Christmas embroidery mounted on canvas [1]

 

「私には夢がある、
 
 いつの日にか、すべての谷は隆起し、
 丘や山は低地となる。
 
 荒地は平らになり、
 歪んだ地もまっすぐになる日が来ると」

―― マーティン・ルーサー・キング・ジュニア、「I Have a Dream」 [2] [3]

「HTML5 は、その定義にも書かれているように、
 環境、ディスプレイ、あるいは
 技術とは独立して動作する Web 技術です。
 Web 上で成功するため柔軟性を最大限に備えています。
 
 そして Web もその定義通り解釈すれば、
 すべての人のために存在するのであって、
 非常に高価なハードウェアを購入する余裕があり
 一企業によって管理された固定環境に縛られることもいとわない、
 少数の恵まれた人たちのためだけのものではありません。
 …
 これこそ多くの人たちが
 Web 上で何かを始めてきた大きな理由であり、
 今もそれは変わりません。
 そして Web では誰も閉め出されることはありません。」

―― Chris Heilmann、「HTML5 にまつわる誤解を解く」 [4]

「人の一生は短い。
 
 それひとつでは意味をなさない一瞬の "光" だ。
 
 だから人を愛せ。
 
 絶望する前に、いまできる最善のことを見つけろ。

 そうして連なり、響きあった時に、
  "光" は初めて意味をなす」

―― サイアム・ビスト、『機動戦士ガンダムUC』 [5]

「みんなのために・・・
 
 みんなのために使う
 
 連邦もジオンも
 宇宙も地球も関係ない
 
 みんなのためにラプラスの箱を」

―― バナージ・リンクス、『機動戦士ガンダムUC』 [6] [7]

 

目次
  1. 「ここにもそこにも あそこにも!!」
  2. 世界を読みきれなかった「ヒットラーの尻尾」
    1. 「WHO ARE YOU? お前は誰だ… 正義か悪か 神か邪悪か」
      1. 喧伝と隠蔽のあいだに
    2. 「そばにいる者を踏み台にでもしない限り」
    3. 「一番鷄の鳴くころにとび起きて、せっせと利益ばかり漁る人は」
    4. 「おごれる人も久しからず」
    5. 「道にかなっていなければ早く滅びる」
    6. 「独裁者」
    7. 「友よ、わたしもまた君と同じことだ」
  3. 「インターネットは誰のもの?」
    1. 「開かれた社会とその敵: 独裁制の後遺症」
      1. 引き裂かれるオープンソサエティと、クローズドソサエティによる囲い込み
      2. 「グミ族のオリ」の寓話
      3. 「国境線」
    2. ウェブOS と ウェブアプリ
    3. 「みんなのインターネット」
  4. どんな表現でも描くことができる「キャンバス」
    1. Chrome公式のブラウザゲーム - 「World Wide Maze」
    2. レトロな多人数同時参加型オンラインRPG - 「BrowserQuest」
    3. 高速3Dレーシングゲームをブラウザで - 「HexGL」
    4. ゲームエンジン - 「Unreal Engine」
    5. ゲームエンジン - 「Unity 5」
    6. ぼくも作っちゃいましたよ、ブラウザゲーム!
  5. 「みんなのために・・・」
  6. みんなのための「物語」を
    1. 「天空にこだませよ歓喜の歌」
    2. 「遊びをせんとや生れけむ」
      1. 「楽しい」+「受け応え」=「遊び」
    3. 「誤解なくわかり合えるように」
    4. 夢か、現か、幻か
  7. 「おもい」をのせて
  8. 「先行きが安らかであることを 実りある時代になることを」

「ここにもそこにも あそこにも!!」

[8]

Tate impressions 6

[9]

 

「もっと広いフィールドへ
 
 もっと深い大きな何処かへ
 
 予測もつかない世界へ向かって行くだけ」

―― 「ヘミソフィア」 [10]

 

どうも、倉田です。
m(_ _)m

スマートが
スマートで
スマートな今日このごろですが、
いかがお過ごしでしょうか?

まわりを見渡せば、

スマートフォン

スマートテレビ

スマートカー

スマートハウス

スマートウォッチ

スマートグラス

スマート家電

などなど。

なんだか、
「スマート」という言葉さえつけておけば
なんとかなってしまいそうなご時世です。

世にあふれかえっている
これらの「スマート」なモノたちには、
いったいどんな意味があるのでしょうか?

そして、この「スマートの嵐」の先には、
いったいどんな未来がまっているのでしょか?

 

この「スマートの嵐」、つまり、
「スマートなモノ」の増加が意味することは、
ひとことで言えば、

『場』が増えていく

ということです。

では、「場」って、いったいなんでしょうか?

それは、

  • メッセージをつたえる場
  • 作品を見てもらえる場
  • 宣伝・広告の媒体となる場

などなど、

「メディア」(媒体)としての「場」です。

ちなみに、「スマートなモノ」の一部には、
「スマート」という言葉はついているものの、
その機器の機能が限定的であるために、
システムの側からの情報の表示がメインの機能になっていて、
利用者が情報を発信するための
「メディア」(媒体)(「場」)
としての機能が、弱い場合もあります。

ですが、「スマートなモノ」のなかでも、
おもなものは、基本的に、
利用者が情報を発信することができる
「メディア」(媒体)(「場」)
としての機能をそなえています。

ですので、
「スマートなモノ」が増えていく現象は、
「発表の場や、活躍の場が広がっていくこと」
でもあると言えるでしょう。

MSX – Multiscreen Muster

[11]

ウェアラブル機器
というモノもどんどん登場していますが、
これらも、この「スマートの嵐」
つまり、「メディア」(「場」)の増加の現象の
あらわれのひとつといえるでしょう。

つぎにまた新しい「スマートなんとか」が登場した時は、
「あぁ、また新しいメディア(「場」)が増えたんだな」と
おもってもらえばいいかとおもいます。

スマートなんとか」が増えるということは、人びとが情報を受けとる窓口である「インターフェイス」(ユーザーインターフェース)が増える、ということでもあります。 [12]

ここで言う「インターフェイス」は、
「ディスプレイ」と言い換えてもいいかもしれません。

スマートフォン

スマートテレビ

スマートカー

スマートハウス

スマートウォッチ

スマートグラス

スマート家電

などなど

「スマートなモノ」は、
たいてい、情報を受け取るための
ディスプレイの役割をはたします。

つまり、
「スマートなモノ」が増えるにつれて、
ほかの人との接点をもつことができる「場」が、
どんどん増えていくということです。

ちなみに、
この現象の別の呼び方として、
マルチスクリーン」という言葉もあります。

余談ですが、
この「マルチスクリーン」
(「メディア」(「場」)の増加)について、
Googleが独自の調査をおこなったデータを、
下記のウェブサイトで見ることができます。

このサイトの名前は、その名も、
マルチスクリーンワールド
です。

なんだか、いまの世の中を、一言であらわしていて、
さらには、これから先の未来も予見させるような名前で
おもしろいですね。

マルチスクリーンワールド
The New Mult-Screen World
https://ssl.gstatic.com/think/docs/the-new-multi-screen-world-study_research-studies.pdf

下記の画像は、グーグルが作成した、
マルチスクリーンワールドについての
情報をまとめたインフォグラフィックです。

multi-screen-world-infographic_infographics
マルチスクリーンワールドについての情報をまとめたインフォグラフィック
(「The New Multi-Screen World Infographic – Think with Google」より)

 

ついでながら、下記の、
次世代テレビに関する調査報告書の、93ページには、
「マルチスクリーン」
(「メディア」(「場」)の増加)についての情報が、
「端末の多様化」として、書かれています。

経済産業省 調査委託事業
平成24年度 我が国情報経済社会における基盤整備
(テレビのネットワーク化に関する調査研究)
「次世代テレビに関する検討会」 報告書
~5年後のテレビのあり方~
一般社団法人 電子情報技術産業協会角川アスキー総合研究所
2013年2月
http://www.meti.go.jp/press/2012/02/20130228001/20130228001-4.pdf

 

ちなみに、将来的に、
もっと「マルチスクリーンワールド」化が進むと、
下の動画のような世の中になっていきます。

こうなると、もはや、
「マルチスクリーンワールド」
というよりも、
「ユビキタススクリーンワールド」
(「あらゆる場所がスクリーンワールド」)
(「あらゆる場所がスクリーンになる世界」)
と言ったほうが正確かもしれません。

(「ユビキタス」というのは、
 「いたるところに存在する」(遍在)
 という意味です。) [13] [14]

この動画のようなことが当たり前になれば、
ほんとうの意味で、あらゆる場所が、
情報の受けとりと、発信ができる、
メディア(「場」)になります。

  

[15]

Wow! This is a total game changer 😀

Lifehack.orgさんの投稿 2016年3月5日

[16]

 

ヘッドセットの中で、イライブは広大な部屋の中にいた。四方の壁はウェブブラウザのページだ。

(ピーター・ルービン、「オキュラス・リフトで神童パーマー・ラッキーが見る夢」) [17]

下の動画は、VRデバイス(バーチャルリアリティ(仮想現実)体験装置)の「オキュラス・リフト」(Oculus Rift)を体験した人たちの様子です。

90歳のおばあちゃんも大興奮の、オキュラス・リフトによるバーチャルリアリティ(仮想現実)体験。

 

(下記の文章の引用元)
インターネットは消える運命にある──Google会長エリック・シュミット « WIRED.jp
http://wired.jp/2015/02/07/eric-schmidt-internet/

発言の真意は「ネットは消えるというよりは、単に新しい空間を見出して、より押しつけがましくなく、わたしたちのまわりどこにでも存在するようになる」ということだという意図を明確にした。

 

下記の文章で紹介されている「LuminAR」

[18]

下記の文章で紹介されている「Smart Object」

[19]

 

(下記の文章の引用元)
PC、スマホの「次」のデヴァイス:MITメディアラボが描くインターフェイス研究の最前線 « WIRED.jp
http://wired.jp/2014/08/05/mit-interface/

コミュニケーションの方法はテクノロジーによって日々変化している。現在は、スマートフォンが主流のコミュニケーションデヴァイスだが、それも数年後にはどう変わるかまったくわからない。MITの最先端のインターフェイス研究は、もはやデヴァイスからの解放を視野に入れ始めている。

1980年代から使い方も何も変わっておらず、わたしたちはコンピューターの前に座ったりデヴァイスをもち、かつなにかの作業をするために集中しなければ使うことができません」

デヴァイス自らが能動的に動いたり、人間が無自覚でも操作できたりするものになる

コンピューターはデヴァイスから解放され、より身近で当たり前なものにならなければいけない

Fluid Interfaces(流動インターフェイス)という研究グループを立ちあげ

その研究グループが開発したインターフェイスを5つ、紹介しよう。

(中略)

4.LuminAR

デヴァイスに取り付けた装置から壁や机に投影したARを通じて、あらゆるものが情報インターフェイスとなるテクノロジーだ。

これによって、あらゆる場所をブラウザ化したり、情報を読取るインターフェイスに早変わりする。

5.Smart Object

Internet of Things(IoT)によってあらゆるものがインターネットと接続した環境では、デヴァイスを触らなくても操作することが可能となるかもしれない。

(中略)

未来の人たちは目の前のデヴァイスから解放され、360度あらゆる身近な環境が情報インターフェイスになっていく

コンピューターデヴァイスを手元に所有するという感覚すらなくなっていく

「デジタルは、よりフィジカルと融合してきます。現在語られているウェアラブルやAR、IoTといったものはすべてシームレスになり、統合されていくでしょう」

「人々はデヴァイスから解放され、五感を通じ、新しいフィジカルのあり方を見出すこととなり、ビジネスにおいてもあらゆる分野を横断するサービスやアプリケーションが必要とされるでしょう。こうした新しいインターフェイスが実現することで、新しい社会が構築されていくのではないでしょうか」

▲ もくじへもどる

世界を読みきれなかった「ヒットラーの尻尾」

montagna particolare - canvas

(あなたの尊厳を奪い、隷従を強いるもの) [20]

 

「いかなる人間でも生きながら神格化されるには値しない」

―― ジャン=ポール・サルトル [21]

「君は知っている
 
 そばにいる者を踏み台にでもしない限り

 星々の高みに手など届かんということを」

―― ハキム・カシム、『プラネテス』 [22]

 

「WHO ARE YOU? お前は誰だ… 正義か悪か 神か邪悪か」

[23] [24]

bismuth

(さまざまな色をもつ、醜くも美しい存在) [25] [26]

 

"A truly great library contains something in it to offend everyone."

(「本当にすばらしい図書館は、みんなを怒らせるようなものを所蔵している。」)

―― Mary Jo Godwin [27] [28] [29] [30]

「もし自由になんらかの意味があるとするならば、
 それは相手が聞きたがらないことを
 相手に告げる権利をさすのである。」

―― ジョージ・オーウェル、「出版の自由」 [31]

「おそらく、わたしたちはだれもがカインなのだ。
 知らずしらずのうちに、荒野で、
 自分にとってのアベルを殺しているのだろう」

―― プリーモ・レーヴィ [32]

けれどだれも気づかない。腕を失ったわけではないから。この種の戦争の物語は、だれ一人読みたがらない。今この瞬間にも、アメリカ全土の閉ざされたドアの向こうで吹きあれる戦争で、どれほど多くの子どもたちが不具にされているかということに、だれも気づかない。

―― 『母に心を引き裂かれて』 [33]

「ただ、それが我らの愛しきこの世界

 そして人という生き物だということさ

 どれだけ、どう生きようと

 誰もが知っていることだが忘れていること

 だが私だけは忘れない

 決してそれを忘れない」

―― ラウ・ル・クルーゼ、『機動戦士ガンダムSEED DESTINY』 [34]

 シッダルタは言った。

「友よ、わたしもまた君と同じことだ。

 私はどこへも行きはしない。

 わたしは途中にいるだけだ。

 わたしは遍歴しているのだ。」

―― ヘルマン・ヘッセ、『シッダルタ』 [35]

 

「インド独立の父」や、「偉大なる魂」(マハトマ)と呼ばれるマハトマ・ガンディーは、性欲が強かったという話や、裸の女性とともに寝床についていたという話が知られています。

だからといって、ガンディーの偉大な功績が光を失うわけではありません。

また、このようなことができごとがあろうとなかろうと、ガンディーは神でも悪魔でもなく、わたしたちとおなじ人間です。

  

「喜劇王」と呼ばれたチャーリー・チャップリンは、女性問題で訴訟沙汰になったり、離婚したりしていたことが知られています。

だからといって、チャップリンの偉大な功績が光を失うわけではありません。

また、このようなことができごとがあろうとなかろうと、チャップリンは神でも悪魔でもなく、わたしたちとおなじ人間です。

  

「キング牧師」として知られ、アフリカ系アメリカ人の公民権運動の指導者であったマーティン・ルーサー・キング・ジュニアは、結婚相手以外の何人もの女性と性的な関係をもっていたことが知られています。

だからといって、キング牧師の偉大な功績が光を失うわけではありません。

また、このようなことができごとがあろうとなかろうと、キング牧師は神でも悪魔でもなく、わたしたちとおなじ人間です。

  

自分はもうけっして、シッダルタは賢明だという自惚(うぬぼ)れを抱くまい、昔は何につけてもその自惚れを離れなかった。

彼は驕慢に充ちていた、いつも第一等の秀才であり、第一等の熱心家であった、いつも一歩ずつ衆に先んじ、いつも智者であり、思想家であり、いつも祭司であり賢者だった。この祭司根性、この驕慢、この思想家ぶりの中へ彼の自我はこっそりと匐(は)い込んで、そこにしっかりと根を張って枝葉を拡げていったのだ。

そして自分のうちに巣食う祭司と沙門が死んでしまうまで、快楽と権勢、女と金にうつつを抜かし、商人、賭博者、飲酒家、貪婪者(どんらんしゃ)とならねばならなかったのだ。

(ヘルマン・ヘッセ、『シッダルタ』) [36]

「事の大小の違いはあれ、
 私たちも日々彼らと同じ葛藤をくり返しています。
 
 『箱』を遺したのも、封印したのも、開放したのも、
 みんな人が為したこと。
 
 すべて私たちひとりひとりの罪であり、打算であり、
 破滅にも希望にも転じる可能性なのです」

(ミネバ・ラオ・ザビ、『機動戦士ガンダムUC』) [37]

 

これらの一例のように、
いろいろなことを考えに入れたうえで、
自分自身の「すき・きらい」にしたがって、
どのように考え判断するかは、あなた自身が選ぶことです。

あなたが、なにを、どう考えるかということは、
他人が決めることではありません。

あなたが、なにを、どう考えるかということは、
あなた自身が決めることです。

どのようなすばらしい功績があるかということや、
どのようなよこしまな罪悪があるかということにかかわらず、
どんな人であっても、わたしたちとおなじで、
わたしたちとなにも変わらない、
愛すべき人間だということなのだとおもいます。

 

 

どのような人であっても、
悪魔であるはずはなく、
わたしたちとおなじ人間です。

どのような人であっても、
神であるはずはなく、
わたしたちとおなじ人間です。

あらゆる面で善人だと言える人はいません。
あらゆる面で悪人だと言える人はいません。

どんなときでも常に善人である、という人はいません。
どんなときでも常に悪人である、という人はいません。

あらゆる面ですばらしい人はいません。
あらゆる面でよこしまな人はいません。

どんなときでも常にすばらしい、という人はいません。
どんなときでも常によこしまである、という人はいません。

どんなときでも常に賢い、という人はいません。
どんなときでも常に愚か、という人はいません。

 

人には、さまざまな「色」をした、いくつもの側面があります。

ですが、わたしたちは、そのなかの
ほんのいくつかの側面しか見ていない、見えていない、
そういうことがよくあるのではないでしょうか?

 

「われわれは彼らを理解するが、
 かといって彼らを許すことも拒むこともできないのである。
 
 われわれは、民主的で革新されたアルジェリアを望んでいるがゆえに、
 また人間が一つの領域で自己を高め、自己を解き放ちながら、
 別の領域では埋没してしまうということはありえぬと信じているがゆえに、
 長期間にわたる抑圧が生み出し、育んできた、
 ほとんど生理的ともいえる乱暴さで革命的行動に身を投じている
 これらの兄弟たちを、悲痛な心をもって非難しているのだ。」

(フランツ・ファノン、『革命の社会学』) [38] [39]

「植民地主義の死とは、
 被植民者の死であると同時に植民者の死である、
 …
 新しい諸関係とは、
 一つの蛮行が他の蛮行によってとり変えられることでも、
 一つの人間破壊が他の人間破壊に置き換えられることでもない。
 
 われわれアルジェリア人が望んでいることは、
 植民者の背後から人間をひき出す〔発見する〕ことである。」

(フランツ・ファノン、『革命の社会学』) [40] [39]

喧伝と隠蔽のあいだに

「人間の作品においても、自然の作品においても、
 本来特に注目に値するのは、その意図である。」

―― ゲーテ、「格言と反省」 [41]

だれかにとっての「不都合な真実」が、
意図的に隠されてしまうことは、よくあることです。

だれかにとっての「都合のいい虚妄」が、
意図的に喧伝されてしまうことは、よくあることです。

隠されている「不都合な真実」は、
一体だれにとっての「不都合な真実」なのか?
どのようなおもわくがあって隠されているのか?

喧伝されている「都合のいい虚妄」は、
一体だれにとっての「都合のいい虚妄」なのか?
どのようなおもわくがあって喧伝されているのか?

ときには、立ち止まって、
そうしたことを考えてみる必要があるのかもしれません。

私たちが知っている紀元前五世紀のギリシアの姿が不完全なのは、多くの事実が偶然によって失われたというのが主たる理由ではなく、むしろ、全体として、それが、アテナイ市の住民の中の本当に小さなグループによって形作られた姿であるという理由によるものであります。紀元前五世紀のギリシアがアテナイ市民にとってどう見えていたか、それは私たちはよく知っていますけれども、スパルタ人にとって、コリント人にとって、テーベ人にとって(...)どう見えていたかということになりますと、私たちは殆んど何も知らないのです。私たちが知っている姿は、あらかじめ私たちのために選び出され決定されたものです、と申しましても、偶然によるというよりは、むしろ、意識的か否かは別として、ある特定の見解に染め上げられていた人たち、この見解を立証するような事実こそ保存する価値があると考えていた人たちによってのことであります。

(エドワード・ハレット・カー、『歴史とは何か』) [42]

現代世界の一般の人々がどれだけ自由の意義と政府の害悪に気がついているだろうか? 大きな政府は大部分の人々が生まれたときからすでにそこにあり、当然のように国民の富の大きな部分を税金の形で吸い上げてきた。そして政府が行う事業の中には一見すると国民のためになるものが多い。そのことは大部分の人々の目に映るし、目に映らなくても政府はそれを宣伝する。だが政府がその事業をしなくても民間の人々がそれを一層効率的に行えるとか、政府の活動の多くが国民の大部分の犠牲による利権の配分だとか単純に無駄使いだといったことは、目に映りにくい。リバタリアンはバスティアの例にならって「目に見えないこと」の重大さを説く必要があるが、それに耳を傾ける人よりも、いつまでも政府への信頼を捨てずに、景気回復のための市場への積極的介入を求める人の方が多いようだ。

(森村進、『自由はどこまで可能か=リバタリアニズム入門』) [43]

海民や山民の世界、廻船人・商人の世界は、多くはこうした廃棄された文章から知りうるわけですから、まさしくこれは切り落とされ破棄された世界であり、この世界をもう一度世に出さなくては、日本社会全体が非常にゆがんだものになってしまうことは確実です。
 学問自体も、こうしたゆがみをさけることはできませんでした。儒学者は、だいたい農本主義ですし、近代になって入ってきた西欧の学問の場合も、やはり農業を中心とした経済史が圧倒的に紹介されてきました。(中略)
 ですから、日本経済史の用語の中には、富農、中農、貧農、豪農、小農、農奴、隷農、小作農など、「農」がつくものが圧倒的で、海民、山民などまったく無視されており、そうした人びとについての学問的用語はほとんどありません。またさきほどの時国家のような、多角的な経営をやっている家を的確に規定する学術用語を、現状ではわれわれは持っていないのです。(中略)
 このように、学術用語そのものが完全に農本主義に染め上げられているといわなくてはなりません。

(網野善彦、『日本の歴史をよみなおす (全)』) [44]

▲ もくじへもどる

「そばにいる者を踏み台にでもしない限り」

君は知っている

そばにいる者を踏み台にでもしない限り

星々の高みに手など届かんということを

(ハキム・カシム、『プラネテス』) [22]

ルールや掟を破る奴は

クズ呼ばわりされる

………けどな!

仲間を大切にしない奴は

それ以上のクズだ

(はたけカカシ、『NARUTO -ナルト-』) [45]

▲ もくじへもどる

「一番鷄の鳴くころにとび起きて、せっせと利益ばかり漁る人は」

王がいわれた。

「先生には千里もある道をいとわず、
 はるばるとお越しくださったからには、
 やはりわが国に利益をば与えてくださろうとの
 お考えでしょうな。」

孟子はお答えしていわれた。

「王様は、どうしてそう
 利益、利益とばかり口になさるのです。
 大事なのは、ただ仁義だけです。

(「梁惠王章句上 一」、『孟子』) [46]

朝早く一番どりの鳴くころにとび起きて、
せっせといことをする人は、
聖人しゅんの仲間である。

一番鷄の鳴くころにとび起きて、
せっせと利益ばかりあさる人は、
大泥棒のせきの仲間である。

聖人と大泥棒〔とでは、たいへんな違いだが、そ〕の
分岐点わかれめを知ろうとおもえば、外でもない。

ただ、利益ばかりを漁るか、
善いことをするかの違いだけである。

(「尽心章句上 二五」、『孟子』) [47]

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「おごれる人も久しからず」

おごれる人も久しからず

ただ春の夜の夢のごとし

たけき者も遂にはほろびぬ

ひとへに風の前のちりに同じ

(「祇園精舎」、『平家物語』) [48]

物はさかんならば
すなわゆ、

これ不道ふどうう。

不道は早くむ。

(第三十章、『老子』) [49]

▲ もくじへもどる

「道にかなっていなければ早く滅びる」

 道にもとづいて君主を補佐する者は、武力によって天下に強さを示すことはしない。武力で強さを示せば、すぐに報復される。軍隊の駐屯するところには荊棘(いばら)が生え、大きな戦争の後では、かならず凶作になる。

 うまく武力を用いる者は事を成しとげるだけだ。強さを示すようなことはしない。成しとげても才知を誇ってはならず、成しとげても功を誇ってはならず、成しとげても高慢になってはいけない。成しとげてもやむを得ないこととする、このことを、成しとげても強さを示さない、という。

 ものごとは勢いが盛んになれば衰えに向かうのであり、このことを、道にかなっていない、というのだ。道にかなっていなければ早く滅びる。

(第三十章、『老子』) [49]

武器は不吉な道具であり、君子が使う道具ではない。

やむをえず用いる場合には、あっさりと使うのが最上である。

勝ってもそれを賛美はしない。

もし賛美するならば、それは人殺しを楽しむことである。

いったい、人殺しを楽しむならば、
自分の志を天下に果たすことなどできないのだ。

(第三十一章、『老子』) [50]

▲ もくじへもどる

「独裁者」

「貴公、知っておるか?

 アドルフ・ヒットラーを」
 
 
「ヒットラー?

 中世期の人物ですな」
 
 
「ああ。

 独裁者でな、
 世界を読みきれなかった男だ。

 貴公はそのヒットラーの尻尾だな」

(デギン・ソド・ザビと、ギレン・ザビの会話、『機動戦士ガンダム』) [51] [52]

 

 

 

(チャーリー・チャップリン、2:02~4:08、映画『独裁者』[53]

「人々よ 失望してはならない

 貪欲はやがて姿を消し ―

 恐怖もやがて消え去り ―

 独裁者は死に絶える

 大衆は再び権力を取り戻し ―

 自由は決して失われぬ!

 兵士諸君 犠牲になるな

 独裁者の奴隷になるな!

 彼らは諸君を欺き ―

 犠牲を強いて

 家畜の様に追い回している!」

(チャーリー・チャップリン、映画『独裁者』[54]

▲ もくじへもどる

「友よ、わたしもまた君と同じことだ」

 

「よく聞け トルフィン
 
 お前に敵などいない

 誰にも 敵などいないんだ」

―― トールズ・スノーレソン、『ヴィンランド・サガ』 [55]

 

「植民地主義の死とは、
 被植民者の死であると同時に植民者の死である、
 …
 新しい諸関係とは、
 一つの蛮行が他の蛮行によってとり変えられることでも、
 一つの人間破壊が他の人間破壊に置き換えられることでもない。
 
 われわれアルジェリア人が望んでいることは、
 植民者の背後から人間をひき出す〔発見する〕ことである。
 
 その人間は、自分を窒息させ、自分に沈黙を強いていた
 一つの体制の構成者であると共に犠牲者であったのだ。」

(フランツ・ファノン、『革命の社会学』) [40] [39]

 

「どんな場合にも、
 イエスかノーかの全体主義の壁に
 閉じ込められてはならないのだ。
 
 諾と言うことの拒否がノーではなく、
 否と言うことの拒否がイエスではないような
 言葉の空間を確保していくこと、
 民主主義の実践とはそういうことであるはずだ。」

(海老坂武、『フランツ・ファノン』) [56]

 

 まことに自分の生涯は奇妙なものだった(そう彼は考えた)、奇妙な廻り道をそれは取った。少年時代にはただ神々とそれに犠牲を捧げることだけにいそしんだ、青年となってはひたすら禁欲と思索と瞑想とを事とし、梵(ブラフマン)を訪ね、真我(アートマン)の中に永遠なものを崇拝した。しかし、さらに長じては自分は苦行者たちの後を追い、森に住み、暑熱と寒気に堪(た)え、飢えることを学び、おのれの肉体に死滅することを教えた。つづいて偉大な仏陀の教えによって霊妙な開悟が自分に近づいた、世界統一の認識が自分自身の血のように身内をめぐるのを感じた。しかし仏陀からも、またその偉大な認識からも、自分は再び去らねばならなかった。自分は去って、カマラを師として愛の快楽を学び、カーマスワミーを師として商業を学んだ。そして金を積み、金を散じ、胃を愛し、感覚に媚びることを学んだ。精神を失い、思索することを忘れ、統一を忘れることに自分は多くの歳月を費やさねばならなかった。

わたしが逃れて来たあそこでは、いっさいが香油、香料、酒、飽満、無気力の匂いを放っていた。いかに自分はこの富者、美食家、賭博者の世界を憎んだことだろう、自分がいつまでもこの怖ろしい世界にじっとしていることに対して。いかにわたしはわたし自身を憎み、掠奪し、毒し、しいたげてきたことだろう、わたし自身を老いと邪悪に駆りたてたことだろう。そうだ、自分はもうけっして、シッダルタは賢明だという自惚(うぬぼ)れを抱くまい、昔は何につけてもその自惚れを離れなかった。

もしあの完全な暗澹と絶望の瞬間、流れる水の上に身を乗り出しておのれを滅ぼそうとしたあの極限の瞬間が来なかったならば、なおいつまでもカーマスワミーのもとに留まって、金を儲け、金を散じ、腹を肥やし、魂を渇(かつ)え死にさせたかもしれないのだ。なおいつまでも彼はその居心地のよい、柔らかな褥(しとね)を敷きつめた地獄に住んでいたかもしれないのだ

彼は驕慢に充ちていた、いつも第一等の秀才であり、第一等の熱心家であった、いつも一歩ずつ衆に先んじ、いつも智者であり、思想家であり、いつも祭司であり賢者だった。この祭司根性、この驕慢、この思想家ぶりの中へ彼の自我はこっそりと匐(は)い込んで、そこにしっかりと根を張って枝葉を拡げていったのだ。

そして自分のうちに巣食う祭司と沙門が死んでしまうまで、快楽と権勢、女と金にうつつを抜かし、商人、賭博者、飲酒家、貪婪者(どんらんしゃ)とならねばならなかったのだ。

(ヘルマン・ヘッセ、『シッダルタ』) [57]

「事の大小の違いはあれ、
 私たちも日々彼らと同じ葛藤をくり返しています。
 
 『箱』を遺したのも、封印したのも、開放したのも、
 みんな人が為したこと。
 
 すべて私たちひとりひとりの罪であり、打算であり、
 破滅にも希望にも転じる可能性なのです」

(ミネバ・ラオ・ザビ、『機動戦士ガンダムUC』) [37]

 シッダルタは言った。

「友よ、わたしもまた君と同じことだ。

 私はどこへも行きはしない。

 わたしは途中にいるだけだ。

 わたしは遍歴しているのだ。」

(ヘルマン・ヘッセ、『シッダルタ』) [35]

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「インターネットは誰のもの?」

 

「私には夢がある、
 
 いつの日にか、すべての谷は隆起し、
 丘や山は低地となる。
 
 荒地は平らになり、
 歪んだ地もまっすぐになる日が来ると。」

―― マーティン・ルーサー・キング・ジュニア、「I Have a Dream」 [2]

 

さきほど、
世のなかに「スマート」なモノが増えれば増えるほど、
あなた自身を表現する「場」が増えていく、
という話をしました。

別の言い方をすれば、
身のまわりの、あらゆる場所に、
情報の受けとりと、発信ができる
メディアがあふれている状態になっていく、
ということです。

ちなみに、

ビッグデータ」や、

モノのインターネット
(IoT(Internet of Things))、

なども、
情報の受けとりと、情報の発信ができる
「スマート」なモノが増加したことと、
関連している、もしくは、
それに連動して生まれてきたものだ、
と言えるでしょう。

ついでながら、
「スマート」なモノのうえで動くアプリケーションは、
HTML5(エイティーエムエルファイブ)で
つくられたアプリケーションが主流になっていきます。

これは、いわゆる、ウェブアプリというものです。

ウェブアプリというのは、
ひとことでいえば、
アプリとして機能する
ウェブサイトのことです。

つまり、
ウェブアプリというのは、
ウェブサイト自体が、
まるでひとつのアプリケーションのように振る舞う、
ということです。

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「開かれた社会とその敵: 独裁制の後遺症」

[59] [60] [61] [62]

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(クローズドソサエティの囲い込みによって、引き裂かれるオープンソサエティ(開かれた社会)) [63] [64]

「国 言葉 価値観 生まれ 信ずるもの
 
 様々に違うこの世界に
 彼はまたどんな新たな違いをもたらしたのか
 
 身をもって知ったとて
 時はすでに遅い」

―― ラウ・ル・クルーゼ、『機動戦士ガンダムSEED』 [65]

ウェブアプリは、
ネイティブアプリとは、ちがうものです。

ウェブアプリは、オープンなものですが、
ネイティブアプリは、クローズド(閉鎖的)で、
独善的で、排他的なものです。

ネイティブアプリは、多くの場合アップグレードを求めてきます。エンドユーザは新たなハードウェアの購入を強いられ、さもなければ製品自体を手に入れられません。柔軟性という観点から見れば HTML5 アプリは見事な役割を果たしており、逆にネイティブアプリはユーザを特定のハードウェアに依存させ、購入する余裕のない、あるいはあえて避けたいアップグレードが提供された場合、行き場を失わせることになります。その最たる例は、最近話題となった iOS 上での Apple 独自地図アプリへの移行です。多くのユーザが不満を抱え Google マップを使い続けたいと思っていますが、それは不可能です。

(Chris Heilmann、「HTML5 にまつわる誤解を解く」) [4]

引き裂かれるオープンソサエティと、クローズドソサエティによる囲い込み

  

歌・詩・詞・曲は、
私はもともと民間のものだと思います。

文人がそれを取って自分のものとし、
作るたびにいよいよ理解し難くしたのです。

それを結局は化石にしてしまうと、
さらに彼らは同じように他のものを取り、
またもや次第にそれを殺してしまうのです。

―― 魯迅 [67] [68]

  

HTML5 は、デスクトップではパフォーマンスの点でネイティブアプリに十分勝る能力を備えており、スクロールのパフォーマンス、動画の即時解析・編集、さらには 超高フレームレートでのフル 3D ゲームの実行 や 高速レースゲーム の実現まで見る限り、パフォーマンスに関する問題がどこにあるのか自問しなくてはなりません。
その答えはハードウェアアクセスです。HTML5 アプリは、iOS や Android 向けに開発されたモバイルハードウェア上では二級市民として扱われており、最高のパフォーマンスを得られる部分にはアクセスできません。iOS の Web ビューは、ネイティブアプリと変わらない原理を用いているにもかかわらず、同じように高速に動作することを OS によって妨げられています。Android では、標準ブラウザがモタモタしているのに比べて、Chrome も Firefox もブラウザがどれほど高速に動作するかを証明しています。

Android の標準ブラウザは、長期間改良されることなく Web の進化を妨げる脅威となっていた 90 年代の Internet Explorer を思い起こさせます。思えば、それこそまさに Mozilla と Firefox が誕生したきっかけでした。

要するに HTML5 は砂利道でも運転できるよう設計された F1 レースカーですが、今はまだ回避するすべのない多くの重荷を OS によって課されている状態と言えるでしょう。

(Chris Heilmann、「HTML5 にまつわる誤解を解く」) [4]

HTML5 が開発者にとって未だ確実な選択肢となっていない理由は、上述したハードウェアからの締め出しという問題によるところが大きいでしょう。iOS 端末では WebKit 以外のエンジンを搭載したブラウザの提供が許可されておらず、カメラやアドレス帳、バイブレーション、通話、テキストメッセージへのアクセスも HTML5 に許可されていません。それらはすべて、開発者にとってモバイル端末を面白いものにし、アプリにとって必須の機能と言えます。

(Chris Heilmann、「HTML5 にまつわる誤解を解く」) [4]

閉鎖的なアプリマーケットは、一見すれば自社製品を売るのに簡単な方法と思われますが、その成功には多くの誇張表現があり、実際のところ閉鎖的なマーケットでひとつのアプリを売って生計を立てられている開発者はほんの一握りです。アプリマーケットでの発見性や検索性がますます低下していく中、素早く見つけられること、そしてマーケット内の検索結果で 1 ページ目に載ることが最重要課題となり、多くの開発者はひとつのアプリを集中して開発する代わりに同じようなアプリを量産しています (例えば、話す犬、話す猫、話すロバ… といった具合で)。

ネイティブアプリを揃えた閉鎖的なマーケットが開発者にとって実際にデメリットであると言えるのはこのためです。アプリは Web 上での住所 (URL) も持たず、マーケットの外から見つけることはできません。作ったアプリはひとつずつ別々のマーケットに手作業で登録する必要があり、またそれぞれの審査と登録のプロセスに従わなければならず、製品の機能停止を避けてアプリを簡単に更新する方法はありません。

HTML5 アプリは Web 上にあって URL を持ち、Adobe PhoneGap Build のようなツールでパッケージ化すれば iOS や Android 向けのネイティブアプリに変換することも可能です。その逆は不可能です。

長期的な視点に立った場合、開発者にとってより最適な戦略は何かという問題が提起されるでしょう。マーケット側の独断でいつでも製品を取り下げられる可能性のある特定の閉鎖的な環境に賭けるか、あるいは世界的でオープンな配布ネットワークを通じてアプリを提供しつつ閉鎖的なマーケットもカバーするか、です。

(Chris Heilmann、「HTML5 にまつわる誤解を解く」) [4]

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「グミ族のオリ」の寓話

グミ族のオリ

(「小さなオリ」に閉じこもっているグミ族たち、『MOTHER2』)

 

「ボクからみると、オリの中にいるのはキミたちのほうだ。」

―― 『マザー2 ひみつのたからばこ』 [69]

 

ボス
恐竜のオリの中でなにやってるんだ?!
 入り口を開けてやるから、はやくこっちに出てこい。
 ボスのオレが許すから。」
 
 
恐竜のオリをつくって閉じ込めた…とアニキは言うけど
 それって強がりだと思うなぁ。」

(「小さなオリ」に囲い込もうとする人の滑稽さ(グミ族、『MOTHER2』)) [70] [71]

彼らのボスがやってきた。

恐竜のオリの中?
ボクらがいる場所って?

ボクからみると、オリの中にいるのはキミたちのほうだ。

(『マザー2 ひみつのたからばこ』) [69]


(「小さなオリ」に囲い込もうとする人の滑稽さ、
0:29~1:21、
   『MOTHER2』) [72]


(「小さなオリ」に囲い込もうとする人の滑稽さ、
19:08~19:21、
   『MOTHER2』) [73]

 

歴史的に、閉鎖的なプラットフォームは浮かんでは消えてきましたが、Web は今でも力強さを増しながら、世界中の膨大な数のユーザにリーチすること、そして誰かに許可を求めたり複雑な開発環境をインストールすることなく開発を始めることを可能にしています。これこそ多くの人たちが Web 上で何かを始めてきた大きな理由であり、今もそれは変わりません。そして Web では誰も閉め出されることはありません。

(Chris Heilmann、「HTML5 にまつわる誤解を解く」) [4]

インターネットのオープンイノヴェイションでは「いちいちパーミッション(承認)をとらなくても進んでいく」というのが重要なポイント。インターネットは、イノヴェイションが中央管理型から分散型に変わっていった最も代表的な例

(伊藤穰一) [74]

インターネットに接続されたホスト・コンピューターの数や、さまざまなメガトレンドは、これまですべて順調に拡大してきた。予想より早かったり、遅かったりすることはあっても、基本的には「プリ・ウェブ」の思想──「パーミッションレス・イノヴェイション(許諾の必要のない改革)」と「ディストリビューテッド・レスポンシビリティ(分散責任)」──にもとづいて、新しい考え方の枠組みが生みだされてきた。

(伊藤穰一) [75]

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「国境線」

「どうして・・・
 
 どうしてなんでしょう・・・?
 
 ここからは 国境線なんて見えないのに・・・
 
 ただ 地球があるだけなのに・・・」

(テマラ・ポワチエ、「Phase11 バウンダリー・ライン」、『プラネテス』) [76]

「宇宙はごく一部の国だけが独占する世界になってしまった・・・
 
 それは正すべきだろう?
 やり直すべきだろう?
 
 すべての国を あるべき姿に!」
 
「国?
 
 うん! ちゃんと習ったよ
 
 そういうので分かれてるんだってね 地球は」
 
「・・・!」
 
「私ね ルナリアンなの
 
 月生まれの月育ち
 
 だから国とかって見たことないんだ」
 
「・・・」
 
「おじさんの国は地球のどこにあるの?」
 
「・・・」
 
「ここから見える?」
 
「・・・
 
 たしかに・・・」
 
「えっ?」
 
「たしかに見えないな そんなものは・・・」
 
「?」
 
「だがしかし・・・
 
 それでも私は・・・」

(ノノとハキムの会話、「Last Phase そして巡りあう日々」、『プラネテス』) [77]

「国 言葉 価値観 生まれ 信ずるもの
 
 様々に違うこの世界に
 彼はまたどんな新たな違いをもたらしたのか
 
 身をもって知ったとて
 時はすでに遅い」

(ラウ・ル・クルーゼ、『機動戦士ガンダムSEED』) [65]

可能性を殺すだけだ ンな結論は

忘れちまえ 重力の存在なんて
ありゃ、世界を狭くする力だ

(ハチマキの言葉、『プラネテス』第2巻) [78]

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ウェブOS と ウェブアプリ

ついでながら、
グーグルのOS(オペレーティングシステム)である、
Android(アンドロイド)と、
Chrome(クロム)も、
やがてひとつのウェブOSとして
統合されるでしょう。

そして、そのウェブOSのうえで動くのは、
HTML5でつくられたアプリケーションです。

「ウェブOS」というくらいですから、
そのうえで動くのは、
もちろん、「ウェブアプリ」です。

そして、「ウェブアプリ」は、
HTML5をつかってつくられます。

ちなみに、Chrome(クロム)は、
本来はOSです

ですが、ウェブOSというのは、
いってみれば、
ウェブブラウザ自体がOSになる、
というようなものです。

そして、そのウェブOS(ウェブブラウザ)をとおして、
ウェブアプリ(アプリケーションとして機能するウェブサイト)を
利用する、というかたちになります。

たとえば、Gメールや、Googleドライブ、
Gooleドキュメントなどは、そういった
ウェブアプリ(アプリケーションとして機能するウェブサイト)の
典型といえるでしょう。

ですので、Chrome(クロム)が
OSでなく、ウェブブラウザだと、
認識していたとしても、
それは、あながち間違いとも言えません。

ついでながら、ウェブOSは、
グーグルのChrome(クロム)しかないわけではありません。

ほかにも、いろいろなウェブOSがあります。

マルクランドを後にし・・・・・・
ワシらの船はさらに南へ下った

“もっともっと豊かな土地が南にある“
風がそう告げていたのだ

そしてワシは見つけた

果物が実り草原が波打つあの新天地をな

ワシは彼の地に小屋を建て名をつけた

ヴィンランドと

(レイフ・エイリクソンの言葉、『ヴィンランド・サガ』第1巻) [79]

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「みんなのインターネット」

 

「われわれは万人に開かれ、
 すべての才能を迎え入れるアルジェリアを望んでいる。

 われわれはこのことを望み、かつ実践するであろう。

 これを遮ることのできる力はどこにも存在しない」

―― フランツ・ファノン、『革命の社会学』 [40] [39]

HTML5はマルチプラットフォーム対応なので、
HTML5でつくられたアプリケーションは、
「スマート」な機器であれば、
どんな機器でも動きます。

ネイティブアプリは端末やプラットフォームごとに一から開発しなければなりませんが、HTML5 アプリなら、スマートフォンからタブレット、デスクトップまで、ひとつの製品で対応できます。また、想定画面サイズや機能を固定せずユーザ環境をチェックして適宜対応することも可能であり、新しい携帯電話を買えない人たちを閉め出さなくても、より高速な最新端末を使用している人たちのユーザ体験を向上させられます。

(Chris Heilmann、「HTML5 にまつわる誤解を解く」) [4]

Firefox: Choose Independent - YouTube

Web ブラウザ Firefox — わたしが選んだ理由 — Mozilla
https://www.mozilla.org/ja/firefox/independent/#play/

インターネットは誰のもの?

誰のものでもありません。

みんなのもの。

だから、世界中の多くの人が

時間と才能を費やして

インターネットを豊かにしてきました。

あなたの情報はインターネット上で勝手に収集されたり

売買されるべきものではありません。

あなた自身がコントロールすべきもので

企業に利用されてはなりません

これが 10年前に Firefox を作った理由です。

利益を得るためでなく、

企業のためでもなく、

妥協することはありません。

Firefox を選ぶこと。

それは単なるブラウザ選択ではありません。

個人の自由を宣言することでもあります。

みんなのインターネットを守り

より明るく輝かせるために

CHOOSE INDEPENDENT. CHOOSE FIREFOX.

firefox.com/independent

(Mozilla Firefox、「Firefox: Choose Independent」) [80]

Firefox ブラウザ無料ダウンロード

 

「アルジェリア国民(ナシオン)は、
 もはや未来の空の彼方にあるのではない。
 それはもうろうとして幻覚のかたまりのような
 想像の産物ではない。
 それはアルジェリアの新しい人間の中心に位置している。
 アルジェリアの人間の新しい本性が存在し、
 その人間に対応する新しい次元が生じているのだ。
 
 人間は世界を変革すると同時に、自分自身をも変革する、
 というテーゼが、アルジェリアにおけるほど
 明白に示されたことはないであろう。
 この力の対決は、人間が自分自身についてもっている意識、
 彼が古い支配者たちや、やっと自分の手を
 とどかせることのできる世界に関していただく観念を
 造り変えるだけではない。
 
 さまざまの異なったレベルを持つこの闘争は、
 民衆のもつ象徴、神話、信仰、感受性を刷新した。
 われわれはアルジェリアにおいて、
 人間が再び歩み始めるのに立ち会っている。
 
 この必要不可欠な運動を、だれが止めたいと希いえようか。
 両眼を見開いて、この歩みの中に、
 巨大でありながらしかしまた非常に自然なものがあることを、
 よく見たほうがよいのではないか。」

(フランツ・ファノン、『革命の社会学』) [81]

 

(マーティン・ルーサー・キング・ジュニア、14:34~14:53、「I Have a Dream」) [82] [2] [3]

I have a dream that one day every valley shall be exalted, and every hill and mountain shall be made low, the rough places will be made plain, and the crooked places will be made straight

「私には夢がある、
 
 いつの日にか、すべての谷は隆起し、
 丘や山は低地となる。
 
 荒地は平らになり、
 歪んだ地もまっすぐになる日が来ると。」

(マーティン・ルーサー・キング・ジュニア、「I Have a Dream」) [2] [3]

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どんな表現でも描くことができる「キャンバス」

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[83]

 

「いま、我々の目の前には広大無辺な宇宙があります。

 あらゆる可能性を秘め、

 絶え間なく揺れ動く未来があります。」

―― リカルド・マーセナス、『機動戦士ガンダムUC』 [84]

 

「さあて
 
 どこへ行こうかしらねえ
 
 ふふ…
 
 ネットは広大だわ……」

―― 草薙素子、『攻殻機動隊』 [85]

 

「ほら、新しい世界へのドアが開いた。
 わたしはそこで何を見つけられるかな」

―― アーシュラ・K・ル=グウィン、『いまファンタジーにできること』 [86]

 

HTML5は、
「キャンバス」のようなものです。

とんでもない大きさにも、
とっても小さなサイズにも、
どんな大きさにでもなる、
まっ白な、「キャンバス」です。

HTML5をつかえば、
そのうえに、なんでも描くことができ、
あなた自身を自由に表現することができるのです。

文章でも、写真や画像でも、音楽でも、
映像でも、ゲームでも、3Dモデルでも、
どんな表現でも描くことができる「キャンバス」。

それが、HTML5です。

 

やがて、そう遠くない未来には、
嗅覚を刺激して、匂いを感じることができる機能や、
触覚を刺激して、手ざわりを感じることができる機能や、
バーチャルリアリティの世界に入り込んで、仮想空間のなかで
だれかと楽しい時間をすごすことができる機能などが、
HTML5 に追加されていくかもしれません。

もしかしたら、そのころには、
もはや「HTML」という名前ではなくなっているかもしれませんが、
それでも、あなたが自分自身を表現するための「キャンバス」は、
これからもずっと、どこまでも果てしなく広がりつづけていくことでしょう。

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Chrome公式のブラウザゲーム - 「World Wide Maze」

「World Wide Maze」(ワールドワイドメイズ)は、スマートフォンをコントローラーにして、パソコンの画面でゲームをプレイすることができる、ボール転がしゲームです。

GoogleがChromeブラウザをつかったHTML5のウェブアプリケーションの性能の高さを知ってもらおうとしてつくったゲームです。

下の動画は、Google公式の「World Wide Maze」の紹介動画です。

「World Wide Maze」は、下のページでプレイすることができます。

Chrome World Wide Maze
http://www.chrome.com/maze/

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レトロな多人数同時参加型オンラインRPG - 「BrowserQuest」

「BrowserQuest」(ブラウザクエスト)は、「MMORPG」と呼ばれる「多人数同時参加型オンラインRPG」です。

このゲームのなかでは、世界中のプレーヤーたちとチャットで話をしながら遊ぶこともできます。

見た目はレトロなかんじですが、じつは、最新のウェブ技術の粋を集めてつくられた、とってもハイテクなゲームです。

iPhoneなどのスマートフォンでも、パソコンでも遊ぶことができます。

「ブラウザクエスト」は、下のページでプレイすることができます。

BrowserQuest
http://browserquest.mozilla.org/

下のページでは、「ブラウザクエスト」をつくった開発者の方が、このゲームでつかわれているウェブ技術について解説してくれています。

BrowserQuest – a massively multiplayer HTML5 (WebSocket + Canvas) game experiment ✩ Mozilla Hacks – the Web developer blog
https://hacks.mozilla.org/2012/03/browserquest/

Little Workshop - BrowserQuest
http://www.littleworkshop.fr/browserquest.html

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高速3Dレーシングゲームをブラウザで - 「HexGL」

この「HexGL」(ヘックスジーエル)は、HTML5でも高速な動きをするゲームをつくることができるということを証明しているいい実例です。

「WebGL」という3Dの技術をつかっています。

「HexGL」は、下のページでプレイすることができます。

HexGL, the HTML5 futuristic racing game.
http://hexgl.bkcore.com/

下のページは、HTML5がどういうものなのかということが詳しく書かれています。その解説のなかで、この「HexGL」の高速3Dレーシングゲームが紹介されています。

HTML5 にまつわる誤解を解く
https://dev.mozilla.jp/2012/11/html5-mythbusting/

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ゲームエンジン - 「Unreal Engine」

Unreal Engine
アンリアル・エンジン

ゲームエンジン

「Unreal Engine 4」

新たにEpicを率いるボスで「Unreal Engine」の父として知られるお馴染みTim Sweeney氏が公式フォーラムにて古い“Unreal Engine”のオープンソース化に言及。初代“Unreal Engine”であればオープンソース化が可能かもしれないと説明し注目を集めています。

氏はUnreal Engine 2と3が多くのクローズドなミドルウェアパッケージと複雑なライセンスが障壁となることから、オープンソース化は出来ないと明言。一方で、初代“Unreal Engine”であれば可能かもしれないと述べ、リリースには現段階では確保できないクリーンアップのための時間が必要となる現状を明かし、いつかこれを実現したいとオープンソース化に対する意欲を見せています。

(katakori、「EpicのボスTim Sweeney氏が初代「Unreal Engine」のオープンソース化に意欲、いつの日か実現したい」) [87]

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ゲームエンジン - 「Unity 5」

Unity
ユニティ

ゲームエンジン

「Unity 5」

Mozilla and Unity Technologies collaborate to bring you WebGL export early access in Unity 5.0.

(Mozilla and Unity Bring Unity Game Engine to WebGL - YouTube) [88]

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ぼくも作っちゃいましたよ、ブラウザゲーム!

さぁ、ここまで、いくつかHTML5をつかったブラウザゲームを紹介してきましたが、

「こんなのをつくって自分のコンテンツに利用できるのは、大企業だけだろ!
 そんなの意味ないじゃん!」

とか、おもわれたかもしれませんが、さにあらず。

ぼくのような一個人でも、HTML5のブラウザゲームはつくれます。

下のブラウザゲームは、ぼくがHTML5の技術をつかってつくったアクションゲームです。

(もし、このページでは、ゲームの動きがカクカクしてしまう場合は、こちらのページでプレイしてみてください。)

偉大な先人の方々の知恵と成果をお借りして「巨人の肩に乗る」ことで、ぼくのような一個人でも、このようなゲーム(インタラクティブなウェブアプリケーション)をつくることができます。

なので、あなたもすこし手を伸ばせば、「娯楽」や、「学習」や、「マーケティング」のためのコンテンツとして、HTML5のブラウザゲームを活用することができるのです。

ぜひ、新たな可能性に挑戦してみてください。

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「みんなのために・・・」

歴史的に、閉鎖的なプラットフォームは浮かんでは消えてきましたが、Web は今でも力強さを増しながら、世界中の膨大な数のユーザにリーチすること、そして誰かに許可を求めたり複雑な開発環境をインストールすることなく開発を始めることを可能にしています。これこそ多くの人たちが Web 上で何かを始めてきた大きな理由であり、今もそれは変わりません。そして Web では誰も閉め出されることはありません。

(Chris Heilmann、「HTML5 にまつわる誤解を解く」) [4]

例えばインターネットも、DNSをはじめその根幹をなす部分のほとんどは、ヴォランティアの人々がオープンイノヴェイションから生みだしたもの。自分のことはあまり考えないで、好きなことをやっている人たちがいるから、インターネットって存在している。

(伊藤穰一) [89]

 

「ラプラスの箱には 未来を変える力がある
 いや、本来あるべきだった未来を
 取り戻す力と言うべきか」

―― カーディアス・ビスト、『機動戦士ガンダムUC』 [90]

「かつてジオン・ダイクンが提唱したニュータイプ論は
 人の革新
 無限の可能性
 まさしく力を謳ったものだった

 一年戦争に勝利して以来
 連邦は常にその見えない力に脅かされてきたといっていい

 地球に住む特権階級を告発する力
 棄民たるスペースノイドに目覚めよと呼びかける力
 百年近く続いてきた連邦の支配体制を覆しかねない力」

―― カーディアス・ビスト、『機動戦士ガンダムUC』 [90]

「いまでは未来を完全に予測する術はないことが証明されています。
 我々は、その経緯を逆説として受け取り、
 この首相官邸に〈ラプラス〉の名を冠しました。
 『未来にはあらゆる可能性がある』
 という意味を込めてのことです。」

―― リカルド・マーセナス、『機動戦士ガンダムUC』 [91]

 

「みんなのために・・・
 
 みんなのために使う
 
 連邦もジオンも
 宇宙も地球も関係ない
 
 みんなのためにラプラスの箱を」

(バナージ・リンクス、『機動戦士ガンダムUC』) [92] [93]

 

ぼくは、22歳のころに、WordPress(ワードプレス)と出会って、オープンソースという概念を知った時から人生が変わりました。

はじめから恵まれた境遇にいる人ばかりではありません。

そういう人でも、自分の意志と努力しだいで、どこまでも成長していける社会。

オープンソースには、そのような夢物語を現実のものにする力があるとかんじました。

ぼくにとって、オープンソースは、「可能性」であり、「希望の象徴」です。

また、「あらゆる可能性を秘め、絶え間なく揺れ動く未来」を見せてくれるものです。

多様性を守るためには、可能性を守るためには、機会の平等が必要だとおもいます。

多様性は、すてきなものだとおもいます。

多様性は、たのしくて、おもしろいものだとおもいます。

機会の平等がなければ、
多様性は制限されてしまうとおもいます。

なので、ぼくは、
できるかぎり、機会の平等をひろげて、
多様性を増やしていく一助となりたい、
そうおもっています。

オープンソースは、
それを実現できるおおきな「力」だとおもいます。

オープンソースは、
みんなのためのものです。

  

「われわれは万人に開かれ、
 すべての才能を迎え入れるアルジェリアを望んでいる。

 われわれはこのことを望み、かつ実践するであろう。

 これを遮ることのできる力はどこにも存在しない」

(フランツ・ファノン、『革命の社会学』) [40] [39]

 

参考記事:オープンソースライセンスってなに?

参考記事:MITライセンスってなに?

参考記事:WordPress(ワードプレス)ってなに?

 

現在は、Google(グーグル)などの大企業による一極支配がつよすぎると感じています。

ぼくは、Firefox(ファイアフォックス)が好きですが、
Firefox の資金源のひとつは、
Google のようです。

Firefox の開発元である Mozilla(モジラ)は、
Firefox のウェブブラウザのデフォルトのページを
Google検索のトップページにすることで、
Google からお金をもらっているようです。

ということは、
もしかすると、
Google からむちゃな要求をされた時に、
お金がもらえなくなることをおそれて、
そのむちゃな要求を
受け入れざるを得なくなってしまう、
ということがあるかもしれません。

実際のくわしいことはよく知らないので、
あいまいなことしか言えませんが、
もしかすると、万が一、
そういうことがあるかもしれません。

HTML5にしても、
その背景には、
大企業が互いを蹴落とし、
できるだけ自分にとっての有利な状況をつくるためなど、
大企業同士のいろいろなおもわくが交錯している
という実態があります。

Apple(アップル)やそのほかの大企業が
HTML5を支持した理由のひとつには、
ネット上のリッチメディアが、
それまでずっと、Adobe(アドビ)という一企業の商品である
Flash(フラッシュ)に支配されている状況がつづいていたことで、
インターネットを自分たちのおもいどおりにすることができない、
という状況になっていたことが気に食わなかったから、
Adobeの影響力の及ばないHTML5を支持した、
という事情があります。

つまり、
Apple(アップル)やそのほかの大企業は、
Adobe(アドビ)を蹴落として、
自分に有利な状況をつくるために
HTML5 を支持している、
という側面もあるということです。

そうした利己的な行動のすべてが悪いわけではありませんが、
たいせつなことは、大企業の利己心によって、
インターネットの未来、ひいては、たくさんの人びとの未来が
悪い方向に変わってしまう可能性が常にある、
ということをいつも忘れないことだとおもいます。

  

それがどんなものであれ、
あなたを支配しているものや、
あなたを支配しようとするものは、
あなたにとって危険なものです。

あなたを支配しているものがどんなものであっても、
あなたが自分以外のものに
支配されている状況は危険です。

  

オープンソースは、
みんなのためのものです。

それは、可能性であり、希望であり、未来です。

  

「富とは何よりも可能性が集積したものである」

(ガブリエル・サイド) [94]

 

人間の歴史をふりかえってみるならば、ついこのあいだまで、知識というものは、かぎられた数の人びとのあいだで共有されていたにすぎないのだ。ふつうの民衆が、他人の経験、とりわけ高度の知識を盗むことは、ほとんど不可能だった、といってもさしつかえない。そして、そういう歴史的背景のうえで考えてみるならば、本を読むということがいかに大きな革命であったかに気がつくのである。それは、経験を盗む、というふしぎな行動の「自由化」ということである。独占されていたものの「解放」ということである。
 いうまでもないことだが英語では、著作を「出版」することを publish といい、「出版物」のことを publication という。文字をみれば、すぐにわかることだが、これらは、ともに public という形容詞と同一の語源から出ている。パブリックとは、公共ということである。みんなでわかちあう、ということである。したがって、「出版」というのは、個々の私人がその経験を公にする、ということになるだろう。個人的な経験は publication になることによって、万人共通のもの、あるいは、誰でも自由に盗むことのできるものになったのだ。
 本屋さんの店頭にならんでいるおびただしい数の書物は、われわれにむかって、どうぞわたしたちの経験を盗んでくださいな、と呼びかけているのである。われわれは、そのどれをどんなふうに盗んでもかまわない。さまざまな人のさまざまな経験は現代の社会では、すべての人びとのまえに公開されているのである。

(加藤秀俊、「読書について」、『独学のすすめ』) [95]

 

「命は 自分のものではない

 子宮から墓場まで 人は他者とつながる

 過去も 現在も

 すべての罪が あらゆる善意が

 未来を作る」

(アベス、映画『クラウド アトラス』) [96]

 

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みんなのための「物語」を

The NeverEnding Story

(「はてしない物語」(映画『ネバーエンディング・ストーリー』)) [97]

 

すべては物語の問題である。
私たちが悩みを抱えているのは良い物語がないからだ。
私たちは一つの物語の終わりと新しい物語の始まりの間にいる。
昔話はもはや機能しない。
しかし私たちはまだ新しい物語を読んでいない。

―― トーマス・ベリー、『The New Story』 [98]

物語は、人の感情を動かします。

人がなにかを判断する時に
理性的に判断をくだすことはあまりない、
というのは、あなたもよくご存知のことだとおもいます。

人は案外、感情でものごとを
判断することが多いものです。

だからこそ、
人の感情を動かす物語の力は大きいのです。

なにかをつたえるとき、
物語としてつたえれば、
わかってもらいやすくなり、
内容を覚えてもらいやすくなります。

紙などの、あつかいやすい記録媒体がなかった時代には、
「神話」とよばれる、その社会の「物語」が
何千年、何百年ものあいだ、口承として、
口から口へとつたえられて残ってきました。

そのようにして、口伝が何千年、何百年もの間、
忘れ去られることなく残ってきたことは、
物語が、どれほど人の記憶に残りやすいものであるか、
ということをしめしているとおもいます。

このように、
物語は、情報やメッセージをつたえる手段として、
とてもすぐれています。

そして、映像作品であれば、
言葉だけの物語ではなく、
視覚情報としての映像や、
聴覚情報としての歌や、音楽など、
ほかのさまざまな情報も、
まじえてつたえることができます。

よい物語とはもちろんすべて絵と思想からなる。
それらがよく混ざりあうほど、問題はうまく解決する。

(ヘンリー・ジェイムズ) [99]

みんなののぞみはただひとつでした。
 
なぜなら、みんな芝居がすきですきで
たまらない人たちだったからです。
 
そして、舞台のうえで演じられる悲痛なできごとや、
こっけいな事件に聞きいっていると、
ふしぎなことに、ただの芝居にすぎない舞台上の人生のほうが、
じぶんたちの日常の生活よりも
真実にちかいのではないかと思えてくるのです。
 
みんなは、このもうひとつの現実に耳をかたむけることを、
こよなく愛していました。

(ミヒャエル・エンデ、『モモ』) [100]

「ほら、新しい世界へのドアが開いた。
 わたしはそこで何を見つけられるかな」

(アーシュラ・K・ル=グウィン、『いまファンタジーにできること』) [86]

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「天空にこだませよ歓喜の歌」

angel's ladder

[101]

天空に木霊こだませよ歓喜の歌

嘆くなかれ そは汝の音色

――「第24楽章 調律への扉 : Twin Music」、『ラーゼフォン』 [102] [103] [104] [105] [106]

「歌」というものも、
人の感情を大きく揺り動かすもののひとつです。

そして、歌は記憶に残ります。

なにげない瞬間に
つい、歌を口ずさんでいた、
というような経験もあるかもしれません。

また、懐かしい歌は、
その当時の記憶を呼び起こします。

なにかの文章を暗記するときなども、
文章そのものとして覚えようとすると
なかなか覚えにくいものですが、
節や調子をつけて歌の旋律にすると、
覚えやすくなったりします。

このように、
歌も、物語とおなじように、
感情を動かし、
記憶に残ります。

つまり、歌と物語には、
共通点があるということです。

実際、
ずっと歌い継がれてきた物語や、
ずっと語り継がれてきた歌も、
たくさんあります。

美しい言葉は、美しい詩(うた)であり、
美しい歌は、美しい詩(うた)であり、
美しい物語は、美しい詩(うた)です。

そのような意味では、
「物語とは歌であり、
 歌とは物語である」
といえるかもしれません。

 

言の葉の芽生え

(言の葉の芽生え) [107]

やまとうたは、人のこゝろたねとして、
よろづの言の葉ことのはとぞなれりける。

世の中にある人、ことわざしげきものなれば、
心に思ふことを、見るもの聞くものにつけて
言ひいだせるなり。

花に鳴くうぐひす
水に住むかはづこゑを聞けば、
生きとし生けるもの、
いづれかうたをよまざりける。

力をも入れずして、天地あめつちを動かし、
目に見えぬ鬼神おにがみをもあはれと思はせ、
男女をとこをむななかをもやらげ、
たけ武士もののふの心をもなぐさむるは
うたなり。

紀貫之きのつらゆき仮名序かなじょ」, 『古今和歌集こきんわかしゅう』)

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「遊びをせんとや生れけむ」

遊びをせんとや生(うま)れけむ

戲(たはぶ)れせんとや生(むま)れけん

遊ぶ子供の声聞きけば

我が身さへこそ動(ゆる)がるれ

―― 「四句神歌」、『梁塵秘抄』 [108] [109]

「遊ぶものは神である。
 
 神のみが、遊ぶことができた。
 
 遊は絶対の自由と、
 ゆたかな創造の世界である。
 
 それは神の世界に外ならない。
 
 この神の世界にかかわるとき、
 人もともに遊ぶことができた。」

―― 白川静、『文字逍遥』 [110]

「何かをしようっていう原動力は、いつだって、
 初めは生存に関係していて、
 それから社会的なものへと移り、
 最後は純粋な楽しみになる。」

―― リーナス・トーバルズ、『それがぼくには楽しかったから』 [111]

 

以前、この記事や、この記事でも
お話したことがあるのですが、
ここまでお話してきたような、
きたるべき未来について考えてみると、
なにかを「表現する」うえでも、
プライベートの「遊び」においても、
独学や教育の「学び」においても、
ビジネスの「集客・販売」(マーケティング)においても、
「ゲーム性」がとても重要だとおもいます。

ここでいう、「ゲーム性」というのは、
「インタラクティブ性」と
「エンターテイメント性」を
あわせもつものです。

「楽しい」+「受け応え」=「遊び」

 

「楽しく」「受け応え」して「遊ぶ」

「インタラクティブ性」(双方向性)というのは、
ウェブページを見る側の人が、
一方的に情報を受け取るだけではなく、
みずから主体的にページ内のコンテンツに対して
操作や働きかけなどのアクションを起こすことができる、
という性質のことです。

これが、「受け応え」ということです。

「エンターテイメント性」(娯楽性)というのは、
インタラクティブな操作や働きかけをとおして、
楽しい体験ができるということです。
「遊び」が楽しいのは当然ですが、
いままでは退屈であることが多かった、
「学習」や、「広告・宣伝」も、
楽しくおもしろいものになる、ということです。

これが、「楽しく」ということです。

このように、「インタラクティブ性」と
「エンターテイメント性」をあわせもつのが、
「ゲーム性」というものです。

まとめると、つぎのようなかんじです。

「楽しい」+「受け応え」=「遊び」

この「ゲーム性」
(「インタラクティブ性」&「エンターテイメント性」)は、
これからますます多くのものの根幹に
位置するようになっていくでしょう。

そのなかでも、
コミュニケーション(意思疎通)の手段の「ゲーム性」
(「インタラクティブ性」&「エンターテイメント性」)
がもっとも重要なもののひとつだとおもいます。

そして、そうした「ゲーム性」
(「インタラクティブ性」&「エンターテイメント性」)
の土台となるのが、HTML5なのです。

  

関連記事:YouTubeを活用した「インタラクティブ動画プロモーション」の実例をご紹介します

関連記事:HTML5と「ゲーム性」がすべてを変える: ブラウザゲームに学ぶ「インタラクティブ性」と「エンターテイメント性」

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「誤解なくわかり合えるように」

Southern_Lights

(世界をつつむ「虹色の光」) [113] [114] [115]

「宇宙に出た人類は
 その広大な空間に適応するために
 あらゆる潜在能力を開花させ
 他者と誤解なくわかり合えるようになる。
 
 かつてジオン・ダイクンが提唱したニュータイプ論は、
 人の革新、
 無限の可能性」

―― カーディアス・ビスト、『機動戦士ガンダムUC』 [90]

「お前たちには見えないものが、
 いまの私には見える。
 
 オールビューモニターを透過し、
 虚空に立ったマリーダが言う。
 
 その視線の先にあるのは、
 虹色の光の帯がたゆたうサイコ・フィールドの海。
 人の心が織り成す光の場(フィールド)……。」

―― 『機動戦士ガンダムUC』 [116]

「二つの〝界〟の接点となったサイコフレームを振動させ、
 灼熱の原を漂う《ユニコーンガンダム》が虹色の光を押し拡げる。
 
 それは〝全体〟から流れ込む力であり、
 いまこの時を生きる無数の〝光〟が顕現させた
 魂の場(フィールド)。」

―― 『機動戦士ガンダムUC』 [117]

「人の一生は短い。
 
 それひとつでは意味をなさない一瞬の〝光〟だ。
 
 だから人を愛せ。
 
 絶望する前に、いまできる最善のことを見つけろ。

 そうして連なり、響きあった時に、
 〝光〟は初めて意味をなす」

―― サイアム・ビスト、『機動戦士ガンダムUC』 [5]

「この虹の彼方に、
 道は続いている。」

―― マリーダ・クルス、『機動戦士ガンダムUC』 [118]

ぼくは、アニメーションなどによる物語の映像作品を、
ここまでお話してきたような
よりつたわりやすいかたちの
コミュニケーション(意思疎通)の手段
のひとつとしてとらえています。

「ただのゲームツールとしてだけでなく、れっきとしたコミュニケーションプラットフォームとしてVRをとらえていた。オキュラス・リフト開発チームも同意見だ。当初は画期的なゲーム機をつくるのが目標だったかもしれない。だがいまでは、われわれがつくろうとしているのはもっとパワフルなものだとみなが感じている。(中略)これは写真をシェアするのとはまったく違う。経験そのものをシェアしようとしているんだ」。

(ピーター・ルービン、「オキュラス・リフトで神童パーマー・ラッキーが見る夢」) [119]

また、さきほどまでの、
「メディア」(「場」)の増加や、
「エンターテイメント性」、
という話もふまえて言えば、
どんどん増えていく「メディア」(「場」)を活用して、
より多くの人に、なにかをつたえようとするとき、
こちらの「おもい」を、
もっともうまく相手につたえられるのは、
「エンターテイメント性」のある
映像作品だろうとおもっています。

そのような理由から、
アニメーションなどによる
物語の映像作品をつくったりしています。

 

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関連記事:3Dアニメ「最大の恐怖は自分の計り知れない力だ」

 

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夢か、現か、幻か

rotsnake

(「静止画なのに動いているように見える錯視図形」、「蛇の回転」
(蛇の円盤が勝手に回転して見える)、制作:北岡明佳) [120]

 

「むかし、荘周(そうしゅう)は
 自分が蝶(ちょう)になった夢を見た。

 楽しく飛びまわる蝶になりきって、
 のびのびと快適であったからであろう。

 自分が荘周であることを自覚しなかった。

 ところが、ふと目がさめてみると、
 まぎれもなく荘周である。

 いったい荘周が蝶となった夢を見たのだろうか、

 それとも蝶が荘周になった夢を見ているのだろうか。」

―― 「胡蝶の夢」 (「斉物論篇 十三」、『荘子』 [121]

  

「みんなののぞみはただひとつでした。
  
 なぜなら、みんな芝居がすきですきで
 たまらない人たちだったからです。
  
 そして、舞台のうえで演じられる悲痛なできごとや、
 こっけいな事件に聞きいっていると、
 ふしぎなことに、ただの芝居にすぎない舞台上の人生のほうが、
 じぶんたちの日常の生活よりも
 真実にちかいのではないかと思えてくるのです。
  
 みんなは、このもうひとつの現実に耳をかたむけることを、
 こよなく愛していました。」

―― ミヒャエル・エンデ、『モモ』 [100]

ちなみに、人間が、
ファンタジーや、バーチャルリアリティを、
まるで現実のことであるかのように認識する、
という性質をもっている理由は、
そもそも、人間が認識している世界の像そのものが、
本質的に幻像だからです。

別の言い方をすれば、
不完全な「センサー」で集めた情報を、
「フィルター」や、「アンプ」を通して、
都合のいいように、一部分を取り除いたり、
増幅したりしたあとの、
「編集された情報」としてしか、
世界を認識できないからです。

「編集された情報」という幻像。

それが人間が認識できる世界の像なのです。

  

「はたしてあなたは画面の上にある色や形を、
 写真機のレンズが対象のイメージを
 そのまま映すように見ているかどうか、
 考えてみれば疑問です。
 
 あなたはそこにある画布、
 目に映っている対象を見ていると思いながら、
 じつはあなたの見たいとのぞんでいるものを、
 心の中にみつめているのではないでしょうか。
 
 それは、あなたのイマジネーションによって、
 自分が創りあげた画面です。」

(岡本太郎、『今日の芸術』) [122]

量子力学によれば、「外的でハードな実在」は、観測とともに獲得される。言い換えれば、観測を通じて観測者の「意識」に登録された瞬間に、時間的・空間的な位置や速度(運動量)をもった現実の粒子が出現するのである。この現象は、「波動関数の崩壊」と呼ばれる。観測こそが、波動から粒子への劇的な交替を画すのである。(…)この現象に対する標準的な解釈が、すでに言及したことがあるコペンハーゲン解釈である。それによると、波は「粒子がそれぞれの場所で見出される確率(可能性)」の分布であって物質ではなく、その波は観測を通じて物質化する。

(大澤真幸、『量子の社会哲学 革命は過去を救うと猫が言う』) [123]

 実は『マトリックス』は、認知科学そのものをテーマに展開した初めての映画です。
 つまり、認知科学においては、現実世界やリアリティーの定義は簡単で、いま本人にとって臨場感のある世界がリアリティーなのです。

 認知科学以前にバーチャル・リアリティーといえば、コンピューター・グラフィックスを始めさまざまな技術を使い、仮想的な現実世界をいかに物理的現実世界に近づけていくかということを追求していました。
 その場合、リアル・ワールドというのは、あくまで物理的現実世界を指していたわけです。
 ところが、認知科学以後、こうした認識は一変せざるをえなくなります。なぜかといえば、私たちに物理的現実世界を認識することは不可能である、とわかったからです。
 感覚器を通した瞬間に、一度情報化され、それがRASのフィルターを含めて脳を通り、情報を思いっきり変えてしまいます。まさに『マトリックス』の世界と同じことが、普段の私たちの中で起こっているのです。
 『マトリックス』に登場する、首に埋め込まれた脳幹インターフェースのマトリックス・コンピューターは、空想の産物ではありません。
 実際は、みなさん一人ひとりの脳の中に存在しています。

バーチャル・リアリティーが近づこうとした物理的現実世界、リアル・ワールドは、実は存在しなかったということなのです。
 このように、リアリティーとは物理的現実世界のことではありません。認知科学が生まれたことによって、物理的現実世界にリアリティーを持てる人はお釈迦様以外になく、実際、誰にも同じに見える物理的現実世界はないということが理解されるようになったわけです。

(苫米地英人、『まずは親を超えなさい!』) [124]

私たちの脳がRASによるフィルターを通して現実を認識している限り、その認識にはスコトーマがあり、現実世界をそのまま認識している人は一人もいないのです。
 だから、目の前にあるものが見えなかったり、ないものが見えたり、ということが起こります。

(苫米地英人、『まずは親を超えなさい!』) [125]

murasakiimojpg

(「静止画なのに動いているように見える錯視図形」、「紫芋の波」
(図が波打って動いて見える)、制作:北岡明佳) [126]

つまり、ひとことでいえば、
わたしたちが認識している「現実」も、
本質的には、脳が自分に都合のいいようにつくりだした
「幻像」だということです。

Brain_in_a_vat_(ja)

(参考:「水槽脳仮説」) [127] [128]

そのため、
ファンタジーや、バーチャルリアリティは、
脳にとっては、「現実」とあまり変わらないものとして
受けとられるようです。

わたしたちが、
ファンタジーや、バーチャルリアリティを、
まるで現実のことのであるかのように
認識するようにできているのは、
そのような性質があるからなのです。

アニメーションなどによる物語の映像作品に
心をうばわれることがあるのも、
そのような性質があるからなのです。

  

マーク・ザッカーバーグは3月、オキュラスVRの買収を発表した際、自身のFacebookの投稿でその可能性を示唆している。「想像してほしい。自宅でゴーグルをかけるだけで、最前列でスポーツ観戦ができたり、世界中の学生や教師のいる教室で勉強できたり、医師と差し向かいで健康相談ができたりするのを」。VRの真の目標はそこにある。ヴァーチャルの世界に没入するという考えを超え、真の実在感、仮想空間のなかに本当に存在しているという感覚を実現するのだ。

オキュラスVRの発明したヘッドセットは、単に目の前に大きなスクリーンを装着するというだけのものではない。最先端のソフトウェア技術が惜しげもなく投入された、360度の3D立体映像と広大な視野がユーザーの視覚をハックする。脳にとってはリフトで経験したことと現実世界で経験したことに違いはないのだ。「人間の視覚系の各部分に直接刺激を与えることに、われわれが初めて成功した」とValveのエンジニア、アブラッシュが言う。「テレビでグランドキャニオンの映像を見てもどうってことないが、VRの断崖絶壁に立てば目まいを起こすことうけあいだ」。

(ピーター・ルービン、「オキュラス・リフトで神童パーマー・ラッキーが見る夢」) [129]

 

ちなみに、残念なことに、わたしたちは、
脳で「加工」され、「編集」される前の、
「ありのままの世界」を知覚することはできません。

もし仮に、
わたしたちが「現実」と呼ぶその「幻像」の
「向こう側」、つまり、
「世界の真の姿」を見ることになれば、
文字どおり、「イっちゃった」人に、
なってしまったりするのでしょう。

ぼくにとっては、
うらやましいかぎりですが(笑)。
o(>ε<)o

"If only we could pull out our brain and use only our eyes."

(「脳を取り出して、目だけで見ることができればいいのに。」)

(パブロ・ピカソ) [130]

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「おもい」をのせて

201010

(おもいをかたちに) [131] [132] [133]

  
  

「あなたの口から真実を伝えて頂きたい
 
 我らのたった一つの望みを
 
 この宇宙世紀を生きる人々へ
 
 あなた自身の言葉で」

―― サイアム・ビスト、『機動戦士ガンダムUC』 [134]

  
  

「わたしたちはもう少し高望みなのさ。

 なぜって、人の心を本当に動かすのは、
 やはり心の奥底から出てきたものだけだからね。」

――ポルキュアスの言葉、ゲーテ、『ファウスト』 [135]

  

ここまでいろいろなことをお話してきましたが、
たくさんの人たちにメッセージをつたえることができる
「メディア」(「場」)が爆発的に増えているこの時代に、
あなたは、どんな表現手段をつかって
どんな「おもい」をつたえたいですか?

どんな表現手段をつかうにしても
「乗り物」である表現手段に、
どんな「おもい」をのせるのか、
それがたいせつだとおもいます。

ぜひ、あなたのほんとうの気持ちを、
心の底からの声を、
あなた自身の言葉で、
つたえてほしいなとおもいます。

それは、きっと、あなただけじゃなく、
あなたの「おもい」を受け取る人たちにとっても、
可能性であり、希望であり、未来なのだとおもいます。

あなたが表現する「おもい」は、
「物語」となってきっとだれかを動かすでしょう。

みんなのための「キャンバス」に
みんなのための「物語」を描いていきたいですね。

  

最大の恐怖は無力と知ることではない

最大の恐怖は自分の計り知れない力だ

恐ろしいのは自分の闇ではなく光

自分の力を隠し、
周囲の者たちを不安にさせないよう縮こまっていては
世界を照らすことはできない

小さな子供らと同じように輝こう

すべての人の内に光がある

自分自身を輝かせれば、
まわりの者たちも自然と輝きはじめる

恐怖から解き放たれさえすれば、
まわりの者達も解き放つことになる

(映画『コーチ・カーター』より) [136]

  
  

ここまで話を聞いていただいて、ありがとうございました。
m(_ _)m

人間万事 センス・オブ・ワンダー
  
倉田幸暢

 

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「先行きが安らかであることを 実りある時代になることを」

幕開け(Orbital Sunrise)

(幕開け) [137]

「だが行け、恐れるな。
 自分の中の可能性を信じて力を尽くせば
 道は自ずと開ける。」

―― カーディアス・ビスト、『機動戦士ガンダムUC』 [90]


リカルド・マーセナスの言葉(9:50~11:20) [138]

いま、我々の目の前には広大無辺な宇宙があります。あらゆる可能性を秘め、絶え間なく揺れ動く未来があります。どのような経緯でその戸口に立ったにせよ、新しい世界に過去の宿業を持ち込むべきではありません。我々はスタート地点にいるのです。他人の書いた筋書きに惑わされることなく、内なる神の目でこれから始まる未来を見据えてください。
 現在、グリニッジ標準時二十三時五十九分。間もなくです。この放送をお聞きのみなさん、もしその余裕があるなら、わたしと一緒に黙祷してください。去りゆく西暦、誰もがその一部である人類の歴史に思いを馳せ、そして祈りを捧げてください。
 宇宙に出た人類の先行きが安らかであることを。宇宙世紀が実りある時代になることを。我々の中に眠る、可能性という名の神を信じて―

(リカルド・マーセナス、『機動戦士ガンダムUC』) [84]

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脚注
  1. Christmas embroidery mounted on canvas by Teresa DownUnder, on Flickr)[Back ↩]
  2. マーティン・ルーサー・キング・ジュニア(キング牧師)、「I Have a Dream」「私には夢がある」、1963年8月28日))[Back ↩][Back ↩][Back ↩][Back ↩]
  3. (「I Have a Dream」の全文(英語)、BBC NEWS | Americas | 'I have a dream'[Back ↩][Back ↩][Back ↩]
  4. Chris Heilmann、「HTML5 にまつわる誤解を解く | Mozilla Developer Street (modest)」(原文:「HTML5 mythbusting ✩ Mozilla Hacks – the Web developer blog」))[Back ↩][Back ↩][Back ↩][Back ↩][Back ↩][Back ↩][Back ↩][Back ↩]
  5. (サイアム・ビストの言葉、著者:福井晴敏、『機動戦士ガンダムUC (10) 虹の彼方に (下)』(小説)、角川書店(角川グループパブリッシング)、角川コミックス・エース、2009年、116ページ)[Back ↩][Back ↩]
  6. (「みんなのために・・・ みんなのために使う 連邦もジオンも 宇宙も地球も関係ない みんなのためにラプラスの箱を」、バナージ・リンクス、『機動戦士ガンダムUC episode6「宇宙(そら)と地球(ほし)と」』(アニメ))[Back ↩]
  7. (参考:episode6「宇宙(そら)と地球(ほし)と」のテレビCMの映像、機動戦士ガンダムUC episode6『宇宙と地球と』TVCM(アニメ))[Back ↩]
  8. (「ここにもそこにも あそこにも!!」、作詞:森雪之丞、作曲・編曲:つのごうじ、歌:こおろぎ'73、WILD CATS、「悪魔くん」[Back ↩]
  9. Tate impressions 6 by Duncan, on Flickr)[Back ↩]
  10. (作詞・作曲:岩里祐穂菅野よう子、歌:坂本真綾、「ヘミソフィア」)[Back ↩]
  11. MSX – Multiscreen Muster by johnokraut, on Flickr)[Back ↩]
  12. (「ユーザインタフェース」、「ユーザインタフェース (user interface) は、機械、特にコンピューターとその機械の利用者(通常は人間)の間での情報をやりとりするためのインタフェースである。ユーザインターフェイス、ユーザインターフェースと書かれることもある。ユーザインタフェースは以下の手段を提供する。入力 - ユーザがシステムを操作する手段 出力 - ユーザが操作した結果システムが生成したものを提示する手段」、「ユーザインタフェース - Wikipedia」)[Back ↩]
  13. (「ユビキタス(ubiquitous)とは : 富士通総研」)[Back ↩]
  14. (「ユビキタス - Wikipedia」)[Back ↩]
  15. (Rex Santus、「Windows Holographic: Microsoft goes full throttle into virtual reality」、Mashable[Back ↩]
  16. (「https://www.facebook.com/lifehackorg/posts/1224814660880774」、Lifehack.org)[Back ↩]
  17. (ピーター・ルービン(Peter Rubin)、「オキュラス・リフトで神童パーマー・ラッキーが見る夢 « WIRED.jp」)[Back ↩]
  18. LuminAR Demos on Vimeo)[Back ↩]
  19. Smarter Objects, Fluid Interfaces Group, MIT Media Lab on YouTube)[Back ↩]
  20. (あなたの尊厳を奪い、隷従を強いるもの、montagna particolare - canvas by 108 is NIHIL, on Flickr)[Back ↩]
  21. ジャン=ポール・サルトル(Jean-Paul Sartre)、(サルトルは、1964年にノーベル文学賞に選ばれたが、「いかなる人間でも生きながら神格化されるには値しない」と言って、これを辞退した。))[Back ↩]
  22. (ハキム・カシムの言葉、幸村誠、「PHASE.8 サキノハカという黒い花 前編」、『プラネテス(2)』、講談社、2001年、117ページ)[Back ↩][Back ↩]
  23. (「WHO ARE YOU? お前は誰だ… 正義か悪か、神か邪悪か」、ジェミニ(双子座)の聖衣(クロス)のセリフ、車田正美、「女神(アテナ)復活!!の巻」、『聖闘士星矢(7)』、集英社文庫―コミック版、集英社、2001年、254ページ)[Back ↩]
  24. (「双子座のサガ」、聖闘士星矢の登場人物 - Wikipedia」)[Back ↩]
  25. (「さまざまな色をもつ、いびつに歪む、醜くも美しい存在」、bismuth by Keith H., on Flickr)[Back ↩]
  26. (「さまざまな色をもつ、醜くも美しい存在」、「ビスマス - Wikipedia」)[Back ↩]
  27. (日本語訳:「本当にすばらしい図書館は、みんなを怒らせるようなものを所蔵している。」、翻訳:倉田幸暢、原文:"A truly great library contains something in it to offend everyone." by Mary Jo Godwin)[Back ↩]
  28. ("A truly great library contains something in it to offend everyone. - Mary Jo Godwin"、イメージ画像[Back ↩]
  29. ("A truly great library contains something in it to offend everyone. - Mary Jo Godwin" のイメージ画像、「Anonymous ART of Revolution: A truly great library contains something in it to offend everyone」)[Back ↩]
  30. (Mary Jo Godwin の "A truly great library contains something in it to offend everyone." についての参考:「Mary Jo Godwin | J.M. Weselby @ Magpie Creative Writing Services」)[Back ↩]
  31. ジョージ・オーウェル(George Orwell)(編集・翻訳:小野寺健)、「出版の自由―『動物農場』序文」、『オーウェル評論集』、岩波文庫、岩波書店、1982年、361ページ)[Back ↩]
  32. (アウシュヴィッツ強制収容所からの生還者プリーモ・レーヴィの言葉、クリスティーヌ・A・ローソン(Christine Ann Lawson)(訳 遠藤公美恵)、「著者まえがき」、『母に心を引き裂かれて―娘を苦しめる“境界性人格障害”の母親』、iiiページ)[Back ↩]
  33. (ジョアンナの日記の抜粋、クリスティーヌ・A・ローソン(Christine Ann Lawson)(訳 遠藤公美恵)、「他の兄弟への罪悪感」「7章 迷える子どもたち―「完璧な」子どもと「くずの」子ども」、『母に心を引き裂かれて―娘を苦しめる“境界性人格障害”の母親』、196~197ページ)[Back ↩]
  34. (ラウ・ル・クルーゼの言葉、第29話「FATES」、『機動戦士ガンダムSEED DESTINY』[Back ↩]
  35. ヘルマン・ヘッセ(Hermann Hesse)、(翻訳:手塚富雄)、「河のほとり」、「第二部」、『シッダルタ』(原題:『Siddhartha』)、岩波文庫、岩波書店、2011年、126ページ)[Back ↩][Back ↩]
  36. ヘルマン・ヘッセ(Hermann Hesse)、(翻訳:手塚富雄)、「河のほとり」、「第二部」、『シッダルタ』(原題:『Siddhartha』)、岩波文庫、岩波書店、2011年、133~136ページ)[Back ↩]
  37. (ミネバ・ラオ・ザビ、出典:福井晴敏、「0096/Final Sect 虹の彼方に: エピローグ」、『機動戦士ガンダムUC 10 虹の彼方に(下)』、角川コミック・エース、角川書店、2009年、243ページ)[Back ↩][Back ↩]
  38. フランツ・ファノン(Frantz Fanon)、(翻訳:宮ヶ谷徳三、花輪莞爾、海老坂武)、「序」、『革命の社会学 新装版』、みすず書房、2008年、7ページ)[Back ↩]
  39. (「アルジェリア戦争は、1954年から1962年にかけて行われたフランスの支配に対するアルジェリアの独立戦争。」、「アルジェリア戦争 - Wikipedia」)[Back ↩][Back ↩][Back ↩][Back ↩][Back ↩]
  40. フランツ・ファノン(Frantz Fanon)、(翻訳:宮ヶ谷徳三、花輪莞爾、海老坂武)、「序」、『革命の社会学 新装版』、みすず書房、2008年、14ページ)[Back ↩][Back ↩][Back ↩][Back ↩]
  41. (「人間の作品においても、自然の作品においても、本来特に注目に値するのは、その意図である」(「格言と反省」から)、ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ、(翻訳:高橋健二)、「芸術と文学について」、『ゲーテ格言集』、新潮文庫、新潮社、1952年、98ページ)[Back ↩]
  42. (エドワード・ハレット・カー、(翻訳:清水幾太郎)、「歴史的事実が生まれる過程」、「I 歴史家と事実」、『歴史とは何か』、岩波新書、岩波書店、1962年、12ページ)[Back ↩]
  43. (森村進、「リバタリアニズムの未来」、「第8章 批判と疑問」、『自由はどこまで可能か=リバタリアニズム入門』、講談社現代新書、講談社、2001年、210~211ページ)[Back ↩]
  44. (網野善彦、「襖下張り文章の世界」、「第一章 日本の社会は農業社会か」、「続・日本の歴史をよみなおす」、『日本の歴史をよみなおす (全)』、ちくま学芸文庫、筑摩書房、2005年、267~268ページ)[Back ↩]
  45. (はたけカカシの言葉、岸本斉史、「ナンバー8:だから不合格だってんだ!!」、『NARUTO -ナルト- 巻ノ二』、集英社、2000年、24ページ)[Back ↩]
  46. (翻訳:小林勝人、「梁惠王章句上 一」、『孟子〈上〉』、岩波文庫、岩波書店、1968年、33~36ページ)[Back ↩]
  47. (翻訳:小林勝人、「尽心章句上 二五」、『孟子〈下〉』、岩波文庫、岩波書店、1972年、350~351ページ)[Back ↩]
  48. (「祇園精舎」、巻第一、『平家物語』[Back ↩]
  49. (訳注:蜂屋邦夫、第三十章、『老子』、岩波文庫、岩波書店、2008年、141~145ページ)[Back ↩][Back ↩]
  50. (訳注:蜂屋邦夫、第三十一章、『老子』、岩波文庫、岩波書店、2008年、146~150ページ)[Back ↩]
  51. (デギン・ソド・ザビとギレン・ザビの会話、「第40話 エルメスのララア」、『機動戦士ガンダム』)[Back ↩]
  52. (デギン・ソド・ザビとギレン・ザビの会話、機動戦士ガンダム全セリフ集_第40話「エルメスのララア」[Back ↩]
  53. チャールズ・チャップリン(チャーリー・チャップリン(Charlie Chaplin))、映画『独裁者』(原題:『The Great Dictator』)、2:01~4:08、「独裁者 床屋の演説(日本語) - YouTube」)[Back ↩]
  54. (「人々よ 失望してはならない

     貪欲はやがて姿を消し ―

     恐怖もやがて消え去り ―

     独裁者は死に絶える

     大衆は再び権力を取り戻し ―

     自由は決して失われぬ!

     兵士諸君 犠牲になるな

     独裁者の奴隷になるな!

     彼らは諸君を欺き ―

     犠牲を強いて

     家畜の様に追い回している!

     彼らは人間ではない!

     心も頭も機械に等しい!

     諸君は機械ではない!
     人間だ!

     心に愛を抱いている

     愛を知らぬ者だけが
     憎み合うのだ!

     独裁を排し
     自由のために戦え!

     “神の王国は人間の中にある”

     すべての人間の中に!
     諸君の中に!

     諸君は幸福を生み出す
     力を持っている

     人生は美しく自由であり ―

     すばらしいものだ!

     諸君の力を民主主義のために
     集結しよう!

     よき世界のために戦おう!

     若者に希望を与え
     老人に保障を与えよう

     独裁者も同じ約束をした

     だが彼らは約束を守らない!

     彼らの野心を満たし
     大衆を奴隷にした!

     戦おう 約束を果たすために!

     世界に自由をもたらし ―

     国境を取り除き ―

     貪欲と憎悪を追放しよう!

     良識のために戦おう

     文化の進歩が全人類を
     幸福に導くように

     兵士諸君

     民主主義のために団結しよう!」
    チャールズ・チャップリン(チャーリー・チャップリン(Charlie Chaplin))、映画『独裁者』(原題:『The Great Dictator』)、2:01~4:08、「独裁者 床屋の演説(日本語) - YouTube」)[Back ↩]

  55. (トールズ・スノーレソン、著者:幸村誠、「第7話 剣」、『ヴィンランド・サガ (2)』、アフタヌーンKC、講談社、2006年)[Back ↩]
  56. (海老坂武、「4 国家テロリズムと抵抗」、「Ⅳ 二〇〇六年にファノンを読む 「ファノンと現代」再考」、『フランツ・ファノン』、みすず書房、2006年、329ページ)[Back ↩]
  57. ヘルマン・ヘッセ(Hermann Hesse)、(翻訳:手塚富雄)、「河のほとり」、「第二部」、『シッダルタ』(原題:『Siddhartha』)、岩波文庫、岩波書店、2011年、131~136ページ)[Back ↩]
  58. ベルリンの壁が崩壊した日(1989年11月10日)、19891109 Berlin Brandenburger Tor Mauer Mauerfall Menschen (3) by Dieter Palm, on Flickr)[Back ↩]
  59. (「開かれた社会とその敵 - Wikipedia」(原題:「The open society and its enemies」(ザ・オープンソサエティ・アンド・イッツ・エネミーズ)))[Back ↩]
  60. カール・ポパー『開かれた社会とその敵 第1部 プラトンの呪文』(プラトンの呪文(The Spell of Plato))[Back ↩]
  61. カール・ポパー『開かれた社会とその敵 第2部 予言の大潮』(「予言の大潮 ヘーゲル、マルクスとその余波」(The High Tide of Prophecy: Hegel, Marx, and the Aftermath))[Back ↩]
  62. (「aftermath」という言葉には、「余波」「結果」「後遺症」「痛手」といった意味があります。)[Back ↩]
  63. (「クローズドソサエティの囲い込みによって、引き裂かれるオープンソサエティ(開かれた社会)」、ジェイムズ・ギルレイ(James Gillray)の風刺画『プラム・プディングの危機』(1805年)(世界というプディングを我が物顔で分け合うナポレオンとウィリアム・ピット (小ピット)」、「File:Caricature gillray plumpudding.jpg - Wikimedia Commons」)[Back ↩]
  64. (「クローズドソサエティの囲い込みによって、引き裂かれるオープンソサエティ(開かれた社会)」、ジェイムズ・ギルレイ(James Gillray)の風刺画『プラム・プディングの危機』(1805年)(世界というプディングを我が物顔で分け合うナポレオンとウィリアム・ピット (小ピット)」、「5 フランス革命」「ウィリアム・ピット (小ピット) - Wikipedia」)[Back ↩]
  65. (ラウ・ル・クルーゼの言葉、第14話「果てし無き時の中で」、『機動戦士ガンダムSEED』[Back ↩][Back ↩]
  66. File:Conquistadors' abuses of Amerindians (1598 edition for las Casas' book).jpg - Wikimedia Commons[Back ↩]
  67. (「歌・詩・詞・曲は、私はもともと民間のものだと思います。文人がそれを取って自分のものとし、作るたびにいよいよ理解し難くしたのです。それを結局は化石にしてしまうと、さらに彼らは同じように他のものを取り、またもや次第にそれを殺してしまうのです」。、魯迅、(高田淳、「旧詩と民謡」、「詩話余説」、『魯迅詩話』、中央公論社、中公新書、1971年、250ページより))[Back ↩]
  68. (「歌、詩、詞、曲は、私はもともと民間のものだと思います。文人がそれを取って自分のものとし、作るたびにいよいよ理解し難くしたのです。それを結局は化石にしてしまうと、さらに彼らは同じように他のものを取り、またもや次第にそれを殺してしまうのです。
      
    魯迅(高田淳『魯迅詩話』より)」、
    阿部謹也、(巻頭の前付けの引用句)、『ハーメルンの笛吹き男―伝説とその世界』、筑摩書房、ちくま文庫、1988年)[Back ↩]
  69. ((編集:月刊ファミコン通信編集部)、「THREE BOYS AND A GIRL : 4人」、『マザー2 ひみつのたからばこ: MOTHER2 Young little boy's winding Journey!』、アスペクト、1994年、117ページ)[Back ↩][Back ↩]
  70. (「小さなオリ」に囲い込もうとする人の滑稽さ、地底のグミ族、『MOTHER2 ギーグの逆襲』、(文中にある画像ファイルへのリンクは、筆者が原文につけ加えたものです。))[Back ↩]
  71. (地底グミの村、「(地底大陸)大地のラブソング」、「●MOTHER2全セリフ集●」、MOTHER応援ページ[Back ↩]
  72. (「小さなオリ」に囲い込もうとする人の滑稽さ、0:29~1:21、カミカミだけど取り敢えず普通にマザー2を実況プレイ♪ Part 80 - YouTube、『MOTHER2 ギーグの逆襲』)[Back ↩]
  73. (「小さなオリ」に囲い込もうとする人の滑稽さ、19:08~19:21、癒しを求めてマザー2をまったり実況プレイ Part41 - YouTube、『MOTHER2 ギーグの逆襲』)[Back ↩]
  74. 伊藤穰一、「伊藤穰一と小林弘人が語る、オープンイノヴェイション時代の個人と企業のあり方 « WIRED.jp」)[Back ↩]
  75. 伊藤穰一、「伊藤穰一:これから人間や生物の「インターネット化」で起きること « WIRED.jp」)[Back ↩]
  76. (テマラ・ポワチエの言葉、「Phase11 バウンダリー・ライン」『プラネテス ΠΛΑΝΗΤΕΣ』(アニメ))[Back ↩]
  77. (ノノとハキムの会話、「Last Phase そして巡りあう日々」『プラネテス ΠΛΑΝΗΤΕΣ』(アニメ))[Back ↩]
  78. (ハチマキの言葉(幸村誠、「PHASE.7 タナベ」、『プラネテス』第2巻 Kindle版、講談社、2001年、45ページ))[Back ↩]
  79. (レイフ・エイリクソンの言葉(幸村誠、「第2話 ここではないどこか」、『ヴィンランド・サガ』第1巻 Kindle版、アフタヌーンコミックス、講談社、2006年、129~130ページ))[Back ↩]
  80. Mozilla Firefox、「Firefox: Choose Independent」、「Web ブラウザ Firefox — わたしが選んだ理由 — Mozilla」))[Back ↩]
  81. フランツ・ファノン(Frantz Fanon)、(翻訳:宮ヶ谷徳三、花輪莞爾、海老坂武)、「序」、『革命の社会学 新装版』、みすず書房、2008年、11~12ページ)[Back ↩]
  82. (マーティン・ルーサー・キング・ジュニア、「I Have a Dream」、14:34~14:53、「Martin Luther King - I Have A Dream Speech - August 28, 1963 - YouTube」)[Back ↩]
  83. (「どんな表現でも描くことができる『キャンバス』」、「無料の写真: ペイント ブラシ, 屋外, 日光, 壁紙, クリア, 農業, 緑 - Pixabayの無料画像 - 316618」 by PublicDomainPictures on Pixabay[Back ↩]
  84. (リカルド・マーセナスの言葉、著者:福井晴敏、『機動戦士ガンダムUC 1 ユニコーンの日(上)』(小説)、角川書店(角川グループパブリッシング)、角川コミックス・エース、2007年、36~37ページ)[Back ↩][Back ↩]
  85. (草薙素子の言葉、士郎正宗、『攻殻機動隊 THE GHOST IN THE SHELL (1)』
    、講談社、1991年、346ページ)[Back ↩]
  86. (アーシュラ・K・ル=グウィン、翻訳:谷垣暁美、「メッセージについてのメッセージ」、『いまファンタジーにできること』、河出書房新社、2011年、174ページ)[Back ↩][Back ↩]
  87. (katakori、「EpicのボスTim Sweeney氏が初代「Unreal Engine」のオープンソース化に意欲、いつの日か実現したい « doope! 国内外のゲーム情報総合サイト」、2015年1月19日、doope![Back ↩]
  88. Mozilla and Unity Bring Unity Game Engine to WebGL on YouTube)[Back ↩]
  89. 伊藤穰一、「伊藤穰一と小林弘人が語る、オープンイノヴェイション時代の個人と企業のあり方 Page2 « WIRED.jp」)[Back ↩]
  90. ((原作:矢立肇、富野由悠季、福井晴敏)、『機動戦士ガンダムUC episode1「ユニコーンの日」』(アニメ)、株式会社サンライズ、2010年)[Back ↩][Back ↩][Back ↩][Back ↩]
  91. (リカルド・マーセナスの言葉、著者:福井晴敏、『機動戦士ガンダムUC 1 ユニコーンの日(上)』(小説)、角川書店(角川グループパブリッシング)、角川コミックス・エース、2007年、35ページ)[Back ↩]
  92. (「みんなのために・・・ みんなのために使う 連邦もジオンも 宇宙も地球も関係ない みんなのためにラプラスの箱を」、バナージ・リンクス、『機動戦士ガンダムUC episode6「宇宙と地球と」』)[Back ↩]
  93. (参考:episode6「宇宙と地球と」のテレビCMの映像、機動戦士ガンダムUC episode6『宇宙と地球と』TVCM[Back ↩]
  94. (「メキシコの詩人、ガブリエル・サイドはこう述べている。『富とは何よりも可能性が集積したものである』」、(出典:アルビン・トフラー、ハイジ・トフラー、(翻訳:山岡洋一)、「第2章 欲求が生み出すもの」、「第1部 革命」、『富の未来 上巻』、講談社、2006年、48ページ))[Back ↩]
  95. (加藤秀俊、「読書について」、『独学のすすめ』、文春文庫189-1、文藝春秋、1978年、52~53ページ)[Back ↩]
  96. (「命は 自分のものではない。 子宮から墓場まで 人は他者とつながる。 過去も 現在も すべての罪が あらゆる善意が 未来を作る。」( "Our lives are not our own. From womb to tomb, we are bound to others. Past and present. And by each crime and every kindness, we birth our future." )、アベス、「ソンミ451の預言書」、映画『クラウド アトラス』[Back ↩]
  97. (「はてしない物語」(映画『ネバーエンディング・ストーリー』、原作:ミヒャエル・エンデ『はてしない物語』)、「Pictures & Photos from The NeverEnding Story (1984) - IMDb」 on IMDb.com)[Back ↩]
  98. ((Thomas Berry(トーマス・ベリー): The New Story (Teilhard Studies, number 1, Winter 1978) p.1)、ベルナルド・リエター(Bernard A. Lietaer)、翻訳:堤大介、「エピローグ ― 未来の物語」の巻頭句、『マネー―なぜ人はおカネに魅入られるのか』、ダイヤモンド社、2001年、375ページ、397ページ(注解))[Back ↩]
  99. (ヘンリー・ジェイムズの言葉、アルベルト・マングェル、『奇想の美術館 イメージを読み解く12章』、白水社、2010年、13ページ)[Back ↩]
  100. (ミヒャエル・エンデ、翻訳:大島かおり、「1章 大きな都会と小さな少女」、「第一部 モモとその友達」、『モモ』、岩波少年文庫127、岩波書店、2005年、12ページ)[Back ↩][Back ↩]
  101. angel's ladder by Masaki M, on Flickr)[Back ↩]
  102. 「天空に木霊こだませよ歓喜の歌 嘆くなかれ そは汝の音色 次回 第25楽章 「神の不確かな音」 世は音に満ちて」(「第25楽章 神の不確かな音 : Deus Ex Machina」の次回予告) [Back ↩]
  103. 出典: 出渕裕 (監修), アクティブコア編集部 (編集) (2004年) 「第24楽章 調律への扉 : Twin Music」, 「TV Series episode guide ― テレビシリーズ」, 『ラーゼフォンコンプリート』(Rahxephon Complete), メディアファクトリー, 65ページより)[Back ↩]
  104. 原作・監督:出渕裕、「第24楽章 調律への扉 Twin Music」、『ラーゼフォン』(RahXephon)[Back ↩]
  105. 参考: 「次回予告 ラーゼフォン[Back ↩]
  106. 『ラーゼフォン』の公式サイト『ラーゼフォン』(RahXephon)(「ラーゼフォン - Wikipedia」)、劇場映画『ラーゼフォン 多元変奏曲』(「ラーゼフォン 多元変奏曲 - Wikipedia」)[Back ↩]
  107. (言の葉の芽生え、Photo by NoNomme on Wikimedia Commons)[Back ↩]
  108. (「遊びをせんとや生(うま)れけむ
      戲(たはぶ)れせんとや生(むま)れけん
      遊ぶ子供の声聞きけば
      我が身さへこそ動(ゆる)がるれ」
    、編集:西郷信綱、『梁塵秘抄』、ちくま学芸文庫、筑摩書房、2004年、19ページ)[Back ↩]
  109. (「遊びをせんとや生(うま)れけむ、戲(たはぶ)れせんとや生(むま)れけん、遊ぶ子供の聲(こえ)きけば、我が身さへこそ動(ゆる)がるれ。」、校訂:佐佐木信綱、三五九(359)、「雜八十六首」(雑八十六首)、「四句神哥 百七十首」(四句神歌)(しくかみうた)、「梁塵祕抄 卷第二」(梁塵秘抄 巻第二)、『新訂 梁塵秘抄』、岩波文庫 黄 22-1、岩波書店、1941年、66ページ)[Back ↩]
  110. (白川静、「遊字論」、『文字逍遥』、平凡社ライブラリー、平凡社、1994年、10ページ)[Back ↩]
  111. リーナス・トーバルズ、「序章 人生の意味 Ⅰ (セックス、戦争、リナックス)」、『それがぼくには楽しかったから』(原題『Just for Fun: The Story of an Accidental Revolutionary』)、小学館プロダクション、2001年、13ページ))[Back ↩]
  112. (「遊びをせんとや生れけむ」、「無償のイラストレーション: 世界こどもの日, フェスティバル, 祝う, 虹, 子供, シルエット - Pixabayの無料画像 - 520272」 by geralt on Pixabay[Back ↩]
  113. (世界をつつむ「虹色の光」、Southern_Lights by NASA's Earth Observatory, on Wikimedia Commons)[Back ↩]
  114. ((以下は、「サイコ・フィールド」についての解説です。)「サイコフレームの共鳴現象により発生する正体不明の謎の力場で、詳細なメカニズムは不明。人智を超えた数々の不思議な現象を引き起こす発光現象(緑色〈作中では虹色とも言われている〉のオーロラ状に広がる光の帯。『機動戦士ガンダムUC』のOVA版では赤色や青色、金色のものも確認できる)を伴いながら莫大なエネルギーを無尽蔵に発生するが、それは電気や光とは異なり、物理が物理に働きかけて生じる弱々しい既存のものなど比較にならない、全く別次元の莫大なエネルギーである。後述の「アクシズ・ショック」の際に初めてこの現象が確認されて以降、サイコフレーム搭載機によりたびたび確認されている。予めこのような作用を想定して開発されたシステムではなく、地球圏に生きる人々の多くの思惟が共鳴した結果、偶発的に発生する現象である。
    サイコフレームが最大共振すると、搭載機は虹色のオーラで機体を包む現象を起こし、人智を超えた性能を見せる。「アクシズ・ショック」のνガンダム以外では、『機動戦士ガンダムUC』の「UC計画」によって誕生した人の意思を感受することに長けたインテンション・オートマチック・システム搭載機の、ユニコーンガンダム・バンシィ・シナンジュなどでも確認されている。小説版では3機とも最終決戦にて虹色に発光したが、OVA版では戦闘中に虹色に発光するのはユニコーンガンダムのみで、コロニーレーザー相殺やバナージ救助の際にバンシィも虹色に発光するように変更された。」、「2.2 サイコ・フィールド」、「2 想定外の機能」、サイコフレーム - Wikipedia[Back ↩]
  115. ((以下は、「サイコ・フィールド」についての解説です。)「この時アクシズは、もはや阻止不可能と見えるほどに地球に接近しており、その巨大な影が地表から目視できるほどであった。しかし、アムロ・レイ大尉は単機でアクシズに取り付き、MS一機でこれを押し戻そうという、無謀とも思える勇姿を見せた。更に、命令が出たわけでもないにもかかわらず、周辺空域を警戒していた連邦軍の艦隊が、引きつけられるようにアクシズに集結。多数の連邦のMSのみならず、何故かアクシズを落すために戦っていたネオ・ジオン兵までがアムロの行動に同調し、敵同士のはずの双方が、死を覚悟しながらのアクシズ落下阻止に尽力するという奇跡的な事態となった。さらに、突如としてサイコフレームから発せられた“虹色の光”が、アクシズのみならず地球全体を覆うほどのオーロラへと拡大し、その超常的な力でアクシズは地球への軌道を離れていった。アムロが起こしたこの奇跡とも呼べる現象は、後に「アクシズ・ショック」と命名されている。このとき観測・確認された“虹色の光”の正体はその後の調査でも判明せず謎とされる。一説にはνガンダムのサイコフレームが搭乗者であるアムロ・レイを依り代として地球圏に暮らす人々の「無意識の祈り」を増幅・具現化して未曾有のサイコ・フィールドを生み出した、もしくはサイコミュに共鳴したミノフスキー粒子の幕がミノフスキークラフトのような役割を果たしたといわれている。」、「4 アクシズ落とし」、第二次ネオ・ジオン抗争 - Wikipedia[Back ↩]
  116. (著者:福井晴敏、『機動戦士ガンダムUC (9) 虹の彼方に (上)』(小説)、角川書店(角川グループパブリッシング)、角川コミックス・エース、2009年、226ページ)[Back ↩]
  117. (著者:福井晴敏、『機動戦士ガンダムUC (10) 虹の彼方に (下)』(小説)、角川書店(角川グループパブリッシング)、角川コミックス・エース、2009年、210ページ)[Back ↩]
  118. (マリーダ・クルスの言葉、著者:福井晴敏、『機動戦士ガンダムUC (9) 虹の彼方に (上)』(小説)、角川書店(角川グループパブリッシング)、角川コミックス・エース、2009年、226ページ)[Back ↩]
  119. (ピーター・ルービン(Peter Rubin)、「オキュラス・リフトで神童パーマー・ラッキーが見る夢 Page6 « WIRED.jp」)[Back ↩]
  120. (「静止画なのに動いているように見える錯視図形」、「蛇の回転」(蛇の円盤が勝手に回転して見える)、制作:北岡明佳、「北岡明佳の錯視のページ」)[Back ↩]
  121. ((「胡蝶の夢」)、荘子、(訳注:金谷治)、「斉物論篇 十三」、『荘子 第1冊 内篇』、岩波文庫、岩波書店、1971年、88~89ページ)[Back ↩]
  122. (岡本太郎、「芸術は単数であり、複数である」、「見ることは創ることでもある」、「第5章 絵はすべての人の創るもの」、『今日の芸術―時代を創造するものは誰か』、光文社文庫、光文社、1999年、116~117ページ)[Back ↩]
  123. (大澤真幸、「波動関数の崩壊」、「第15章 「例外状況における決断」としての観測」、「第V部 誤りえない指導者と必然的に失敗する指導者」、『量子の社会哲学 革命は過去を救うと猫が言う』、講談社、2010年、158ページ)[Back ↩]
  124. (苫米地英人、『まずは親を超えなさい!: 最新の脳科学と認知心理学を基にした自己実現プログラムTPIE』、フォレスト出版、2009年、29ページ、30~31ページ)[Back ↩]
  125. (苫米地英人、『まずは親を超えなさい!: 最新の脳科学と認知心理学を基にした自己実現プログラムTPIE』、フォレスト出版、2009年、26ページ)[Back ↩]
  126. (「静止画なのに動いているように見える錯視図形」、「紫芋の波」(図が波打って動いて見える)、制作:北岡明佳、「最新作21」、「北岡明佳の錯視のページ」)[Back ↩]
  127. (「水槽の脳(すいそうののう、Brain in a vat、略: BIV)とは、あなたが体験しているこの世界は、実は水槽に浮かんだ脳が見ているバーチャルリアリティなのではないか、という仮説。哲学の世界で多用される懐疑主義的な思考実験で、1982年哲学者ヒラリー・パトナムによって定式化された。正しい知識とは何か、意識とはいったい何なのか、といった問題、そして言葉の意味や事物の実在性といった問題を議論する際に使用される。水槽の中の脳、培養槽に浮かぶ脳、桶(おけ)の中の脳、水槽脳仮説などと訳される。」、「水槽の脳 - Wikipedia」)[Back ↩]
  128. 「水槽の脳」、「水槽脳仮説」のイメージ画像、「ファイル:Brain in a vat (ja).png」 by Was a bee on Wikimedia Commons)[Back ↩]
  129. (ピーター・ルービン(Peter Rubin)、「オキュラス・リフトで神童パーマー・ラッキーが見る夢 Page2 « WIRED.jp」)[Back ↩]
  130. パブロ・ピカソ(Pablo Picasso)、翻訳:倉田幸暢、日本語訳:「脳を取り出して、目だけで見ることができればいいのに。」(英語の原文:"If only we could pull out our brain and use only our eyes." ))[Back ↩]
  131. (フォクすけ、「フォクすけの Firefox 情報局 - ダウンロード - フォクすけ フォクすけの画像」[Back ↩]
  132. (「『フォクすけ』は、Firefox のプロモーション活動をサポートしてくれる、日本発のマスコットキャラクターです。」、「フォクすけとは?」、「フォクすけの Firefox 情報局 - FAQ」)[Back ↩]
  133. フォクすけ - Wikipedia[Back ↩]
  134. (サイアム・ビストの言葉、(原作:矢立肇、富野由悠季、福井晴敏)、『機動戦士ガンダムUC episode7「虹の彼方に」』(アニメ)、株式会社サンライズ、2014年)[Back ↩]
  135. (ポルキュアスの言葉、ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ(訳 高橋義孝)、第二部 第三幕、『ファウスト(二)』、新潮文庫、1997年、332ページ)[Back ↩]
  136. (チモ・クルーズがケン・カーターにお礼を言う際に引用した言葉、映画『コーチ・カーター』、1:45:16~1:47:37、パラマウント映画、2005年)[Back ↩]
  137. (幕開け、Photo by NASA on Wikimedia Commons)[Back ↩]
  138. (地球連邦政府初代首相リカルド・マーセナスの宇宙世紀改暦セレモニー記念演説、福井晴敏、『機動戦士ガンダムUC』、「【英語/日本語字幕】宇宙世紀 改暦セレモニー記念演説 機動戦士ガンダムUC (UC Calendar revision ceremony memorial speech ) - YouTube」)[Back ↩]