて、愚王に遇ふ時は、童が心も言ふ甲斐なくなり、賢王・賢人の代に遇ふ時は、我等が通力も侍るなり。昔物語は静かに申して聞かせ参らせん。先ず一献」とて酒を勧む。頼光宣ひけるは、「童子にておはします上は、児にてこそおはしませ。御先には争か盃は取るべき。先ず先ず」と宣へば、童子打ち笑ひて、「この御詞にこそ臆め侍れ」とて、盃を取りて三盃して、「御詞に付けて」とて頼光に注す。受けて飲まんとするに、生臭くむつけき事限りなし。然りけれども、鳥滸の気色もなく静々と飲みて、保昌に注されぬ。保昌飲む由して捨てられぬ。然る所に老翁、「山臥等、御酒は給はり侍りぬ。我等が中に、山臥の死筒とて用意したる物侍り。此の御前にて取り出さでは、いつの時をか期し侍るべき」とて、笈の中より筒取り出して勧めけり。飲めば取り出で〳〵、我劣らじと強ゐたりけり。

 

高橋昌明さんの復元案:上巻 第六段
絵図
(絵巻の原本の現状:上巻 第十一絵図)

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高橋昌明さんの復元案:上巻 第七段?

以下は、「高橋昌明さんの復元案:上巻 第七段」の、詞書(ことばがき)と、絵図です。

高橋昌明さんの復元案:上巻 第七段
詞書
??????

 

高橋昌明さんの復元案:上巻 第七段
絵図
??????

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高橋昌明さんの復元案:上巻 第八段

以下は、「高橋昌明さんの復元案:上巻 第八段」の、詞書(ことばがき)と、絵図です。

高橋昌明さんの復元案:上巻 第八段
詞書
(絵巻の原本の現状:下巻 第三段 詞書(ことばがき)

今は日の暮るるを相待つ所に、眷属の鬼共、「此の人々を謀らん」とや思ひけん、容貌美麗なる女房達に変じて、襲衣どもを着飾りて、五、六人許り打ち連れて、山臥達の前に来れり。何といひ遣りたる事はなくて、形作りを頻りにしけり。陽台の朝の雲に袖を重ね、洛浦の神皇に交はりを結ぶかとぞ覚えし。保昌宣ひけるは、「山臥修行者の居所に、女房達の来れる事、心得難し。速やかに罷り出でよ」と宣へども、耳にも聞き入れずして居けるを、頼光、目を暫くも放たれず、睨みて守られければ、面映く漫ろわしげに成りて、漸く退きのきけるが申しけるは、「此の人々の中には、此の山臥ぞ、故ある人と見え給ふ。眼居の難しさ、鬱悒し。いざや」とて、各が本体を現はして、掻き消つ様に逃げ走り失せにけり。

 

高橋昌明さんの復元案:上巻 第八段
絵図
(絵巻の原本の現状:下巻 第三絵図)

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高橋昌明さんの復元案:上巻 第九段

以下は、「高橋昌明さんの復元案:上巻 第九段」の、詞書(ことばがき)と、絵図です。

高橋昌明さんの復元案:上巻 第九段
詞書
(絵巻の原本の現状:下巻 第一段 詞書(ことばがき)

其の後は幾程なく、黒雲俄に立ち下りて、四方は闇夜の如し。血臭き風荒く吹き、振動・雷電斜めならず。「こは如何なる事のあらんずるぞ」と見る所に、種々くさぐさ無尽むじん変化へんげ物共ものども背背せいおおきにかたちおそろろしげにて、田楽でんがくをしてとおりけり。

 

高橋昌明さんの復元案:上巻 第九段
絵図
(絵巻の原本の現状:下巻 第一絵図)

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高橋昌明さんの復元案:上巻 第十段

以下は、「高橋昌明さんの復元案:上巻 第十段」の、詞書(ことばがき)と、絵図です。

高橋昌明さんの復元案:上巻 第十段
詞書
(絵巻の原本の現状:下巻 第二段 詞書(ことばがき)

打ち続きて、又、此の変化の物共、様々の渡り物をぞしける。面もとりどりに姿も様様也。或はをかしき有様なる物もあり、或は美しき気色したる物もあり、恐ろしく心も動きぬべき物もあり。筆にも書き記し難く、詞にも言ひ知らぬ様なれば、各是を見られけるに、頼光、座席居繕いて、面も振らず目をも放たず、暫く守りておはしければ、眼の底より五色の光ぞ出でたりける。変化の物共申しけるは、「あの山臥は見らるるか。眼の光、顔の荒立ち、常の人には変はりて見ゆ。当時、都に遍く人々の恐れ戦くなる源頼光とかや申す人こそ、眼の底は光るなれ。それならでは、斯かる人も又ありける物かな。我等が類の、欺き嬲るべき人にはあらず」とて、後ろ様に慌てて東西に走り散り、巌石に倒れ伏してぞ逃げ退きける。

 

高橋昌明さんの復元案:上巻 第十段
絵図
(絵巻の原本の現状:下巻 第二絵図)

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高橋昌明さんの復元案:下巻

以下では、高橋昌明さんが考案された香取本(かとりぼん)大江山絵詞(おおえやまえことば)』の復元案のなかの、「下巻」のなかのそれぞれの段の、詞書(ことばがき)と、絵図を、紹介します。

高橋昌明さんの復元案:下巻 第一段

以下は、「高橋昌明さんの復元案:下巻 第一段」の、詞書(ことばがき)と、絵図です。

高橋昌明さんの復元案:下巻 第一段
詞書
(絵巻の原本の現状:下巻 第四段 詞書(ことばがき)

室を構へて、都鄙の老少を籠め置く。又、忍び声にて経を読み奉る声のしければ、如何なる人ぞと思ひて、声を導に行きて見れば、銅の籠を作りて女房四■人籠め置きたる中に、いと清げなる児の十四、五許りなるが、練貫の小袖に白き大口着て、守より小経を取り出して、涙の露に点を添へて読まるるにぞ有りける。此の児の左右を見れば、十羅刹女、諸々の天菓を置きて、外に種々に形を現はして守護す。又、薬師の十二神将は、この格子の外に形を現はして守り給ふ。又、不動の炎光の如くに火燃ゑ上がりたる猿一疋ぞ立ちたりける。是を見て頼光、「これは如何なる事にや」と尋ね給へば、白翁答へけるは、「此の児、法華経を読誦し奉る功によりて、十羅刹、此の所に来臨して擁護し給ふ也。又、十二神将は此の児の師匠、七仏薬師を行じ給ふ故に、守護して眷属の十二神来りて守り給ふ。又、猿の様なる物はよな、あれこそ叡山早尾権現よ。かの本地は大聖不動明王なれば、生々して加護の誓ひといひ、猿は又、山王の使者、彼此、両形を現はして守り給ふ也」とぞ宣ひける。頼光は、此の白翁元より怪しく思はれけり。「誠に権現の加護にあらずば、天魔の凶悪を鎮め難し。偏に是、年来日来、憑みを懸けたる霊神の化現かや」と感喜相並びければ、保昌と窃かに目を見合ひて頷き給ひけり。此の児と申すは、前の老女が語らひつる慈恵大師の御弟子、御堂の入道殿の御子息是也。

 

高橋昌明さんの復元案:下巻 第一段
絵図
(絵巻の原本の現状:下巻 第四絵図)

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高橋昌明さんの復元案:下巻 第二段

以下は、「高橋昌明さんの復元案:下巻 第二段」の、詞書(ことばがき)と、絵図です。

高橋昌明さんの復元案:下巻 第二段
詞書
(絵巻の原本の現状:下巻 第五段 詞書(ことばがき)

ここを立ち退きて、南の方を見れば、軒近き花橘の匂ひは風懐かしく、昔の袖の香やらんと覚え、大荒木の森の下草、鬱悒きまでに繁りあへる。絶え絶えに常懐かしき姫百合の花の顔も珍しく見えけるに、大きなる桶ども数多据ゑ並べて人を鮨に仕置きたり。其の匂ひ血臭く生臭くして、見るもかわゆき事限りなし。傍らを見れば、古き死骸は苔生し、新しき死骸は血付きて、塚の如く山の如し。西の方を見れば、郡梢雨に染んで梧楸の色紅なり。百菓露結びて、蘭菊の花芳し。我、松虫とはなけれども、心引かるる声々や。ここに又、唐人数多籠め置きたり。これを見るに、「我が朝にも限らず、天竺・震旦の人まで獲り置きけるよ」と見れば、不便とも言ふ許りなし。北の方には、雪に埋む岸、松の嵐を待つ色、霜に飽ける庭の菊、秋を残せる匂ひ、何れも目留まりにけり。只今は鬼共多くはなけれども、十余人ぞありける。その外は様々に形を変じて、体を化けたる物共多くぞありける。目も奇に覚えて、本の廊に帰りて、この有様を郎等共に語られけり。

 

高橋昌明さんの復元案:下巻 第二段
絵図
(絵巻の原本の現状:下巻 第五絵図)

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高橋昌明さんの復元案:下巻 第三段

以下は、「高橋昌明さんの復元案:下巻 第三段」の、詞書(ことばがき)と、絵図です。

高橋昌明さんの復元案:下巻 第三段
詞書
(欠失)

 

高橋昌明さんの復元案:下巻 第三段
絵図
(絵巻の原本の現状:下巻 第六絵図)

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高橋昌明さんの復元案:下巻 第四段

以下は、「高橋昌明さんの復元案:下巻 第四段」の、詞書(ことばがき)と、絵図です。

高橋昌明さんの復元案:下巻 第四段
詞書
(絵巻の原本の現状:下巻 第六段 詞書(ことばがき)

童子、鉄石の室を強く構へて、其の中にぞ臥したりける。上臈・女房達四、五人置きて、「腕摩れ」などと下知してぞ寝たりける。何にしても此の戸を開くべき様なかりけるに、老ひたる・少き、二人の僧、「年来の行功只今也。本尊界会、穴賢穴賢。本誓誤り給ふな」とて袈裟の下にて印契を結びて、暫く祈念し給へば、固く閉ぢたりつる鉄石、朝の露と消え、由々しく見えつる寝所は一時に破れにけり。各打ち入りて見ければ、昼こそ童子の形に変じけれども、夜は本の体を顕はして、長五丈計りなる鬼の頭と身は赤く、左の足は黒く、右の手は黄に、右の足は白く、左の手は青く、五色に斑きて、眼十五、角五つぞ生ひたりける。是を見るに、偏に夢の心地して言ふ許りなき有様也。然れども、各心を静めて、寄りて打たんと早りけるに、若僧宣ひけるは、「大なる物を、其の太刀にて相違無く斬り果せん事、不定也。若し起き上がる事もあらんは、由々しき大事に成りなんず。然らば、我等四人して此の鬼王を取って押さへたらば、各同心に頭一所を決めて打て」とぞ教へられける。「此の儀、尤も然るべし」とて四人の客人、手足に取り尽きて押さへたり。鬼王、頸計りを持ち上げて、「麒麟無極めはなきか、邪見極大めはなきか。此等に謀られて、今は斯うと覚ゆる。敵打てや」と、千声百声叫びければ、頸切りたる鬼共、頸もなくて置き上がりて走り廻り、手を広げて踊りけり。二人の将軍、五人の兵、同心に鬼の頸を打ち落つ。此の鬼王の頸、天に飛び登りて叫び廻る事夥し。頼光急ぎ綱・公時二人が兜を請ひて、我が兜の上に重ねて着給ひたりけり。人々是を見て、「こは如何なる事ぞ」と見る所に、鬼の頸舞ひ落ちて、頼光の兜の上に喰ひ付きぬ。頼光宣ふ様、「眼を抉れ」と宣へば、綱・公時つと寄りて刀を抜きて、左右の眼を抉りたりければ、鬼主の頸死にけり。其の後、甲を脱ぎて見たりければ、甲二つを喰ひ通してぞありける。

 

高橋昌明さんの復元案:下巻 第四段
絵図
(絵巻の原本の現状:下巻 第七絵図)

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香取本(かとりぼん)大江山絵詞(おおえやまえことば)』の絵図(現状の絵巻の原本の「下巻 第七絵図」)のイメージ画像 (*5)

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香取本(かとりぼん)大江山絵詞(おおえやまえことば)』の絵図(現状の絵巻の原本の「下巻 第七絵図」)のイメージ画像
(絵図全体のなかの一部分の抜粋) (*5)

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高橋昌明さんの復元案:下巻 第五段

以下は、「高橋昌明さんの復元案:下巻 第五段」の、詞書(ことばがき)と、絵図です。

高橋昌明さんの復元案:下巻 第五段
詞書
(絵巻の原本の現状:詞書巻(ことばがきかん) 第四段 詞書(ことばがき)

……
り、又有りし着る物洗ひし老女、悦び勇みて帰りし程に、此の年頃は鬼の力に引かれて、却老延齢、勢ひも有りつれ、今は鬼王の通力も失せぬる故にや、山を出でかねて老ひ屈まりてぞ伏したりける。渭水を別れて重ねて発たむ呂尚父が額の浪かと疑はれ、商山を出でて猶空しかりし遠司徒が鬢の雪かと誤たれたり。旧里に帰るとも、錦の袴を着ざれば、買臣の勇もなかりけり。家を離れて星霜既に二百余廻りに成りぬれば、自ら争か七世の孫をも相見るべき。然れども猶、旧里を思ふ心有りて、都の方を顧ける。蜉蝣の齢、夕を待たぬ習ひにて、芭蕉の命、風に破れしかば、何時の馴染みとはなけれども、各々哀れに覚えて袖をぞ絞りける。

 

高橋昌明さんの復元案:下巻 第五段
絵図
(絵巻の原本の現状:下巻 第八絵図)

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高橋昌明さんの復元案:下巻 第六段

以下は、「高橋昌明さんの復元案:下巻 第六段」の、詞書(ことばがき)と、絵図です。

高橋昌明さんの復元案:下巻 第六段
詞書
(絵巻の原本の現状:詞書巻(ことばがきかん) 第一段 詞書(ことばがき)

四人の客人、官■と故なく大江山の有りし道まで帰りぬ。此の時、四人の人々申されけるは、「この程の御名残忘れ難く侍るものかな。宣旨を蒙り給へる将軍達にておはしませば、打ち平らげ給はん事は左右に及ばねども、由々しき大事の侍りて、我等御供しつる也。今は是より暇を申して罷り帰るべし。当帝をば、世の常の王とは思ひ給ふべからず。昔より今に至るまで、賢王数多ましますと言ひながら、衆生化度の方便によりて、粟散の王とは生じ給へども、慈尊下生たるに依て慈氏の化儀を施し給ふ。然れば、近臣百官の為に因を結び、遠客諸人に及ぶまで恵みを与ゑましませば、本師釈尊の遺勅、誤り給はざるにあらず。当来、導師の教、誠に頼み有るべし。晴明と申すは、秘密真言の棟梁、竜樹菩薩の変化也。昔は白道沙門と現はれ、今は晴明といふ博士に生まれたり。陰陽の秘術を強ちに執し思されしかば、二度、指の神子と成りて、斯かる賢王の御代に仕り給ふ也。頼光も、我が身を軽く思ひ給ふべからず。致頼・頼信・維衡・保昌とて四人の名将おはしませども、此の人数にも差し抜けて、洛中洛外の上下に恐れ敬はれ給ふ事、すなわ則ち五大尊の其の中、大威徳の化生にてまします、其の故也。然れば、悪魔降伏も世に越ゑ、盗賊追討も人に勝れ給へる也。四人の殿原を人、四天と呼ぶ事、其の故有る物をや。綱は多門天、公時は持国天、忠道は増長天、季武は広目天、共に天下を哀愍し、禁中を守護し給ふ。翁が言葉を疑ひ給ふ事勿れ」と語られければ、是を聞く貴賤上下の輩、掌を合はせけり。さてこそ、一条の院をば権者と仰ぎ奉りけれ。又、頼光をば二生の人は恐れ申しけれ。保昌宣ひけるは、「先世の契り悟り易く、今度の御名残忘れ難く、詞にも尽くし難く、筆にも註し難し。同じくは御形見を給ひて、且は後日の思ひ出にもし、且は末代の物語にも」と申されければ、「尤も」とて、翁先づ白き浄衣を脱ぎて保昌に奉る。保昌、又是を給はりて、上矢の鏑を抜きて老翁に奉る。山臥は柿の衣を脱ぎて保昌に奉る。保昌は佩き給へる太刀を解きて山臥に奉る。老僧是を見給はりて、御形見共取り違ゑ給ふが羨ましく侍るに、「摂津守殿居させ給へ。形見換ゑ申さむ」とて、懐より水精の念珠を取り出して頼光に奉らる。其の時、頼光兜を脱ぎて、老僧重ねらる。若僧、又金の錫杖を取り出して、頼光に奉りしかば、頼光は腰の刀を若僧に奉りて後、頼光、「各々の御名をば誰と申し奉る。御在所は何方にはおはします」と尋ね申されければ、老翁宣ひけるは、「我は住吉の辺りの旧仁なり」とて幻の如くにて失せ給ひぬ。山臥は、「熊野山那智の辺りに侍る也。名をば雲滝と申す」とて、是も掻き消つ様に失せられけり。老僧宣ひけるは、「此の僧は八幡の辺りに侍るが、摂津守殿へ御祈祷の為に参りたり」とて雲煙の如くにて失せられけり。若僧は、「延暦寺の辺りに住する沙門なり」とて、何れも皆失せられにけり。倩此の心を案ずるに、「是併せて年来憑みを懸け、志を運びし霊神達、且は鎮護国家の誓ひにより、且は利益衆生の願ひに任せて、我等を守護し給ひけるよ」と弥頼もしく忝く思ひ奉る事、限りなし。凡そ神の威を顕はす事は、是、人の崇め奉るにより、人の運の全うする事は、又、神の助けにあらずや。例へば、響きの音に応ずるが如く、月の水に宿るが如し。「感応満ち交はる事、世の常の習ひ」と言ひながら、著しき事、上古にも末代にも例少なき事とぞ覚えし。

 

高橋昌明さんの復元案:下巻 第六段
絵図
(絵巻の原本の現状:上巻 第八絵図)

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高橋昌明さんの復元案:下巻 第七段

以下は、「高橋昌明さんの復元案:下巻 第七段」の、詞書(ことばがき)と、絵図です。

高橋昌明さんの復元案:下巻 第七段
詞書
(絵巻の原本の現状:詞書巻(ことばがきかん) 第二段 詞書(ことばがき)

今は本の七人の輩と鬼王の取り置きし人々相共に、大江山の麓、生野の道の程に仮庵作りて、忠道を使ひとして、急ぎ迎への馬・人催して来べき由、申し遣はす。児、又女房共の親類・眷属に至るまで、此の使ひ告げ廻りたりければ、彼の家々、騒ぎ悦び罵る事限りなし。嬉しきにも辛きにも先立つ物は涙也。輿車・馬・人、思ひ思ひに大江山へと急ぎければ、霞を隔てつる生野の道も遠からず、呆れ惑へり。或は妻に会ひ夫に会ふて、夢かや夢にあらざるかと疑ひ迷へる人もあり。又、親を尋ぬるに親もなく、子を尋ぬるに子もなき類、悲しみを抱き、歎き合ふ事限りなし。斯くて有るべき事ならねば、各々家路へ急ぎけり。二人の大将軍は其の姿を改めず、柿の衣の上に鎧を着、或は頭巾を眉半ばに責め入れて、兜を仰け、額に着なして都へぞ入られける。道々、所々、山々、関々に、是を見る者、数を知らずぞ有りける。今日既に摂津守頼光・丹後守保昌、鬼王の頸を随身して都へ入る由、聞こへしかば、彼の郎等共、馳せ来りて両将の軍兵大勢也。見物の道俗男女、幾千万といふ数を知らず。人は踵を欹て、車は轅を廻らす事を得ず。「弓箭の家に生まれ、武勇の道に入りて芸を現はし、名を挙ぐる事、勝計するに及ばねども、魔王・鬼神を随ふる事、田村・利仁の外は珍事なり」と、声々■々にさざめき合へり。「毒鬼を大内へ入るる事有るべからず」とて、大路を渡されければ、主上・上皇より始め奉りて、摂政・関白以下に至るまで、車を飛ばして叡覧有りけり。鬼王の頸といひ、将軍の気色といひ、誠に耳目を驚かしけり。事の由を奏しければ、不思議の由、宣下有りて、彼の頸をば宇治の宝蔵にぞ納められける。御堂入道大相国、御参内有りて申されけるは、「上古より末代に至るまで、代々朝敵を打ち靡くる輩多しと雖も、斯かる希代の勝事に及ぶ事、先蹤承り及ばず。早速に勧賞行なはるべき」由、取り申されしかば、丹後守保昌、西夷大将軍に成りて、筑前国を給はる。摂津守頼光は東夷大将軍に成られて、陸奥国をぞ給はりける。「凡そ大国には、一度朝敵を平らげつれば、半国を給ひて其の賞七世に絶えず、と見たり。然して我が朝、本より小国なり。一国の受領は半国の賞にも越ゑたるをや。況や、東西の将軍の宣旨を加ふる事、莫大の勧賞たりと雖も、誰人が支へ申すべき」と九重の上下、一同に罵りけり。

 

高橋昌明さんの復元案:下巻 第七段
絵図
(絵巻の原本の現状:下巻 第九絵図)

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高橋昌明さんの復元案:下巻 第八段

以下は、「高橋昌明さんの復元案:下巻 第八段」の、詞書(ことばがき)と、絵図です。

高橋昌明さんの復元案:下巻 第八段
詞書
静嘉堂文庫(せいかどうぶんこ)色川(いろかわ)三中(みなか)旧蔵『大江山酒顚童子絵詞(おおえやましゅてんどうじえことば)』の詞書(ことばがき)

静嘉堂文庫の色川三中(いろかわみなか)旧蔵『大江山酒顚童子絵詞』の詞書のなかの一段の文章のイメージ画像
静嘉堂文庫(せいかどうぶんこ)色川(いろかわ)三中(みなか)旧蔵『大江山酒顚童子絵詞(おおえやましゅてんどうじえことば)』の詞書(ことばがき)のイメージ画像 (*23)

其後、頼光、今度の高みやうは、全、我等か威勢にあらす、且は、皇徳の盛なる故、且は、神威のいたす所也とて、精進して、八幡宮へ参詣せられける

御神楽■■■■■■■■に仰られて、御宝殿の内を見せられけれは、竜頭のかふとの、火おとしなるか、御影の御前に有とて、取出たりけれは、頼光、懐より、水精の念珠の有を、取出て見せられける

別当、こはいかに、御影のもたせ給へる、御念珠なりと疑申けれは、事の由を語給に、参集たる人〳〵、随喜の涙をそなかしける、此御すゝを、私の物にせん事、恐有へしとて、御宝前へ入たてまつる

代〻の氏神と、崇たてまつる上は、擁護の馮もふかく、祈請の誠も浅からされは、助け守らせ給はん事は、さる事なれとも、まのあたり、かゝる不思議を、拝見せられて、身の毛も、いよたちてそ、おもはれける

 

高橋昌明さんの復元案:下巻 第八段
絵図
(絵巻の原本の現状:上巻 第三絵図, 上巻 第四絵図, 上巻 第五絵図)

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高橋昌明さんの復元案:下巻 第九段

以下は、「高橋昌明さんの復元案:下巻 第九段」の、詞書(ことばがき)と、絵図です。

高橋昌明さんの復元案:下巻 第九段
詞書
(絵巻の原本の現状:詞書巻(ことばがきかん) 第三段 詞書(ことばがき)

「然る外に魔界に犯されて、家郷を離れて肝を砕き、妻子を恋ひて魂を消す。葬を鬼唇に待ち、骸を魔腹に期しき。深洞に籠められて東西を知らず。幽窟に閉じられて日月を見る事を得ず。例へば、空を飛ぶ鳥の羽を抜かれ、水に泳ぐ魚の鰭を削がれたるに似たり。然るを今、両将軍の威力に引かれて魔王の悪害を免る。赤子の母を得たるよりも過ぎ、早苗の雨に遭へるにも越ゑたるをや。悲しみ悦び、相並び、手の舞ひ、足の踏み所を失ふ。願ふ所は柔遠の恵みを垂れ、好隣の義を願ひて我等を本土へ許し帰せ。且は此の珍事によりて明王の威験を遠方に伝へ、両将の面目を異朝に施さん」と申したりければ、「申し上ぐる所謂無きにあらず」とて、「九国に下し遣はして、便風を待つべし」と定めければ、彼等、筑紫の博多へぞ下りける。唐人、神崎の津に下
……

 

高橋昌明さんの復元案:下巻 第九段
絵図
(絵巻の原本の現状:上巻 第六絵図)

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絵巻の原本の現状:香取本(かとりぼん)大江山絵詞(おおえやまえことば)』の詞書(ことばがき)釈文(しゃくぶん)

(以下、鋭意制作中です。)

下記の文章は、香取本(かとりぼん)大江山絵詞(おおえやまえことば)』の詞書(ことばがき)の文章を釈文(しゃくぶん)にした文章です。 (*24) (*25) (*26)

  • 赤文字や太文字の文字装飾は、筆者によるものです。
  • 振り仮名(ルビ)の付加は、筆者によるものです。

絵巻の原本の現状:上巻

絵巻の原本の現状:上巻

【絵巻の原本の現状:上巻 第一段】

……
「万機の政務を執り、武を持てば、諸国の乱逆を打ち鎮めんが為なり。速やかに致頼・頼信・維衡・保昌等を召されて、此の旨を仰せ含めらるべし」と定め申しければ、即ち四人の武士を召して此の由を仰す。各申されけるは、「誠に弓箭の道には、偏に朝敵を平らげんが為也。夫れ、仰せを辞し中すに及ばず。五材四義に忠を尽くし、左車右馬の謀を巡らすべしと雖も、是は姿を見ざる天魔、声を聞かざる鬼神也。合戦を遂ぐる事、人力及び難き」由をぞ申しける。爰に閑院の右大将実見の卿、其の時、中納言にておはしけるが、申されけるは、「斯かる変化の者も、王土に跡を留めながら、争か天気に従はざるべき。摂津守頼光・丹後守保昌等に仰せられて、召さるべき」由を申されければ、諸卿一同して両将を召されぬ。「我が朝の天下の大事、是に過ぐべからず。各武勇の志を励まして、速やかに凶害の輩を鎮むべし」と仰せ含められしかば、各畏みて罷り出でらる。煙霞は東西に心なけれども、風に遇ふ時は忽ちに飛行す。是、則ち順の徳なり。人臣は遠近に及びなけれども、命を含む時は馳走す。是、則ち忠の至るなるかなや。両輩、各宿所へ退出して、綸言背き難かりし間、思ひ思ひに出で立ちけり。別れを惜しむ
……

【絵巻の原本の現状:上巻 第二段】

……
気色也。各是を見て、疑ひ無く変化の物と思はれければ、太刀を抜き、弓を引きて向かふ所に、白翁進み出でて着物を脱ぎ掛けて裸になりて、手を合はせて言ひけるは、「恐れ怪しみ給ふ事勿れ。各を待ち奉るなり。其の故は、翁は子供六、七人持ちたりしを、一人ならず鬼王に取り失はれて、此の歎き如何許りとか思ひ給ふ。彼の山臥は同行数多取られ、此の若僧は弟子・師匠を失ひて歎き給へば、両将宣旨を給はりて、鬼城へ尋ね向かひ給ふ由を伝へ承る間、悦びをなして、我等も御供仕りて、心の行く方と彼の所へ相向かはんが為なり」と語り中しけるに、頼光宣ひけるは、「斯く宣へども、全く心を許し奉るにはあらず。なれども、我等は宣旨を頚に掛けて侍れば、我等が身には何条事かあるべき」とて、太刀を収め、弓を緩しぬ。各用意の飯・酒ともに至極行なひて、鬼城を求め出すべき様を計らふ所に、白翁申されけるは、「其の姿どもにては、尋ね給はん事叶ふべからず。縦へ兄弟なりとも、争か容易く会ふ事を得べき。姿を悄して様を変へて尋ね見給へ」とて、唐櫃の中より柿衣・柿袈裟・頭巾等取り出して、とりどりに笈といふ物九丁、同じく櫃中より取り出して、彼の笈に甲冑
……

【絵巻の原本の現状:上巻 第三段】

……
たり。頭には黒髪もなく白髪なるが、顔譬へむ方なし。色々様々に血の付きたる物を洗ひて木の枝に掛け、岩の角等に干し掛けたり。人々是を見て、「疑ひ無く変化の物よ」と思ひて、忽ちに命を失ひてんとする所に、女、手を合はせて、「我、更に鬼神・変化の物にあらず。本はよな、生田の里の賤の女にて侍りしが、思はぬ外に、鬼王に捕られて此の所に来て侍りし時、『骨強く筋高し』とて捨てられしが、この器量の者とて、斯かる着物を洗はせらるiなり。古里も懐しく、親しき者も恋しけれども、春行き秋闌けて、既に二百余廻りの季月を重ねたり。さても此の人々は、如何にして是へはおはしぬるにか。速やかに疾く帰り給へ。此の所は遥かに人間の里を離れたり。齢しかも盛りなる人々也。いと悲しくこそ覚ゆれ」と申しければ、頼光問ひ給ひけるは、「此の山は大江山の奥也。人間を離れたるとは何事ぞ」と宣へば、老女答へけるは、「是へおはしつる道には、岩穴のありつるぞかし。其の穴より此の方は、〈鬼隠しの里〉と申す所なり」とぞ申しける。保昌、賤の女にまた問はれけるは、「さて、此の所の有様、詳しく語り申せ。王の宣旨を蒙りて尋ね来れる也」と宣へば、「さてはありの儘に申すべし」とて、「鬼王の城は此の上に侍る也。八足の門を立てて〈酒天童子〉と額をば書きたる由をぞ聞き侍りし。彼の亭主の鬼王、仮に童子の姿に変じて酒を愛する也。九重の内より公卿・殿上人の姫君・北の方、貴賤上下取り集めて、料理包丁して喰ひ物とす。此の頃、都に晴明と申すなる、泰山府君を祭り給ふによりて、式神・護法、隙なく国土を廻りて守護し給ふ故に、都より人をも取り得ずして、帰る時は漫ろに腹を据ゑかねて、胸を叩き歯を食ひ縛りて、眼を怒らかして侍る也。徒然なる儘に、笛を吹きて遊び給ふ。不思議なる事の侍るは、天台座主慈恵大師の御弟子御堂の入道殿の御子の幼き児を取りて、鉄石の籠に込め奉る所に、彼の児、他念無く法華経を読み奉り給ふ御声、暁様には是まで聞こへ侍るぞや。斯様に生きながら魔道の報いを受けて侍れば、其の罪業を悲しく思ふに、『此の御経の御声を承るにこそ、罪障も消滅するらん』と忝く侍る。また、慈恵大師の手づから自ら行なひ給へばや、彼の一乗守護の為に、諸天善神、雨の如くに集まり、雲の如くに来りて、夙夜不断に修行し給へるに、鬼王も持ち扱ひて侍る」由をぞ語りける。

【絵巻の原本の現状:上巻 第四段】

賤の女の詞に随ひて、此の所を少し歩み登りて見れば、誠に八足の大門あり。門の柱・扉は美しく殊勝にして、辺りも輝く程也。四方の山は瑠璃の如し。地は水精の砂を撒きたるに似たり。各これを見るに、石室霜深くして、迦葉の洞に来れるかと疑ひ、蘿径雪浅くして、懺悔の庭に臨めるが如し。頼光、綱を召して、「門の内へ入りて案内聞け」と宣へば、綱、忽ちに樊噲が思ひをなして、唯一人門の内へ入りて、寝殿と思しき所へ差し回りて、「物申さん」と高らかに申しければ、内より気高く由々しき声にて、「何物ぞ」と答へて出でたる人を見れば、一丈計りなる大の童の練貫の小袖に大口踏み包みて、笛持ちたる手にて簾掻き上げて、「誰人ぞ」と問ふ。眼居・言柄、気高く由々しき気色にてぞ有りける。綱少しも騒がず、「諸国修行の者、山臥ども十余人侍るが、道に踏み迷ひて是まで参るなり。御宿給はらん」と申しければ、童子、「然らば、惣門の際なる廊へ入れ奉れ」とて、案内者の女房副へたり。此の女房、綱が前に立ち、ゆくゆく袖を顔に当ててさめざめと泣きければ、綱、事の故を問ふに、女房答へけるは、「御姿を見奉るに、修行者にこそおはしますめれ。是へおはしなん後、生きて古郷へ帰る事あるべからず。愛しく悲しくこそ思ひ奉れ。我は是、土御門の内府宗成卿の第三の女なり。過ぐる秋の頃、月を詠じし程に敢なく獲られて、心憂き目をば見る也。少しも心に違ふ物をば、果物と名付けて座を変へず喰らひ侍れば、目の前に見るも心憂し。今日や身の上にならむずらんと思ふに、雪山の鳥の心地して、悲しく心憂く侍る」と申す。斯かるを聞くに、由々しき事を聞くものかなと思へども、然らぬ体に持て成して、門の際なる廊へ人々をも入れ奉りぬ。

【絵巻の原本の現状:上巻 第五段】

其の後、度ばかり有りて、容顔美麗の女房達、円座十枚持て来て、此の人々に敷かせけり。銀の瓶子の大やかなるに酒入れ、金の鉢等に何の肉やらん、いと高く盛り上げて持ちつつ来り。彼の唐土の張文成といひし人が仙窟に至りて、神女に会ひ慣れけんも、斯くや有りけんとぞ覚えける。頼光(よりみつ)保昌(やすまさ)、同じ(ことば)に、「同じくは、亭主(ていしゅ)御出(おい)であらんこそ面白(おもしろ)(はべ)るべけれ。我等(われら)(ばか)りは(めずら)しからぬ同行(どうぎょう)(ども)にてある」と言はれければ、(しばら)くありて亭主(ていしゅ)童子(どうじ)()(きた)り。(たけ)一丈(いちじょう)(ばか)りなるが、眼居(まなこい)言柄(ことがら)(まこと)(かしこ)く、智恵(ちえ)(ぶか)げにて、色々(いろいろ)小袖(こそで)に、白き(はかま)(こう)水干(すいかん)をぞ着たりける。美しき女房(にょうぼう)(たち)四、五人に、(あるい)円座(えんざ)(あるい)脇息(きょうそく)持たせて、(あた)りも(かがや)(ばか)りに由々(ゆゆ)しくぞ見えし。童子(どうじ)頼光(よりみつ)に問ひ(もう)されけるは、「(おん)修行者(すぎょうざ)何方(いずかた)より(いか)なる(ところ)へとて御出(おい)(そうら)ひけるぞ」と問ひければ、答へられけるは、「諸国一見(いっけん)(ため)(まか)()でたるが、(すず)ろに山に()み迷ひて、(これ)まで(きた)る」(よし)をぞ答へられける。童子(どうじ)(また)我身(わがみ)有様(ありさま)を心に()けて語りけり。「(われ)(これ)、酒を深く愛する者なり。()れば、眷属等(けんぞくら)には酒天童子(しゅてんどうじ)異名(いみょう)に呼び付けられ(はべ)るなり。(いにしえ)はよな、平野山(ひらのやま)重代(じゅうだい)私領(しりょう)として(まか)り過ぎしを、伝教大師(でんぎょうだいし)といひし不思議(ふしぎ)(ぼう)()の山を(てん)じ取りて、(みね)には根本中堂(こんぽんちゅうどう)を建て、(ふもと)には七社(しちしゃ)霊神(れいじん)(あが)(たてまつ)らんとせられしを、年来(ねんらい)住所(すみどころ)なれば、(かつ)名残(なごり
)
()しく覚え、(かつ)(すみか)もなかりし(こと)口惜(くちお)しさに、楠木(くすのき)(へん)じて度々(たびたび)障碍(しょうげ)をなし、(さまた)(はべ)りしかば、大師房(だいしぼう)()の木を切り、地を(たいら)げて、「()けなば」と(はべ)りし(ほど)に、()()(うち)(また)、先のよりも(だい)なる楠木(くすのき)(へん)じて(はべ)りしを、伝教房(でんぎょうぼう)不思議(ふしぎ)かなと(おも)ひて、結界(けっかい)(ふう)(たま)ひし(うえ)、「阿耨多羅三藐三菩提(あのくたらさんみゃくさんぼだい)(ほとけ)(たち)()が立つ(そま)冥加(みょうが)あらせ(たま)へ」と(もう)されしかば、心は(たけ)(おも)へども(ちから)及ばず
(あら)はれ()でて、「(しか)らば、居所(いどころ)を与へ(たま)へ」と(うれ)(もう)せしに()て、近江国(おうみのくに)かが山、大師房(だいしぼう)(りょう)なりしを得たりしかば、(しか)らばとて()の山に住み()えてありし(ほど)に、桓武(かんむ)天皇、(また)勅使(ちょくし)を立て宣旨(せんじ)を読まれしかば、王土(おうど)にありながら、勅命(ちょくめい)さすがに(そむ)(がた)かりし(うえ)天使(てんし)(きた)りて追ひ(いだ)せしかば、(ちから)無くして(また)()の山を迷ひ()でて、立ち宿(やど)るべき(すみか)もなかりし(こと)口惜(くちお)しさに、風に(たく)し雲に乗りて、(しばら)くは浮かれ(はべ)りし(ほど)に、時々(ときどき)()怨念(おんねん)(もよお)す時は、悪心(あくしん)()()て、大風(おおかぜ)()旱魃(かんばつ)()りて、国土(こくど)(あだ)()して心を(なぐさ)(はべ)りき。然るに仁明の御宇かとよ、嘉祥二年の頃より此の所に住み初めて侍るが、斯かる賢王に遇ひ奉りて侍る時、我等が威勢も心に任せ侍る也。其の故は、王威緩ければ民の力衰へ、仏神の加護薄ければ国土衰弊する事にて、愚王に遇ふ時は、童が心も言ふ甲斐なくなり、賢王・賢人の代に遇ふ時は、我等が通力も侍るなり。昔物語は静かに申して聞かせ参らせん。先ず一献」とて酒を勧む。頼光宣ひけるは、「童子にておはします上は、児にてこそおはしませ。御先には争か盃は取るべき。先ず先ず」と宣へば、童子打ち笑ひて、「この御詞にこそ臆め侍れ」とて、盃を取りて三盃して、「御詞に付けて」とて頼光に注す。受けて飲まんとするに、生臭くむつけき事限りなし。然りけれども、鳥滸の気色もなく静々と飲みて、保昌に注されぬ。保昌飲む由して捨てられぬ。然る所に老翁、「山臥等、御酒は給はり侍りぬ。我等が中に、〈山臥の死筒〉とて用意したる物侍り。此の御前にて取り出さでは、いつの時をか期し侍るべき」とて、笈の中より筒取り出して勧めけり。飲めば取り出で〳〵、我劣らじと強ゐたりけり。

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絵巻の原本の現状:下巻

絵巻の原本の現状:下巻

【絵巻の原本の現状:下巻 第一段】

其の後は幾程なく、黒雲俄に立ち下りて、四方は闇夜の如し。血臭き風荒く吹き、振動・雷電斜めならず。「こは如何なる事のあらんずるぞ」と見る所に、種々くさぐさ無尽むじん変化へんげ物共ものども背背せいおおきにかたちおそろろしげにて、田楽でんがくをしてとおりけり。

【絵巻の原本の現状:下巻 第二段】

打ち続きて、又、此の変化の物共、様々の渡り物をぞしける。面もとりどりに姿も様様也。或はをかしき有様なる物もあり、或は美しき気色したる物もあり、恐ろしく心も動きぬべき物もあり。筆にも書き記し難く、詞にも言ひ知らぬ様なれば、各是を見られけるに、頼光、座席居繕いて、面も振らず目をも放たず、暫く守りておはしければ、眼の底より五色の光ぞ出でたりける。変化の物共申しけるは、「あの山臥は見らるるか。眼の光、顔の荒立ち、常の人には変はりて見ゆ。当時、都に遍く人々の恐れ戦くなる源頼光とかや申す人こそ、眼の底は光るなれ。それならでは、斯かる人も又ありける物かな。我等が類の、欺き嬲るべき人にはあらず」とて、後ろ様に慌てて東西に走り散り、巌石に倒れ伏してぞ逃げ退きける。

【絵巻の原本の現状:下巻 第三段】

今は日の暮るるを相待つ所に、眷属の鬼共、「此の人々を謀らん」とや思ひけん、容貌美麗なる女房達に変じて、襲衣どもを着飾りて、五、六人許り打ち連れて、山臥達の前に来れり。何といひ遣りたる事はなくて、形作りを頻りにしけり。陽台の朝の雲に袖を重ね、洛浦の神皇に交はりを結ぶかとぞ覚えし。保昌宣ひけるは、「山臥修行者の居所に、女房達の来れる事、心得難し。速やかに罷り出でよ」と宣へども、耳にも聞き入れずして居けるを、頼光、目を暫くも放たれず、睨みて守られければ、面映く漫ろわしげに成りて、漸く退きのきけるが申しけるは、「此の人々の中には、此の山臥ぞ、故ある人と見え給ふ。眼居の難しさ、鬱悒し。いざや」とて、各が本体を現はして、掻き消つ様に逃げ走り失せにけり。

【絵巻の原本の現状:下巻 第四段】

室を構へて、都鄙の老少を籠め置く。又、忍び声にて経を読み奉る声のしければ、如何なる人ぞと思ひて、声を導に行きて見れば、銅の籠を作りて女房四■人籠め置きたる中に、いと清げなる児の十四、五許りなるが、練貫の小袖に白き大口着て、守より小経を取り出して、涙の露に点を添へて読まるるにぞ有りける。此の児の左右を見れば、十羅刹女、諸々の天菓を置きて、外に種々に形を現はして守護す。又、薬師の十二神将は、この格子の外に形を現はして守り給ふ。又、不動の炎光の如くに火燃ゑ上がりたる猿一疋ぞ立ちたりける。是を見て頼光、「これは如何なる事にや」と尋ね給へば、白翁答へけるは、「此の児、法華経を読誦し奉る功によりて、十羅刹、此の所に来臨して擁護し給ふ也。又、十二神将は此の児の師匠、七仏薬師を行じ給ふ故に、守護して眷属の十二神来りて守り給ふ。又、猿の様なる物はよな、あれこそ叡山早尾権現よ。かの本地は大聖不動明王なれば、生々して加護の誓ひといひ、猿は又、山王の使者、彼此、両形を現はして守り給ふ也」とぞ宣ひける。頼光は、此の白翁元より怪しく思はれけり。「誠に権現の加護にあらずば、天魔の凶悪を鎮め難し。偏に是、年来日来、憑みを懸けたる霊神の化現かや」と感喜相並びければ、保昌と窃かに目を見合ひて頷き給ひけり。此の児と申すは、前の老女が語らひつる慈恵大師の御弟子、御堂の入道殿の御子息是也。

【絵巻の原本の現状:下巻 第五段】

ここを立ち退きて、南の方を見れば、軒近き花橘の匂ひは風懐かしく、昔の袖の香やらんと覚え、大荒木の森の下草、鬱悒きまでに繁りあへる。絶え絶えに常懐かしき姫百合の花の顔も珍しく見えけるに、大きなる桶ども数多据ゑ並べて人を鮨に仕置きたり。其の匂ひ血臭く生臭くして、見るもかわゆき事限りなし。傍らを見れば、古き死骸は苔生し、新しき死骸は血付きて、塚の如く山の如し。西の方を見れば、郡梢雨に染んで梧楸の色紅なり。百菓露結びて、蘭菊の花芳し。我、松虫とはなけれども、心引かるる声々や。ここに又、唐人数多籠め置きたり。これを見るに、「我が朝にも限らず、天竺・震旦の人まで獲り置きけるよ」と見れば、不便とも言ふ許りなし。北の方には、雪に埋む岸、松の嵐を待つ色、霜に飽ける庭の菊、秋を残せる匂ひ、何れも目留まりにけり。只今は鬼共多くはなけれども、十余人ぞありける。その外は様々に形を変じて、体を化けたる物共多くぞありける。目も奇に覚えて、本の廊に帰りて、この有様を郎等共に語られけり。

【絵巻の原本の現状:下巻 第六段】

童子、鉄石の室を強く構へて、其の中にぞ臥したりける。上臈・女房達四、五人置きて、「腕摩れ」などと下知してぞ寝たりける。何にしても此の戸を開くべき様なかりけるに、老ひたる・少き、二人の僧、「年来の行功只今也。本尊界会、穴賢穴賢。本誓誤り給ふな」とて袈裟の下にて印契を結びて、暫く祈念し給へば、固く閉ぢたりつる鉄石、朝の露と消え、由々しく見えつる寝所は一時に破れにけり。各打ち入りて見ければ、昼こそ童子の形に変じけれども、夜は本の体を顕はして、長五丈計りなる鬼の頭と身は赤く、左の足は黒く、右の手は黄に、右の足は白く、左の手は青く、五色に斑きて、眼十五、角五つぞ生ひたりける。是を見るに、偏に夢の心地して言ふ許りなき有様也。然れども、各心を静めて、寄りて打たんと早りけるに、若僧宣ひけるは、「大なる物を、其の太刀にて相違無く斬り果せん事、不定也。若し起き上がる事もあらんは、由々しき大事に成りなんず。然らば、我等四人して此の鬼王を取って押さへたらば、各同心に頭一所を決めて打て」とぞ教へられける。「此の儀、尤も然るべし」とて四人の客人、手足に取り尽きて押さへたり。鬼王、頸計りを持ち上げて、「麒麟無極めはなきか、邪見極大めはなきか。此等に謀られて、今は斯うと覚ゆる。敵打てや」と、千声百声叫びければ、頸切りたる鬼共、頸もなくて置き上がりて走り廻り、手を広げて踊りけり。二人の将軍、五人の兵、同心に鬼の頸を打ち落つ。此の鬼王の頸、天に飛び登りて叫び廻る事夥し。頼光急ぎ綱・公時二人が兜を請ひて、我が兜の上に重ねて着給ひたりけり。人々是を見て、「こは如何なる事ぞ」と見る所に、鬼の頸舞ひ落ちて、頼光の兜の上に喰ひ付きぬ。頼光宣ふ様、「眼を抉れ」と宣へば、綱・公時つと寄りて刀を抜きて、左右の眼を抉りたりければ、鬼主の頸死にけり。其の後、甲を脱ぎて見たりければ、甲二つを喰ひ通してぞありける。

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絵巻の原本の現状:詞書巻(ことばがきかん)

絵巻の原本の現状:詞書巻(ことばがきかん)

【絵巻の原本の現状:詞書巻(ことばがきかん) 第一段】

四人の客人、官■と故なく大江山の有りし道まで帰りぬ。此の時、四人の人々申されけるは、「この程の御名残忘れ難く侍るものかな。宣旨を蒙り給へる将軍達にておはしませば、打ち平らげ給はん事は左右に及ばねども、由々しき大事の侍りて、我等御供しつる也。今は是より暇を申して罷り帰るべし。当帝をば、世の常の王とは思ひ給ふべからず。昔より今に至るまで、賢王数多ましますと言ひながら、衆生化度の方便によりて、粟散の王とは生じ給へども、慈尊下生たるに依て慈氏の化儀を施し給ふ。然れば、近臣百官の為に因を結び、遠客諸人に及ぶまで恵みを与ゑましませば、本師釈尊の遺勅、誤り給はざるにあらず。当来、導師の教、誠に頼み有るべし。晴明と申すは、秘密真言の棟梁、竜樹菩薩の変化也。昔は白道沙門と現はれ、今は晴明といふ博士に生まれたり。陰陽の秘術を強ちに執し思されしかば、二度、指の神子と成りて、斯かる賢王の御代に仕り給ふ也。頼光も、我が身を軽く思ひ給ふべからず。致頼・頼信・維衡・保昌とて四人の名将おはしませども、此の人数にも差し抜けて、洛中洛外の上下に恐れ敬はれ給ふ事、すなわ則ち五大尊の其の中、大威徳の化生にてまします、其の故也。然れば、悪魔降伏も世に越ゑ、盗賊追討も人に勝れ給へる也。四人の殿原を人、四天と呼ぶ事、其の故有る物をや。綱は多門天、公時は持国天、忠道は増長天、季武は広目天、共に天下を哀愍し、禁中を守護し給ふ。翁が言葉を疑ひ給ふ事勿れ」と語られければ、是を聞く貴賤上下の輩、掌を合はせけり。さてこそ、一条の院をば権者と仰ぎ奉りけれ。又、頼光をば二生の人は恐れ申しけれ。保昌宣ひけるは、「先世の契り悟り易く、今度の御名残忘れ難く、詞にも尽くし難く、筆にも註し難し。同じくは御形見を給ひて、且は後日の思ひ出にもし、且は末代の物語にも」と申されければ、「尤も」とて、翁先づ白き浄衣を脱ぎて保昌に奉る。保昌、又是を給はりて、上矢の鏑を抜きて老翁に奉る。山臥は柿の衣を脱ぎて保昌に奉る。保昌は佩き給へる太刀を解きて山臥に奉る。老僧是を見給はりて、御形見共取り違ゑ給ふが羨ましく侍るに、「摂津守殿居させ給へ。形見換ゑ申さむ」とて、懐より水精の念珠を取り出して頼光に奉らる。其の時、頼光兜を脱ぎて、老僧重ねらる。若僧、又金の錫杖を取り出して、頼光に奉りしかば、頼光は腰の刀を若僧に奉りて後、頼光、「各々の御名をば誰と申し奉る。御在所は何方にはおはします」と尋ね申されければ、老翁宣ひけるは、「我は住吉の辺りの旧仁なり」とて幻の如くにて失せ給ひぬ。山臥は、「熊野山那智の辺りに侍る也。名をば雲滝と申す」とて、是も掻き消つ様に失せられけり。老僧宣ひけるは、「此の僧は八幡の辺りに侍るが、摂津守殿へ御祈祷の為に参りたり」とて雲煙の如くにて失せられけり。若僧は、「延暦寺の辺りに住する沙門なり」とて、何れも皆失せられにけり。倩此の心を案ずるに、「是併せて年来憑みを懸け、志を運びし霊神達、且は鎮護国家の誓ひにより、且は利益衆生の願ひに任せて、我等を守護し給ひけるよ」と弥頼もしく忝く思ひ奉る事、限りなし。凡そ神の威を顕はす事は、是、人の崇め奉るにより、人の運の全うする事は、又、神の助けにあらずや。例へば、響きの音に応ずるが如く、月の水に宿るが如し。「感応満ち交はる事、世の常の習ひ」と言ひながら、著しき事、上古にも末代にも例少なき事とぞ覚えし。

【絵巻の原本の現状:詞書巻(ことばがきかん) 第二段】

今は本の七人の輩と鬼王の取り置きし人々相共に、大江山の麓、生野の道の程に仮庵作りて、忠道を使ひとして、急ぎ迎への馬・人催して来べき由、申し遣はす。児、又女房共の親類・眷属に至るまで、此の使ひ告げ廻りたりければ、彼の家々、騒ぎ悦び罵る事限りなし。嬉しきにも辛きにも先立つ物は涙也。輿車・馬・人、思ひ思ひに大江山へと急ぎければ、霞を隔てつる生野の道も遠からず、呆れ惑へり。或は妻に会ひ夫に会ふて、夢かや夢にあらざるかと疑ひ迷へる人もあり。又、親を尋ぬるに親もなく、子を尋ぬるに子もなき類、悲しみを抱き、歎き合ふ事限りなし。斯くて有るべき事ならねば、各々家路へ急ぎけり。二人の大将軍は其の姿を改めず、柿の衣の上に鎧を着、或は頭巾を眉半ばに責め入れて、兜を仰け、額に着なして都へぞ入られける。道々、所々、山々、関々に、是を見る者、数を知らずぞ有りける。今日既に摂津守頼光・丹後守保昌、鬼王の頸を随身して都へ入る由、聞こへしかば、彼の郎等共、馳せ来りて両将の軍兵大勢也。見物の道俗男女、幾千万といふ数を知らず。人は踵を欹て、車は轅を廻らす事を得ず。「弓箭の家に生まれ、武勇の道に入りて芸を現はし、名を挙ぐる事、勝計するに及ばねども、魔王・鬼神を随ふる事、田村・利仁の外は珍事なり」と、声々■々にさざめき合へり。「毒鬼を大内へ入るる事有るべからず」とて、大路を渡されければ、主上・上皇より始め奉りて、摂政・関白以下に至るまで、車を飛ばして叡覧有りけり。鬼王の頸といひ、将軍の気色といひ、誠に耳目を驚かしけり。事の由を奏しければ、不思議の由、宣下有りて、彼の頸をば宇治の宝蔵にぞ納められける。御堂入道大相国、御参内有りて申されけるは、「上古より末代に至るまで、代々朝敵を打ち靡くる輩多しと雖も、斯かる希代の勝事に及ぶ事、先蹤承り及ばず。早速に勧賞行なはるべき」由、取り申されしかば、丹後守保昌、西夷大将軍に成りて、筑前国を給はる。摂津守頼光は東夷大将軍に成られて、陸奥国をぞ給はりける。「凡そ大国には、一度朝敵を平らげつれば、半国を給ひて其の賞七世に絶えず、と見たり。然して我が朝、本より小国なり。一国の受領は半国の賞にも越ゑたるをや。況や、東西の将軍の宣旨を加ふる事、莫大の勧賞たりと雖も、誰人が支へ申すべき」と九重の上下、一同に罵りけり。

【絵巻の原本の現状:詞書巻(ことばがきかん) 第三段】

「然る外に魔界に犯されて、家郷を離れて肝を砕き、妻子を恋ひて魂を消す。葬を鬼唇に待ち、骸を魔腹に期しき。深洞に籠められて東西を知らず。幽窟に閉じられて日月を見る事を得ず。例へば、空を飛ぶ鳥の羽を抜かれ、水に泳ぐ魚の鰭を削がれたるに似たり。然るを今、両将軍の威力に引かれて魔王の悪害を免る。赤子の母を得たるよりも過ぎ、早苗の雨に遭へるにも越ゑたるをや。悲しみ悦び、相並び、手の舞ひ、足の踏み所を失ふ。願ふ所は柔遠の恵みを垂れ、好隣の義を願ひて我等を本土へ許し帰せ。且は此の珍事によりて明王の威験を遠方に伝へ、両将の面目を異朝に施さん」と申したりければ、「申し上ぐる所謂無きにあらず」とて、「九国に下し遣はして、便風を待つべし」と定めければ、彼等、筑紫の博多へぞ下りける。唐人、神崎の津に下
……

【絵巻の原本の現状:詞書巻(ことばがきかん) 第四段】

……
り、又有りし着る物洗ひし老女、悦び勇みて帰りし程に、此の年頃は鬼の力に引かれて、却老延齢、勢ひも有りつれ、今は鬼王の通力も失せぬる故にや、山を出でかねて老ひ屈まりてぞ伏したりける。渭水を別れて重ねて発たむ呂尚父が額の浪かと疑はれ、商山を出でて猶空しかりし遠司徒が鬢の雪かと誤たれたり。旧里に帰るとも、錦の袴を着ざれば、買臣の勇もなかりけり。家を離れて星霜既に二百余廻りに成りぬれば、自ら争か七世の孫をも相見るべき。然れども猶、旧里を思ふ心有りて、都の方を顧ける。蜉蝣の齢、夕を待たぬ習ひにて、芭蕉の命、風に破れしかば、何時の馴染みとはなけれども、各々哀れに覚えて袖をぞ絞りける。

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陽明文庫本(ようめいぶんこぼん)酒天童子物語絵詞(しゅてんどうじものがたりえことば)

以下は、公益財団法人 陽明文庫に所蔵されている陽明文庫本(ようめいぶんこぼん)酒天童子物語絵詞(しゅてんどうじものがたりえことば)」の紹介です。

陽明文庫本(ようめいぶんこぼん)酒天童子物語絵詞(しゅてんどうじものがたりえことば)」のイメージ画像

以下は、陽明文庫本(ようめいぶんこぼん)酒天童子物語絵詞(しゅてんどうじものがたりえことば)」のイメージ画像です。

陽明文庫本「酒天童子物語絵詞」の第一紙目の詞書(ことばがき)のイメージ画像
陽明文庫本(ようめいぶんこぼん)酒天童子物語絵詞(しゅてんどうじものがたりえことば)」の第一紙目の詞書(ことばがき)のイメージ画像 (*16) (*17) (*18)

陽明文庫本「酒天童子物語絵詞」の第二紙目の詞書(ことばがき)のイメージ画像
陽明文庫本(ようめいぶんこぼん)酒天童子物語絵詞(しゅてんどうじものがたりえことば)」の第二紙目の詞書(ことばがき)のイメージ画像 (*16) (*19) (*18) (*20) (*21)

陽明文庫本「酒天童子物語絵詞」の第三紙目の詞書(ことばがき)のイメージ画像
陽明文庫本(ようめいぶんこぼん)酒天童子物語絵詞(しゅてんどうじものがたりえことば)」の第三紙目の詞書(ことばがき)のイメージ画像 (*16) (*19) (*18) (*20) (*21)
陽明文庫本「酒天童子物語絵詞」の第四紙目の詞書(ことばがき)のイメージ画像
陽明文庫本(ようめいぶんこぼん)酒天童子物語絵詞(しゅてんどうじものがたりえことば)」の第四紙目の詞書(ことばがき)のイメージ画像 (*16) (*19) (*18) (*20) (*21)

陽明文庫本「酒天童子物語絵詞」の第五紙目の詞書(ことばがき)のイメージ画像
陽明文庫本(ようめいぶんこぼん)酒天童子物語絵詞(しゅてんどうじものがたりえことば)」の第五紙目の詞書(ことばがき)のイメージ画像 (*16) (*19) (*18) (*20) (*21)

陽明文庫本「酒天童子物語絵詞」の第六紙目の詞書(ことばがき)のイメージ画像
陽明文庫本(ようめいぶんこぼん)酒天童子物語絵詞(しゅてんどうじものがたりえことば)」の第六紙目の詞書(ことばがき)のイメージ画像 (*16) (*20)

陽明文庫本「酒天童子物語絵詞」の第七紙目の詞書(ことばがき)のイメージ画像
陽明文庫本(ようめいぶんこぼん)酒天童子物語絵詞(しゅてんどうじものがたりえことば)」の第七紙目の詞書(ことばがき)のイメージ画像 (*16) (*19) (*18) (*20) (*21)

陽明文庫本「酒天童子物語絵詞」の第八紙目の詞書(ことばがき)のイメージ画像
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陽明文庫本「酒天童子物語絵詞」の第九紙目の詞書(ことばがき)のイメージ画像
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陽明文庫本「酒天童子物語絵詞」の第十紙目の詞書(ことばがき)のイメージ画像
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陽明文庫本「酒天童子物語絵詞」の第十一紙目の詞書(ことばがき)のイメージ画像
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陽明文庫本「酒天童子物語絵詞」の第十二紙目の詞書(ことばがき)のイメージ画像
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陽明文庫本(ようめいぶんこぼん)酒天童子物語絵詞(しゅてんどうじものがたりえことば)」の文章

下記の文章は、公益財団法人 陽明文庫に所蔵されている陽明文庫本(ようめいぶんこぼん)酒天童子物語絵詞(しゅてんどうじものがたりえことば)」の文章です。 (*27)

  • 欠損しているために判読不能になっている部分は、「■」で示しています。
  • 「{」と「}」にはさまれている部分は、逸翁(いつおう)美術館に所蔵されている香取本(かとりぼん)大江山絵詞(おおえやまえことば)』の詞書(ことばがき)の内容と重複する部分です。
  • 「【」と「】」にはさまれている部分は、陽明文庫本(ようめいぶんこぼん)酒天童子物語絵詞(しゅてんどうじものがたりえことば)」では欠損しているものの、逸翁(いつおう)美術館に所蔵されている香取本(かとりぼん)大江山絵詞(おおえやまえことば)』の詞書(ことばがき)の内容によって補完することができる部分です。
  • 文中の句読点は、筆者が挿入したものです。
  • 文中の改行は、筆者が挿入したものです。

酒天童子物語 絵詞

夫、徳政をもて国を治時は、則、仏神覆護して玄応をたれ、応善をもて世を祈ときは、又、星宿随喜して当生を利したまふ。しかれとも、青異黄軒のすなをなりし昔も、邪魔悪鬼はしつ■■■■■三代二漢のをさまりし古■■■■■は是そむきやすし。爰以■■■■■■申侯は神武帝功をひらき■■■■■かに六十六代の御門に相当■■■■つ日数をかそふれは星霜■■■■■千六百四十余廻に及にけり。御年七歳にして帝位につき、九歳にして詩筆にたつさはり給へり。さきには政を文学にみかきてあまねく百家に通し、後には妄想を真如にとらかしてふかく三宝に帰し給き。凡夫在位廿六年のあひた、南面の化実に恵露世をうるをし、左言の心さらになをくきてうにみてりされは、一天皆聖猷をあふきたてまつり、万人権化とうたかひ申、徳はさらに八埏のみちをたらす。三■■■■あとをつき、政は又四海の■■■■む二帝の善政流をう■■■■■■は秋の霜のことく、其恩■■■■■似たり。十善を四海に■■■■■■を一子になて給しかは、花■■■■まちに帰伏して臣妾皆感喜をすといふことなし。此時を得て顕教蜜宗のしな〳〵なるともに現証をあらはし、左文右武のまち〳〵なるたかひに能芸をあらそひ、医算のたくひおの〳〵妙功をぬき、いつ名は往生よりもたかく、陰陽の輩術徳をほとこすほまれは後代にしのきけり。王侯相将よりはしめて、緇素男女におよふまて、其仁風にそみ其恩波に浴せすといふことなし。是則四賢斉信公任行成俊賢各実をほとこす百官こと〳〵く行を■■■かゆへなり。

しかれとも、碓を■■■■おほき時は十堯九舜も■■■■■■さはりをなす魔あつま■■■■■■護神智もをかされ給■■■■■■■始のころより正暦年中に■■■■■ひそかに都鄙の貴賤をうしなひ、遠近の男女をほろほすことあり。九重の卿相侍臣よりはしめて、諸国の上下土民にいたるまて、或は父母兄弟にわかれてむねをこかすともからもあり、或は妻子眷属を失て袖をうるをすやからもあり、洛中洛外にかなしみの涙尽かたく、村南村北になくこえたえさりけり。つねは暴風雷雨して変異奇特のことくも有けり。上臥したるわか殿上人しかるへき人〻の姫君北方つほねまちの女童部にいたるまて、其数おほくうせ行けり。暫は世をうらみ、身をなけきて出■■■■■たるなとあやふみ、うたかふほ■■■■なりけれは、これたゝことにあ■■■■天魔のしわさとそなけ■■■■■■■よつて、諸寺諸社に仰て大■■■■■■せらるといへとも、貴僧高僧其■■■■あらはしかたく、霊仏霊社加護もむなしきにゝたり。古世の語に無為の世にいたり有苗の伐あり、垂拱の時にも遂鹿の戦ありなとかきをかれたるもおもひあはせられ侍にや。其比晴明といふ者有けり。陰陽卜巫の術掌をさすににたり。天変地変に目に見かことし。すなはち、めされて御占ありけるに、うらなひ申ていはく、帝都より西北にあたりて大江山といふ山有。かの所にすむ鬼王の所行なり。時うつり、日かさなりては、九重の上下諸国の人民一人として跡をとゝむへからす。相搆て君にも心をかけたてまつるといへとも、長時不断の御行たゆませ給はさるあひた■■■■伺かねたるよし、かんかへ申けれ■■■■闕を始として竹薗蓮府■■■■■■悲歎せすといふことなし。■■■■■道のうちうれへあまねく■■■■■ほかまてさはきにそなり■■■■■諸司八省心をまほりにして■■■■神威の前にめくらし、文客武将は実を抽て才智を南北のもとにいつしつゝ、かの天魔の暴逆のしりそけて、此貴賤の愁歎をやすめんとそせられける。公卿僉儀度〻におよひて後、右心みにいはく、朝家に文武二道を定置るゝ事、文をもて{万機の政務をとり、武をもては諸国の乱逆をうちしつめんかためなり。すみやかに致頼〻信維衡保昌等をめされて、このむねを仰ふくめらるへしと定申されけれは、すなはち、四人の武士をめして此由を仰す。各申されけるは、まことに弓箭の【道には偏に】朝敵をたいらけんかためな【り。夫仰を】辞申におよはす。五材四【義に忠をつくし】、左車右馬のはかりとを【めくらすへしと】いへとも、これはすかたをみさる【天魔、声を】きかさる鬼神なり。合戦【をとくる事】、人力及かたきよしをそ申ける。

【爰に閑】院の左大将実躬卿、其時中納言にてをはしけるか申されけるは、かゝる変化の者も、王土にあとをとゝめなから、いかてか天気にしたかはさるへきとなむ、摂津守頼光・丹後守保昌、二人に仰られてめさるへきよし申されけれは、諸卿一同して両将をめされぬ。我朝の天下の大事これにすくへからす。各武勇の心さしをはけまして、速に凶害の輩をしつむへしと仰ふくめられしかは、各畏て罷出ぬ。煙霞東西に心なけれとも、風にあふときはたちまちに飛行す。これすなはち順の徳也。人臣は遠近におよひなけれとも、命をふくむときは馳走す。これすなはち【忠のい】たるをや。両輩各宿所へ退【出して綸】言そむきかたかりし間、おも【ひ〳〵に出立けり】。別をゝしむ}
妻妾あり■■■■■■■孫子あり。たかひに心をく■■■■■■もよをすたのむかたとては只■■■■の守護氏寺の仏陀の加護■■■■■■光は八幡三所日吉山王ねんこ■■■■祈念し、保昌は熊野三所・住吉明神と再三祈申て、神馬幷に種〻重宝・色〻の幣帛を別当神主等にたてまつらる。是則とゆへなく朝敵をほろほして再会を期せんとなり。すてに発向と聞しかは、近国の武士数万騎をあひもよをして、二人の将軍にさしそへられけり。爰頼光申けるは、朝敵をうたんことかならすしも勢によるへからす。且は、かれらか妻子の歎も不便なり。王威むなしからすは、宣旨豈ゆるなるへしやとて、とめをかれしかは、各悦の涙をゝさへてとゝまりぬ。死も生も一所にと契をふかくする郎等、頼■■■■■■綱・公時・貞通・季武・四人■■■■■■■■主従共に五騎也。保昌の■■■■■■■宰小監はかりなり。かれこれ■■■■■ひたたれ色〻の鎧きて参■■■■■■■ならひに宣旨を給て出け■■■■■■地の錦の直垂にいとをとし■■■■■頭のかふとをもたせたり。大中黒の■や、廿四さしたるをかしら、たかにをひしけとうのゆみをつゑにつき、金作の太刀の三尺五寸なるをさけはきたり。保昌は、赤地錦鎧直垂にむらさきすそ、この鎧にくわかたうちたるかふともたせて、たかうすへをの征矢おひて、ふしまきの弓つへにつき、白きひるまきの太刀に、虎皮のしんさや入てはき、庭上にゆるきいてたるけしきまことにあたりをはらひてそみえける。

のこりの郎等共もともせんとはやりけれとも、妻子なともさすか心くるしくやありけん。かれらにつけてみなとゝめけれは、心ならすとゝまりぬ。さりけれとも、京中はかりは共したりけり。禁中の卿■■■■■■■■洛中の貴賤万人にいた■■■■■■■みる輩稲麻竹葦の■■■■■■■■■下にみち〳〵て、門前市■■■■■■■元年十一月一日、帝都をい■■■■■■王のすみかときく大江山いく■■■■る〳〵とそわけすてに、かの大江山を尋入、谷〻峯〻に日をかさね、よをかさねてもとめけれとも、樵渓跡たえて、雲海のうみをへたて、群源きしをあらひて、煙波まなこをさいきれり。山よりなを山に入、谷より又谷につたへとも、あやしきこともみえさりしかは、頼光の給けるは、王敵をうちたいらけすは、なかく都へ帰へからすといはれけれは、保昌尤可然とて、実躰同心。こゝや、かしこや、たつねゆくに、巌崛みちほそくして、身をそはめて入所もあり、渓樹枝をうなたれて、頭をかたふけてゆくところもあり。所〻の苦行は霞にうつみて跡もたへこゑ〳〵の■■はあらしにたくひてかすか■■■■■しそらすゝけわたりて■■■■■■■けしきなにとなくお■■■■■■■■みねには陰雲ありて、斜■■■■■■■すさまし木には芳樹な■■■■■■■よそをひかろしあそふ鳥の■■■■■雲に宿するかたらひさむくた■■■■さるの木をいたひて月にさけふこゑよりほかは、おとする物そなかりける。

さる程に、ある山のほこらをみやれは、あやしきことも侍りけり。かのすかた白髪なる老翁一人、としたかき山臥、老僧や、若き僧、各一人つゝ種〻酒肴用意して、柴宿さして唐櫃なとかきすへて、人をあひまつ{けしきなり。各これをみて、うたかひなき変化の者と思けれは、太刀をぬき、弓をひきてむかふ処に、白翁すゝみ出て、きものをぬきかけて、はたかになりて、手をあはせていひけるは、をそれあやしみ給ことなかれ。各をまちたてまつるなり。そのゆへは、翁は【子供】六七人もちたりしを、一人【ならす鬼】王にとりうしなはれて、こ【の歎い】かはかりとかおもひ給。かの山【臥は、同行あまた】とられ、この若僧は、弟子【・師匠を失】なひてなげき給へは、両【将宣旨を】うけ給て鬼城へたつねむ【かひ給由】をつたへうけ給はるあひた、よろこひをなして、我等も御共仕て、心のゆくかたと、かのところへあひむかはんためなり、とかたりけるに、頼光の給けるは、かくの給へはとて、心をゆるしたてまつるには侍らねとも、我等宣旨をくひにかけて侍れは、我等か身には何事か侍らんとて、太刀をゝさめ、弓をなをして、各用意の飯酒ともに至極して鬼城をもとめいたすへきとはかるところに、白翁申けるは、そのすかたともにては、たつね給はんことかなふへからす。たとひ兄弟なりとも、いかてかたやすくあふことをうへき。すかたをやつし、やうをかへてたつねみ給へとて、唐櫃の中より【柿衣】・柿の袈裟・頭巾なとゝ【りいたして、とり〳〵】にきて、おいといふ物九ちやう【おなしく櫃】なかより取出して、かのを【ひに甲冑】}酒肴を取入てからけし■■■■■山臥・老僧・若僧・綱・公時■■■■■■武・独武者なと九人は、九ちやう■をいをかけて、白翁と頼光は先達のことくに、檜杖といふ物をつきてあゆみつゝきける馬をは、是より舎人男に、みなふるさとへそ、かへしつかはしける。

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静嘉堂文庫(せいかどうぶんこ)色川(いろかわ)三中(みなか)旧蔵『大江山酒顚童子絵詞(おおえやましゅてんどうじえことば)』の詞書(ことばがき)

静嘉堂文庫の色川三中(いろかわみなか)旧蔵『大江山酒顚童子絵詞』の詞書のなかの一段の文章のイメージ画像
静嘉堂文庫(せいかどうぶんこ)色川(いろかわ)三中(みなか)旧蔵『大江山酒顚童子絵詞(おおえやましゅてんどうじえことば)』の詞書(ことばがき)のイメージ画像 (*23) (*28)

静嘉堂文庫(せいかどうぶんこ)に所蔵されている、色川(いろかわ)三中(みなか)旧蔵『大江山酒顚童子絵詞(おおえやましゅてんどうじえことば)』の詞書(ことばがき)には、逸翁(いつおう)美術館に所蔵されている香取本(かとりぼん)大江山絵詞(おおえやまえことば)』の詞書(ことばがき)にはない、一段の詞書(ことばがき)が記されています。

下記の文章が、静嘉堂文庫(せいかどうぶんこ)色川(いろかわ)三中(みなか)旧蔵『大江山酒顚童子絵詞(おおえやましゅてんどうじえことば)』の詞書(ことばがき)の文章です。 (*29)

  • 欠損しているために判読不能になっている部分は、「■」で示しています。

其後、頼光、今度の高みやうは、全、我等か威勢にあらす、且は、皇徳の盛なる故、且は、神威のいたす所也とて、精進して、八幡宮へ参詣せられける

御神楽■■■■■■■■に仰られて、御宝殿の内を見せられけれは、竜頭のかふとの、火おとしなるか、御影の御前に有とて、取出たりけれは、頼光、懐より、水精の念珠の有を、取出て見せられける

別当、こはいかに、御影のもたせ給へる、御念珠なりと疑申けれは、事の由を語給に、参集たる人〳〵、随喜の涙をそなかしける、此御すゝを、私の物にせん事、恐有へしとて、御宝前へ入たてまつる

代〻の氏神と、崇たてまつる上は、擁護の馮もふかく、祈請の誠も浅からされは、助け守らせ給はん事は、さる事なれとも、まのあたり、かゝる不思議を、拝見せられて、身の毛も、いよたちてそ、おもはれける

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香取本(かとりぼん)大江山絵詞(おおえやまえことば)』の詞書(ことばがき)の現代語訳

香取本(かとりぼん)大江山絵詞(おおえやまえことば)』の詞書(ことばがき)の現代語訳

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用語集

絵巻の原本の現状:上巻

【絵巻の原本の現状:上巻 第一段】

万機ばんきの政務」

万機ばんき

政務せいむ

『太平記』第15巻のなかの「賀茂神主改補かものかんぬしかいふの事」という章段の冒頭のあたりに、「万機ばんきまつりごとを新たにせられしかば」という言葉があります。この言葉の意味は、「国家の政治を一新なされたので」という意味です (*30)
このように「万機ばんきの政務」という言葉には、「国家の政治(の仕事)」というような意味があります。

また、「政治を執り行う」という意味の「執政しっせい」という言葉もあります。

ですので、「万機ばんきの政務をとる」という言葉の意味は、「国家の政治を執り行う」というような意味だとおもいます。

乱逆らんぎゃく

平致頼たいらの むねより

源頼信みなもとの よりのぶ

平維衡たいらの これひら

藤原保昌ふじわらの やすまさ平井保昌ひらい やすまさ

弓箭きゅうせん

朝敵ちょうてき

五材ござい

五材ござい」という言葉は、「六韜三略りくとうさんりゃく」という言葉で有名な、六韜りくとうという兵法学へいほうがくの書物のなかの「第三巻 竜韜りゅうとう」(龍韜りゅうとう)のなかの「第十九 論将」というところに登場する言葉です。

第十九 論将
 

 
 武王、太公に問うていわく、「将を論ずるの道は奈何いかん
 太公曰く、「将に五材、十過有り」
 武王曰く、「あえの目を間う」
 太公曰く、「所謂いわゆる五材とは、勇・智・仁・信・忠なり。勇なればすなわち犯すべからず、智なれば則ち乱すべからず、仁なれば則ち人を愛し、信なれば則ちあざむかず、忠なればニ心無し。

(林富士馬(訳) 「第十九 論将」, 「竜韜」, 『六韜』(*31) (*32)

第十九 論将(大将を論ず)
 

 
 武王が太公望に尋ねる。
「将帥を論評するには、どんな基準があるのだろうか」
 太公望が答えた。
「将帥たるものには五つの資質と十の欠点とが基準になります」
 武王はいった。
「その細目を具体的に説明してほしい」
 太公望が答えた。
五つの資質とは、勇、智、仁、信、忠をいいます。勇ある者は果敢に行動しますから、だれも犯しがたく、智ある者は事の是非を明らかに判断して何の惑いもありませんから、だれも混乱させることができません。仁ある者は、人をいつくしむので人々からもしたわれ、信ある者は、約束を守って人々を欺くことがありませんから、人々もまた裏切ることがなく、忠ある者は、心をつくして君に仕え、 二心を持つということがありません。」

(林富士馬(訳) 「第十九 論将(大将を論ず)」, 「第三巻 竜韜」, 『六韜』(*33) (*32)

四義しぎ(参考:法(仏教)

左車右馬(参考:右馬寮

天魔てんま

鬼神きしん

爰にここに

閑院かんいん

右大将うだいしょう

実見の卿

中納言ちゅうなごん

変化へんげ

王土おうど

争でいかで

天気てんき天機てんき

摂津守せっつのかみ

摂津せっつ

かみ

丹後たんご

天下てんか

大事だいじ

凶害きょうがい

畏みかしこみ

罷るまかる

煙霞えんか

忽ちたちまち

飛行ひぎょう

則ちすなわち

馳走ちそう

宿所しゅくしょ

綸言りんげん

 

【絵巻の原本の現状:上巻 第二段】

 

【絵巻の原本の現状:上巻 第三段】

 

【絵巻の原本の現状:上巻 第四段】

 

【絵巻の原本の現状:上巻 第五段】

 

絵巻の原本の現状:下巻

【絵巻の原本の現状:下巻 第一段】

 

【絵巻の原本の現状:下巻 第二段】

 

【絵巻の原本の現状:下巻 第三段】

 

【絵巻の原本の現状:下巻 第四段】

 

【絵巻の原本の現状:下巻 第五段】

 

【絵巻の原本の現状:下巻 第六段】

 

絵巻の原本の現状:詞書巻(ことばがきかん)

【絵巻の原本の現状:詞書巻(ことばがきかん) 第一段】

 

【絵巻の原本の現状:詞書巻(ことばがきかん) 第二段】

 

【絵巻の原本の現状:詞書巻(ことばがきかん) 第三段】

 

【絵巻の原本の現状:詞書巻(ことばがきかん) 第四段】

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香取本(かとりぼん)大江山絵詞(おおえやまえことば)』に関連する諸本の詞書(ことばがき)の原文

香取本(かとりぼん)大江山絵詞(おおえやまえことば)』に関連する諸本の詞書(ことばがき)の原文

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絵巻の原本の現状:香取本(かとりぼん)大江山絵詞(おおえやまえことば)』の詞書(ことばがき)の原文

絵巻の原本の現状:香取本(かとりぼん)大江山絵詞(おおえやまえことば)』の詞書(ことばがき)の原文

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陽明文庫本(ようめいぶんこぼん)酒天童子物語絵詞(しゅてんどうじものがたりえことば)」の詞書(ことばがき)の原文

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静嘉堂文庫(せいかどうぶんこ)色川(いろかわ)三中(みなか)旧蔵『大江山酒顚童子絵詞(おおえやましゅてんどうじえことば)』の詞書(ことばがき)の原文

静嘉堂文庫(せいかどうぶんこ)色川(いろかわ)三中(みなか)旧蔵『大江山酒顚童子絵詞(おおえやましゅてんどうじえことば)』の詞書(ことばがき)の原文

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脚注
  1. 高橋昌明 (2005年) 「四、叡山で跳躍する」, 「第六章 酒呑童子説話の成立」, 『酒呑童子の誕生 : もうひとつの日本文化』, 中公文庫, 中央公論新社, 235ページ.[↩ Back]
  2. 牧野和夫 (1993年) 「中世聖徳太子伝と説話 : “律”と太子秘事・口伝・「天狗説話」」, 本田義憲 [ほか]編, 『説話の講座 第3巻 (説話の場 : 唱導・注釈)』, 勉誠社, 227ページ.[↩ Back]
  3. 出典:郭璞かくはく「山海経序」, 高馬三良(翻訳), (1994年), 『山海経:中国古代の神話世界』, 平凡社ライブラリー, 平凡社, 12~13ページ. [↩ Back]
  4. 香取本(かとりぼん)」というのは、「香取神宮本かとりじんぐうぼん」の略称です。もともと、『大江山絵詞(おおえやまえことば)』は、香取神宮かとりじんぐうの宮司家が所蔵していたものなので、このような通称で呼ばれています。[↩ Back]
  5. この絵図のイメージ画像は、香取本(かとりぼん)大江山絵詞(おおえやまえことば)』の絵図(現状の絵巻の原本の「下巻 第七絵図」)をもとにして、筆者(倉田幸暢)が制作したものです。[↩ Back][↩ Back][↩ Back][↩ Back]
  6. 参考文献:(1992年) 「8 大江山絵詞」, 「作品解説」, 逸翁美術館(編), 『逸翁清賞 : 逸翁美術館名品図録』(改訂版), 逸翁美術館, 96ページ.[↩ Back]
  7. 参考文献:榊原悟 (1984) 「「大江山絵詞」小解」, 「一 伝来」, 「第二章「大江山絵詞」の概要」, 小松茂美(編), 『続日本絵巻大成 19』(土蜘蛛草紙 天狗草紙 大江山絵詞), 中央公論社, 144ページ.[↩ Back]
  8. 逸翁美術館とその周辺を撮影したこれらの写真は、筆者が2017年9月に撮影した写真です。[↩ Back]
  9. 参考文献:(2017年) 「60 重要文化財 酒伝童子絵巻」, 「第四章 和漢を兼ねる」, 「作品解説」, 狩野元信(画), 池田芙美 ほか(編), 『狩野元信 : 天下を治めた絵師 : 六本木開館10周年記念展』, サントリー美術館, 224~225ページ.[↩ Back]
  10. サントリー美術館とその周辺を撮影したこれらの写真は、筆者が2017年8月に撮影した写真と2017年9月に撮影した写真です。[↩ Back]
  11. この「香取本(かとりぼん)大江山絵詞(おおえやまえことば)』の絵巻のイメージ画像(「上巻」「下巻」「詞書巻(ことばがきかん)」の三巻(絵巻の原本の現状))」の画像は、『続日本絵巻大成 19 (土蜘蛛草紙・天狗草紙・大江山絵詞)』の147ページに掲載されている「大江山絵詞 現装」の写真の挿絵をもとに筆者(倉田幸暢)が制作したものです。)[↩ Back]
  12. 高馬三良 (1994年) 「解説」, 『山海経:中国古代の神話世界』, 平凡社ライブラリー, 平凡社, 181ページ. [↩ Back]
  13. 参考文献:高橋昌明 (2005年) 「【付録】『大江山絵詞』復元の試み」, 『酒呑童子の誕生 : もうひとつの日本文化』, 中公文庫, 中央公論新社, 260~263ページ. [↩ Back]
  14. 参考文献:榊原悟 (1984年) 「二 現状・錯簡と復原」, 「第二章 「大江山絵詞」の概要」, 「「大江山絵詞」小解」, 小松茂美(編), 『続日本絵巻大成 19』(土蜘蛛草紙 天狗草紙 大江山絵詞), 中央公論社, 149~152ページ. [↩ Back]
  15. 参考文献:高橋昌明 (2005年) 「【付録】『大江山絵詞』復元の試み」, 『酒呑童子の誕生 : もうひとつの日本文化』, 中公文庫, 中央公論新社, 260~285ページ. [↩ Back][↩ Back]
  16. この陽明文庫本(ようめいぶんこぼん)酒天童子物語絵詞(しゅてんどうじものがたりえことば)」の詞書(ことばがき)のイメージ画像は、複数の参考文献に掲載されている、陽明文庫本(ようめいぶんこぼん)酒天童子物語絵詞(しゅてんどうじものがたりえことば)」の原本を撮影した写真の挿絵を参考にして筆者(倉田幸暢)が制作したものです。[↩ Back][↩ Back][↩ Back][↩ Back][↩ Back][↩ Back][↩ Back][↩ Back][↩ Back][↩ Back][↩ Back][↩ Back][↩ Back][↩ Back][↩ Back][↩ Back][↩ Back][↩ Back][↩ Back][↩ Back][↩ Back][↩ Back][↩ Back][↩ Back][↩ Back][↩ Back]
  17. この陽明文庫本(ようめいぶんこぼん)酒天童子物語絵詞(しゅてんどうじものがたりえことば)」の第一紙目の詞書(ことばがき)のイメージ画像は、『続日本絵巻大成 19 (土蜘蛛草紙・天狗草紙・大江山絵詞)』の158ページに掲載されている陽明文庫本の「酒天童子物語絵詞 巻頭」の写真の挿絵をもとに筆者(倉田幸暢)が制作したものです。)[↩ Back][↩ Back]
  18. 参考文献:鈴木哲雄 (2019) 「坂東武士の所蔵」, 「1 逸翁本「大江山絵詞」の語り」, 「第一章 最古の絵巻・逸翁本「大江山絵詞」」, 『酒天童子絵巻の謎 : 「大江山絵詞」と坂東武士』, 岩波書店, 13ページ.[↩ Back][↩ Back][↩ Back][↩ Back][↩ Back][↩ Back][↩ Back][↩ Back][↩ Back][↩ Back][↩ Back][↩ Back][↩ Back][↩ Back][↩ Back][↩ Back][↩ Back][↩ Back][↩ Back][↩ Back][↩ Back][↩ Back]
  19. 参考文献:榊原悟(編) (1984) 「公刊・陽明文庫本(ようめいぶんこぼん)酒天童子物語絵詞(しゅてんどうじものがたりえことば)」」, 小松茂美(編), 『続日本絵巻大成 19』(土蜘蛛草紙 天狗草紙 大江山絵詞), 中央公論社, 158~160ページ.[↩ Back][↩ Back][↩ Back][↩ Back][↩ Back][↩ Back][↩ Back][↩ Back][↩ Back][↩ Back][↩ Back][↩ Back][↩ Back][↩ Back][↩ Back][↩ Back][↩ Back][↩ Back][↩ Back][↩ Back]
  20. 参考文献:鈴木哲雄 (2019) 「図87 陽明文庫本(ようめいぶんこぼん)酒天童子物語絵詞(しゅてんどうじものがたりえことば)」(第六紙目・陽明文庫所蔵)」, 「陽明文庫本」, 「1 逸翁本「大江山絵詞」のからくり」, 「第六章 坂東武士の憧憬――なぜ千葉氏は絵巻をつくったのか」, 『酒天童子絵巻の謎 : 「大江山絵詞」と坂東武士』, 岩波書店, 205ページ.[↩ Back][↩ Back][↩ Back][↩ Back][↩ Back][↩ Back][↩ Back][↩ Back][↩ Back][↩ Back][↩ Back][↩ Back][↩ Back][↩ Back][↩ Back][↩ Back][↩ Back][↩ Back][↩ Back][↩ Back][↩ Back][↩ Back]
  21. 参考文献:鈴木哲雄 (2019) 「図90 陽明文庫本(ようめいぶんこぼん)酒天童子物語絵詞(しゅてんどうじものがたりえことば)」(第八紙目・陽明文庫所蔵)」, 「平貞通と平忠道」, 「1 逸翁本「大江山絵詞」のからくり」, 「第六章 坂東武士の憧憬――なぜ千葉氏は絵巻をつくったのか」, 『酒天童子絵巻の謎 : 「大江山絵詞」と坂東武士』, 岩波書店, 212ページ.[↩ Back][↩ Back][↩ Back][↩ Back][↩ Back][↩ Back][↩ Back][↩ Back][↩ Back][↩ Back][↩ Back][↩ Back][↩ Back][↩ Back][↩ Back][↩ Back][↩ Back][↩ Back][↩ Back][↩ Back]
  22. 参考文献:鈴木哲雄 (2019) 「図90 陽明文庫本(ようめいぶんこぼん)酒天童子物語絵詞(しゅてんどうじものがたりえことば)」(第八紙目・陽明文庫所蔵)」, 「図90 陽明文庫本(ようめいぶんこぼん)酒天童子物語絵詞(しゅてんどうじものがたりえことば)」(第八紙目・陽明文庫所蔵)」, 「平貞通と平忠道」, 「1 逸翁本「大江山絵詞」のからくり」, 「第六章 坂東武士の憧憬――なぜ千葉氏は絵巻をつくったのか」, 『酒天童子絵巻の謎 : 「大江山絵詞」と坂東武士』, 岩波書店, 212ページ.[↩ Back][↩ Back]
  23. この静嘉堂文庫(せいかどうぶんこ)色川(いろかわ)三中(みなか)旧蔵『大江山酒顚童子絵詞(おおえやましゅてんどうじえことば)』の詞書(ことばがき)のイメージ画像は、『室町時代物語大成 第3』の140ページに掲載されている静嘉堂文庫(せいかどうぶんこ)色川(いろかわ)三中(みなか)旧蔵『大江山酒顚童子絵詞(おおえやましゅてんどうじえことば)』の詞書(ことばがき)のなかの一段の文章をもとに筆者(倉田幸暢)が制作したものです。)[↩ Back][↩ Back]
  24. 参考文献:(1993年) 「大江山絵詞」, 小松茂美(編), 『続日本の絵巻 26』(土蜘蛛草紙 天狗草紙 大江山絵詞), 中央公論社. [↩ Back]
  25. 参考文献: (1984年) 「大江山絵詞」, 小松茂美(編), 『続日本絵巻大成 19』(土蜘蛛草紙 天狗草紙 大江山絵詞), 中央公論社. [↩ Back]
  26. 参考文献: (1975年) 「大江山酒天童子(逸翁美術館蔵古絵巻)」, 横山重(編), 松本隆信(編), 『室町時代物語大成 第3』, 角川書店. [↩ Back]
  27. 参考文献:榊原悟(編) (1984年) 「公刊・陽明文庫本(ようめいぶんこぼん)酒天童子物語絵詞(しゅてんどうじものがたりえことば)」」, 小松茂美(編), 『続日本絵巻大成 19』(土蜘蛛草紙 天狗草紙 大江山絵詞), 中央公論社. [↩ Back]
  28. 参考文献: (1975年) 「大江山酒天童子(逸翁美術館蔵古絵巻)」, 横山重(編), 松本隆信(編), 『室町時代物語大成 第3』, 角川書店, 140ページ. [↩ Back]
  29. 出典: (1975年) 「大江山酒天童子(逸翁美術館蔵古絵巻)」, 横山重(編), 松本隆信(編), 『室町時代物語大成 第3』, 角川書店, 140ページ. [↩ Back]
  30. 参考文献:長谷川端(校注・訳) (1996年) 「賀茂神主改補かものかんぬしかいふの事」, 『太平記』巻第十五, 『新編日本古典文学全集 55』(『太平記』巻第十二~巻第二十), 小学館, 265ページ.
    [↩ Back]
  31. 出典:林富士馬(訳) (2005年) 「第十九 論将」, 「竜韜」, 『六韜』, 中公文庫, 中央公論新社, 271ページ.[↩ Back]
  32. 引用文中の太字や赤色文字の文字装飾は、引用者が加えた文字装飾です。[↩ Back][↩ Back]
  33. 出典:林富士馬(訳) (2005年) 「第十九 論将(大将を論ず)」, 「第三巻 竜韜」, 『六韜』, 中公文庫, 中央公論新社, 88~89ページ.[↩ Back]