「名言」の記事一覧(2 / 6ページ)

学校教育制度が整備されればされるほど、本来あるべき独学の姿勢をますます喪失していっている現状

私は、学校教育制度が整備されればされるほど、本来あるべき独学の姿勢をますます喪失していっている現状、学校教育をうけることのできなかった人達は相もかわらぬ、いわれなき劣等感のとりことなってその人生をゆがめている現状に対して、知識というものへの再検討とともに、独学の必要をすすめないではいられないのである。

池田 諭「序 独学時代がやってきた(現代は独学時代)

(池田 諭の会HPより)、

独学のすすめ―現代を生きる技術 (1963年)』より

独学の姿勢こそ、学ぶ姿勢

君も、死ぬには、美しすぎるものが 人生には多々あるということを発見するようにしなさい。

世の中には実に美しいものが沢山あることを思うと、 自分は死ねなかった。

だから君も、死ぬには、美しすぎるものが 人生には多々あるということを発見するようにしなさい。

ヘルマン・ヘッセ

名言ナビ」より

経験してみるまでは何事も現実ではない

経験してみるまでは何事も現実ではない
人生が教えてくれるまでは諺ですら諺とはならない

ジョン・キーツ

Nothing ever becomes real till it is experienced.
Even a proverb is no proverb to you till your life has illustrated it.

by John Keats

IT BOOKS BLOG「知識の流れを意識しよう」より

いちばん人生で安くて優秀な先生

父は本に関しておもしろいことを言っていました。

「本はいちばん人生で安くて優秀な先生だ。この先生は眠らない。必要なときに先生はずっと、そこに居てくれる。これだけ安いものはないぞ」

と何度聞かされたことでしょう。

(『本調子 強運の持ち主になる読書道』、p.67-68、本田健「読書好きになった環境」より)

世界は教育、仕事、企業の可能性に満ちている。

人類の幸福を増進することこそが私の願望だ

「私の研究は金儲けではなく、学問そのもののための研究であり、人類の幸福を増進することこそが私の願望だ」

Louis Pasteur
ルイ・パスツール
(細菌学者)

力に屈するな

決して、諦めるな― 決して、決して、決して。大事か些事かに関わらず、それが名誉や良識に確信があるのでないかぎり、屈服してはいけない。力に屈するな。敵が一見圧倒的であろうと屈するな。

"Never give in― never, never, never, never, in nothing great or small, large or petty, never give in except to convictions of honour and good sense. Never yield to force; never yield to the apparently overwhelming might of the enemy."

Winston Churchill
ウィンストン・チャーチル

ハロー校での演説 (October 29, 1941)

フリー引用句集『ウィキクォート(Wikiquote)』
「ウィンストン・チャーチル」の項より

「信はたて糸 愛はよこ糸 織り成せ人の世を美しく」 岡崎嘉平太

NHKの
ラストメッセージ 第五集 『命をかけた日中友好』
という番組を見た。

日中国交正常化の影の功労者である
岡崎嘉平太というひとについてのドキュメント番組だった。

とてもおもしろかった。

とりわけ、
周恩来と岡崎嘉平太が、
互いに兄弟と呼び合うまでの仲になることができた
ということが興味深かった。

岡崎嘉平太は
中学時代から中国人留学生の友人と交流があり、
そのなかに親友もいた。

しかし、
日本が中国に侵攻するようになり
国内に中国人蔑視の風潮が広まると、
その中国人の親友も日本に嫌気が差して
帰国してしまう。

その後は、終戦までの8年間、
上海で働き、さらに中国を深く知るようになる。

岡崎は
日本が上海を占領している状況でも
中国人を差別することなく
人間同士の付き合いを大切にした。

その後、岡崎は
中国と付き合うことの大切さを以下のように説いた。

我々は隣国とだんだん、だんだん交わりを深くして
隣国との間に争いを起こさない

アメリカも大切な一人であり
我々が自由陣営から離れることは
絶対、民族にとって不利でありますけれども、

ただそれだけで、
自由陣営に属しない者の悪口を言い
けとばして済むかというと、
そういうわけにはまいりません

まず相手を知る
とにかく我々は体を持って行って見る
向こうの人と直接会ってみる

直接向こうの実情を見た上で
我々の否応を判断しなきゃいけない

岡崎嘉平太

岡崎の働きかけによって、
1962年から中国との貿易交渉が始まった。

岡崎はこのとき初めて
当時の中国首相、
周恩来と顔を合わせた。

日清戦争以来
日本は我が国を侵略し
人民を傷つけ苦しめてきました

我々は深い恨みがあります

しかし、
中国と日本の間には
二千年にわたる友好の歴史があります

戦争による不幸な歴史は
わずか数十年に過ぎません

我々は日本に恨みを持っていますが
それを忘れようと努力をしています

これからは日中が力を合わせて
アジアをよくしていこうではありませんか

周恩来

この後も、岡崎は
右翼や人々に売国奴とののしられ
脅迫されながらも

中国との貿易交渉を続けた。

そのような岡崎の姿勢について
周恩来は、
岡崎の息子に対して
「なぜあなたの父親を信頼するのか」
を話した。

君のお父さんは
たぶん自分のことは言わないだろう

だけど、
我々は友情のために
自分の生死をかけるような人を
本当に信用するんだ

僕は中国にいて
僕を殺す人なんていないよ
すごく安全だ

でも君のお父さんは日本へ帰ると
ちょっと危ないんじゃないか

今までもそういうことがあっただろう

それを乗り越えてやってきて
中日のために命をかけてきた

だから それが僕らが君の
お父さんを信用するゆえんなんだ

周恩来

その後もいくつもの障害を乗り越え、
努力の末、1972年に日中国交正常化が実現することが決まった。

9月23日、
田中総理大臣が北京に来る二日前
周恩来は岡崎を迎えた食事会の席でこう言った。

我が国では
「水を飲む時には 井戸を掘った人を忘れない」
という言葉があります

まもなく田中総理が来られて
日中国交は正常化しますけれども

田中総理が来られたから
回復するのではありません

長い間 困難な時期に日中友好に
努力された方々があったから
今日正常化ができるんです

岡崎先生、松本先生、
あなた方もその一人ですよ

周恩来

そして、1972年9月29日
日中国交正常化が実現した。

人と人との間柄の
美しさに勝る美しさは
ないであろう。

私が
「信はたて糸 愛はよこ糸 織り成せ人の世を美しく」
というのはまさにこのことである。

この機織作業の
すばらしさに目覚める時

私どもの新しい社会への道は
決して苦労などではなく
楽しい発見の営みになっていくに違いない。

岡崎嘉平太

「怠惰は万事をむつかしくするが 勤勉は万事をたやすくする」

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