PV映像(非公式): 「鬼シンポジウム in ふくちやま2019」のイベントの紹介用の動画
(この映像は、ぼくが個人的につくった映像なので非公式なものです。)
このPV映像で使用している各種の素材の出典などの情報はこちら

 

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世界鬼学会設立25周年記念「鬼シンポジウム in ふくちやま2019」のチラシ

ここでは、2019年11月9日に、大江山鬼伝説の地・京都府福知山市大江町にて開催された、「鬼シンポジウム in ふくちやま2019」のレポートをおつたえします。

このイベントは、世界鬼学会設立25周年記念イベントとして開催されたものです。世界鬼学会(鬼学会)というのは、鬼好きな人たちや鬼に興味がある人たちが集まっているコミュニティーです。

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広島神楽公演(北広島町「旭神楽団」):演目「大江山」
(「鬼シンポジウム in ふくちやま2019」)


広島神楽公演(北広島町「旭神楽団」):演目「大江山」
(「鬼シンポジウム in ふくちやま2019」)


広島神楽公演(北広島町「旭神楽団」):演目「八岐大蛇やまたのおろち
(「鬼シンポジウム in ふくちやま2019」)

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「鬼シンポジウム in ふくちやま2019」のイベント会場
大江町総合会館 イベントホール (*1)
(京都府福知山市大江町河守)

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世界鬼学会ってなに?

ここでご紹介している「鬼シンポジウム in ふくちやま2019」のイベントを主催しているのは、世界鬼学会です。

世界鬼学会(鬼学会)というのは、鬼好きな人たちや、鬼に興味がある人たちが集まる、すてきコミュニティーです。鬼学会の拠点は、酒呑童子伝説の舞台である大江山の中腹にある、日本の鬼の交流博物館(愛称:鬼博おにはく)です。

日本の鬼の交流博物館(鬼博おにはく)がある京都府福知山市大江町は、鬼にまつわる3つの伝説が残る鬼伝説の地です。その3つの鬼伝説というのは、つぎの3つの伝説です。

鬼学会は、このような鬼伝説の地である福知山市大江町から、鬼にまつわる情報を発信したり、鬼についてのイベントを開催したりしています。

世界鬼学会では、鬼の伝説に興味がある人や、鬼好きな人を対象として、鬼学会の会員を募集しています。

鬼学会の会員になるための手順は、こちらでご案内しています。

 

目次
  1. 世界鬼学会ってなに?
  2. 小松和彦先生の講演「鬼のイメージの起源と変貌」
    1. 書写山 円教寺しょしゃざん えんぎょうじ修正会しゅしょうえの鬼追い
    2. 松尾寺の役行者像(前鬼・後鬼の像)
    3. 敦煌トンコウ莫高窟ばっこうくつの第428窟の「降魔変ごうまへん」の壁画
    4. トプカプ宮殿博物館の『サライ・アルバム(宮廷詩画帳)』に描かれた怪物たち(鬼?)
    5. 月岡芳年『百器夜行』
    6. 醍醐寺本『絵因果経えいんがきょう』第三上「降魔成道ごうまじょうどう
    7. 鬼とはなにか?: 「過剰な「力」の象徴的表現」「《われわれ》に恐怖や災厄を与えるもの」「ラベル」
    8. 見えない「もの」とのコミュニケーション方法
    9. 鬼はどこにいるのか?: 文化の四つの伝承母体の関係図
    10. 天上の異界、地上(人間世界)、地下の異界、山中の異界、海上の異界、水中の異界
    11. 典型化され、キャラクター化された鬼
    12. キャラクター化された鬼のはじめは?: 『北野天満宮縁起絵巻』、『春日権現験記絵巻』、『餓鬼草紙』、『紫式部日記』
    13. 百鬼夜行の絵画化: 『不動利益縁起絵巻』、『融通念仏縁起絵巻』
    14. 鬼とは、「怨霊」であり、「京都の人々にとっての災い」。「鬼というラベルを貼った側の人たちが作った物語」
  3. 広島神楽の北広島町「旭神楽団」による演目「大江山」と「八岐大蛇やまたのおろち」の公演
    1. 広島神楽の北広島町「旭神楽団」による演目「大江山」
    2. 広島神楽の北広島町「旭神楽団」による演目「八岐大蛇やまたのおろち
    3. 参考: 広島神楽や北広島町についてのパンフレットやチラシなど
  4. 「鬼シンポジウム in ふくちやま2019」のイベント情報
    1. 「鬼シンポジウム in ふくちやま2019」のイベントの、関係各位のみなさまのウェブサイトのURL
  5. 参考:日本の鬼の交流博物館の展示品
  6. 参考:「芸北石見神楽げいほくいわみかぐらの面と衣装展」日本の鬼の交流博物館 秋季特別展
  7. 参考:広島神楽の約30年間の伝統と進化の歴史がつまった一冊、『広島神楽 日本を舞う ―神楽旅―』のご紹介
    1. 印象的な言葉を、『広島神楽 日本を舞う ―神楽旅―』の本からひろい集めてみました
      1. 「「古き」をそのまま受け継ぐ「伝承的伝承」とは違った地平を歩み、時代の要請に応えようとする「信念」」: 寺本泰輔さんによる序文
      2. 「「芸北神楽」から「広島神楽」が生まれた、その約三十年の歴史を臨場感豊かに書き記した貴重な歴史書」: 新谷尚紀さんによる序文
      3. 「町づくり・人づくりのプロデューサー」「文化でメシが食える人を地域が育てる」「千代田へ行けば何か夢がもっと膨らみそう」
      4. 「スーパー神楽誕生」: 「無から有を生む」
      5. 「出来上がって、清盛が舞台でその刀を持って舞う姿に涙が出ました。刀一本に私の人生をかけた思いがしました」: 演目「厳島」の創作
      6. 社会教育としての神楽解説: 「月一の舞い」
      7. 「誠の鬼神と申するは、都において我が世の春をうたいたるけがれし人の心なり」: 演目「青葉の笛」
      8. 「【芸能】とはホンマ(事実)がハンブ(半分)、ウソ(嘘)がハンブ」: 演目「滝夜叉姫たきやしゃひめ
      9. 「保存的伝承から創造的伝承へ」: 演目「オロチ」の創作と、神楽の進化
    2. ここまでご紹介してきたのは、この本のなかのほんの一部です
  8. 鬼学会の会員になるには、どうしたらいいの?

小松和彦先生の講演「鬼のイメージの起源と変貌」

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「鬼シンポジウム in ふくちやま2019」のイベントの最初に、小松和彦先生(国際日本文化研究センター所長)による「鬼のイメージの起源と変貌」と題された講演がおこなわれました。

下記の文字(キーワード)や文章などは、この小松和彦先生の講演を聞きながら、ぼくがとったメモ書きに書かれている文字を、あとでテキストデータとして書き起こしたものです。

下記の文章のなかには、誤字脱字などや、ぼくが間違ってメモしているところなどもあるかとおもいますが、ご容赦いただければとおもいます。なお、ところどころ、ぼくが言葉を補っているところがあります。

また、以降の文章のなかの小見出しは、話の内容の区切りをわかりやすくするために、ぼくが独自につけくわえたものです。

また、この記事のなかに掲載している、参考サイトのリンクや、絵図の画像は、参考のためにぼくが独自につけくわえたものです。

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筆者のメモ1

 

NHKワールド
Japanology(ジャパノロジー)

 

鬼を鬼たらしめているもの
ツノ

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書写山 円教寺しょしゃざん えんぎょうじ修正会しゅしょうえの鬼追い

Engyo-ji, Mani-den -1 (October 2016)
書写山 円教寺しょしゃざん えんぎょうじ書寫山 圓教寺しょしゃざん えんぎょうじ(*2)

【写真提示】
書写山しょしゃざん 円教寺えんぎょうじ 修正会しゅしょうえの鬼追い

(参考)
天台宗別格本山 西国二十七番札所 - 書寫山圓教寺
http://www.shosha.or.jp/
天台宗別格本山 書寫山圓教寺
〒671-2201 兵庫県姫路市書写2968

特別行事 - 書寫山圓教寺
http://www.shosha.or.jp/schedules2.cgi
修正会しゅしょうえの鬼追いの行事の写真の画像あり
「修正会(しゅしょうえ)」

行事予定 - 書寫山圓教寺
http://www.shosha.or.jp/schedules.cgi
「修正会(鬼追い会式)」

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松尾寺の役行者像(前鬼・後鬼の像)

【写真提示】
役行者
前鬼後鬼
松尾寺(奈良県)
護法童子のようなもの

(参考)
奈良県|日本最古の厄除霊場「厄攘」唯一の寺 大和松尾寺
http://www.matsuodera.com/

秘仏開扉|日本最古の厄除霊場「厄攘」唯一の寺 大和松尾寺
http://www.matsuodera.com/special.html#jihou
役行者像の写真の画像あり〔一部分〕)
「秘仏「役行者像」特別開扉」
「日本で最大の役行者像と前鬼・後鬼」

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敦煌トンコウ莫高窟ばっこうくつの第428窟の「降魔変ごうまへん」の壁画

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敦煌トンコウ莫高窟ばっこうくつ (*3)

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敦煌トンコウ莫高窟ばっこうくつ (*4)

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降魔変ごうまへん」の壁画(「降魔成道ごうまじょうどう」の場面を描いた絵図) (*5)
敦煌トンコウ莫高窟ばっこうくつの第428窟の壁画)

【絵図の写真提示】
敦煌トンコウ莫高窟ばっこうくつの壁画
第428窟 降魔 北周

魔衆
異形
魔(妖怪)

角、尻尾、腕輪、足輪

 

(筆者による注釈: 敦煌トンコウ莫高窟ばっこうくつの第428窟の壁画に描かれている図像を指し示す言葉(題名)としてつかわれている、「降魔変ごうまへん」という言葉は、釈迦しゃかが、悪魔による誘惑や脅迫などの妨害をしりぞけた場面を図像化したものを指す言葉であるようです。「降魔ごうま」という言葉は、釈迦しゃかが菩提樹の下で瞑想しているときに、悪魔が誘惑したり脅迫したりして妨害したものの、釈迦しゃかがそれらの妨害をすべてしりぞけたことを指す言葉です。(この話が、いわゆる、「降魔成道ごうまじょうどう」と呼ばれる説話です。)また、そのことから、「降魔ごうま」という言葉は、「悟りの妨害となるものをしりぞける」という意味でもつかわれるようになりました。「降魔変ごうまへん」という言葉のなかでつかわれている、「変」という言葉は、「絵」「像」「壁画」「レリーフ」などを意味する言葉としてつかわれているようです。)

(参考: 「降魔変」という言葉のなかの「変」という言葉の意味について解説されている論文)
J-STAGE
「変」、「変相」、「変文」の意味
https://www.jstage.jst.go.jp/article/ibk/65/2/65_732/_article/-char/ja/
印佛65巻2号.indb
https://www.jstage.jst.go.jp/article/ibk/65/2/65_732/_pdf/-char/ja
この論文のPDFファイル
辛嶋静志 (2017年) 「「変」、「変相」、「変文」の意味」, 『印度學佛教學研究』, 65巻 2号, 732~739ページ.

 九二〇~九八〇年の間に書かれた幾つかの敦煌写本の題目に「変」が使われている。例えば「破魔変」、「降魔変」、「八相変」、「舜子変」、「劉家太子変」などである。これら題目中の「変」は「絵」を意味していると考えられる。従って、上のタイトルは、それぞれ「(仏)が魔を打破する絵」、「(仏)が魔を降伏させる絵」、「(釈迦牟尼仏一生の)八つの主要な出来事の絵」、「舜子の絵」、「劉家の太子の絵」である。これら写本の内容は、他ならぬこれら絵の内容紹介である。

(辛嶋静志「「変」、「変相」、「変文」の意味」より) (*6) (*7)

漢訳と蔵訳―後者は概して梵語原典に忠実である―の比較から、漢訳の「大神通変」と「地獄変」の「変」は、「変化、神通力、奇蹟」の意味ではなく、画家(Tib. ri mo = Skt. citrakara?)が描いた「絵(壁画)」の意味だと分かる。従って、「大神通変」と「地獄変」とは「大神通の絵(壁画)」、「地獄の絵(壁画)」の意味である。しかし、漢訳のインド原典には、漢訳の「変」に対応する原語がなかったことが、蔵訳から推定される。漢訳者義浄は、意味を明確にするために「変」を加えたと考えられる。

(辛嶋静志「「変」、「変相」、「変文」の意味」より) (*8) (*7)

(参考)
敦煌莫高窟壁画第428窟 北壁 中央東側 降魔図(北周)|台東区ヴァーチャル美術館
https://www.city.taito.lg.jp/bunkasinko/virtualmuseum/mural_02/036/index.html
敦煌トンコウ莫高窟ばっこうくつの第428窟の壁画の模写(複製)の写真の画像あり

(参考)
ディジタル・シルクロード - 文化遺産のデジタルアーカイブ
http://dsr.nii.ac.jp/

敦煌莫高窟 - 428 | 中国石窟データベース
http://dsr.nii.ac.jp/china-caves/dunhuang/428.html.ja
「現行番号: 428」
「ペリオ番号: 135」
「敦煌石窟 : vol.5」
「0061敦煌―第135窟 右側内壁」

Les grottes de Touen-Houang(敦煌石窟) : vol.5 - 国立情報学研究所『東洋文庫所蔵』貴重書デジタルアーカイブ
http://dsr.nii.ac.jp/toyobunko/VIII-5-B6-3/V-5/

Les grottes de Touen-Houang : vol.5 / 61 ページ(カラー画像)
http://dsr.nii.ac.jp/toyobunko/VIII-5-B6-3/V-5/page/0061.html.ja
敦煌トンコウ莫高窟ばっこうくつの第428窟の壁画の写真の画像あり〔白黒〕〔一部分〕)
「敦煌―第135窟 右側内壁」
「TOUEN-HOUANG―Grotte 135. Paroi de droite.」
「ペリオ, ポール. “敦煌石窟 魏、唐、宋時代の仏教絵画と彫刻.” 国立情報学研究所「ディジタル・シルクロード」/東洋文庫. doi:10.20676/00000186.」

(参考:解説(中国語))
ペリオ敦煌図録図版解説 第5巻 図283 | シルクロード研究資料集
http://dsr.nii.ac.jp/reference/pelliot/entry/5-283.html.ja
敦煌トンコウ莫高窟ばっこうくつの第428窟の壁画の写真の画像あり〔白黒〕〔一部分〕)
「敦编第428窟,北壁」
「降魔变」(降魔変)
魔王波旬
「魔军」(魔軍まぐん
「三个魔女」(三人の魔女)

(参考)

『敦煌石窟 第3巻─第428窟〈北周〉』
大沼 淳 (監修), 樊 錦詩 (監修), 岡田 健 (編集), 劉 永増 (編集)

 

釈迦御一代図会. 4_pid_816562_コマ番号_016_世尊大神通懲魔軍図_cropped_003
参考: 釈迦しゃかが「魔軍まぐん」をしりぞけている「降魔ごうま」の場面を描いた絵図
葛飾北斎 (絵画) 「世尊大神通懲魔軍図」, 『釈迦御一代図会』(『釈迦御一代記図絵』) (*9)

釈迦御一代図会. 5_pid_816563_コマ番号_006_三迦葉与魔軍闘神通図_cropped_003
参考: 「三迦葉さんかしょう」の三人兄弟が「魔軍まぐん」(悪龍)をしりぞけている「降魔ごうま」の場面を描いた絵図
葛飾北斎 (絵画) 「三迦葉与魔軍闘神通図」, 『釈迦御一代図会』(『釈迦御一代記図絵』) (*10)

釈迦御一代図会. 3_pid_816561_コマ番号_037_霊鬼授悉達太子四句偈図_cropped_003
参考: 悪鬼あっき羅刹らせつ)に変化した帝釈天たいしゃくてんが、雪山童子せっせんどうじ釈迦しゃか)に「諸行無常偈しょぎょうむじょうげ」を説く場面を描いた絵図
葛飾北斎 (絵画) 「霊鬼授悉達太子四句偈図」, 『釈迦御一代図会』(『釈迦御一代記図絵』) (*11)

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トプカプ宮殿博物館の『サライ・アルバム(宮廷詩画帳)』に描かれた怪物たち(鬼?)

【絵図の写真提示】
トルコ
イスタンブール
トプカプ宮殿博物館所蔵
謎の絵画集
サライ・アルバム

トルコの大学院生の人
「トルコの『サライ・アルバム』に描かれている怪物の図像が、シルクロードをとおして、日本の鬼に影響をあたえた」という仮説を研究している人。
その人が、その仮説に対する小松先生の意見をもとめて、謎の絵画集「サライ・アルバム」を小松先生に見せに来られたそうです。

(筆者による注釈: 「サライ」(トルコ語: Sarayı(Saray))という言葉は、トルコ語で「宮殿」を意味する言葉です。『サライ・アルバム』という言葉のなかの「サライ」(宮殿)というのは、ここでは、トプカプ宮殿のことであるようです。)

Siyah Qalem - Hazine 2153, s.48b
Topkapı Sarayı (Topkapi Saray) Albums (*12)
『サライ・アルバム(宮廷詩画帳)』(Saray Albums)
(トプカプ宮殿博物館所蔵)

Siyah Qalem - Hazine 2153, s.34b
Topkapı Sarayı (Topkapi Saray) Albums (*13)
『サライ・アルバム(宮廷詩画帳)』(Saray Albums)
(トプカプ宮殿博物館所蔵)

Siyah Qalem - Hazine 2153, s.37b
Topkapı Sarayı (Topkapi Saray) Albums (*14)
『サライ・アルバム(宮廷詩画帳)』(Saray Albums)
(トプカプ宮殿博物館所蔵)

Siyah Qalem - Hazine 2153, s.112a
Topkapı Sarayı (Topkapi Saray) Albums (*15)
『サライ・アルバム(宮廷詩画帳)』(Saray Albums)
(トプカプ宮殿博物館所蔵)

Siyah Qalem - Hazine 2153, s.141a
Topkapı Sarayı (Topkapi Saray) Albums (*16)
『サライ・アルバム(宮廷詩画帳)』(Saray Albums)
(トプカプ宮殿博物館所蔵)

Siyah Qalem - Hazine 2153, s.39b - figures
Topkapı Sarayı (Topkapi Saray) Albums (*17)
『サライ・アルバム(宮廷詩画帳)』(Saray Albums)
(トプカプ宮殿博物館所蔵)

Siyah Qalem - Hazine 2153, s.129b
Topkapı Sarayı (Topkapi Saray) Albums (*18)
『サライ・アルバム(宮廷詩画帳)』(Saray Albums)
(トプカプ宮殿博物館所蔵)

Siyah Qalem - Hazine 2153, s.27b
Topkapı Sarayı (Topkapi Saray) Albums (*19)
『サライ・アルバム(宮廷詩画帳)』(Saray Albums)
(トプカプ宮殿博物館所蔵)

Siyah Qalem - Hazine 2153, s.31b
Topkapı Sarayı (Topkapi Saray) Albums (*20)
『サライ・アルバム(宮廷詩画帳)』(Saray Albums)
(トプカプ宮殿博物館所蔵)

Siyah Qalem - Hazine 2153, s.38a - horse
Topkapı Sarayı (Topkapi Saray) Albums (*21)
『サライ・アルバム(宮廷詩画帳)』(Saray Albums)
(トプカプ宮殿博物館所蔵)

(参考)
Category:Topkapı Sarayı Album Hazine 2153 - Wikimedia Commons
https://commons.wikimedia.org/wiki/Category:Topkap%C4%B1_Saray%C4%B1_Album_Hazine_2153
『サライ・アルバム』(『宮廷詩画帳』)の絵図の画像あり〔一部分〕)
(Wikimedia Commonsのウェブサイトのなかの、『Topkapı Sarayı Album』(『トプカプ・サライ・アルバム』(『トプカプ宮殿アルバム』)(『サライ・アルバム』)(『宮廷詩画帳』))と呼ばれる4冊の画帳のなかの、「登録番号 H. 2153」の1冊に掲載されている絵図の画像ファイルを集めたカテゴリーのページ。)

(参考)
Group #5 HomePage
http://www.ioc.u-tokyo.ac.jp/~5jimu/
研究班 5 東京大学東洋文化研究所
イスラームの歴史と文化

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http://www.ioc.u-tokyo.ac.jp/~5jimu/new/980520-j.html
「イスラーム地域研究5班 サライ・アルバム研究会」
「サライ・アルバムとはトプカプ宮殿美術館に所蔵されている登録番号H.2152, 2153, 2154, 2160 の4冊の画帳(アルバム)です。」

(参考)
Topkapı Palace - Wikipedia
https://en.wikipedia.org/wiki/Topkap%C4%B1_Palace
「the Sarayı Albums」

(参考)
トプカプ宮殿 - Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%88%E3%83%97%E3%82%AB%E3%83%97%E5%AE%AE%E6%AE%BF

 

世界のほかの地域にも似たような図像がある。

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月岡芳年『百器夜行』

日本の鬼は、海外、とりわけ、仏教からの影響が大きい。

【絵図の写真提示】
月岡芳年の絵
『百器夜行』
(付喪神たちを描いたような絵)
じつは、描かれている者たちは、すべて鬼。

(参考:『百器夜行』の原本を撮影した写真が掲載されているウェブページ)
国際日本文化研究センター
風俗図会データベース
http://shinku.nichibun.ac.jp/esoshi/picture_info.php?id=169&from=bl&disp=JP

国際日本文化研究センター
百器夜行;ヒャッキヤギョウ
http://www.nichibun.ac.jp/YoukaiGazouCard/U426_nichibunken_0224.html

 

法隆寺
鬼の彫刻

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醍醐寺本『絵因果経えいんがきょう』第三上「降魔成道ごうまじょうどう

ある時代に、鬼が分化した。

【絵図の写真提示】
絵因果経えいんがきょう』醍醐寺本

ブッダを妨害するマーラたちの絵。

鬼衆
多種多様な姿
獣の頭、多頭、一つ目、多眼
(*22)

この絵をつかって、絵解きをしていたのかもしれません。

おそらく、この「絵因果経」醍醐寺本が、日本で最初に描かれた鬼の絵、あるいは、妖怪の絵だとかんがえられているそうです。
ただし、中国で描かれた絵画を写したものである可能性もあるそうです。あるいは、中国の絵画を日本に持ち込んだものである可能性もあるそうです。

(参考:絵因果経えいんがきょう』第三上『降魔成道ごうまじょうどう』の原本を撮影した写真が掲載されているウェブページ)
世界遺産 京都 醍醐寺
https://www.daigoji.or.jp/

世界遺産 京都 醍醐寺:春期特別公開
https://www.daigoji.or.jp/exhibition/2012_autumn.html
絵因果経えいんがきょう』第三上「降魔成道ごうまじょうどう」の絵図の画像あり〔一部分〕)
「絵因果経 第三上『降魔成道』」

醍醐寺霊宝館
詳細
https://www.daigoji.or.jp/exhibition/details/2012_autumn/explanation_01.html
絵因果経えいんがきょう』第三上「降魔成道ごうまじょうどう」の絵図の画像あり〔一部分〕)
「絵因果経 第三上『降魔成道』」

(参考:『絵因果経えいんがきょう』の原本を撮影した写真が掲載されているウェブページ)
重要文化財|絵因果経|奈良国立博物館
https://www.narahaku.go.jp/collection/757-0.html

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鬼とはなにか?: 「過剰な「力」の象徴的表現」「《われわれ》に恐怖や災厄を与えるもの」「ラベル」

日本でのもともとの鬼とは何だったのか?

日本では、鬼は、もともとは「見えないもの」だった。

和語の「おに」という言葉の意味は、よくわからない。

鬼とは「なによりも怖ろしいものの象徴」。 (*22)

鬼とは、過剰な「力」の象徴的表現である。
過剰とは、秩序からの逸脱・破壊。
(*22)

異形異類

「鬼」は、《われわれ》に恐怖や災厄を与えるものとして想像されたものである。
言い換えれば、恐怖や災厄をもたらすと見做みなされたものに、「鬼」というラベルが貼られたのである。
(*22)

「鬼」というラベルを貼る側と貼られる側。

 

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筆者のメモ2

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見えない「もの」とのコミュニケーション方法

見えない「もの」(神や神霊)

見えない「もの」とのコミュニケーション方法

類型1: 占い

類型2: 盗み聞き、夜、呪具(聴耳頭巾など)

類型3: 託宣、口走り(憑依)

類型4: 夢、夢現(ゆめうつつ)
  (夢のなかで姿かたちを見ることで、図像として描くことができるようになる。)
  神→貴人(貴族の姿)
  神→鬼
  神→護法童子

類型5: 目撃(現実の世界で、一般の人(人々)のまえに姿をあらわす。)

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鬼はどこにいるのか?: 文化の四つの伝承母体の関係図

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鬼はどこにいるのか?
【図表提示】文化の四つの伝承母体の関係図

鬼はどこにいるのか?

【図表提示】
文化の四つの伝承母体の関係図

■口承
民俗学
人類学
社会学

■書承
文学
歴史学

■芸能
■儀礼
■遊芸
芸能史
演劇
音楽学
宗教学

■絵画
■造型
美術史
造形学
建築学

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天上の異界、地上(人間世界)、地下の異界、山中の異界、海上の異界、水中の異界

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【図表提示】天上の異界、地上(人間世界)、地下の異界、山中の異界、海上の異界、水中の異界

【図表提示】

天上の異界

地上(人間世界)

地下の異界

山中の異界

海上の異界

水中の異界

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典型化され、キャラクター化された鬼

鬼の典型化されたキャラクター化されたもの。
典型化された鬼。
キャラクター化された鬼。
・それ以上、進化しない。
・その状態で、終わり。
・辞書に載る。

【絵図の写真提示】
例(「辞書に載る」):
常光徹 (文)、飯野和好 (絵)、『妖怪図鑑』(1994年)童心社より

【絵図の写真提示】
例(「典型化された鬼」「キャラクター化された鬼」):
石井桃子いしい ももこ (文)、秋野不矩あきの ふく (絵)、『絵本 いっすんぼうし』

 

【絵図の写真提示】
「御伽草子」
「一寸法師」

(参考)
青空文庫
楠山正雄 一寸法師
https://www.aozora.gr.jp/cards/000329/files/43457_23938.html

曼殊院所蔵『酒天童子絵巻』
曼殊院本

(参考:曼殊院本『酒天童子絵巻』の原本を撮影した写真が掲載されているウェブページ)
曼殊院門跡
https://manshuinmonzeki.jp/houmotsu/006.html
「所蔵宝物」
「竹筆隷書・酒呑童子絵巻」

曼殊院門跡
https://manshuinmonzeki.jp/houmotsu/index.html
所蔵宝物
『酒天童子絵巻』

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キャラクター化された鬼のはじめは?: 『北野天満宮縁起絵巻』、『春日権現験記絵巻』、『餓鬼草紙』、『紫式部日記』

キャラクター化された鬼のはじめは?

【絵図の写真提示】
『北野天満宮縁起絵巻』

雷神

(北野天満宮の神職の方々は、『北野天満宮縁起絵巻』に描かれている存在を、「雷神」とも「鬼」とも呼ばずに、「菅原道真公」と呼んでいる。)

中国仏教の図像からの影響がある。

地獄の獄卒

(参考:『北野天満宮縁起絵巻』の原本を撮影した写真が掲載されているウェブページ)
北野天神縁起絵巻 - e国宝
http://www.emuseum.jp/detail/100260/000/000

菅原伝授手習鑑|文化デジタルライブラリー
https://www2.ntj.jac.go.jp/dglib/contents/learn/exp2/exp2_old/w/137.html

 

春日権現験記. 第8軸_コマ番号_007_cropped_003
疫鬼えきき
『春日権現験記』絵巻(『春日権現験記絵巻』)(第8軸)〔一部分〕 (*23)

【絵図の写真提示】
『春日権現験記絵』

疫鬼えきき
腰に木槌をつけている。
木槌でたたいて人を病気にする。
(一方で、その木槌は打ち出の小槌にも通じる。)

ただし、小松和彦先生は、『春日権現験記絵』に描かれている存在が、「鬼」と呼ばれていたかどうかは、疑問視しているそうです。「もののけ」などと呼ばれていた可能性があるそうです。

(参考:『春日権現験記絵』の原本を撮影した写真が掲載されているウェブページ)
春日権現験記. 第8軸 - 国立国会図書館デジタルコレクション
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1287493/7
春日権現験記. 第8軸 - 国立国会図書館デジタルコレクション
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1287493

春日権現験記|書誌詳細|国立国会図書館オンライン
https://ndlonline.ndl.go.jp/#!/detail/R300000001-I000007280567-00

 

【絵図の写真提示】
『餓鬼草紙』
出産の場面
女性が死の危険に直面する場面
死に直面する場面には、鬼が来る。

もののけ
「鬼」の原形

『紫式部日記』
一条天皇の中宮である藤原彰子の出産の場面の記述

(参考:『餓鬼草紙』の原本を撮影した写真が掲載されているウェブページ)
餓鬼草紙 - e国宝
http://www.emuseum.jp/detail/100951

餓鬼草紙 - e国宝
http://www.emuseum.jp/detail/100152

東京国立博物館 - 1089ブログ
https://www.tnm.jp/modules/rblog/index.php/1/2016/08/06/%E9%A4%93%E9%AC%BC%E8%8D%89%E7%B4%99/

餓鬼草紙(がきぞうし) | 京都国立博物館 | Kyoto National Museum
https://www.kyohaku.go.jp/jp/syuzou/meihin/emaki/item03.html

(参考:『紫式部日記絵巻』の原本を撮影した写真が掲載されているウェブページ)
五島美術館
https://www.gotoh-museum.or.jp/collection/shikibu.html
国宝 紫式部日記絵巻

紫式部日記絵巻断簡 - e国宝
http://www.emuseum.jp/detail/100341

 

IMG_20191113_212725
筆者のメモ3

典型化される前の鬼、キャラクター化される前の鬼は、多種多様な姿をしていた。 (*22)

百鬼夜行の絵画化へ

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百鬼夜行の絵画化: 『不動利益縁起絵巻』、『融通念仏縁起絵巻』

百鬼夜行絵巻_コマ番号_015_016_017_連結_003
参考: 『百鬼夜行絵巻』ひゃっきやぎょうえまき〔一部〕 (*24) (*25)

【絵図の写真提示】
『不動利益縁起絵巻』

二匹の式神

空を飛ぶ式神(「人間の目には見えない」という設定になっている。)
病を追い払う役割をしている。
御幣を持っている。

式神によって追い払われているもの、邪鬼。

(参考:『不動利益縁起絵巻』の原本を撮影した写真が掲載されているウェブページ)
不動利益縁起絵巻 - e国宝
http://www.emuseum.jp/detail/100284/000/000?mode

14768_不動利益縁起絵巻 :: 東文研アーカイブデータベース
https://www.tobunken.go.jp/materials/glass/218662.html

疫病神えきびょうがみ(もののけ、鬼)

鉄輪、角盥(つのだらい)

百鬼夜行

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「鬼(妖怪)たちが家を訪ねに来る場面」
(『融通念仏縁起』(冑山文庫)(絵巻)〔一部分〕) (*26)

【絵図の写真提示】
『融通念仏縁起絵巻』
クリーブランド美術館所蔵

描かれている疫病神えきびょうがみ(もののけ、鬼)たちは、一人ひとりすべて書き分けられている(一人ひとりすべて異なる姿をしている)。(もともとの鬼のすがたかたちは、のちに典型化され、キャラクター化された鬼のように、画一的なすがたかたちではなく、多種多様なすがたかたちをしていた。 (*22)

馬の骨を頭につけている者がいる。
鶏(にわとり)の頭をしている者がいる。
動物のすがたをしている者がいる。
おそらく、絵師は、馬や、鶏や、動物の怨霊であることを表現しているのではないか。

道具の怨霊

(参考:『融通念仏縁起』(冑山文庫)の原本を撮影した写真が掲載されているウェブページ)
融通念仏縁起 - 国立国会図書館デジタルコレクション
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2543190/35
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2543190/36
コマ番号: 35~36

融通念仏縁起 - 国立国会図書館デジタルコレクション
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2543190

融通念仏縁起|書誌詳細|国立国会図書館オンライン
https://ndlonline.ndl.go.jp/#!/detail/R300000001-I000007326269-00

(参考:『融通大念佛縁起』(国文学研究資料館 鵜飼文庫)の原本を撮影した写真が掲載されているウェブページ)
国文学研究資料館
https://www.nijl.ac.jp/

国文学研究資料館 日本古典籍総合目録データベース
http://base1.nijl.ac.jp/~tkoten/

融通大念仏本縁起
http://base1.nijl.ac.jp/iview/Frame.jsp?DB_ID=G0003917KTM&C_CODE=096-0299&PROC_TYPE=ON&SHOMEI=融通大念仏本縁起&REQUEST_MARK=96†299†1†2&OWNER=国文研鵜飼&BID=200019019&IMG_NO=86
http://base1.nijl.ac.jp/iview/Frame.jsp?DB_ID=G0003917KTM&C_CODE=096-0299&PROC_TYPE=ON&SHOMEI=融通大念仏本縁起&REQUEST_MARK=96†299†1†2&OWNER=国文研鵜飼&BID=200019019&IMG_NO=87
コマ番号: 86~87
「鬼(妖怪)たちが家を訪ねに来る場面」の絵図の画像あり〔一部分〕)
融通大念佛縁起(国文学研究資料館 鵜飼文庫)
ライセンス: CC BY-SA 4.0

(参考:『融通大念佛縁起』(国文学研究資料館 鵜飼文庫)の原本を撮影した写真が掲載されているウェブページ)
国文学研究資料館
https://www.nijl.ac.jp/

新日本古典籍総合データベース
https://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/200019019/viewer/86
https://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/200019019/viewer/87
コマ番号: 86~87
「鬼(妖怪)たちが家を訪ねに来る場面」の絵図の画像あり〔一部分〕)
融通大念佛縁起(国文学研究資料館 鵜飼文庫)
ライセンス:CC BY-SA 4.0

(参考:『融通念佛縁起繪』(西尾市 岩瀬文庫)の原本を撮影した写真が掲載されているウェブページ)
国文学研究資料館
https://www.nijl.ac.jp/

新日本古典籍総合データベース
https://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100189626/viewer/76
https://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100189626/viewer/77
コマ番号: 76~77
「鬼(妖怪)たちが家を訪ねに来る場面」の絵図の画像あり〔一部分〕)
融通念佛縁起繪(西尾市 岩瀬文庫)
(ライセンス: All Rights Reserved)

新日本古典籍総合データベース
https://kotenseki.nijl.ac.jp/page/usage.html
利用条件

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鬼とは、「怨霊」であり、「京都の人々にとっての災い」。「鬼というラベルを貼った側の人たちが作った物語」

百鬼夜行は、基本的に、怨霊をあらわしている。

鬼とは、怨霊をあらわしている。 (*22)

(香取本『大江山絵詞』や、『土蜘蛛草紙』にも、多種多様なすがたかたちをした鬼たちが登場する。)

大江山酒天童子絵巻物. 一_コマ番号_010_cropped_001
酒天童子(酒呑童子)の居城である鬼が城の入口で、
鬼たちと源頼光みなもとのよりみつたちが遭遇する場面を描いた絵図
『大江山酒天童子絵巻物』〔一部分〕 (*27)

【絵図の写真提示】
香取本『大江山絵詞』

【絵図の写真提示】
『土蜘蛛草紙』

これらに描かれている鬼は、京都の人々にとって災い(マイナス)だと考えられていたもの。
「鬼」というラベルを貼った側の人たちが作った物語。
(*22)

(参考:香取本かとりぼん『大江山絵詞』おおえやまえことばの原本を撮影した写真が掲載されているウェブページ)
香取本かとりぼん『大江山絵詞』おおえやまえことばの絵巻物の原本の写真は、こちらのウェブページ (*28)や、こちらのウェブページ (*29)で、閲覧することができます。(どちらのウェブページでも、写真の画像を拡大して見ることができます。)

(参考:『土蜘蛛草紙絵巻』の原本を撮影した写真が掲載されているウェブページ)
土蜘蛛草紙絵巻 文化遺産オンライン
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/301199

 

結論
「鬼」とは、マイナスなものを表す「ラベル」である。
(「ラベル」にすぎない。)
(*22)

 

講演終了後の質疑応答

「角(つの)」が意味するもの。
野生
攻撃性
動物

 

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「鬼シンポジウム in ふくちやま2019」の立て看板

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「鬼シンポジウム in ふくちやま2019」のイベント会場
大江町総合会館 イベントホール (*1)
(京都府福知山市大江町河守)

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広島神楽の北広島町「旭神楽団」による演目「大江山」と「八岐大蛇やまたのおろち」の公演

「鬼シンポジウム in ふくちやま2019」_広島神楽_北広島町「旭神楽団」_公演_チラシ_001
広島神楽の北広島町「旭神楽団」による演目「大江山」と「八岐大蛇やまたのおろち」の解説パンフレット(1ページ目)

「鬼シンポジウム in ふくちやま2019」_広島神楽_北広島町「旭神楽団」_公演_チラシ_002
広島神楽の北広島町「旭神楽団」による演目「大江山」と「八岐大蛇やまたのおろち」の解説パンフレット(2ページ目)

旭神楽団
 南方八幡神社(みなみがたはちまんじんじゃ)の氏子によって結成された旭神楽団は、言い伝えによると明治時代から活動していたようです。
 戦時中は休団していましたが、戦後新しい舞いを積極的に取り入れて、近隣の競演大会で優秀な成績を得られるようになりました。
 その後、一時期団員の高齢化などで低迷していましたが、子ども神楽団の育成などにも取り組み、次第に若い団員も奮起して現在では一番豪華な神楽演目の大江山にも取り組めるようになりました。今後、『真に神楽の粋を極める』をモットーに郷土芸能の発展に貢献したいと思っています。

〔写真〕
南方八幡神社

(広島神楽の北広島町「旭神楽団」による演目「大江山」と「八岐大蛇やまたのおろち」の解説パンフレット(2ページ目)より)

「鬼シンポジウム in ふくちやま2019」_広島神楽_北広島町「旭神楽団」_公演_チラシ_003
広島神楽の北広島町「旭神楽団」による演目「大江山」と「八岐大蛇やまたのおろち」の解説パンフレット(3ページ目)

「鬼シンポジウム in ふくちやま2019」_広島神楽_北広島町「旭神楽団」_公演_チラシ_004
広島神楽の北広島町「旭神楽団」による演目「大江山」と「八岐大蛇やまたのおろち」の解説パンフレット(4ページ目(演目のあらすじと内容解説))

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広島神楽の北広島町「旭神楽団」による演目「大江山」


広島神楽公演(北広島町「旭神楽団」):演目「大江山」
(「鬼シンポジウム in ふくちやま2019」)


広島神楽公演(北広島町「旭神楽団」):演目「大江山」
(「鬼シンポジウム in ふくちやま2019」)


開演前の前説(演目「大江山」の物語の背景についての解説)
広島神楽公演(北広島町「旭神楽団」):演目「大江山」
(「鬼シンポジウム in ふくちやま2019」)


姫君が鬼たちにさらわれる場面
広島神楽公演(北広島町「旭神楽団」):演目「大江山」
(「鬼シンポジウム in ふくちやま2019」)


源頼光と渡辺綱の舞
人便鬼毒酒を石清水八幡宮の神(三世託の神)から授かり、大江山へ向かう場面
広島神楽公演(北広島町「旭神楽団」):演目「大江山」
(「鬼シンポジウム in ふくちやま2019」)


川で洗濯をする姫君の舞と、源頼光・渡辺綱との出会いの場面
広島神楽公演(北広島町「旭神楽団」):演目「大江山」
(「鬼シンポジウム in ふくちやま2019」)

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広島神楽公演(北広島町「旭神楽団」):演目「大江山」
(「鬼シンポジウム in ふくちやま2019」)

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広島神楽公演(北広島町「旭神楽団」):演目「大江山」
(「鬼シンポジウム in ふくちやま2019」)

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広島神楽公演(北広島町「旭神楽団」):演目「大江山」
(「鬼シンポジウム in ふくちやま2019」)

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広島神楽公演(北広島町「旭神楽団」):演目「大江山」
(「鬼シンポジウム in ふくちやま2019」)

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広島神楽公演(北広島町「旭神楽団」):演目「大江山」
(「鬼シンポジウム in ふくちやま2019」)

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広島神楽公演(北広島町「旭神楽団」):演目「大江山」
(「鬼シンポジウム in ふくちやま2019」)

この下の文章は、広島神楽の北広島町「旭神楽団」による演目「大江山」と「八岐大蛇やまたのおろち」の解説パンフレットに掲載されていた、「大江山」の演目のあらすじと内容解説の文章です。

「鬼シンポジウム in ふくちやま2019」_広島神楽_北広島町「旭神楽団」_公演_チラシ_004_「大江山」のあらすじと解説_001
(広島神楽の北広島町「旭神楽団」による演目「大江山」と「八岐大蛇やまたのおろち」の解説パンフレット(4ページ目(演目のあらすじと内容解説))より)

広島神楽から
日本一の鬼物語 大江山

あらすじ
 平安楽土・万年の春をうたい開かれた平安時代も中頃を過ぎると、都は悪事の限りをつくす鬼たちによって暗黒の世となりました。
 そこで帝は、武勇の誉れ高い源頼光に鬼退治の勅命を下されます。
 頼光が陰陽師・安倍清明に鬼の根城を占わせると、都の北・丹波の国・大江山とわかりました。
 源頼光と四天王は、鬼退治のため大江山を目指します。
 途中、頼光が信心する神さまから人便鬼毒酒(じんべんきどくしゅ=人が飲めば良薬となり、鬼が飲むと毒薬となる)をいただき、獣道(けものみち)を登ります。いよいよ大江山の山頂近くになると、都からさらわれた姫が一人、谷川で洗濯をしていました。
 この姫の案内で鬼の棲家に辿り着くと、頼光一行は鬼たちに持ってきた酒を『都の酒』と偽り、山伏問答の後に酒宴に誘い、酔った鬼たちと壮絶な戦いとなります。
 広島神楽では、この大江山の鬼の物語の前段に、『戻り橋』『羅生門』の演目があります。
 『戻り橋』の物語は、都の一条戻り橋近くに鬼が出るとうわさが広がり、それを確かめるために都の守り・源頼光の四天王の一人・渡辺綱(わたなべのつな)は深夜に見回りに行き、戻り橋で鬼の化身と出会い、戦いとなります。
 激しい戦いの末に綱は鬼の片腕を切り取りますが、鬼は飛天(ひてん)の術を使って都の北・愛宕山(あたごやま)の方向へ逃げ去っていきました。
 『羅生門』の物語は、鬼の片腕を館へ持ち帰った綱は陰陽師の教えに従って片腕を安置し、館で謹慎していたところ、かつての綱の乳母に化身した鬼の首領=酒呑童子が綱の館を訪れて鬼の片腕を見せてくれと頼みます。
 繰り返す願いに耐え切れずに綱は乳母に片腕を見せます。すると、乳母は鬼に戻って腕を掴んで片腕を落とした手下のもとへ逃げ去ったのです。
 この二つの物語の総集編が大江山です。

(広島神楽の北広島町「旭神楽団」による演目「大江山」と「八岐大蛇やまたのおろち」の解説パンフレット(4ページ目(演目のあらすじと内容解説))より)

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広島神楽の北広島町「旭神楽団」による演目「八岐大蛇やまたのおろち


広島神楽公演(北広島町「旭神楽団」):演目「八岐大蛇やまたのおろち
(「鬼シンポジウム in ふくちやま2019」)

スライドショー:広島神楽公演(北広島町「旭神楽団」):演目「八岐大蛇やまたのおろち
(「鬼シンポジウム in ふくちやま2019」) (*30)

開演前の前説(演目「八岐大蛇やまたのおろち」の物語の背景についての解説)
広島神楽公演(北広島町「旭神楽団」):演目「八岐大蛇やまたのおろち
(「鬼シンポジウム in ふくちやま2019」)


広島神楽公演(北広島町「旭神楽団」):演目「八岐大蛇やまたのおろち
(「鬼シンポジウム in ふくちやま2019」)


広島神楽公演(北広島町「旭神楽団」):演目「八岐大蛇やまたのおろち
(「鬼シンポジウム in ふくちやま2019」)


広島神楽公演(北広島町「旭神楽団」):演目「八岐大蛇やまたのおろち
(「鬼シンポジウム in ふくちやま2019」)


広島神楽公演(北広島町「旭神楽団」):演目「八岐大蛇やまたのおろち
(「鬼シンポジウム in ふくちやま2019」)


天叢雲剣を手にした須佐之男命(スサノオノミコト)の舞い
広島神楽公演(北広島町「旭神楽団」):演目「八岐大蛇やまたのおろち
(「鬼シンポジウム in ふくちやま2019」)

この下の文章は、広島神楽の北広島町「旭神楽団」による演目「大江山」と「八岐大蛇やまたのおろち」の解説パンフレットに掲載されていた、「八岐大蛇やまたのおろち」の演目のあらすじと内容解説の文章です。

「鬼シンポジウム in ふくちやま2019」_広島神楽_北広島町「旭神楽団」_公演_チラシ_004_「八岐大蛇」のあらすじと解説_001
(広島神楽の北広島町「旭神楽団」による演目「大江山」と「八岐大蛇やまたのおろち」の解説パンフレット(4ページ目(演目のあらすじと内容解説))より)

広島神楽から
米づくりに命をかけた神さまの物語 八岐大蛇

あらすじ
 高天原(たかまがはら)を追われた須佐之男命は、出雲の国へ降り立ちました。
 そこには、娘を囲んで嘆き悲しむ老夫婦がいました。
 命がそのわけを尋ねると、老人は『八岐大蛇』に毎年一人ずつ七人まで娘を飲み取られ、八人目の姫・奇稲田姫が飲み取られる季節がやってきたことを伝えます。
 そして、『八岐大蛇』の姿が『頭が八つ、尾が八つ、背中は杉やヒノキが生い茂り、腹はいつも血がしたたり眼はほおずきのように燃えている』と言います。
 命は、この八岐大蛇を退治し奇稲田姫と結婚することを約束すると、大蛇退治のために老夫婦に強い酒を八つの樽(たる)に準備させ、大蛇を待ちます。
 すると叢雲(むらくも=雨を降らす雲)が立ち上ると共に八岐大蛇が現れ、樽いっぱいの酒を飲みほしてひと暴れすると寝てしまいました。命は、この時とばかりに大蛇を退治します。
 そして、大蛇を切り刻んでいくと、尻尾から一本の刀が出てきました。
 大蛇が叢雲と共に出てきたことから命はこの刀を「天叢雲の剣(あめのむらくものつるぎ)」と名付け、高天原の天照大神(あまてらすおおみかみ)へ捧げることにします。
 さて、八岐大蛇の物語は何を伝えているのでしょうか。
 これは、七重八重に連なる中国山地の姿を現しています。
 山々は木々が繁り、これが木炭となりました。そして山肌から血がしたたる様子は良質の砂鉄が谷川に溶けて流れる様子だったのです。
 木炭と砂鉄を三日三晩燃やすタタラ(古代の鉄づくり)の炎が、ほおずきの形した大蛇の眼だったのです。
 この中国山地から流れ出る清流は、いつも田畑を潤して五穀を豊かに実らせてくれます。
 しかし、年に一度大雨の後、大洪水となって収穫間近の田畑を飲み込んでいきます。
 濁流となった川・八岐大蛇は手塩にかけて育てた娘=田畑を犠牲(いけにえ)にしたのです。
 ただ、奇稲田姫は、奇(ま)れに豊かに育った稲田の姫と書きます。豊作の神さまです。
 八岐大蛇は、米づくりの神さまを、大地を守る神さま・須佐之男命が命がけで救ったという物語です。

(広島神楽の北広島町「旭神楽団」による演目「大江山」と「八岐大蛇やまたのおろち」の解説パンフレット(4ページ目(演目のあらすじと内容解説))より)

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参考: 広島神楽や北広島町についてのパンフレットやチラシなど

この下に掲載している画像は、「鬼シンポジウム in ふくちやま2019」での、広島神楽の北広島町「旭神楽団」による演目「大江山」と「八岐大蛇」の公演において配布されたパンフレットやチラシなどの画像です。

広島県民文化センター_広島神楽_定期公演_2019年_000_cropped_001
「広島県民文化センター 広島神楽 定期公演 2019年」のパンフレット

2019年度_北広島町_神楽スケジュール_004_cropped_001
「2019年度 北広島町 神楽スケジュール」のパンフレット

北広島町×三島食品のゆかり_表_cropped_001
「北広島町×三島食品のゆかり」(表側)
(北広島町イメージキャラクター: 花田舞太郎)

北広島町×三島食品のゆかり_裏_cropped_001
「北広島町×三島食品のゆかり
(北広島町イメージキャラクター: 花田舞太郎)

(参考: 三島食品さんの赤しそのふりかけ「ゆかり」について)
ゆかり®について | ゆかり®三島食品
https://www.mishima.co.jp/study/
ゆかり®の誕生 | ゆかり®三島食品
https://www.mishima.co.jp/study/yukari/
ゆかり® | ゆかり®三島食品
https://www.mishima.co.jp/product/yukari/
商品ラインナップ一覧 | ゆかり®三島食品
https://www.mishima.co.jp/product/

ビニール袋_花田舞太郎_北広島町イメージキャラクター_「キタに恋♥来い 北広島」_002
「キタに恋♥来い 北広島」
「北広島観光プロモーション実行委員会(北広島町商工観光課)」
(北広島町イメージキャラクター: 花田舞太郎)
(広島神楽や北広島町についてのパンフレットやチラシなどが入っていたビニール袋)

 

ちなみに、この下の動画は、北広島町のマスコットである、ゆるキャラの花田舞太郎くんが演じる、広島神楽の演目「八岐大蛇やまたのおろち」の上演の映像です。

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「鬼シンポジウム in ふくちやま2019」のイベント情報

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世界鬼学会設立25周年記念「鬼シンポジウム in ふくちやま2019」のチラシ

「鬼シンポジウム in ふくちやま2019」のイベントのお知らせです。

講演:小松和彦先生(国際日本文化研究センター所長)「鬼のイメージの起源と変貌」

広島神楽公演(北広島町「旭神楽団」):演目「大江山」「八岐大蛇」(やまたのおろち)

令和元年 11月9日(土)午後1時10分~(受付は12時30分から)
場所:大江町総合会館イベントホール(福知山市大江町河守285)
主催:世界鬼学会
共催:福知山市教育委員会
問い合わせ:日本の鬼の交流博物館
入場無料

■小松和彦(こまつかずひこ)先生 プロフィール

国際日本文化研究センター所長

1947年東京都生まれ。東京都立大学大学院社会科学研究科博士課程単位取得退学。信州大学講師および助教授、大阪大学文学部助教授及び教授、その後国際日本文化研究センター教授、副所長を経て2012年4月より現職。

専門は民俗学、文化人類学。

1979年第10回澁澤賞(公益信託澁澤民族学振興基金)受賞。2013年紫綬褒章受章。

2016年文化功労者顕彰。

主な著書に、『神々の精神史』(講談社学術文庫)、『憑霊信仰論』(講談社学術文庫)、異人論(ちくま学芸文庫、『悪霊論』(ちくま学芸文庫)、『妖怪学新考』(洋泉社MC)、『異界と日本人』(角川ソフィア文庫)、『鬼と日本人』(角川ソフィア文庫)、『妖怪文化入門』(角川ソフィア文庫)、『百鬼夜行絵巻の謎』(集英社ビジュアル新書)、『怪異の民俗学』(全八巻、河出書房新社、編著)、『日本妖怪学大全』(小学館、編著)、『妖怪文化研究の最前線』(せりか書房、編著)、『いざなぎ流の研究』(角川学芸出版)、『『伝説」はなぜ生まれたか』(角川学芸出版)など多数。

■旭神楽団プロフィール

 旭神楽団の設立は定かではありませんが、戦前までは六調子の神楽を舞っていたようです。
 戦時中は活動を中止していましたが、昭和28年ごろ当時の若者が高田舞を導入し新舞を中心にした神楽団としてよみがえらせ、昭和30年代半ばから各地の競演大会で優秀な成績を収めていました。
 その後一時期団員の減少や高齢化などで低迷していましたが、平成に入ったあたりから、若い団員が奮起し、厳しい練習を重ね「真に神楽の粋を極める」を大目標に、芸の習得に取り組み神楽の伝承・保存に努めています。

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「鬼シンポジウム in ふくちやま2019」のイベントの、関係各位のみなさまのウェブサイトのURL

以下に掲載させていただいているウェブサイトのURLは、「鬼シンポジウム in ふくちやま2019」のイベントの、関係各位のみなさまのウェブサイトのURLです。

(参考: 世界鬼学会についてのウェブページ)
日本の鬼の交流博物館
https://www.city.fukuchiyama.lg.jp/onihaku/gakkai/index.html

(参考: 日本の鬼の交流博物館の公式ウェブサイト)
日本の鬼の交流博物館
https://www.city.fukuchiyama.lg.jp/onihaku/densetu/index.html

(参考: 大江まちづくり住民協議会さんのウェブサイト)
トップページ - 大江まちづくり住民協議会
http://ooe-machikyo.jp/

(参考: 大江観光株式会社さんのウェブサイト)
大江観光株式会社 ホームページ
http://ooekankou.jp/

(参考: 福知山市教育委員会さんの公式ウェブサイト)
教育委員会 - 福知山市オフィシャルホームページ
https://www.city.fukuchiyama.lg.jp/site/kyouiku/

(参考: 小松和彦先生のプロフィールページ)
小松 和彦|国際日本文化研究センター(日文研)
http://research.nichibun.ac.jp/pc1/ja/researcher/staff/s014/

(参考: 旭神楽団さんのFacebookページ)
旭神楽団 - ホーム
https://www.facebook.com/旭神楽団-382341662200083/

(参考: 北広島町神楽協議会さんについてのウェブページ)
北広島町神楽協議会(北広島町内51神楽団) - 広島県「みんなで」おもてなし宣言 | 広島県
https://www.pref.hiroshima.lg.jp/omotenashi/750.html

(参考: 北広島町さんの観光情報のウェブサイト)
北広島町観光情報サイト | 北広島町の観光情報サイトです
http://www.kitahiro.jp/

(参考: 北広島町さんの公式ウェブサイト)
北広島町ホームページ フロントページ
https://www.town.kitahiroshima.lg.jp/

(参考: 株式会社ゼロワンさんのウェブサイト)
株式会社ゼロワン
http://office-zero1.com/

(参考: NPO法人 広島神楽芸術研究所さんのウェブサイト)
特定非営利活動法人 広島神楽芸術研究所
http://www.npo-hiroshima.jp/
(参考: NPO法人 広島神楽芸術研究所さんのFacebookページ)
特定非営利活動法人 広島神楽芸術研究所 - ホーム
https://www.facebook.com/npohiroshima/

(参考: 石井誠治さんの御著書『広島神楽 日本を舞う ―神楽旅―』の本の紹介ページ)
広島神楽 日本を舞う-神楽旅-石井誠治 著
https://www.npo-kagura.jp/book/20180701-book.html

(参考: 神楽ポータルサイト神楽の杜さんのウェブサイト)
神楽ポータルサイト神楽の杜
https://www.npo-kagura.jp/
(参考: 神楽ポータルサイト神楽の杜さんのYouTubeチャンネル)
npokagura - YouTube
https://www.youtube.com/channel/UCP_nVlzOC5lR_YxBofJSx8A

(参考: 芸石神楽競演大会の情報が掲載されているウェブページ)
第71回 芸石神楽競演大会 | 北広島町観光情報サイト
http://www.kitahiro.jp/traditional/9059/

 

世界鬼学会設立25周年記念!鬼シンポジウムin福知山2019(11月9日)|ニュース&イベント|海の京都 森の京都 福知山観光協会オフィシャルホームページ
https://dokkoise.com/topics/events/000758.html

鬼シンポジウム in ふくちやま 2019 | beyond2020プログラム認証事業(京都文化力プロジェクト認証事業) | 京都文化力プロジェクト 2016-2020
http://culture-project.kyoto/event/project/detail/1570158921.269.html

鬼シンポジウムinふくちやま2019 | 大江観光株式会社 ホームページ
http://ooekankou.jp/2019/11/07/%E9%AC%BC%E3%82%B7%E3%83%B3%E3%83%9D%E3%82%B8%E3%82%A6%E3%83%A0in%E3%81%B5%E3%81%8F%E3%81%A1%E3%82%84%E3%81%BE2019/

「鬼シンポジウムinふくちやま2019」を開催します。 - 福知山市オフィシャルホームページ
https://www.city.fukuchiyama.lg.jp/soshiki/7/17353.html
世界鬼学会設立25周年記念「鬼シンポジウム in ふくちやま2019」
京都府文化力チャレンジ補助事業

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参考:日本の鬼の交流博物館の展示品

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日本の鬼の交流博物館(鬼博おにはく(*1)
(京都府福知山市大江町)

この下のスライドショーでは、日本の鬼の交流博物館(鬼博おにはく)の展示品の写真を紹介しています。

日本の鬼の交流博物館(鬼博おにはく)には、日本中・世界中の鬼関連の美術品・芸術品・資料などの所蔵品が展示されています。

ちなみに、日本の鬼の交流博物館(鬼博おにはく)を拠点として活動している、世界鬼学会(鬼学会)という名前の、鬼好きな人たちや鬼に興味がある人たちが集まるコミュニティーがあります。

世界鬼学会の概要については、このページの冒頭でご紹介させていただいています。

世界鬼学会では、鬼の伝説に興味がある人や、鬼好きな人を対象として、鬼学会の会員を募集しています。

鬼学会の会員になるための手順は、こちらでご案内しています。

スライドショー:日本の鬼の交流博物館(鬼博おにはく)の展示品 (*30)

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参考:「芸北石見神楽げいほくいわみかぐらの面と衣装展」日本の鬼の交流博物館 秋季特別展

「芸北石見神楽の面と衣装展」日本の鬼の交流博物_チラシ_表
令和元年度 日本の鬼の交流博物 秋季特別展
芸北石見神楽げいほくいわみかぐらの面と衣装展」のチラシ(表側)

「芸北石見神楽の面と衣装展」日本の鬼の交流博物_チラシ_裏
令和元年度 日本の鬼の交流博物 秋季特別展
芸北石見神楽げいほくいわみかぐらの面と衣装展」のチラシ(裏側)

この下のスライドショーでは、令和元年度(2019年)の日本の鬼の交流博物館(鬼博おにはく)の秋季特別展として開催された展覧会、「芸北石見神楽げいほくいわみかぐらの面と衣装展」の写真を紹介しています。

芸北石見神楽げいほくいわみかぐらの面と衣装展」では、芸北石見神楽げいほくいわみかぐら(広島神楽)でつかわれている鬼のお面や、きらびやかな衣装や小道具などなどを、間近に見ることができます。
(資料提供・企画展示: 北広島町神楽協議会(会長 宮上宜則)、北広島町、株式会社ゼロワン(代表取締役 石井誠治))

(参考: 旭神楽団さんのFacebookページ)
旭神楽団 - ホーム
https://www.facebook.com/旭神楽団-382341662200083/

(参考: 北広島町の観光情報)
北広島町観光情報サイト | 北広島町の観光情報サイトです
http://www.kitahiro.jp/

スライドショー:「芸北石見神楽げいほくいわみかぐらの面と衣装展」日本の鬼の交流博物館 秋季特別展 (*30)
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芸北石見神楽げいほくいわみかぐらの面と衣装展」の展覧会の会場 (*1)
(日本の鬼の交流博物館(鬼博おにはく)の館内)

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芸北石見神楽げいほくいわみかぐらの面と衣装展」の展覧会の開催にあたっての、
館長の塩見行雄さんによる「ごあいさつ」の掲示 (*1)
(「芸北石見神楽げいほくいわみかぐらの面と衣装展」の会場, 日本の鬼の交流博物館(鬼博おにはく))

この下の文章は、この上の写真に写っている、「芸北石見神楽げいほくいわみかぐらの面と衣装展」の開催にあたっての、日本の鬼の交流博物館(鬼博おにはく)の館長の塩見行雄さんによる「ごあいさつ」の掲示に書かれている文章です。

ごあいさつ

 令和元年度日本の鬼の交流博物館秋季特別展として、「芸北石見神楽げいほくいわみかぐらの面と衣装」展を開催します。

 芸北石見神楽は、鳥根県西部の石見地方で行われていた石見神楽が近世末頃に広鳥県北西部(安芸地方北部)に伝播し、伝統芸能として発達したもので、現在では広島県を代表する郷土芸能となり、「広島神楽」と呼ばれるまでになっています。伝わった最初の頃は6調子の緩やかなテンポであったのが8調子と速くなり、戦後は「新舞」と呼ばれる創作神楽が創られるようになり、神に奉納する舞から物語性の高い、見せる神楽に発展して来ました。現在ではスーパー神楽と呼ばれるほど、華やかでスピード感あふれる神楽に進化しています。

 広島県北部に伝わった神楽は、江の川沿いにさかのぼり安芸高田市へ伝わったものが阿須那系あすなけい石見神楽、中国山地を越えて北広島町や安芸太田町へ伝わったものが矢上系やがみけい石見神楽と呼ばれています。どちらの系統であれ、この中国山地の村々では、秋になると人々が神社に集まり、夜通し行われる神楽に酔いしれる、一年で一番楽しい一日であったのでしょう。

 この芸北石見神楽(広島神楽)では、役により金糸銀糸の豪華絢爛ごうかけんらんな衣装(舞衣)と神楽面を着用し、御幣・剣・扇などの採物(とりもの)を手に持ち、物語に応じた口上を唱えながら舞うもので、演目は8調子が30演目、創作演目、特に新舞と総称される各種演目が10種以上と言います。中でも鬼が出る「瀧夜叉姫たきやしゃひめ」「戻り橋」「葛城山かつらぎさん土蜘蛛つちぐも)」「紅葉狩もみじがり」「大江山」などが人気演目になっています。

 今回展示するのは、北広島町の神楽団で実際の公演で使用されている「大江山」の神楽衣装(姫着ひめぎ水干すいかん鬼着おにぎ)と酒呑童子しゅてんどうじ及び手下の鬼面や姫面・般若はんにゃ面などです。また、神楽全体を知っていただくために、各種演目を写真で紹介させていただきました。

 神楽の醍醐味は、太鼓・笛等の囃子はやしに華麗な衣装で舞う実際の公演を参観することです。この特別展を機会に現地で広島神楽を鑑賞していただきたいと存じます。

 今回の特別展では、北広島町神楽協議会(宮上宜則会長)様・北広島町及び株式会社ゼロワン様に資料提供から企画展示まで絶大なるご協力をいただきました。ここに心から感謝申し上げ、御礼といたします。

令和元年10月24日

日本の鬼の交流博物館
館長 塩見 行雄

(「芸北石見神楽げいほくいわみかぐらの面と衣装展」の開催にあたっての、館長の塩見行雄さんによる「ごあいさつ」の掲示より)

(参考: 北広島町神楽協議会さんについてのウェブページ)
北広島町神楽協議会(北広島町内51神楽団) - 広島県「みんなで」おもてなし宣言 | 広島県
https://www.pref.hiroshima.lg.jp/omotenashi/750.html

(参考: 北広島町の観光情報)
北広島町観光情報サイト | 北広島町の観光情報サイトです
http://www.kitahiro.jp/

(参考: 北広島町の公式ウェブサイト)
北広島町ホームページ フロントページ
https://www.town.kitahiroshima.lg.jp/

(参考: 株式会社ゼロワンさんのウェブサイト)
株式会社ゼロワン
http://office-zero1.com/

 

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「神楽の歴史」「北広島町」についての解説板

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「北広島町」についての解説板

この下の文章は、この上の写真に写っている、「神楽の歴史」と「北広島町」についての解説板に書かれている文章です。

神楽の歴史

現在、神楽は全国各地でそれぞれの文化的風土に育てられ、郷土芸能として様々な様式で受け継がれている日本の民俗芸能です。
 わが国の古代人たちは、山には山の、川には川の、そして大地には大地の神さまが宿り、この世の森羅万象は神々の営みによって起こり、食べ物は『神さまからの恵み』として授かるものと信じていました。
 弥生時代、稲作が伝わってくると『米づくり』を一年の暮らしの基本にします。
 そして、氏神様を中心に農耕儀礼として春祭りには田植え祭り、秋祭りには豊作を感謝して『神楽』を奉納したのです。
 もともと素朴な神事としての農耕儀礼であった神楽は、時代の流れの中で、郷土を拓いた先祖への感謝、無病息災を祈るもの、さらに天下泰平を願うものなど幅広いものとなりました。
 近代になると、八百万の神さまへの奉納神楽は、観る人を楽しませる娯楽的な神楽へと変化してきました。

〔挿絵〕
氏神神社で開かれていた秋の奉納神楽
「大蛇退治」故・阿川静明画

北広島町

 北広島町は、広島市から車で50分。浜田市からも50分。
 西中国山地の麓に拓けた人口2万人のマチです。
 中国太郎と呼ばれ、広島県と島根県の県境にあり、中国山地をぬって島根県江津市に流れる江の川。水の都・広島市を拓いた太田川。この二つの川の源流域となっています。
 古くから安芸の国の穀倉地帯として知られ、米づくりを中心とした農耕儀礼の行事が育てられ、春の花田植(ユネスコ無形文化遺産)・夏の花笠踊り(虫送り)そして秋の神楽が伝統の郷土芸能として受け継がれています。
 まさに日本を代表する民俗芸能のマチと言われています。
 特に、令和元年の大会が71回を重ねる商工会主催の『芸石神楽競演大会』は、戦後の疲弊した地域社会に活力と夢を与えようと芸州(広島)・石州(島根)両県の神楽団に呼びかけて始まった大会ですが、これが現在にも続いて広島神楽発展の源泉になっています。
 また、北広島町の神楽団は53団体、子ども神楽団(または同好会)は19団体を数え、全国的に類を見ない活動をしています。

(「神楽の歴史」と「北広島町」についての解説板より, 「芸北石見神楽の面と衣装展」, 日本の鬼の交流博物館(鬼博おにはく))

(参考:芸石神楽競演大会げいせきかぐらきょうえんたいかいの情報が掲載されているウェブページ)
第71回 芸石神楽競演大会 | 北広島町観光情報サイト
http://www.kitahiro.jp/traditional/9059/

 

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「広島神楽」についての解説板

この下の文章は、この上の写真に写っている、「広島神楽」についての解説板に書かれている文章です。

広島神楽

 島根県・出雲の佐陀神能さだしんのうの奉納舞いの演目のいくつかが、現在広島県の県北地方で舞い継がれていることから、広島の神楽の源流は、出雲地方にあったことが伺えます。
 古代、日本の文化・産業の中心であった出雲地方で神楽の原型は生まれ、島根県の西の地方・浜田市を中心とする石見いわみ地方へ伝わりました。
 石見では、出雲神楽の様式へ古事記や日本書紀の神話の物語を取り入れて神楽化し、儀式舞いに加えて能舞のうまいと言われる面白い物語性のある演目を創作します。
 これを『石見神楽いわみかぐら』と呼ぶようになります。
 この演目には、米づくりや日本の芸能のはじまりを伝える神話『天の岩戸』や中国山地の古代の鉄づくり『八岐大蛇』、無病息災の『鍾馗』、国家安泰の『八幡』などがあります。

 この石見神楽が、江戸時代の終わり頃から中国山地を越えて、広島県の県北・芸北地方に伝わったのです。
 そして、この地域で神楽は秋の風物詩として『芸北神楽』と言われ、郷土愛あふれる伝統芸能になります。
 しかし、敗戦と同時に占領軍(GHQ)は、神楽は皇国史観(天皇を中心とした国家観)が強いことから全面禁止にしました。
 すると、神楽を『舞楽』と改め、これまで舞い続けた演目を日本の古典芸能『能や歌舞伎』などの演目を神楽化させたものに変え、新しい郷土芸能としての活動が始まります。
 数年で占領軍の監視がなくなると、芸北神楽は復活し、しかもこれまで芸北神楽として受け継がれてきた演目と戦後創作した新しい演目を加えて約70演目とその物語が残りました。
 日本の神話から『土蜘蛛・大江山・紅葉狩・奥州平泉』など平安時代終わりの物語もあります。
 このことが、現在広島神楽の大きな特徴となりました。
 さらに、約30年前、広島県北の農村地帯の秋の風物詩であった神楽を、広島市内の大ホールで郷土芸能を舞台芸術に仕上げた神楽として発表したことから、次第に芸北神楽は広島市に広がっていき、今では『広島神楽』と呼ばれるようになったのです。
 すでに、日本の民俗芸能を代表して、ロシア・サンクトペテルブルグ建都300年記念祭や、世界のファッションショー『パリコレ』などの海外公演を果たせるようになりました。

〔写真〕
神楽を舞台芸術へ発展させたホール神楽

(「広島神楽」についての解説板より, 「芸北石見神楽の面と衣装展」, 日本の鬼の交流博物館(鬼博おにはく))

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参考:広島神楽の約30年間の伝統と進化の歴史がつまった一冊、『広島神楽 日本を舞う ―神楽旅―』のご紹介

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『広島神楽 日本を舞う ―神楽旅―』の本と、
広島神楽についてのパンフレットやチラシなどの写真 (*1)

 

『広島神楽 日本を舞う ―神楽旅―』という本があります。

この本は、世界的な芸術の都として名高いサンクトペテルブルクにおいて、日本文化の代表として公演がおこなわれたこともある、「スーパー神楽」と呼ばれる新しいかたちの広島神楽がうみだされた背景や、広島神楽の歴史、広島神楽の数々の演目のあらすじと解説などなど、広島神楽の約30年間の伝統と進化の歴史がつまった一冊です。

この本の著者である石井誠治さんは、「スーパー神楽」の生みの親のひとりでもあり、プロデューサーや、プランナー、プロモーターとして、また、研究者や解説者として、広島神楽の発展に大きく貢献してこられた方です。

また、石井さんは、「鬼シンポジウム in ふくちやま2019」のイベントでの、北広島町の旭神楽団さんによる広島神楽の公演を実現させた、立役者のひとりでもあります。

そのほかにも、石井さんと、石井さんが経営されている株式会社ゼロワンさんは、日本の鬼の交流博物館にて開催された、「芸北石見神楽げいほくいわみかぐらの面と衣装展」の展覧会のための資料提供や企画展示にも尽力してくださっています。

(石井誠治さんが代表取締役をされている株式会社ゼロワンさんは、広島県山県郡北広島町において、広告業や町づくりなどをされている会社さんです。)

 

こうした活動にもあらわれているように、石井さんが、郷土芸能である神楽への情熱と信念と誇りをもって、広島神楽の発展と普及を牽引してこられた道のりは、まさに、この本のタイトルである、「神楽旅」と呼ぶにふさわしいものだとおもいます。

この本を読んでいると、そこかしこから、そうした石井さんの神楽にたいする熱い想いがつたわってきます。

 

話はすこし変わりますが、毎年、「鬼シンポジウム in ふくちやま」のイベントの終了後には、「鬼交流会」という懇親会が開かれるのが恒例になっています。

この「鬼交流会」という懇親会には、世界鬼学会の会長や副会長の先生方や、「鬼シンポジウム」での講演に登壇してくださった先生方や、世界鬼学会の会員の方々や、「鬼シンポジウム」のイベントの関係者の方々などが参加されます。

そして、2019年の「鬼シンポジウム in ふくちやま2019」の「鬼交流会」には、北広島町の旭神楽団さんによる広島神楽の公演の実現のために尽力してくださった、広島の方々も参加してくださっていました。

その「鬼交流会」の懇親会には、鬼学会の会員のひとりとして、ぼくも参加させていただいていました。そして、その「鬼交流会」の席で、たまたま、石井誠治さんとおなじテーブルになり、石井さんから広島神楽についてのお話を聞かせていただくことができました。そのときに、石井さんご本人から、この『広島神楽 日本を舞う ―神楽旅―』の本をいただきました。

この本には、石井さんとその仲間たちが、「スーパー神楽」と呼ばれるあたらしい神楽をつくりあげていった過程や、広島神楽の歴史、石井さんが広島神楽の演目にゆかりがある日本全国の土地を自分の足でめぐり、自分の目で見て取材された情報などなど、石井さんの神楽にたいする熱い想いがつまっています。

この本は、この下のURLのページから入手することができます。

広島神楽 日本を舞う-神楽旅-石井誠治 著
https://www.npo-kagura.jp/book/20180701-book.html

このURLのページには、この本にたいして寄せられた、寺本泰輔さん(元中国新聞論説委員・比治山大学名誉教授・NPO法人広島神楽芸術研究所副理事長)による序文の文章と、新谷尚紀さん(國學院大学教授・国立歴史民俗博物館名誉教授・総合研究大学院大学名誉教授)による序文の文章が掲載されています。このお二人の序文の文章を読むだけでも、石井さんがどれだけ熱い想いをもって広島神楽の伝統と進化に尽力されてきたのか、ということが、ひしひしとつたわってきます。

 

ぼくは、「鬼シンポジウム in ふくちやま2019」のイベントにおいて上演された、北広島町の旭神楽団さんによる広島神楽の公演で、はじめて広島神楽を見ました。そして、その華やかさや、舞の動きのおもしろさ、太鼓囃子の躍動感などなど、その魅力に圧倒されました。

あなたも、もし興味があれば、この本をとおして、広島神楽の魅力にふれてみていただければとおもいます。

 

 

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印象的な言葉を、『広島神楽 日本を舞う ―神楽旅―』の本からひろい集めてみました

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『広島神楽 日本を舞う ―神楽旅―』

 

この『広島神楽 日本を舞う ―神楽旅―』の本には、広島神楽の発展のために奔走する著者の石井誠治さんや、その仲間の方々の活動も描かれています。そのなかには、胸が熱くなるエピソードや言葉がたくさんありますので、それらのなかから、印象的な言葉をひろい集めて、紹介させていただきたいとおもいます。

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「「古き」をそのまま受け継ぐ「伝承的伝承」とは違った地平を歩み、時代の要請に応えようとする「信念」」: 寺本泰輔さんによる序文

この本の最初のところに、二人の方から寄せられた序文があるのですが、その2つの序文からして、すでに、広島神楽にたいする熱い想いがつたわってくる文章になっています。

この下の引用文は、この本の冒頭にある、寺本泰輔さん(元中国新聞論説委員・比治山大学名誉教授・NPO法人広島神楽芸術研究所副理事長)による序文からの引用です。

そうした石井氏の多様な活動を支えているのは「神楽は創造的伝承である」という信念であろう。神楽もそうだが、いわゆる、民間伝承が陥りやすい「古き」をそのまま受け継ぐ「伝承的伝承」とは違った地平を歩み、時代の要請に応えようとする「信念」であろう。
 そうした方針が、衝撃的ともいえる「スーパー神楽」を誕生させ、「ホール神楽」を定着させたのである。それらによってどれほど神楽が一般化したことか。時代に相応した神楽として、大衆に受け入れられたのである。
〔中略〕
今では国内各地からの公演要請のほか、海外での舞台も珍しいことではなくなってきたほどである。

(寺本泰輔「序文にかえて」, 『広島神楽 日本を舞う ―神楽旅―』) (*31)

それにも増して私は、石井氏が神楽のゆかりの地を探訪した次の第三部に最も強い関心を持った。そこには、広島神楽の主な演目ゆかりの舞台となった土地を実際に訪れて、カメラに収め、レポートしているからである。神楽のストーリーは伝説であったり、作者がいて作られたものであっても、そこに登場する山や川、地名は実在のケースが少なくない。石井氏は時間をかけて、そこを探し出して、自分の足で丁寧に確認しているのである。そのことが神楽と大衆との間を、「今日の視点」でより近づけているのである。
〔中略〕
「滝夜叉姫」も「羅生門」「オロチ」など、実に丹念に踏査している。
 そうした石井氏の努力が、この「神楽旅」を重要な一書にしている。

(寺本泰輔「序文にかえて」, 『広島神楽 日本を舞う ―神楽旅―』) (*31)

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「「芸北神楽」から「広島神楽」が生まれた、その約三十年の歴史を臨場感豊かに書き記した貴重な歴史書」: 新谷尚紀さんによる序文

また、この下の引用文は、この本の冒頭にある、新谷尚紀さん(國學院大学教授・国立歴史民俗博物館名誉教授・総合研究大学院大学名誉教授)による、もうひとつの序文からの引用です。

 二十年以上も前から待ちこがれていた本がいまやっと出ました。石井誠治さんのこの本です。私がうれしいというだけでなく、神楽の歴史の上で実はたいへん意味のある本なのです。

(新谷尚紀「石井誠治氏と広島神楽 ―伝承と創造と―」, 『広島神楽 日本を舞う ―神楽旅―』) (*32)

撮影やインタビューのとき、石井さんという存在にたいへんな衝撃を受けました。芸石神楽競演大会での失望と絶望の淵に沈んでいた中川戸神楽団に対して、突拍子もない提案をした人でした。突拍子もない内容の神楽を創った中川戸神楽団の羽原博明さんや神楽面師の管沢良典さんたちに対して、広島市中区の一流文化施設アステールプラザでの神楽の有料舞台公演という突拍子もない企画を提案する石井さんがそこにいたのです。歴史を変えるのはこういう人なんだ、と思いました。

(新谷尚紀「石井誠治氏と広島神楽 ―伝承と創造と―」, 『広島神楽 日本を舞う ―神楽旅―』) (*32)

そして第三期が、平成初期から起こった中川戸神楽団を先駆けとする「スーパー神楽」の誕生です。その新たな神楽が、今日まで約三十年間、さらなる成長と変動を経てきているのです。それを牽引してきているのが石井誠治さんなのです。「厳島」など新たな「創作神楽」への挑戦、そして広島市内での「ホール神楽」の普及へ、という動きを生み出しているその牽引者でもあります。広島市域をも巻き込む一つの神楽文化運動ともいえるような展開をみせており、もう「芸北神楽」という名前を超えて、「広島神楽」へと生まれ変わってきているのです。いや、二〇〇三年のロシアのサンクトペテルブルグでの公演にみるように、この広島県北の芸北地方の農村部はもちろん、広島市域という都市部や、ひいては日本国内をも超えて、世界へと羽ばたく「広島神楽」へとなってきているのです。

(新谷尚紀「石井誠治氏と広島神楽 ―伝承と創造と―」, 『広島神楽 日本を舞う ―神楽旅―』) (*32)

石井さんの卓見は、「総合芸術としての神楽」、「伝承の中の創造・創造の中の伝承」という言葉に凝縮されています。約三十年間の神楽の歴史とともに歩んだ石井さんに、当事者としてどうしても書き残しておいてもらわなければいけなかった本なのです。

(新谷尚紀「石井誠治氏と広島神楽 ―伝承と創造と―」, 『広島神楽 日本を舞う ―神楽旅―』) (*32)

 第三部は、石井さんのまさに石井さんらしい構成となっています。「広島神楽」の演目の舞台となっているそれぞれの土地へ実際に行ってみて、取材しようというのです。石井さんの神楽舞台での演出の特徴の一つが、上演の前に独自の解説ナレーションを入れるという点ですが、そこには研究と勉強を絶やさずに神楽の伝承世界を究めようという姿勢があります。
〔中略〕
それぞれの神楽の演目にゆかりの深い伝説の現地を、東北から九州まで次々と訪れています。

(新谷尚紀「石井誠治氏と広島神楽 ―伝承と創造と―」, 『広島神楽 日本を舞う ―神楽旅―』) (*32)

 最後にもう一度、ここに書かせていただきます。この本は「芸北神楽」から「広島神楽」が生まれた、その約三十年の歴史を臨場感豊かに書き記した貴重な歴史書でもあり、伝承から創造へというこれからの神楽の未来へ向けてのさらなる出発の書でもあります。ゲラの段階で読ませてもらい、あまりにおもしろいので一気に読んでしまいました。そして、爽快な読後感が残っています。

(新谷尚紀「石井誠治氏と広島神楽 ―伝承と創造と―」, 『広島神楽 日本を舞う ―神楽旅―』) (*32)

この上の2つの序文をお書きになったお二人もまた、この本の著者である石井誠治さんの広島神楽への情熱と、その活動を称賛されています。

このように、石井さんは、「スーパー神楽」の生みの親のひとりでもあり、プロデューサーや、プランナー、プロモーターとして、また、研究者や解説者として、広島神楽の発展に大きく貢献してこられた方です。

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「町づくり・人づくりのプロデューサー」「文化でメシが食える人を地域が育てる」「千代田へ行けば何か夢がもっと膨らみそう」

ここからは、この本のなかの石井さんのお言葉や、その仲間の方々のお言葉のなかから、印象的な言葉をいくつか紹介したいとおもいます。

 当時、千代田町は『田園と文化の町づくり』を掲げて町づくりを進めており、私はこの町のテーマを具体的にし、発展させることが職務であると考えました。公民館主事をはじめ、行政の職員はすべて「町づくり・人づくりのプロデューサーとなって『行政のプロ』と言われる」と自覚したのもこの頃です。

(石井誠治「神楽との出会い」, 『広島神楽 日本を舞う ―神楽旅―』, 4ページ1段目より) (*33)

 中央公民館での文化事業を繰り返す中、当時の町長は「文化じゃメシが食えん。文化活動は適当にしとけー」という政策でした。しかし逆に「文化でメシが食える人を地域が育てる」というのは出来ないものだろうかと思うようになりました。

(石井誠治「神楽面づくり」, 『広島神楽 日本を舞う ―神楽旅―』, 5ページより) (*34)

出会ってから約一年が過ぎる頃ついに、管沢さんは『千代田にいこう』そう大きな決断をしてくれました。
 はじめて会った時「わしは神楽面師になることが子どもの頃からの夢だった。三十歳近くなってその夢が実現した。どんなに貧乏してもこのふるさとで一生神楽面を作り続ける。結婚はもちろん考えていない」と言い切ったのでしたが、「千代田へ行けば何か夢がもっと膨らみそうなので行くことに決めた」と言ってくれたのでした。

(石井誠治「神楽面師との出会い 」, 『広島神楽 日本を舞う ―神楽旅―』, 8~9ページより) (*35)

ちなみに、この上の引用文のなかで、悲壮とも言える決意を胸に、神楽面を作り続ける人生を選ばれた管沢さんは、神楽面師として生きていく夢を叶えられただけでなく、その後、ご結婚もされて、3人の子どもさんにも恵まれていらっしゃいます。

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「スーパー神楽誕生」: 「無から有を生む」

この下の引用文は、新しい神楽を生み出そうと、果敢に挑戦したがゆえに、神楽の大会の場において、審査員にまったく評価されず、暗い雰囲気につつまれていた中川戸なかかわど神楽団の方々を励まし、奮い立たせるために、石井さんが語られた言葉です。

 その時、思わず私は「あんたらー四人の審査員の為に神楽をしたんかー。お客さんはあんなに感動して、大きな拍手をくれたではないか」
 「郷土芸能として伝統を大事にする神楽大会で、これまで観たこともない演出や舞台効果を取り入れた神楽をやって、これを優勝させたら審査員は笑われると恐れたのではないか」
 「中川戸神楽団は、伝統芸能『神楽』を変革させて舞台芸術『神楽』を仕上げた」
 「中川戸神楽団には審査員はいらない。感動してくれる観客がいればいい。そんな神楽団へ生まれ変わるときが来た」
 こんなことを一気に話しました。

(石井誠治「スーパー神楽誕生」, 『広島神楽 日本を舞う ―神楽旅―』, 15ページ1段目より) (*36)

 『無から有をつくる』言葉は簡単でも、何の保証もない中、これまで誰もやったことのない事業に取り組む事は、今思うと冒険というより蛮行に近いものだったのです。『やる勇気だけが頼り』だったように思います。そして、これをしなければいつまでたっても『神楽は田舎もんの娯楽』でしかないという危機感が後押ししました。

(石井誠治「ホール神楽への道」, 『広島神楽 日本を舞う ―神楽旅―』, 17ページ2段目より) (*37)

ちなみに、石井さんが代表取締役をされている株式会社ゼロワンさんの「ゼロワン」という名称には、この上の引用文のなかにもある、「無から有を生む」という石井さんの願いがこめられているようです。(参考: 株式会社ゼロワンさんのウェブサイトの「会社概要」の文章)

 神楽を『スーパー神楽』と題して自主公演したのは、農村がいつの時代にも都会に追随する受け身的な生き方をするのではないという自覚と、当時の暗いイメージ等々すべてを含めて、打ち破る事業に仕立て上げたかったのです。『神楽しかないマチ』を『神楽があるマチ』にしたかったのです。
 この郷土に生きる若者すべてが、神楽によって大自然の懐に暮らす、すばらしさと誇りを持ってほしかったのです。

(石井誠治「こぼれ話1 スーパー神楽公演への願い」, 『広島神楽 日本を舞う ―神楽旅―』, 24ページより) (*38)

上のほうで引用した、新谷尚紀さんのお言葉のなかに、逆境のなかで、まったくあたらしいかたちの神楽をつくりあげていく石井さんのすがたを評して、「歴史を変えるのはこういう人なんだ、と思いました」とおっしゃっている言葉がありました。

その言葉は、きっと、この上の一連の引用文のなかにあらわれているような、郷土と神楽にたいする、石井さんの情熱や、信念、誇り、本気などが、つたわったからこそ、出てきた言葉ではないかとおもいます。

そうした熱い想いをもっている石井さんだからこそ、スーパー神楽という、まったくあたらしいかたちの神楽をうみだして、「歴史を変える」ことができたのではないかとおもいます。

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「出来上がって、清盛が舞台でその刀を持って舞う姿に涙が出ました。刀一本に私の人生をかけた思いがしました」: 演目「厳島」の創作

芳年武者无類 平相国清盛_cropped_001
参考: 平清盛たいらのきよもり(「日招き伝説」の場面の絵図)
(芳年 (絵画) 「芳年武者无類 平相国清盛」, 『武者无類外ニ三枚続キ画帖』) (*39)

厳島神社
参考: 厳島神社 (*40)

そして、2010年には、「広島県の風土・歴史を象徴するような神楽をつくる」というテーマのもとに、『厳島』と題された創作神楽があたらしく生みだされました。この『厳島』は、世界遺産でもあり、広島の宝である厳島を現代に遺してくれた、広島が誇る英雄・平清盛たいらのきよもりを主人公とした物語です。

その創作神楽『厳島』を実現するにあたっては、神楽団の方々や、脚本家さん、神楽面師さん、神楽衣装師さん、神楽採物師かぐらとりものしさん、神楽かつら師さんなど、各分野の専門家の方々が、これまで経験したことのない難問にぶつかりながらも、それらを乗り越えて、あたらしい神楽を一歩ずつ作り上げていかれました。

この下の引用文は、そうした専門家の方々のなかのひとりである、神楽採物師かぐらとりものしさんが、当時の様子をふりかえって語られたお言葉です。

児玉 敏之 氏(神楽採物 神楽工房こだま)の話
 神楽の採物を作りはじめて八年。平清盛の刀を造ることになった時、八年目でこんな大きなチャンスがやって来るとは思いませんでした。さっそく、厳島神社国宝展の冊子の中に収録された刀の写真を参考に試行錯誤の日々がはじまりました。
 複雑な金具の形を成形して取り付けるのにボンド一つ強弱色々なものを探して実験しながら使い、これまでの経験ではない手間のかかる仕事になりました。中でも、刀の表面全体に一枚の金箔を張るのは息をとめての作業で、この年になって初めての作業でした。
 出来上がって、清盛が舞台でその刀を持って舞う姿に涙が出ました。刀一本に私の人生をかけた思いがしました。

(石井誠治「創作神楽『厳島』を担った人たち」, 『広島神楽 日本を舞う ―神楽旅―』, 51ページ1段目より) (*41)

この神楽採物師かぐらとりものしの児玉さんのお話からは、神楽が、人生をかけるだけの価値とやりがいがある、すばらしいものだということがつたわってきます。

この本には、この児玉さん以外にも、この創作神楽『厳島』にかかわられた専門家の方々の声が載っているのですが、その専門家の方々のだれしもが、神楽にかける熱い想いを、異口同音に語られています。

 

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参考: 平清盛たいらのきよもり(「日招き伝説」の場面の絵図)
(一勇齋國芳(歌川国芳) (絵画) 「清盛日を呼び戻す図」, 『江戸風俗東錦絵』) (*42)

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社会教育としての神楽解説: 「月一の舞い」

この下の引用文は、「神楽解説をとおして、神楽文化をつたえひろめることには、社会教育としての役割もある」という、石井さんのお考えが述べられているところです。

 「月一の舞い」では、神楽が演じられる前、司会者がこれから始まる物語の時代的な背景や日本の歴史の中でどんな意味・意義があったかなどを解説します。月一の舞いを始めた頃、「はーええよ。わしら神楽見ぃ来たんじゃけー」とヤジが飛んだこともありましたが、数年でそのような空気もなくなり、今では解説の後は、拍手をいただくようになりました。
 解説の一言を書くのに、物語発祥の地まで取材に行って確認してきたことが何度もありました。この苦労は無駄ではなかったことをうれしく思う瞬間です。今では「良い解説だった。あの原稿をコピーしてもらえんだろうか」と言われるようになりました。
 神楽を楽しみながら日本の歴史や日本人の心の成り立ちなどを学習する場があれば良いと思い、ようやく神楽解説も神楽文化の一役を担うようになったと思うこの頃です。神楽文化は『社会教育』そのものだと感じたのは、今から約二十年前、広島市のアステールプラザでスーパー神楽を公演したときのことです。
 この演出は、公演が始まる前『板付き』という方法で楽人は舞台で楽座につきスタンバイします。そしてナレーションが流れはじめます。三分程度のナレーションが終わると、終わるのをキッカケに笛または大太鼓の楽が入るという流れを作りました。その時のナレーションがこれから演じられる物語の背景を語ったのです。
 それから数年後、八岐大蛇の演目をする時、同じようにナレーションをしました。
 「頭が八つ、尾が八つ・・・ 」
 これは、中国山地の山々が七重八重に連なる姿で、眼がほおずきの形して燃えるのは、古代から伝わる鉄づくり=たたらの炎で・・・というナレーターの語りを、楽人だけが座る薄暗いステージを景色としてお客さんに聞いてもらったのです。
 この公演が終わった後のアンケートに、「あの有名な大蛇は、今日まで怪物のへビと思っていたのに、大蛇は日本の古代の中国山地の営みを伝えるものだったとは驚いた」。こんな感想がいくつもありました。また、これを演じた神楽団員からも「大蛇は水の神さまだったということはホンマですか」と聞かれたのには、私が驚きました。
 この時、伝統芸能・郷土芸能は本当にすばらしい郷土の宝・誇りであることを確認すると共に、いくつもの伝承されている演目の背景などを科学して、神楽人・観客・主催する者の三者が楽しみ、大事にしていくことを誰かがしないといけないと思ったのです。
 平成十八(二〇○六)年八月、「保存的伝承」から「創造的伝承」へと願い、神楽文化の再生産は、「二十一世紀の日本人の心づくり」となることを目標にして、石見神楽の源・島根県を加え、広島・島根交流神楽『月一の舞い』は始まったのです。

(石井誠治「月一の舞い」, 『広島神楽 日本を舞う ―神楽旅―』, 54~56ページより) (*43)

ぼくも、日本の中世の説話について研究して、それにまつわる歴史や文化などを、エンターテインメントの要素がある動画などをとおして解説して、楽しみながら学べるようにする、というということをやっています。

ですので、「伝承されている演目の背景などを科学」して、そのおもしろさをつたえていく、という石井さんの活動に共感するとともに、神楽解説のナレーションを聞いた観客の方々の反応についての話にも、とても興味ぶかいものがありました。

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「誠の鬼神と申するは、都において我が世の春をうたいたるけがれし人の心なり」: 演目「青葉の笛」

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参考: 在原業平ありわらのなりひらの像 (*44)

この下の引用文は、神楽の演目「青葉の笛」の物語についての、石井さんの解説の文章です。

この解説のなかにある、「官那羅一族を討ち取りたるも、誠の鬼神にては非ず。誠の鬼神と申するは『都において我が世の春をうたいたるけがれし人の心なり』」という諏訪明神のセリフは、能楽の謡曲「大江山」などでも有名な、「情けなしとよ客僧達。偽りあらじといひつるに。鬼神に横道なきものを」という酒呑童子(酒天童子)のセリフと、どこか通底するものをかんじます。どちらのセリフも、「鬼に仕立て上げられた者たち」の悲哀と、「鬼に仕立て上げた者たち」への非難をあらわしているのかもしれません。

 日暮れと共に野に遊び、夜明けに追われる運命さだめの鬼たち。戸隠の鬼の宝物『青葉の笛』は、業平によって奪われたのです。
 地方に伝わる心豊かな暮らしが、限りない欲望の渦巻く心乾いた都の力に踏みにじられ、しかも鬼に仕立て上げられていくのです。
 『青葉の笛』のラストシーンで諏訪明神が在原業平に向かって言う台詞。
 「いかに業平や、官那羅一族を討ち取りたるも、誠の鬼神にては非ず。誠の鬼神と申するは『都において我が世の春をうたいたるけがれし人の心なり』。されば、我は元の都に立ち戻り、官那羅一族の御霊をば、天つ国へと導きたてまつるほどに、汝は都へと立ち帰り、後の世まで語り継ぐべし」と。

(石井誠治「解説」, 「青葉の笛」, 『広島神楽 日本を舞う ―神楽旅―』, 124~125ページより) (*45)

日本の中世の説話の物語のなかには、支配者の側である権力者たちが、自分たちの利益や宣伝のために、自分たちに都合のいい話をでっちあげてつくった物語がすくなくありません。そうした物語の話の筋は、たいてい、単純な勧善懲悪や、単純な化け物退治でおわっています。

ですが、時代が下り、そうした物語が、ふたたび民衆の手にもどっていくにつれて、だんだんと、「単純な勧善懲悪や、単純な化け物退治」でおわるだけではなく、「退治される側の者たち」が、「退治する側の者たち」の欺瞞にたいする非難の声をあげる、という要素が物語のなかにはいってくるようになります。

これは、もしかすると、「鬼に仕立て上げられた者たち」とおなじように、権力者によって搾取され苦しめられていた民衆が、「鬼」にたいする同情や親近感をかんじていたからなのかもしれません。

そうかんがえると、神楽の演目「青葉の笛」の「誠の鬼神と申するは、都において我が世の春をうたいたるけがれし人の心なり」というセリフや、能楽の謡曲「大江山」の「鬼神に横道なきものを」というセリフは、権力者によって搾取され苦しめられていた、民衆の怨嗟の声を代弁するものでもあったのかもしれません。

 

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参考: 諏訪大社上社 (*46)

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参考: 戸隠山と鏡池 (*47)

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「【芸能】とはホンマ(事実)がハンブ(半分)、ウソ(嘘)がハンブ」: 演目「滝夜叉姫たきやしゃひめ

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参考: 歌川豊国 (絵画) 「滝夜叉姫たきやしゃひめ」, 『奇術競』 (*48)

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参考: 一勇斎国芳(歌川国芳) (絵画) 「滝夜叉姫たきやしゃひめと骸骨の図」 (*49) (*50)
(別タイトル: 「相馬の古内裏に将門の姫君瀧夜叉妖術を以て味方を集むる大宅太郎光国おおやのたろうみつくに妖怪を試さんとここに来りついに是を亡ぼす」) (*51) (*52)

 

この下の引用文は、神楽の人気演目のひとつである「滝夜叉姫たきやしゃひめ」のゆかりの地を取材するために、滝夜叉姫の墓がある、福島県いわき市の恵日寺えにちじをおとずれた石井さんが、恵日寺の世話人代表であった高木利弘さんにお話を聞かれたときの出来事です。

 すると、これを静かに聞いておられた高木さんは「たしかに私も瀧姫が鬼となって討たれたと言う話はいつか聞いたことがあります。はぁー、そうですか。広島で滝夜又姫の話はそんなに有名ですか」と言われ、また一息ついて「今、このいわき市で滝夜叉姫の話をしても、ほとんどの人が知りません。瀧姫に縁のないところであっても、瀧姫の名が残されていることは、私にとってはありがたいことだと思います」と言われました。
 また、「平将門は全国的には悪人のように伝えられているようですが、関東からこの福島県辺りまでは世直しの英雄として語られ、東京の神田明神など神さまとして祀られています」と教えていただきました。
 神楽の物語で、美しい姫・瀧姫は次第に恐ろしい大鬼・滝夜叉姫となって、激闘の末討ち取られる姿に神楽ファンが一生懸命拍手している姿を頭に描きながら「はー、そう思っていただけるのなら・・・はあー、すみません」と一人つぶやくしかありませんでした。
 堂内での説明の後、お寺の裏庭にある井戸の所まで行くと「この井戸を瀧姫は使っていたと伝えられています。この井戸には今も清水がわき出ています」と、井戸の蓋を取って見せていただきました。そして、続いて寺の裏山の松林の中にある土饅頭の墓へ一緒に連れて行って下さり、この墓の入り口にある大きな自然石に『瀧夜又姫の墓』と彫った石碑へ案内されました。
 これで、滝夜叉姫由縁の地の取材は終わりです。鬼の話はどこにも出ませんでした。
 『滝夜叉姫の解説はどうすればいいのだろうか』という不安を抱いただけの取材となってしまい、それでも何かつかもうとその夜はいわき市のビジネスホテルを宿にしました。
 日も暮れて、タ食はこうした旅では生まれて初めて、寿司屋のカウンターで寿司を頼み、ビールをコップに注ぎながら、そのお店の方に「すみません、滝夜叉姫というのをご存知ですか?」と酔った調子に一言尋ねてみました。すると「はー、この客何を言ってるのか」という顔をされ、二・三人の店の中の人に聞いてくれていましたが「私たちには分かりません」という回答でした。
 滝夜又姫の墓を守っている高木さんの言われたとおり、この地元の人も知らない夜叉伝説の物語であることに気づかされると共に、我が国の歴史の中にはない物語が、神楽で演じられていることがわかりました。
 「滝夜叉姫」いったん白紙に戻していろいろ資料を調べていくと、江戸時代中期にいろいろな分野の短編小説を集めた読み物の黄表紙きびょうしというものが編集されるようになり、その中に政治的風刺ふうしを扱う滝夜又姫という創作小説が発表され、これを歌舞伎が取り上げ演劇として完成されたことがわかりました。
 実際、平安時代、平将門は日本の歴史上の人物として実在しました。そして将門は、天皇を中心として王朝貴族が優雅な暮らしをする一方で、地方の人々の生活はいつまでたっても貧しい世を直すために、北関東において将門自身は東の国の天皇となって、万民和平の豊かな暮らしの出来る新しい国づくりをすると宣言したのです。まさに、この時代の反国家的な革命の戦いを起こしたのです。もちろん朝廷は、国家の威信にかけて将門を壊滅させました。滝夜叉姫の物語は、この歴史的事件をベースに創作されていったのです
 江戸時代も中期を過ぎると、飢僅ききんなどが重なり、農村の暮らしは苦しかったに違いありません。と、その頃、平将門の娘・瀧姫が一人生き延びていたことが思い起こされ、黄表紙という文芸の世界で滝夜又姫という物語を生みだし、江戸幕府へ何らかの政府批判を試みたものと考えられます。
 本当は、生涯かけて平将門一門の供養をした瀧姫。この瀧姫は、広島の神楽の舞台では、父の怨念を抱く鬼女になり、世を乱す鬼になって討たれていきます。私たち神楽ファンは、昔わが国にこういう歴史的場面があったような錯覚を持って、鬼退治する舞人を讃え、拍手してきたのです。
 そして、この滝夜叉姫の取材をキッカケに、平安時代の世を乱した平将門という歴史上の人物は、どんな人物だったのかなどを改めて学習し、その結果、この滝夜叉姫の解説に『歴史は残酷です。敗れる者を鬼として・・・』のフレーズを入れることにしたのです。
 しかし【芸能】とはホンマ(事実)がハンブ(半分)、ウソ(嘘)がハンブで面白く仕上がっているものです。この滝夜叉姫の由縁の地を歩くことによって、事実と作り話を確かめながら解説しないといけない、という使命感さえ抱きました。

(石井誠治「こぼれ話 その8 滝夜叉姫編」, 『広島神楽 日本を舞う ―神楽旅―』, 164~166ページより) (*53)

石井さんとおなじように、ぼくも、酒呑童子の説話についての解説をするにあたって、できるだけ、酒呑童子の説話にまつわるゆかりの地へ実際に行ってみるようにしています。

その方針のもとに、これまで、丹後・丹波境の大江山(千丈ヶ嶽)をはじめ、滋賀県の比叡山延暦寺・日吉大社、大阪の住吉大社・渡辺津、京都の石清水八幡宮、和歌山県の熊野那智大社・熊野本宮大社・熊野速玉大社、京都の首塚大明神・一条戻り橋・晴明神社、などなどをめぐり歩いてきました。

そうするうちに、やはり、石井さんがおっしゃっているとおり、実際に、現地へ行って、自分の足で歩き、自分の目で見て取材することのたいせつさを、つよくかんじるようになりました。実際に、現地へ行ってみたことで、事前に予想していなかったような発見があった、ということは、これまでたくさんありました。そうした、自分自身の実体験もあるので、現地での取材を重視されている石井さんの探求の姿勢には、共感するものがあります。

また、古文書や書籍のなかに説話の物語が残っていても、その舞台となった場所の地元のかたはその物語をご存じなかった、ということもたまにあります。

ですので、滝夜叉姫たきやしゃひめ(瀧姫)の墓があるゆかりの地である、福島県いわき市の人たちの記憶から、瀧姫や滝夜叉姫たきやしゃひめのことが忘れされている、ということのさみしさも、なんとなくわかるような気がします。

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「保存的伝承から創造的伝承へ」: 演目「オロチ」の創作と、神楽の進化

この下の引用文は、この本のおわりのところに記されている、石井さんのお言葉です。

 『何か見つけて千代田らしい文化を育てないとこのマチはつぶれる』と思いながら様々な活動を重ねましたが、やはり根底には神楽があったのです。
 演劇を観ることによって、神楽を舞台芸術に高めたらと思う。日々自己否定しながら成長する画家や工芸家の作品展を運営することによって、郷土の伝統芸能も時代と社会環境変化に合わせて進化しないといけない。昔を真似る(先祖がえりすること)だけでは魅力のないものになってしまうと『保存的伝承から創造的伝承』を気づかせてもらったのです。

(石井誠治「おわりに」, 『広島神楽 日本を舞う ―神楽旅―』, 177~178ページより) (*54)

ちなみに、この上の引用文のなかの、「保存的伝承から創造的伝承へ」という石井さんの考え方は、この本の41ページに記されている、石井さんが「オロチ」と題されたあたらしい演目を創作されたときのエピソードにも、あらわれているような気がします。

その「オロチ」という演目は、広島県が主催する芸術祭において、「新たな広島文化を発信する」ことを目的として、あたらしく創作された演目でした。この演目「オロチ」は、神楽とオーケストラのコラボレーションという、初のこころみでもありました。

そのプロジェクトにおいて、石井さんは、この演目の企画・構成・演出を担当されました。この「オロチ」の物語をつくるにあたって、石井さんは、従来のような、単純な「怪物退治」でおわらせるのではなく、そこに独自の新説をくわえて、より大きな視点からの、「水の流れ、大自然の理」を表現し、そうして循環する「生命の営み」を讃える「儀礼の舞」として、この演目を位置づけられました。

こうしたところにも、伝統を重んじるだけではなく、そこにあたらしい風をふきこむことで、神楽を進化させていく、という石井さんの姿勢があらわれているようです。

このように、「オロチ」の物語を創作されたときのエピソードにも、「保存的伝承から創造的伝承へ」という石井さんの考え方があらわれているようにかんじます。

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ここまでご紹介してきたのは、この本のなかのほんの一部です

この本には、このほかにも、神楽を発展・普及させていこうと奔走する石井さんが直面された、数々のにがい経験なども記されていて、胸が熱くなります。

また、ここまでご紹介してきたのは、この本のなかの、第一部で語られているお話の一部です。

ですが、このほかにも、広島神楽の歴史がつづられている第二部や、石井さんが、神楽の演目にゆかりがある日本全国の土地を自分の足でめぐり、自分の目で見て取材された情報をもとにして書かれた、広島神楽の数々の演目のあらすじと解説などが、この本には記されています。

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『広島神楽 日本を舞う ―神楽旅―』

この本、『広島神楽 日本を舞う ―神楽旅―』は、この下のURLのページから入手することができます。

広島神楽 日本を舞う-神楽旅-石井誠治 著
https://www.npo-kagura.jp/book/20180701-book.html

 

ぼくは、「鬼シンポジウム in ふくちやま2019」のイベントにおいて上演された、北広島町の旭神楽団さんによる広島神楽の公演で、はじめて広島神楽を見ました。そして、その華やかさや、舞の動きのおもしろさ、太鼓囃子の躍動感などなど、その魅力に圧倒されました。

あなたも、もし興味があれば、この本をとおして、広島神楽の魅力にふれてみていただければとおもいます。


PV映像(非公式): 「鬼シンポジウム in ふくちやま2019」のイベントの紹介用の動画

 

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鬼学会の会員になるには、どうしたらいいの?

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「鬼シンポジウム in ふくちやま2019」のイベント会場である、大江町総合会館イベントホールの緞帳どんちょうに描かれた酒呑童子と源頼光の図 (*1)
(京都府福知山市大江町河守)

ここまでご紹介してきた「鬼シンポジウム in ふくちやま2019」のイベントを主催しているのは、世界鬼学会です。

世界鬼学会の概要については、このページの冒頭でご紹介させていただいています。

世界鬼学会の会員になると、毎年開催される「鬼シンポジウム」のあとの交流会で、学者・研究者の先生方や、おなじ鬼好きの方々と交流することができて、鬼好きな人や鬼に興味がある人同士のつながりがひろがります。

また、年に一回発行される世界鬼学会の会報誌も手に入ります。鬼学会の会報誌には、学者・研究者の先生方や、鬼好きな方々による、鬼にまつわる研究の成果が掲載されています。この会報誌には、あなたの鬼研究の成果を寄稿することもできます。

鬼学会は、年会費もお手ごろです。

鬼学会の会員になるには、下記のURLの「世界鬼学会の概要のページ」のなかにある「事務局」の項目のところの連絡先へご連絡ください。

日本の鬼の交流博物館(鬼博おにはく
世界鬼学会の概要のページ
https://www.city.fukuchiyama.lg.jp/onihaku/gakkai/index.html

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「これ好奇のかけらなり、となむ語り伝へたるとや。」

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脚注
  1. この写真は、2019年11月に筆者が撮影した写真です。 [↩ Back][↩ Back][↩ Back][↩ Back][↩ Back][↩ Back][↩ Back]
  2. 画像の出典:"Engyo-ji, Mani-den -1 (October 2016)" by Tetsuhiro Terada on Flickr (License: CC BY 2.0). [↩ Back]
  3. 画像の出典:"DSC_2148" by Ting Him Mak on Flickr (License: CC BY 2.0). [↩ Back]
  4. 画像の出典:"DSC_2147" by Ting Him Mak on Flickr (License: CC BY 2.0). [↩ Back]
  5. 画像の出典:"mayraarmy" by Shari188 on Flickr (License: CC BY 2.0). [↩ Back]
  6. 出典:辛嶋静志 (2017年) 「六 敦煌写本の「変」と「変文」の意味」, 「「変」、「変相」、「変文」の意味」, 『印度學佛教學研究』, 65巻 2号, 738ページ2段目. [↩ Back]
  7. 引用文のなかの太文字や赤文字などの文字装飾は、引用者によるものです。 [↩ Back][↩ Back]
  8. 出典:辛嶋静志 (2017年) 「一―三 「壁画」を意味する「変」」, 「一 漢訳で「像」を意味する「変」」, 「「変」、「変相」、「変文」の意味」, 『印度學佛教學研究』, 65巻 2号, 734ページ1段目. [↩ Back]
  9. 画像の出典:葛飾北斎 (絵画) 「世尊大神通懲魔軍図」, 『釈迦御一代図会 4』(『釈迦御一代記図絵 4』), 国立国会図書館デジタルコレクション, コマ番号: 16 (著作権保護期間満了 (パブリックドメイン) ) より, 元の画像を加工・編集して使用しています. [↩ Back]
  10. 画像の出典:葛飾北斎 (絵画) 「三迦葉与魔軍闘神通図」, 『釈迦御一代図会 5』(『釈迦御一代記図絵 5』), 国立国会図書館デジタルコレクション, コマ番号: 6 (著作権保護期間満了 (パブリックドメイン) ) より, 元の画像を加工・編集して使用しています. [↩ Back]
  11. 画像の出典:葛飾北斎 (絵画) 「霊鬼授悉達太子四句偈図」, 『釈迦御一代図会 3』(『釈迦御一代記図絵 3』), 国立国会図書館デジタルコレクション, コマ番号: 37 (著作権保護期間満了 (パブリックドメイン) ) より, 元の画像を加工・編集して使用しています. [↩ Back]
  12. 画像の出典:"Siyah Qalem - Hazine 2153, s.48b", トプカプ宮殿博物館 (Topkapı Palace Museum) on Wikimedia Commons, (Public domain (パブリックドメイン) ). [↩ Back]
  13. 画像の出典:"Siyah Qalem - Hazine 2153, s.34b", トプカプ宮殿博物館 (Topkapı Palace Museum) on Wikimedia Commons, (Public domain (パブリックドメイン) ). [↩ Back]
  14. 画像の出典:"Siyah Qalem - Hazine 2153, s.37b", トプカプ宮殿博物館 (Topkapı Palace Museum) on Wikimedia Commons, (Public domain (パブリックドメイン) ). [↩ Back]
  15. 画像の出典:"Siyah Qalem - Hazine 2153, s.112a", トプカプ宮殿博物館 (Topkapı Palace Museum) on Wikimedia Commons, (Public domain (パブリックドメイン) ). [↩ Back]
  16. 画像の出典:"Siyah Qalem - Hazine 2153, s.141a", トプカプ宮殿博物館 (Topkapı Palace Museum) on Wikimedia Commons, (Public domain (パブリックドメイン) ). [↩ Back]
  17. 画像の出典:"Siyah Qalem - Hazine 2153, s.39b - figures", トプカプ宮殿博物館 (Topkapı Palace Museum) on Wikimedia Commons, (Public domain (パブリックドメイン) ). [↩ Back]
  18. 画像の出典:"Siyah Qalem - Hazine 2153, s.129b", トプカプ宮殿博物館 (Topkapı Palace Museum) on Wikimedia Commons, (Public domain (パブリックドメイン) ). [↩ Back]
  19. 画像の出典:"Siyah Qalem - Hazine 2153, s.27b", トプカプ宮殿博物館 (Topkapı Palace Museum) on Wikimedia Commons, (Public domain (パブリックドメイン) ). [↩ Back]
  20. 画像の出典:"Siyah Qalem - Hazine 2153, s.31b", トプカプ宮殿博物館 (Topkapı Palace Museum) on Wikimedia Commons, (Public domain (パブリックドメイン) ). [↩ Back]
  21. 画像の出典:"Siyah Qalem - Hazine 2153, s.38a - horse", トプカプ宮殿博物館 (Topkapı Palace Museum) on Wikimedia Commons, (Public domain (パブリックドメイン) ). [↩ Back]
  22. この文章に対する太文字や赤文字や黄色い背景色などの文字装飾は、筆者が独自につけくわえた文字装飾です。 [↩ Back][↩ Back][↩ Back][↩ Back][↩ Back][↩ Back][↩ Back][↩ Back][↩ Back]
  23. 画像の出典:疫鬼えききが描かれている場面〕, 『春日権現験記』(第8軸), 国立国会図書館デジタルコレクション, コマ番号:7 (著作権保護期間満了 (パブリックドメイン) ) より, 元の画像を加工・編集して使用しています. [↩ Back]
  24. 書誌情報: [原図: 光重筆] 模写, 『百鬼夜行絵巻』, 1軸. [↩ Back]
  25. 画像の出典:『百鬼夜行絵巻』, 国立国会図書館デジタルコレクション, コマ番号:15~17 (著作権保護期間満了 (パブリックドメイン) ) より, 元の画像を加工・編集して使用しています. [↩ Back]
  26. 画像の出典:〔鬼(妖怪)たちが家を訪ねに来る場面〕, 『融通念仏縁起』(冑山文庫)(絵巻), 国立国会図書館デジタルコレクション, コマ番号:35~36 (著作権保護期間満了 (パブリックドメイン) ) より, 元の画像を加工・編集して使用しています. [↩ Back]
  27. 画像の出典: 〔酒天童子(酒呑童子)の居城である鬼が城の入口で、鬼たちと源頼光みなもとのよりみつたちが遭遇する場面を描いた絵図〕, 『大江山酒天童子絵巻物 一』, 国立国会図書館デジタルコレクション, コマ番号: 10 (著作権保護期間満了 (パブリックドメイン) ) より, 元の画像を加工・編集して使用しています. [↩ Back]
  28. ウェブページの情報:「写真(7)「《大江山絵詞 下巻》」」, 展覧会名: 「大妖怪展 土偶から妖怪ウォッチまで」(開催期間: 2016年7月5日(火)~8月28日(日)), 会場: 江戸東京博物館, ウェブサイト名: 「インターネットミュージアム」, 2019年11月4日確認. [↩ Back]
  29. ウェブページの情報:「写真(6)「重要文化財《大江山絵詞 下巻》」」, 展覧会名: 「大妖怪展 ─ 鬼と妖怪そしてゲゲゲ」(開催期間: 2013年7月6日(土)~9月1日(日)), 会場: 三井記念美術館, ウェブサイト名: 「インターネットミュージアム」, 2019年11月4日確認. [↩ Back]
  30. このスライドショーの写真は、2019年11月に筆者が撮影した写真です。 [↩ Back][↩ Back][↩ Back]
  31. 出典: 寺本泰輔 (2018年) 「序文にかえて」, 石井誠治(著者), 寺本泰輔(監修), 新谷尚紀(監修), 『広島神楽 日本を舞う ―神楽旅―』, NPO法人広島神楽芸術研究所. [↩ Back][↩ Back]
  32. 出典: 新谷尚紀 (2018年) 「石井誠治氏と広島神楽 ―伝承と創造と―」, 石井誠治(著者), 寺本泰輔(監修), 新谷尚紀(監修), 『広島神楽 日本を舞う ―神楽旅―』, NPO法人広島神楽芸術研究所. [↩ Back][↩ Back][↩ Back][↩ Back][↩ Back][↩ Back]
  33. 出典: 石井誠治(著者), 寺本泰輔(監修), 新谷尚紀(監修) (2018年) 「神楽との出会い」, 「第一部 私の神楽旅」, 『広島神楽 日本を舞う ―神楽旅―』, NPO法人広島神楽芸術研究所, 4ページ1段目より. [↩ Back]
  34. 出典: 石井誠治(著者), 寺本泰輔(監修), 新谷尚紀(監修) (2018年) 「神楽面づくり」, 「第一部 私の神楽旅」, 『広島神楽 日本を舞う ―神楽旅―』, NPO法人広島神楽芸術研究所, 5ページより. [↩ Back]
  35. 出典: 石井誠治(著者), 寺本泰輔(監修), 新谷尚紀(監修) (2018年) 「神楽面師との出会い 」, 「第一部 私の神楽旅」, 『広島神楽 日本を舞う ―神楽旅―』, NPO法人広島神楽芸術研究所, 8~9ページより. [↩ Back]
  36. 出典: 石井誠治(著者), 寺本泰輔(監修), 新谷尚紀(監修) (2018年) 「スーパー神楽誕生」, 「第一部 私の神楽旅」, 『広島神楽 日本を舞う ―神楽旅―』, NPO法人広島神楽芸術研究所, 15ページ1段目より. [↩ Back]
  37. 出典: 石井誠治(著者), 寺本泰輔(監修), 新谷尚紀(監修) (2018年) 「ホール神楽への道」, 「第一部 私の神楽旅」, 『広島神楽 日本を舞う ―神楽旅―』, NPO法人広島神楽芸術研究所, 17ページ2段目より. [↩ Back]
  38. 出典: 石井誠治(著者), 寺本泰輔(監修), 新谷尚紀(監修) (2018年) 「こぼれ話1 スーパー神楽公演への願い」, 「第一部 私の神楽旅」, 『広島神楽 日本を舞う ―神楽旅―』, NPO法人広島神楽芸術研究所, 24ページより. [↩ Back]
  39. 画像の出典: 芳年 (絵画) 「芳年武者无類 平相国清盛」, 『武者无類外ニ三枚続キ画帖』, 国立国会図書館デジタルコレクション, コマ番号: 1 (著作権保護期間満了 (パブリックドメイン) ) より, 元の画像を加工・編集して使用しています. [↩ Back]
  40. 画像の出典: "厳島神社" by uetchy on Flickr (License: CC BY 2.0). [↩ Back]
  41. 出典: 石井誠治(著者), 寺本泰輔(監修), 新谷尚紀(監修) (2018年) 「創作神楽『厳島』を担った人たち(パンフレットから抜粋)」, 「ひろしま夏の芸術祭 創作神楽『厳島』」, 「第一部 私の神楽旅」, 『広島神楽 日本を舞う ―神楽旅―』, NPO法人広島神楽芸術研究所, 51ページ1段目より. [↩ Back]
  42. 画像の出典: 一勇齋國芳(歌川国芳) (絵画) 「清盛日を呼び戻す図」, 『江戸風俗東錦絵』, 国立国会図書館デジタルコレクション, コマ番号: 1~3 (著作権保護期間満了 (パブリックドメイン) ) より, 元の画像を加工・編集して使用しています. [↩ Back]
  43. 出典: 石井誠治(著者), 寺本泰輔(監修), 新谷尚紀(監修) (2018年) 「月一の舞い」, 「第一部 私の神楽旅」, 『広島神楽 日本を舞う ―神楽旅―』, NPO法人広島神楽芸術研究所, 54~56ページより. [↩ Back]
  44. 画像の出典: "AriwaraNarihiraZou" by Reizouko on Wikimedia Commons (License: CC0 1.0). [↩ Back]
  45. 出典: 石井誠治(著者), 寺本泰輔(監修), 新谷尚紀(監修) (2018年) 「【解説】」, 「青葉の笛 あおばのふえ」, 「第三部 広島神楽の舞台を旅する」, 『広島神楽 日本を舞う ―神楽旅―』, NPO法人広島神楽芸術研究所, 124~125ページより. [↩ Back]
  46. 「諏訪大社上社」の画像の出典: "IMG_3114" by senngokujidai4434 on Flickr (License: CC BY 2.0). [↩ Back]
  47. 「戸隠山と鏡池」の画像の出典: "KAGAMI-IKE (morning)" by tsuruta yosuke on Flickr (License: CC BY 2.0). [↩ Back]
  48. 画像の出典: 歌川豊国 (絵画) 「滝夜叉姫」, 『奇術競』, 国立国会図書館デジタルコレクション, コマ番号: 1 (著作権保護期間満了 (パブリックドメイン) ) より, 元の画像を加工・編集して使用しています. [↩ Back]
  49. 別タイトル: 「相馬の古内裏」 (「相馬の古内裏に将門の姫君瀧夜叉妖術を以て味方を集むる大宅太郎光国おおやのたろうみつくに妖怪を試さんとここに来りついに是を亡ぼす」). [↩ Back]
  50. 画像の出典: 一勇斎国芳(歌川国芳) (絵画) 「滝夜叉姫と骸骨の図」 (別タイトル: 「相馬の古内裏」), 国立国会図書館デジタルコレクション, コマ番号: 1~3 (著作権保護期間満了 (パブリックドメイン) ) より, 元の画像を加工・編集して使用しています. [↩ Back]
  51. 参考: 「作品紹介|ボストン美術館所蔵 俺たちの国芳 わたしの国貞(くにくに) | Bunkamura」. [↩ Back]
  52. 参考: 「「相馬の古内裏」 歌川国芳作|高校教科書×美術館|機関誌・教育情報|日本文教出版」. [↩ Back]
  53. 出典: 石井誠治(著者), 寺本泰輔(監修), 新谷尚紀(監修) (2018年) 「こぼれ話 その8 滝夜叉姫編」, 『広島神楽 日本を舞う ―神楽旅―』, NPO法人広島神楽芸術研究所, 164~166ページより. [↩ Back]
  54. 出典: 石井誠治(著者), 寺本泰輔(監修), 新谷尚紀(監修) (2018年) 「おわりに」, 『広島神楽 日本を舞う ―神楽旅―』, NPO法人広島神楽芸術研究所, 177~178ページより. [↩ Back]