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鬼王巡礼:酒呑童子八千箇所めぐり(酒呑童子やちかしょめぐり)

By Yukinobu Kurata (倉田幸暢)

経巡り(へめぐり) (*1)

 巡礼者は、また文化や情報の伝播者でもあった。四国には遠方からの遍路が伝授していったという漢方的な治療法とかお灸(きゅう)といったものがいまにまで伝えられているし、中世ヨーロッパの巡礼路網がロマネスク芸術様式の伝播に大きく寄与したことはよく知られている。
 このように巡礼は、単に宗教儀礼というだけでなく、広く社会経済的・文化的影響力をもつものであるから、さまざまな角度から考察することが肝要である。

―― 星野英紀 (*2)

「鬼王巡礼:酒呑童子八千箇所やちかしょめぐり」の地図


「鬼王巡礼:酒呑童子八千箇所やちかしょめぐり」の地図

地図上のマークの説明

以下は、この地図のなかに表示されているマーク(アイコン)の説明です。色の種類ごとに、また、マーク(アイコン)の種類ごとに、つぎのような意味をもたせています。

  • 青色:まだ未踏査の場所。
  • オレンジ色:すでに踏査済みの場所。
  • 赤色:すでに踏査済みの重要な場所。
  • 緑色:観光案内所や、宿泊施設などの施設。
  • 灰色:酒呑童子に直接的なゆかりがある場所ではないのですが、できればおとずれてみていただきたい、おすすめの名所旧跡。

  • 「ピン」のマーク(通常のマーク):酒呑童子にゆかりのある名所旧跡。
  • 「★」(星)のマーク:酒呑童子にゆかりのある重要な名所旧跡。
  • 「家」のマーク:観光案内所や、美術館、博物館、資料館、劇場などの施設。
  • 「ベッド」のマーク:宿泊施設。
  • 「ナイフとフォーク」のマーク:飲食店。
  • 「?」(はてな)のマーク:所在地不明の名所旧跡の推定地。

この記事で紹介しているさまざまな名所旧跡は、酒呑童子の説話や伝説になんらかのかかわりがあると、ぼくがかんがえている場所です。ぼくは、「酒呑童子説話」という研究テーマをできるだけ広い視野でとらえたいとおもっています。ですので、ここで紹介する名所旧跡のなかには、一見すると「酒呑童子となんの関係もないんじゃないの?」とおもえるような場所もふくまれているとおもいます。ですが、そのような場所も、じつは、 見えないところで酒呑童子とつながっていたりします。また、ここで紹介している名所旧跡の選定基準には、ぼくが研究をとおして得た独自の考えや、個人的なおもいいれが反映されているところもありますので、ご了承いただければとおもいます。

「鬼王巡礼」という言葉や、「酒呑童子八千箇所やちかしょめぐり」という言葉は、ぼくがつくった造語です。この「八千箇所めぐり」(やちかしょめぐり)という言葉のなかの、「八千」(やち)という言葉は、「とても数が多い」という意味の比喩表現です(「8000」という具体的な数字を意味しているわけではないのです)。実際に、酒呑童子ゆかりの場所は、ものすごくたくさんあります。その「たくさんある」ということをあらわすために、「八千」(やち)という言葉をつかって表現しています。ですので、「酒呑童子八千箇所やちかしょめぐり」という言葉の意味は、「酒呑童子にゆかりのあるとてもたくさんの場所をめぐる」という意味です(「8000ヶ所をめぐる」という意味ではないのです)。

これらの酒呑童子にゆかりのある各所をおとずれることは、ある意味、霊場めぐり、札所めぐり、霊地巡礼、聖地巡礼、などにちかいものなのかもしれません。もし興味があれば、これらの場所をめぐりながら、酒呑童子におもいをめぐらせる経巡りへめぐりの旅にでてみるのもいいかもしれません。

(※注:このページのなかの記述は、研究の進捗や、情報公開のための準備作業の進捗などにあわせて、随時、内容を追加・変更・修正しています。そのため、記述が増えたり減ったりすることがありますので、あらかじめご了承ください。)

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脚注
  1. 経巡りへめぐり」(画像の出典:background photo by tycoon101 on Envato Elements). [↩ Back]
  2. 出典:星野英紀 「巡礼の社会的・文化的役割」, 「日本大百科全書(ニッポニカ)の解説」, 「巡礼(じゅんれい)とは - コトバンク」. [↩ Back]

現存最古の酒呑童子説話『大江山絵詞』(香取本)の絵巻物の詞書の文章や釈文や現代語訳や詞書・絵図の並び順など

By Yukinobu Kurata (倉田幸暢)

いわば、イデオロギッシュなものが、エロスと暴力こき混ぜた波瀾の物語に導いたわけで、皮肉ともいえるが、そこに人間の不思議と中世という時代の一面がある。中世の多くのイデオロギー説は、外見の厳めしさとはうらはらに、実際には人間の生の現実性、欲望や体臭とないまぜの形でしか存在しえなかったのである。

―― 高橋昌明『酒呑童子の誕生』 (*1)

もとより「説話」は、截然と切りとられた「形」で「存在」した“ためし”はなく、諸「領域」に或時ははめこまれ、或時は埋没伏流しつ浮遊しているのである。

―― 牧野和夫「中世聖徳太子伝と説話」 (*2)

(注:この記事は、制作中のものであり、随時内容を修正しています。)

 鎌倉時代~南北朝時代(室町時代前半)ごろにつくられたとされている、現存最古の酒呑童子説話をつたえる『大江山絵詞(おおえやまえことば)』(香取本(かとりぼん) (*3))という絵巻物があります。(この絵巻物は、現在、公益財団法人 阪急文化財団が運営している逸翁(いつおう)美術館に所蔵されています。このことから、この絵巻物は「逸翁本(いつおうぼん)」や「逸本(いつほん)」と呼ばれることもあります。)

 その『大江山絵詞(おおえやまえことば)』の、詞書(ことばがき)の文章や、詞書(ことばがき)釈文(しゃくぶん)や、詞書(ことばがき)の現代語訳や、詞書(ことばがき)と絵図の本来の並び順、などについてお話します。

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香取本(かとりぼん)大江山絵詞(おおえやまえことば)』の絵図(現状の絵巻の原本の「下巻 第七絵図」)のイメージ画像 (*4)

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香取本(かとりぼん)大江山絵詞(おおえやまえことば)』の絵図(現状の絵巻の原本の「下巻 第七絵図」)のイメージ画像
(絵図全体のなかの一部分の抜粋) (*4)

酒呑童子の説話をいまにつたえる代表的な2大文化財である、香取本(かとりぼん)大江山絵詞(おおえやまえことば)』(逸翁(いつおう)美術館所蔵)と、古法眼本(こほうげんぼん)酒伝童子絵巻(しゅてんどうじえまき)』(サントリー美術館所蔵)の、2つの絵巻物について

 ちなみに、酒呑童子の説話をいまにつたえる代表的な2大文化財(絵巻物)として、香取本(かとりぼん)大江山絵詞(おおえやまえことば)』(逸翁(いつおう)美術館所蔵)と、古法眼本(こほうげんぼん)酒伝童子絵巻(しゅてんどうじえまき)』(サントリー美術館所蔵)の、2つの絵巻物があります。

 香取本(かとりぼん)大江山絵詞(おおえやまえことば)』は、現在、重要文化財に指定されています (*5)が、1950年までは、国宝(いわゆる「旧国宝」)に指定されていました。1950年8月に文化財保護法が施行されたことで、それまで国宝(いわゆる「旧国宝」)であった香取本(かとりぼん)大江山絵詞(おおえやまえことば)』は、重要文化財に指定されました (*6)

逸翁美術館とその周辺の写真 (*7)

 もうひとつの代表的な酒呑童子説話の文化財(絵巻物)として、サントリー美術館に所蔵されている、古法眼本(こほうげんぼん)酒伝童子絵巻(しゅてんどうじえまき)』という絵巻物があります。この絵巻物も、現在、重要文化財に指定されています (*8)古法眼本(こほうげんぼん)酒伝童子絵巻(しゅてんどうじえまき)』の絵図は、狩野派(かのうは)2代目の絵師である狩野元信(かのうもとのぶ)が描いたとされている絵図です。狩野元信(かのうもとのぶ)は、通称「古法眼(こほうげん)」とも呼ばれます。サントリー美術館所蔵の『酒伝童子絵巻(しゅてんどうじえまき)』は、古法眼(こほうげん)狩野元信(かのうもとのぶ))が絵図を描いた絵巻物なので、「古法眼本(こほうげんぼん)」と呼ばれることもあります。また、この絵巻物は、サントリー美術館に所蔵されていることから、「サントリー(ぼん)」や「サ本(さほん)」と呼ばれることもあります。

サントリー美術館とその周辺の写真 (*9)

 酒呑童子の説話は、中世から現在までの約600年以上の長い歴史のなかで、絵画や、文学、能楽(謡曲)、浄瑠璃、歌舞伎、演劇、唱歌・楽曲、映画、マンガ、アニメ、ゲームなどなど、数え切れないほどたくさんの文化や芸術に取り入れられてきました。そのように、酒呑童子の説話は、これまでの日本の文化や芸術に大きな影響を与えてきましたし、いまの日本の文化や芸術にも大きな影響を与え続けていますし、これからの日本の文化や芸術にも大きな影響を与え続けていくことでしょう。また、その文化的・芸術的影響は、日本だけにとどまらず、世界中に広がりつづけています。そうした、酒呑童子の説話の影響の大きさを考えると、酒呑童子の説話をいまにつたえている代表的な2大文化財(絵巻物)である、香取本(かとりぼん)大江山絵詞(おおえやまえことば)』(逸翁(いつおう)美術館所蔵)と、古法眼本(こほうげんぼん)酒伝童子絵巻(しゅてんどうじえまき)』(サントリー美術館所蔵)の2大絵巻物が、文化財として、とても価値が高いものであるということが、おわかりいただけるかとおもいます。

目次
  1. 酒呑童子の説話をいまにつたえる代表的な2大文化財である、香取本(かとりぼん)大江山絵詞(おおえやまえことば)』(逸翁(いつおう)美術館所蔵)と、古法眼本(こほうげんぼん)酒伝童子絵巻(しゅてんどうじえまき)』(サントリー美術館所蔵)の、2つの絵巻物について
  2. だれにもわからない、香取本(かとりぼん)大江山絵詞(おおえやまえことば)』の、絵図と詞書(ことばがき)の正しい並び順
  3. 高橋昌明さんの復元案にもとづいた、香取本(かとりぼん)大江山絵詞(おおえやまえことば)』の、絵図と詞書(ことばがき)の順序
    1. 高橋昌明さんの復元案:上巻
      1. 高橋昌明さんの復元案:上巻 第一段
      2. 高橋昌明さんの復元案:上巻 第二段
      3. 高橋昌明さんの復元案:上巻 第三段
      4. 高橋昌明さんの復元案:上巻 第四段
      5. 高橋昌明さんの復元案:上巻 第五段
      6. 高橋昌明さんの復元案:上巻 第六段
      7. 高橋昌明さんの復元案:上巻 第七段?
      8. 高橋昌明さんの復元案:上巻 第八段
      9. 高橋昌明さんの復元案:上巻 第九段
      10. 高橋昌明さんの復元案:上巻 第十段
    2. 高橋昌明さんの復元案:下巻
      1. 高橋昌明さんの復元案:下巻 第一段
      2. 高橋昌明さんの復元案:下巻 第二段
      3. 高橋昌明さんの復元案:下巻 第三段
      4. 高橋昌明さんの復元案:下巻 第四段
      5. 高橋昌明さんの復元案:下巻 第五段
      6. 高橋昌明さんの復元案:下巻 第六段
      7. 高橋昌明さんの復元案:下巻 第七段
      8. 高橋昌明さんの復元案:下巻 第八段
      9. 高橋昌明さんの復元案:下巻 第九段
  4. 絵巻の原本の現状:香取本(かとりぼん)大江山絵詞(おおえやまえことば)』の詞書(ことばがき)釈文(しゃくぶん)
    1. 絵巻の原本の現状:上巻
    2. 絵巻の原本の現状:下巻
    3. 絵巻の原本の現状:詞書巻(ことばがきかん)
  5. 陽明文庫本(ようめいぶんこぼん)酒天童子物語絵詞(しゅてんどうじものがたりえことば)
    1. 陽明文庫本(ようめいぶんこぼん)酒天童子物語絵詞(しゅてんどうじものがたりえことば)」のイメージ画像
    2. 陽明文庫本(ようめいぶんこぼん)酒天童子物語絵詞(しゅてんどうじものがたりえことば)」の文章
  6. 静嘉堂文庫(せいかどうぶんこ)色川(いろかわ)三中(みなか)旧蔵『大江山酒顚童子絵詞(おおえやましゅてんどうじえことば)』の詞書(ことばがき)
  7. 香取本(かとりぼん)大江山絵詞(おおえやまえことば)』の詞書(ことばがき)の現代語訳
    1. 用語集
  8. 香取本(かとりぼん)大江山絵詞(おおえやまえことば)』に関連する諸本の詞書(ことばがき)の原文
    1. 絵巻の原本の現状:香取本(かとりぼん)大江山絵詞(おおえやまえことば)』の詞書(ことばがき)の原文
    2. 陽明文庫本(ようめいぶんこぼん)酒天童子物語絵詞(しゅてんどうじものがたりえことば)」の詞書(ことばがき)の原文
    3. 静嘉堂文庫(せいかどうぶんこ)色川(いろかわ)三中(みなか)旧蔵『大江山酒顚童子絵詞(おおえやましゅてんどうじえことば)』の詞書(ことばがき)の原文

だれにもわからない、香取本(かとりぼん)大江山絵詞(おおえやまえことば)』の、絵図と詞書(ことばがき)の正しい並び順

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香取本(かとりぼん)大江山絵詞(おおえやまえことば)』の絵巻のイメージ画像
(「上巻」「下巻」「詞書巻(ことばがきかん)」の三巻(絵巻の原本の現状)) (*10)

現在、逸翁(いつおう)美術館に収蔵されている香取本(かとりぼん)大江山絵詞(おおえやまえことば)』の絵巻物の、絵図と、詞書(ことばがき)は、現状では「上巻」「下巻」「詞書巻(ことばがきかん)」の三巻の巻物のかたちになっています。ですが、この三巻の巻物のかたちにまとめられる以前は、絵図と詞書(ことばがき)が巻物のかたちにまとめられていたわけではなく、絵図と詞書(ことばがき)がバラバラになっている状態だったそうです。しかも、詞書(ことばがき)の文章や、絵図の一部が欠損している状態であったそうです。そのため、香取本(かとりぼん)大江山絵詞(おおえやまえことば)』の絵巻物の、もともとの絵図と詞書(ことばがき)の正しい並び順は、わからなくなってしまっているのです。ですので、現状の香取本(かとりぼん)大江山絵詞(おおえやまえことば)』の絵巻物の、絵図と詞書(ことばがき)の並び順は、正しい並び順ではなく、並び順がまちがっている部分もあるようです。 (*11)

香取本(かとりぼん)大江山絵詞(おおえやまえことば)』の、絵図と詞書(ことばがき)の、正しい並び順については、榊原悟さん (*12) や、高橋昌明さん (*13)が、復元案を提示されています。

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脚注
  1. 高橋昌明 (2005年) 「四、叡山で跳躍する」, 「第六章 酒呑童子説話の成立」, 『酒呑童子の誕生 : もうひとつの日本文化』, 中公文庫, 中央公論新社, 235ページ.[↩ Back]
  2. 牧野和夫 (1993年) 「中世聖徳太子伝と説話 : “律”と太子秘事・口伝・「天狗説話」」, 本田義憲 [ほか]編, 『説話の講座 第3巻 (説話の場 : 唱導・注釈)』, 勉誠社, 227ページ.[↩ Back]
  3. 香取本(かとりぼん)」というのは、「香取神宮本かとりじんぐうぼん」の略称です。もともと、『大江山絵詞(おおえやまえことば)』は、香取神宮かとりじんぐうに所蔵されていたものなので、このような通称で呼ばれています。[↩ Back]
  4. この絵図のイメージ画像は、香取本(かとりぼん)大江山絵詞(おおえやまえことば)』の絵図(現状の絵巻の原本の「下巻 第七絵図」)をもとにして、筆者(倉田幸暢)が制作したものです。[↩ Back][↩ Back]
  5. 参考文献:(1992年) 「8 大江山絵詞」, 「作品解説」, 逸翁美術館(編), 『逸翁清賞 : 逸翁美術館名品図録』(改訂版), 逸翁美術館, 96ページ.[↩ Back]
  6. 参考文献:榊原悟 (1984) 「「大江山絵詞」小解」, 「一 伝来」, 「第二章「大江山絵詞」の概要」, 小松茂美(編), 『続日本絵巻大成 19』(土蜘蛛草紙 天狗草紙 大江山絵詞), 中央公論社, 144ページ.[↩ Back]
  7. 逸翁美術館とその周辺を撮影したこれらの写真は、筆者が2017年9月に撮影した写真です。[↩ Back]
  8. 参考文献:(2017年) 「60 重要文化財 酒伝童子絵巻」, 「第四章 和漢を兼ねる」, 「作品解説」, 狩野元信(画), 池田芙美 ほか(編), 『狩野元信 : 天下を治めた絵師 : 六本木開館10周年記念展』, サントリー美術館, 224~225ページ.[↩ Back]
  9. サントリー美術館とその周辺を撮影したこれらの写真は、筆者が2017年8月に撮影した写真と2017年9月に撮影した写真です。[↩ Back]
  10. この「香取本(かとりぼん)大江山絵詞(おおえやまえことば)』の絵巻のイメージ画像(「上巻」「下巻」「詞書巻(ことばがきかん)」の三巻(絵巻の原本の現状))」の画像は、『続日本絵巻大成 19 (土蜘蛛草紙・天狗草紙・大江山絵詞)』の147ページに掲載されている「大江山絵詞 現装」の写真の挿絵をもとに筆者(倉田幸暢)が制作したものです。)[↩ Back]
  11. 参考文献:高橋昌明 (2005年) 「【付録】『大江山絵詞』復元の試み」, 『酒呑童子の誕生 : もうひとつの日本文化』, 中公文庫, 中央公論新社, 260~263ページ. [↩ Back]
  12. 参考文献:榊原悟 (1984年) 「二 現状・錯簡と復原」, 「第二章 「大江山絵詞」の概要」, 「「大江山絵詞」小解」, 小松茂美(編), 『続日本絵巻大成 19』(土蜘蛛草紙 天狗草紙 大江山絵詞), 中央公論社, 149~152ページ. [↩ Back]
  13. 参考文献:高橋昌明 (2005年) 「【付録】『大江山絵詞』復元の試み」, 『酒呑童子の誕生 : もうひとつの日本文化』, 中公文庫, 中央公論新社, 260~285ページ. [↩ Back]

竜宮たる比叡山延暦寺の地主神たる酒呑童子の鬼の霊木

By Yukinobu Kurata (倉田幸暢)

「根本中堂 薬師如来 御衣木旧跡」 の石標 (比叡山延暦寺 東塔北谷)
「根本中堂 薬師如来 御衣木(みそぎ)旧跡」 の石標
(比叡山延暦寺 東塔(とうどう) 北谷 八部尾 仏母塚) (*1) (*2) (*3)

 

目照りが続く中、天台座主良真(一〇二二~一〇九六)は自宗天台宗を褒め称え、他宗(真言宗)を謗り、朝廷に対して比叡山の龍尾という山岳で七仏薬師法を修するようにアピールした。しかも良真は、雨をもたらす龍王が神泉苑の池ではなく、龍尾という山岳に遊戯しているとも主張した。

(中略)

深刻な旱魃が続くなか、天台座主良真は東密を批判し、東密の神泉苑の龍王信仰を天台宗に取り入れ、新たに比叡山で樹立させようとした。

(スティーブン・トレンソン「醍醐寺における祈雨の登場」, 『祈雨・宝珠・龍:中世真言密教の深層』) (*4)

『小野類秘鈔』に「(中略)」という記述があり、それによれば水天供はすでに康平八年(治暦元年〔一〇六五〕)に比叡山で執り行われたこととなる。

(中略)

神泉苑の龍王は、東密の伝承(後述)ではインドより当苑に来住した無熱池の龍王とされた。だが、『孔雀経』によれば、無熱池の龍王は水天である。そのために、特に十一世紀後半から神泉苑の孔雀経御読経が盛行するようになった後、東密では神泉苑の龍が水天だという信仰が一般化したのである。

(中略)

要するに、東密の水天供は、古来の神泉苑龍神信仰のなかに胚胎していた水天信仰に基づいていたと推定されよう。

(中略)

況八大龍王皆蒙於閻浮提可降雨仏勅、若干眷属在法花坐、此曼荼羅中列諸龍王、因之修此法感雨也

(中略)

成尋は(中略)、彼の祖師である智証大師円珍(八一四~八九一)が、青龍寺の法全に就いて水天法及び倶梨伽羅龍王の祈雨法を学んだことを述べた。(中略)これにより、天台宗寺門派で水天の祈雨法が秘法とされていた事実が分かる。(中略)つまり、水天供が台頭した背景に、天台宗が古くから水天法の秘法を伝持しているという点を主張していたことが想像される。

(スティーブン・トレンソン「四 水天供の確立と隆盛」, 『祈雨・宝珠・龍:中世真言密教の深層』) (*5)

 

下記の文章は、現存最古の酒呑童子説話をつたえる香取本『大江山絵詞(おおえやまえことば)(*6)の上巻のなかの第5段の詞書(ことばがき)の文章の一部を釈文(しゃくぶん)にした文章です。赤文字や太文字などの文字装飾は、筆者によるものです。 (*7) (*8) (*9)

頼光(よりみつ)保昌(やすまさ)、同じ(ことば)に、「同じくは、亭主(ていしゅ)御出(おい)であらんこそ面白(おもしろ)(はべ)るべけれ。我等(われら)(ばか)りは(めずら)しからぬ同行(どうぎょう)(ども)にてある」と言はれければ、(しばら)くありて亭主(ていしゅ)童子(どうじ)()(きた)り。(たけ)一丈(いちじょう)(ばか)りなるが、眼居(まなこい)言柄(ことがら)(まこと)(かしこ)く、智恵(ちえ)(ぶか)げにて、色々(いろいろ)小袖(こそで)に、白き(はかま)(こう)水干(すいかん)をぞ着たりける。美しき女房(にょうぼう)(たち)四、五人に、(あるい)円座(えんざ)(あるい)脇息(きょうそく)持たせて、(あた)りも(かがや)(ばか)りに由々(ゆゆ)しくぞ見えし。童子(どうじ)頼光(よりみつ)に問ひ(もう)されけるは、「(おん)修行者(すぎょうざ)何方(いずかた)より(いか)なる(ところ)へとて御出(おい)(そうら)ひけるぞ」と問ひければ、答へられけるは、「諸国一見(いっけん)(ため)(まか)()でたるが、(すず)ろに山に()み迷ひて、(これ)まで(きた)る」(よし)をぞ答へられける。童子(どうじ)(また)我身(わがみ)有様(ありさま)を心に()けて語りけり。「(われ)(これ)、酒を深く愛する者なり。()れば、眷属(けんぞく)等には酒天童子(しゅてんどうじ)異名(いみょう)に呼び付けられ(はべ)るなり。(いにしえ)はよな、平野山(ひらのやま)重代(じゅうだい)私領(しりょう)として(まか)り過ぎしを伝教大師(でんぎょうだいし)といひし不思議(ふしぎ)(ぼう)()の山を(てん)じ取りて、(みね)には根本中堂(こんぽんちゅうどう)を建て、(ふもと)には七社(しちしゃ)霊神(れいじん)(あが)(たてまつ)らんとせられしを、年来(ねんらい)住所(すみどころ)なれば(かつ)名残(なごり)()しく覚え、(かつ)(すみか)もなかりし(こと)口惜(くちお)しさに、楠木(くすのき)(へん)じて度々(たびたび)障碍(しょうげ)をなし、(さまた)(はべ)りしかば、大師房(だいしぼう)()の木を切り、地を(たいら)げて、「()けなば」と(はべ)りし(ほど)に、()()(うち)(また)、先のよりも(だい)なる楠木(くすのき)(へん)じて(はべ)りしを、伝教房(でんぎょうぼう)不思議(ふしぎ)かなと(おも)ひて、結界(けっかい)(ふう)(たま)ひし(うえ)、「阿耨多羅三藐三菩提(あのくたらさんみゃくさんぼだい)(ほとけ)(たち)()が立つ(そま)冥加(みょうが)あらせ(たま)へ」と(もう)されしかば、心は(たけ)(おも)へども(ちから)及ばず(あら)はれ()でて、「(しか)らば、居所(いどころ)を与へ(たま)へ」と(うれ)(もう)せしに()て、近江国(おうみのくに)かが山、大師房(だいしぼう)(りょう)なりしを得たりしかば、(しか)らばとて()の山に住み()えてありし(ほど)に、桓武(かんむ)天皇、(また)勅使(ちょくし)を立て宣旨(せんじ)を読まれしかば、王土(おうど)にありながら、勅命(ちょくめい)さすがに(そむ)(がた)かりし(うえ)天使(てんし)(きた)りて追ひ(いだ)せしかば、(ちから)無くして(また)()の山を迷ひ()でて、立ち宿(やど)るべき(すみか)もなかりし(こと)口惜(くちお)しさに、風に(たく)し雲に乗りて、(しばら)くは浮かれ(はべ)りし(ほど)に、時々(ときどき)()怨念(おんねん)(もよお)す時は、悪心(あくしん)()()て、大風(おおかぜ)()旱魃(かんばつ)()りて、国土(こくど)(あだ)()して心を(なぐさ)(はべ)りき。

 

「すごくおおざっぱなバージョン1」から始める

starting with a very crude version 1, then (f) iterating rapidly.

―― Paul Graham, Six Principles for Making New Things (*10)

非常に粗雑なバージョン1から始め、その後(f)素早く繰り返す。

―― ポール・グレアム「新しいものを作る6つの原則」 (*11) (*12)

プログラマーで、エッセイストで、起業家で、投資家でもある、ポール・グレアムPaul Graham)という人がいます。

そのポール・グレアムさんが、「新しいものを作る6つの原則」(Six Principles for Making New Things)というエッセーのなかで、「すごくおおざっぱなバージョン1からはじめましょう」(不完全でも、見ばえが悪くてもかまわないので、できるだけ早くはじめましょう。そして、そのあとで、改善をくりかえしていきましょう)というような意味のことを言っています。

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比叡山延暦寺の3D地図

古くからの登拝路は廃れ、表参道であった本坂でさえ今は草に埋もれている。いわんや谷に沿い、嶺をつたってひらかれた山間の諸道は、いずれも深い歴史を秘めていながら寺院関係者や、ここを生業の場所とする杣人に伝えられるばかりとなっている。
 北村は故郷の山の変貌に気がついていた。「早よう聞いとかんと判らんようになる」といって坂本の人々に尋ねて歩いた。それは山林管理に長年従事してきた古老のような、山を熟知した人が少なくなったという危機感からであった。彼は伝承の収集と共に、限られた休暇をつかって山中を歩き、古道の踏査に精を出した。道標や石碑は克明に採寸し、文字を写し取っていった。こうした地味な作業を続ける内に、それらが比叡の歴史につながっているのを感じ始めていた。

――― 近江百山之会『祷の嶺:北村賢二遺稿集』 (*13)

3D地図の操作方法
回転:マウスの左クリックを押しながらマウスを動かす。
視点移動:マウスのホイールを押したまマウスを動かす。
拡大縮小:マウスのホイールを回転させる。

地図1 比叡山延暦寺の広域地図(3D地図)

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脚注
  1. 「東塔」という言葉の読み方については、現在では一般的に「とうどう」と読む場合が多いようです。ですが、そのほかにも、「とうとう」と読む場合もあります。[↩ Back]
  2. 「東塔」という言葉に「とうどう」という読み仮名(振り仮名)をつけている文献の例としては、つぎのような文献があります。【文献1】武覚超 (2008年) 『比叡山諸堂史の研究』, 法藏館, 223ページ。【文献2】梅原猛,今出川行雲,梅原賢一郎,奥田昭則 (2010年) 『横川の光:比叡山物語』, 角川学芸出版, 22ページ。[↩ Back]
  3. 「東塔」という言葉に「とうとう」という読み仮名(振り仮名)をつけている文献の例としては、つぎのような文献があります。【文献1】 (1991年) 『日本歴史地名大系 第25巻 (滋賀県の地名)』, 平凡社, 183ページ。

    (余談ですが、ぼくは、2018年11月13日に、比叡山延暦寺の東塔地区にある本願堂旧跡の石碑のちかくで、山歩きをされていた60歳代ぐらいの男性に出会い、意気投合して、その方から比叡山についてのいろいろなお話を聞かせていただく機会がありました。(その男性は、比叡山の東側の麓である大津市坂本にお住まいの地元の方でした。)その男性は、「東塔」のことを「とうとう」と発音されていました。ですので、もしかすると、比叡山の東側の麓の大津市坂本のあたりにお住まいの地元の方々のなかの、ある一定の年齢層以上の世代の方々にとっては、「東塔」のことを「とうとう」と発音することが一般的なのかもしれません。)
    [↩ Back]

  4. 出典:スティーブン・トレンソン (2016年) 「(1) 醍醐寺における祈雨の登場」, 「二 醍醐寺における祈雨」, 「第五章 請雨経法の途絶と醍醐寺における祈雨」, 「第一部 請雨経法の歴史」, 『祈雨・宝珠・龍:中世真言密教の深層』, プリミエ・コレクション 72, 京都大学学術出版会, 181~182ページ.[↩ Back]
  5. 出典:スティーブン・トレンソン (2016年) 「四 水天供の確立と隆盛」, 「第六章 鎌倉時代における請雨経法の復興と終焉」, 「第一部 請雨経法の歴史」, 『祈雨・宝珠・龍:中世真言密教の深層』, プリミエ・コレクション 72, 京都大学学術出版会, 213~218ページ.[↩ Back]
  6. 香取本『大江山絵詞(おおえやまえことば)』(現在は、逸翁美術館に所蔵されています。)[↩ Back]
  7. 参考文献:(1993年) 「大江山絵詞」, 小松茂美(編者), 『続日本の絵巻 26』(土蜘蛛草紙 天狗草紙 大江山絵詞), 中央公論社. [↩ Back]
  8. 参考文献: (1984年) 「大江山絵詞」, 小松茂美(編者), 『続日本絵巻大成 19』(土蜘蛛草紙 天狗草紙 大江山絵詞), 中央公論社. [↩ Back]
  9. 参考文献: (1975年) 「大江山酒天童子(逸翁美術館蔵古絵巻)」, 横山重(編者), 松本隆信(編者), 『室町時代物語大成 第3』, 角川書店. [↩ Back]
  10. 引用元:Paul Graham, Six Principles for Making New Things.[↩ Back]
  11. 引用元:ポール・グレアム(著者), lionfan(日本語版の翻訳者), 「らいおんの隠れ家 : ポール・グレアム「新しいものを作る6つの原則」 - livedoor Blog(ブログ)」.[↩ Back]
  12. 原文:Paul Graham, Six Principles for Making New Things.[↩ Back]
  13. 近江百山之会 (1988年) 「比叡山資料」, 北村賢二(著者), 近江百山之会(編集者), 『祷の嶺:北村賢二遺稿集』, サンブライト出版, 74ページ.[↩ Back]

黒魔道士ビビ・オルニティア(Vivi Ornitier)の木彫人形の写真アルバム 「FINAL FANTASY Ⅸ」(ファイナルファンタジー9)

By Yukinobu Kurata (倉田幸暢)

僕が高校生のときにつくった、黒魔道士ビビの木彫人形の写真をアップしてみました。(ビビは、『ファイナルファンタジー9』に登場するキャラクターです。)
もし気に入ってもらえる写真があったら、それぞれの写真の下についている、写真共有サイトPinterest(ピンタレスト)の「Pin it」(ピン・イット)ボタンを押してシェアしてみてください。
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Vivi Ornitier(ビビ・オルニティア)
FINAL FANTASY Ⅸ(ファイナルファンタジー9)
Crafted by Yukinobu Kurata(製作者:倉田幸暢)
実際のビビの画像はこちら↓(Amazon.co.jp)
http://www.amazon.co.jp/dp/B002A9J5SW/
Vivi Ornitier ビビ・オルニティア UNI_2549
↑ 
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WordPressの歴史

By Yukinobu Kurata (倉田幸暢)

創始者 Matt Mullenweg(マット・マレンウェッグ)

WordPress(ワードプレス)を最初につくりはじめたのは、Matt Mullenweg(マット・マレンウェッグ)さんと、Mike Little(マイク・リトル)さんの二人です。
この二人の創始者の一人である、Matt Mullenweg(マット・マレンウェッグ)さんへのインタビューのなかで、彼がWordPress(ワードプレス)を作ろうと思い立ったきっかけと、WordPress(ワードプレス)のその後の展開について語られています。
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WordPressを利用しているウェブサイトの実例

By Yukinobu Kurata (倉田幸暢)

ここでは、WordPressを利用しているウェブサイトをご紹介しています。
下記のように、アーティストや著名人など、世界中のさまざまな人々や組織が、WordPress (ワードプレス)を利用しています。

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ワードプレスを使うにはどこのサーバーを使えばいいの?

By Yukinobu Kurata (倉田幸暢)

もしも、あなたがレンタルサーバーを借りたことがなく、今、WordPressを利用するためのサーバーをどこのレンタルサーバーで借りたらいいのか、ということで悩んでいるのなら、
僕の意見はひとつです。
さくらインターネット」というレンタルサーバー会社が提供している、
さくらのレンタルサーバ スタンダード
というレンタルサーバープランを利用してください。
現在、僕が知りうる限り、これが最良の選択です。

さて、いきなり結論からはいってしまいましたが、
ここからは、なぜ僕が「さくらのレンタルサーバ スタンダード」プランをおすすめするのか、という理由を述べていきます。

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他のブログからWordPressへの移行・引っ越し方法

By Yukinobu Kurata (倉田幸暢)

WordPress(ワードプレス)は、世界的に有名な大企業や、日本円にして、毎年、何億円・何十億円と稼いでいる起業家・マーケターがこぞって利用している、世界で最も多くの人に使われているブログソフトウェアです。
また、WordPress(ワードプレス)は、SEOの効果も高く、Googleの検索エンジン開発の責任者である Matt Cutts(マット・カッツ)や、SEOの天才と呼ばれる起業家 Jeff Johnson(ジェフ・ジョンソン)も WordPressのSEO効果の高さを認めています。 さらに、ブログソフトウェアといっても、WordPress(ワードプレス)でつくれるのは、ブログだけではありません。
ブログ以外にも、ホームページを作ることもできます。
また、ブログ付きのホームページを作ることもできます。
しかも、商用目的であっても、無料で利用することができます。
もしも、あなたが今使っているブログから、他のブログへの移行や引越しを考えているのなら、これからは WordPress(ワードプレス)を利用することを強くおすすめします。
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CMS(コンテンツ・マネージメント・システム)ってなに?

By Yukinobu Kurata (倉田幸暢)

WordPress(ワードプレス)は、CMS(コンテンツ・マネージメント・システム)と呼ばれる種類のソフトウェアです。
では、このCMS(コンテンツ・マネージメント・システム)というのは、なんのことでしょうか?
CMSとは、一言で言えば、
「さまざまな機能を持ったウェブサイトを簡単に作成し、管理することができるソフトウェア」
のことです。
さまざまな「コンテンツ」(情報)を持ったウェブサイトを、作成・管理する(「マネージメント」)ことができるソフトウェア(「システム」)なので、「CMS(コンテンツ・マネージメント・システム)」と呼ばれているのです。
「さまざまな機能を持ったウェブサイト」とは、たとえば、ブログやホームページ、掲示板サイト(BBS)、SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)サイトなどのことです。
このような、さまざまな種類のウェブサイトのなかでも、WordPress(ワードプレス)は、主にブログサイトを作成し、運営するために作られたソフトウェアです。
ですので、WordPress(ワードプレス)は、一般的に「ブログソフトウェア」であるといわれます。
ほかのCMSのなかには、SNSをつくるためのCMSや、掲示板サイト(BBS)をつくるためのCMSなど、さまざまな種類のウェブサイトをつくるためのCMSがあります。
一昔前までは、CMSといえば、ある特定の機能に特化したウェブサイトを作るためのものでした。
ですが、最近ではCMSの多機能化により、ひとつのCMSだけで、複数の機能をもったウェブサイトを作ることができるようになってきています。
そして、WordPress(ワードプレス)も、多機能化によって守備範囲を広げているCMSのひとつです。
そのため、現在では、WordPress(ワードプレス)を使えば、ブログやホームページだけでなく、その気になれば、掲示板サイト(BBS)や、SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)サイトなども作ることができます。

簡単にホームページが作れる

もしも、ホームページを自分で1から作るとしたら、膨大な勉強時間と、試行錯誤に費やす時間がかかるでしょう。
ブログなどの複雑な仕組みを作ろうとすれば、何年もかかるかもしれません。
ですが、CMSであるWordPress(ワードプレス)では、ブログやホームページを簡単に作成し、管理することができます。
たとえば、新しいページを作成するときでも、ワープロソフトの「Word」(ワード)を扱うような感覚で文章を書くだけで、ページを作成することができます。
すでに作成したページを修正したり、内容を追加したりするときも、同じように「Word」(ワード)を扱うような感覚で作業することができます。
また、WordPressを使っているウェブサイトでは、機能を追加していくことで多機能なウェブサイトにしてくことができます
ただ、WordPressを使ってウェブサイトを作成するためには、自分でレンタルサーバーを借りて、そのサーバーに自分でWordPressをインストールする作業が必要になります。
ですが、早ければ、1時間もかからないでしょう。
時間がかかったとしても、数時間以内にはあなたのブログを使い始めることができるはずです。
一方、もしも、自分で1から勉強してホームページを作ったり、ホームページ制作会社に作成を依頼したりしたとすれば、このようにすばやくホームページを持つことはできないでしょう。
このサイトで配布している解説書は、WordPressを使い始める際の手順を解説しているものです。
この解説書を利用すれば、まったくゼロの状態からでも、迷うことなくWordPressを使い始めることができます。

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