「書きたいことを書いてみた」の記事一覧(5 / 5ページ目)

「村田蔵六(大村益次郎)」とは

By Yukinobu Kurata (倉田幸暢)

天才、大村益次郎

司馬遼太郎の小説『花神』で描かれている
村田蔵六の人物像をご紹介します。

大村益次郎(村田蔵六)
大村益次郎(村田蔵六) (*1)

村田蔵六(後の大村益次郎)

彼は、日本の近代兵制の創始者であり、
幕末に徳川幕府を倒した討幕軍の司令官でもありました。

そのときの功績を評価され、明治維新後には、
最初の兵部大輔(軍事大臣)となりました。

しかし、それだけではなく、彼は

西洋医学を学んだ医師
西洋の科学技術を研究した学者
西洋の近代な軍事を研究した兵学者

などさまざまな顔をもっていました。

このように多方面にわたって才能を発揮した彼は、
まさに「天才」だったといえるでしょう。

著者である司馬遼太郎は、
村田蔵六の人物像についてこのように述べています。

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脚注
  1. (大村益次郎(村田蔵六)(Painted by エドアルド・キヨッソーネ From 国立国会図書館、「近代日本人の肖像」))[↩ Back]

「ハッカー(hacker)」とは

By Yukinobu Kurata (倉田幸暢)

歌川国芳、『名誉右に敵なし左甚五郎』)
歌川国芳、『名誉右に敵なし左甚五郎』(中央図)
歌川国芳、『名誉右に敵なし左甚五郎』 (*1)

「ハッカー = 犯罪者」
もしも、「ハッカー(hacker)」という言葉をこのように捉えておられるとしたら、
すこしだけ時間を割いていただいて
次のハッカーに関する記述に目を通してみてください。
まずは、Paul Graham(ポール・グレアム)の著書、『ハッカーと画家』より。
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脚注
  1. 歌川国芳、『名誉右に敵なし左甚五郎』 at Wikimedia Commons[↩ Back]

1.口にできないこと「ハッカーと洋学者 : 革命期の創造者たち」

By Yukinobu Kurata (倉田幸暢)

Darwin Monkey (ダーウィン・モンキー)
ダーウィン・モンキー (*1)

口にできない考えを抱かないほうが、ほぼ間違いなくどこかおかしいんだ

――― ポール・グレアム、『ハッカーと画家』 (*2)

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言わザル 言うサル

徳ある者は必ず言あり

――― 孔子、『論語』 憲問篇 (*3)

「現代のハッカー」と「幕末の洋学者」に
共通する点はいくつかあります。

そのなかから、今回は、

「常識はずれなことを考える」

という共通点についてお話していこうと思います。

現代のハッカーたちも、幕末の洋学者たちも
彼らが生きている時代からすれば
かなり常識はずれなことを考えています。

たしかに、「常識的な」一般の人々の目に映る彼らの言動は、
常識はずれなものばかりのようです。

鎖国状態にあり、海外との交流が禁止されていた江戸時代に
ときに命の危険を冒してまで異国の珍奇な物事を知ろうとしていた
洋学者たちや、

ときに寝る間も惜しんで何時間もぶつぶつ言いながらパソコンとにらめっこしたり
意味不明なアルファベットの羅列に美しさを感じたりしている
ハッカーたち、

彼らは、一言でいえば、「へんな奴ら」なのです。

では、なぜ彼らはこのような常識はずれなことを考るのでしょうか?

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脚注
  1. (Darwin Monkey (ダーウィン・モンキー) (Photo by 3DWiki at Wikimedia Commons))[↩ Back]
  2. (ポール・グレアム (川合史朗 訳) 『ハッカーと画家:コンピューター時代の創造者たち』、オーム社、2005年、p.41)[↩ Back]
  3. (貝塚茂樹訳注、『論語』、中公文庫、中央公論新社、1973年、p.385)[↩ Back]

0.はじめに「ハッカーと洋学者 : 革命期の創造者たち」

By Yukinobu Kurata (倉田幸暢)

どうやら、大きな変化を起こす人には、
古今東西を問わず、ある種の共通点があるようです。

このことに気づいたのは、
ある2つの本で描かれている、時代も場所も異なる2種類の人々の間に
ある種の共通点を感じたのがはじまりでした。

その2種類の人々の片方は、
現代のアメリカのプログラマーであるPaul Graham (ポール・グレアム)が、
著書である 『ハッカーと画家』 というエッセー集のなかで語る
ハッカーの人々です。

そして、もう片方は、
司馬遼太郎の 『花神』 という日本の幕末期を描いた小説に登場する、
村田蔵六 (後の、大村益次郎)という人物をはじめとした
洋学者たちです。

「現代のハッカー」「幕末の洋学者」

この一見無関係に思える彼らには、
どうも共通点があるように思えてしかたありません。

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人間万事 Sense of Wonder (センス・オブ・ワンダー)

By Yukinobu Kurata (倉田幸暢)

どうも、倉田幸暢です。

ここでは、なぜ、僕がこのウェブサイトをつくったのかということ、つまり、このウェブサイトのテーマについて、お話します。

「WisdomMingle」ってなに?

このウェブサイトのタイトルである、「WisdomMingle」という言葉は、「ウィズダム・ミングル」と読みます。

この言葉は、「wisdom」という言葉と、「mingle」という言葉の2つの言葉を使って、僕が作った造語です。

wisdom」(ウィズダム)という言葉には、「知恵」という意味があります。

ここでは、「古今東西のさまざま人々の叡智」というような意味で、この「wisdom」(ウィズダム)という言葉を使っています。

もうひとつの、「mingle」(ミングル)という言葉には、「混ぜ合わせる」という意味があります。

なお、あとで紹介するように、ここでは、この「mingle」(ミングル)という言葉に、「ごちゃまぜ」というニュアンスもこめています。

また、この「mingle」(ミングル)という言葉には、ほかにも、「人と話をする」、「人と交わる」、「加わる、参加する」といった意味もあります。

そして、この2つの言葉を組み合わせた「wisdom mingle」(ウィズダム・ミングル)という言葉を、ここでは、

「知恵を混ぜ合わせてひとつにすること」
または、
「知恵が混ざり合ってひとつになっている状態」

といった意味で使っています。

より正確に言うと、僕は、この「wisdom mingle」(ウィズダム・ミングル)という言葉に対して、次のような意味をこめています。

「いろいろなことを学んでいくなかで、過去から現在に至るまでの世界中のさまざま人々やものごとと出会い、それらと対話することで、新たな知恵が生まれる」

これが、僕が言う「wisdom mingle」(ウィズダム・ミングル)という言葉の真意です。

そして、この、「いろいろなことを学んでいくなかで、過去から現在に至るまでの世界中のさまざま人々やものごとと出会い、それらと対話することで、新たな知恵が生まれる」ということが、このサイトのテーマです。

それはまた、僕自身のテーマでもあります。

ちなみに、僕がこの「wisdom mingle」(ウィズダム・ミングル)という考えにいたったきっかけは、加藤秀俊さんの著書である『独学のすすめ』という本でした。

加藤秀俊さんの『独学のすすめ』から受けた影響

ここからは、この加藤秀俊さんの『独学のすすめ』という本のなかで、僕が「wisdom mingle」(ウィズダム・ミングル)という考えにいたるきっかけとなった部分をご紹介します。

 アメリカの小学校の実験学級というものを見たことがある。実験学級であるから、あくまで、その運営のしかたはアメリカの教育の現状からみて例外的というべきだろうが、見ていて、たいへんおもしろかった。どんな点でおもしろかったのか。要するに、この学級では、わたしたちが一般的に知っている「教科目」がごちゃまぜになっているのである。いや、ごちゃまぜ、というよりは、そもそも「教科目」というかんがえかたじたいがそこでは極力、排除されているのである。
(中略)
べつな時間は、まず、メリケン粉、砂糖、タマゴ、などの食料品を机のうえにならべて先生が話しはじめる。メリケン粉はデンプンである。デンプンの存在はどうやってたしかめるか―ヨード実験をやってみる。砂糖というのは、どんなふうにつくられるか―砂糖生産のスライドが用意されていて、砂糖キビ畑というのがどんなものか、子どもたちは教えられる。タマゴについても、その生物学的な説明がほどこされる。
ひととおり、これらの学習がすむと、これでケーキをつくってみよう、ということになる。材料をまぜあわせ、かたちをつくり、オヴンにいれるまえに、目方をはかる。焼いているあいだは、なぜ、ベーキング・パウダーをいれるとふくらむか、についての化学の授業がある。ケーキが焼きあがると、そこでふたたび目方をはかり、水分がどれだけ蒸発したかを計算する。そして、できあがったケーキを、そのグループの子どもたちが公平にわけるとすると、ケーキの中心角は何度であるか、の計算が命ぜられる。六人、九人、などというキリのいい人数ならば計算は簡単だが、七人、十一人などだと、いくらやっても割り切れない。割り切れないから、そこで循環小数というものについて説明があり、概数のとらえかたが教えられる。そして、ひととおり済んだところで、ケーキを切りわけ、みんなで食べて、それで授業がおわる。このばあいには、「教科目」的にいうと、理科、算数、社会、家庭の各科が一体化しているのである。
実験学級の子どもたちは、こうした授業をおもしろがっている。算数とか理科とか、ひとつひとつの科目がバラバラに切りはなされているときには退屈する子どもでも、このような実験授業には、目をかがやかせて惹きつけられている。そういう姿を見ながら、わたしはかんがえた。いったい、「教科目」とはなんなのであろうか。
もともと、人間の知識というのは、かなりの程度まで総合的なものである。べつだん、われわれお互いの頭の中にたくさんのヒキ出しが用意されていて、これが数学、こっちが歴史、というふうにきっちり知識が区分けされているわけのものでもない。

(加藤秀俊 『独学のすすめ』、文春文庫189-1、文藝春秋、p.179-181)

この話を聞いていただければ、「ごちゃまぜ」(「mingle」、ミングル)ということが、いかに楽しく、有益なものなのかということがお分かりいただけると思います。

そして、また、この話のなかにあった、「目をかがやかせて惹きつけられている」という言葉は、このサイトのもうひとつのテーマである、「Sense of Wonder (センス・オブ・ワンダー)」という言葉につながっています。

この「Sense of Wonder (センス・オブ・ワンダー)」という言葉については、あとでお話します。

以下は、さきほどの『独学のすすめ』の一節のつづきの部分です。

およそ「教科目」というのは、ひとつの歴史的な産物であって、こんな妙ちくりんなものにおつきあいしながら「教育」がおこなわれるようになったのは、ごくさいきんのことなのである。
日本でも西洋でも、ついこの間までは「学問」とは、しょせん「学問」ということであり、その「学問」とは、要するに知識を探求する、ということ以外のなにものでもなかった。知識の領域は、ぼんやりとわかれていたけれども、ひとりの人間の内部では、さまざまな領域にわたっての好奇心がひとつに統合されていた。レオナルド・ダ・ヴィンチなどはその典型ともいうべき人物であって、かれはいっぽうでは、揚水機だのハシゴ車だの飛行機の原型などをつくりながら、他方では人体解剖図をつくったり、流水の研究をしたりもした。そして、人生論も書いたし、あの「モナ・リザ」をもふくめて、たくさんの名画ものこした。かれののこした論考は五千枚におよび、そのテーマは、万華鏡のごとく多岐にわたっているのである。

(加藤秀俊 『独学のすすめ』、文春文庫189-1、文藝春秋、p.182)

かれは、あらゆることに興味をもち、その興味のおもむくままに、あらゆることをしてみた、というだけのことなのである。「専門」という名の、ふしぎな制限をもたなかったことがあの、のびやかで雄大なひとりの人物をつくったのだ。学問とか知識とかいうものは、じっさいは茫洋としていて、どこにも境界線なんか、ありはしない。

(加藤秀俊 『独学のすすめ』、文春文庫189-1、文藝春秋、p.184)

知識のありかたがバラバラであるほど、じつは、それを互いにつなぎあわせ、総合化する努力が必要なのではないか。そして、人間のがわも、かつての人間がもっていた健全な多面性を要求されているのではないか。

(加藤秀俊 『独学のすすめ』、文春文庫189-1、文藝春秋、p.187)

わたしは、オーケストラの指揮のできる首相だの、考古学的発掘をみずからこころみる実業家だの、といった、はばの広い大きな人物のいる社会は、ほんとうに学問だの知識だのがたのしく生きている社会なのではないか、と思う。そして、そんなふうに多面的な人間をそだてる社会は、きっと、いい社会なのだろうと思う。

(加藤秀俊 『独学のすすめ』、文春文庫189-1、文藝春秋、p.190)

加藤秀俊さんの言う、このような、「ほんとうに学問だの知識だのがたのしく生きている社会」や、「多面的な人間をそだてる、いい社会」というのは、僕にとっては、すばらしいものに感じられます。

そして、そのような社会を実現するための方法として、僕なりに考えて出した答えが、「wisdom mingle」(ウィズダム・ミングル)でした。

どういうことかというと、つまり、「いろいろなことを学んでいくなかで、過去から現在に至るまでの世界中のさまざま人々やものごとと出会い、それらと対話することで、新たな知恵が生まれる」ということを、多くの人々に実感してもらうことで、いろいろなことを学ぶことの楽しさやすばらしさを知ってもらうことができれば、多面的でおもしろい人がどんどん増えていって、その結果として、多種多様なおもしろい人がたくさんいる多様性に満ちた楽しい社会になるのではないか、と考えているのです。

Sense of Wonder (センス・オブ・ワンダー)ってなに?

ここからは、上でご説明した、「wisdom mingle」(ウィズダム・ミングル)という言葉に関連して、このサイトのもうひとつのテーマである、「Sense of Wonder (センス・オブ・ワンダー)」という言葉についてお話していきます。

以下の文章は、それぞれ、「Sense of Wonder (センス・オブ・ワンダー)」という言葉について書かれた文章の一節です。

これらの文章には、「Sense of Wonder (センス・オブ・ワンダー)」という言葉の意味について、教えてくれるものがあります。

 子どもたちの世界は、いつも生き生きとして新鮮で美しく、驚きと感激にみちあふれています。残念なことに、わたしたちの多くは大人になるまえに澄みきった洞察力や、美しいもの、畏敬すべきものへの直感力をにぶらせ、あるときはまったく失ってしまいます。
もしもわたしが、すべての子どもの成長を見守る善良な妖精に話しかける力をもっているとしたら、世界中の子どもに、生涯消えることのない「センス・オブ・ワンダー=神秘さや不思議さに目を見はる感性」を授けてほしいとたのむでしょう。
この感性は、やがて大人になるとやってくる倦怠と幻滅、わたしたちが自然という力の源泉から遠ざかること、つまらない人工的なものに夢中になることなどに対する、かわらぬ解毒剤になるのです。

(レイチェル・カーソン、(上遠恵子 訳)『センス・オブ・ワンダー』、新潮社、1996.7.25、p.23)

 何かをうまくやるためには、それを愛していなければならない。ハッキングがあなたがやりたくてたまらないことである限りは、それがうまくできるようになる可能性が高いだろう。14歳の時に感じた、プログラミングに対するセンス・オブ・ワンダーを忘れないようにしよう。

(Paul Graham(ポール・グレアム)(川合史朗 訳) 『ハッカーと画家:コンピューター時代の創造者たち』、オーム社、平成17年1月25日、p.237)

僕は、「Sense of Wonder」(センス・オブ・ワンダー)というのは、
目を輝かせて夢中になること」だと思います。

そして、人は「目を輝かせて夢中になること」があるからこそ、生きていけるのではないかと思います。

ですので、「人間万事 Sense of Wonder」だなぁと、僕は思うのです。

そして、たくさんの人に「Sense of Wonder」(センス・オブ・ワンダー)を感じていて欲しいと思っています。

たくさんの人が、「Sense of Wonder」(センス・オブ・ワンダー)を感じながら、目を輝かせて生きている社会は、きっと、いい社会なのだろうと思います。

2009年11月6日1:02
倉田幸暢

「信はたて糸 愛はよこ糸 織り成せ人の世を美しく」 岡崎嘉平太

By Yukinobu Kurata (倉田幸暢)

NHKの
ラストメッセージ 第五集 『命をかけた日中友好』
という番組を見た。
日中国交正常化の影の功労者である
岡崎嘉平太というひとについてのドキュメント番組だった。
とてもおもしろかった。
とりわけ、
周恩来と岡崎嘉平太が、
互いに兄弟と呼び合うまでの仲になることができた
ということが興味深かった。
岡崎嘉平太は
中学時代から中国人留学生の友人と交流があり、
そのなかに親友もいた。
しかし、
日本が中国に侵攻するようになり
国内に中国人蔑視の風潮が広まると、
その中国人の親友も日本に嫌気が差して
帰国してしまう。
その後は、終戦までの8年間、
上海で働き、さらに中国を深く知るようになる。
岡崎は
日本が上海を占領している状況でも
中国人を差別することなく
人間同士の付き合いを大切にした。
その後、岡崎は
中国と付き合うことの大切さを以下のように説いた。

我々は隣国とだんだん、だんだん交わりを深くして
隣国との間に争いを起こさない
アメリカも大切な一人であり
我々が自由陣営から離れることは
絶対、民族にとって不利でありますけれども、
ただそれだけで、
自由陣営に属しない者の悪口を言い
けとばして済むかというと、
そういうわけにはまいりません
まず相手を知る
とにかく我々は体を持って行って見る
向こうの人と直接会ってみる
直接向こうの実情を見た上で
我々の否応を判断しなきゃいけない

岡崎嘉平太

岡崎の働きかけによって、
1962年から中国との貿易交渉が始まった。
岡崎はこのとき初めて
当時の中国首相、
周恩来と顔を合わせた。

日清戦争以来
日本は我が国を侵略し
人民を傷つけ苦しめてきました
我々は深い恨みがあります
しかし、
中国と日本の間には
二千年にわたる友好の歴史があります
戦争による不幸な歴史は
わずか数十年に過ぎません
我々は日本に恨みを持っていますが
それを忘れようと努力をしています
これからは日中が力を合わせて
アジアをよくしていこうではありませんか

周恩来

この後も、岡崎は
右翼や人々に売国奴とののしられ
脅迫されながらも
中国との貿易交渉を続けた。
そのような岡崎の姿勢について
周恩来は、
岡崎の息子に対して
「なぜあなたの父親を信頼するのか」
を話した。

君のお父さんは
たぶん自分のことは言わないだろう
だけど、
我々は友情のために
自分の生死をかけるような人を
本当に信用するんだ
僕は中国にいて
僕を殺す人なんていないよ
すごく安全だ
でも君のお父さんは日本へ帰ると
ちょっと危ないんじゃないか
今までもそういうことがあっただろう
それを乗り越えてやってきて
中日のために命をかけてきた
だから それが僕らが君の
お父さんを信用するゆえんなんだ

周恩来

その後もいくつもの障害を乗り越え、
努力の末、1972年に日中国交正常化が実現することが決まった。
9月23日、
田中総理大臣が北京に来る二日前
周恩来は岡崎を迎えた食事会の席でこう言った。

我が国では
「水を飲む時には 井戸を掘った人を忘れない」
という言葉があります
まもなく田中総理が来られて
日中国交は正常化しますけれども
田中総理が来られたから
回復するのではありません
長い間 困難な時期に日中友好に
努力された方々があったから
今日正常化ができるんです
岡崎先生、松本先生、
あなた方もその一人ですよ

周恩来

そして、1972年9月29日
日中国交正常化が実現した。

人と人との間柄の
美しさに勝る美しさは
ないであろう。
私が
「信はたて糸 愛はよこ糸 織り成せ人の世を美しく」
というのはまさにこのことである。
この機織作業の
すばらしさに目覚める時
私どもの新しい社会への道は
決して苦労などではなく
楽しい発見の営みになっていくに違いない。

岡崎嘉平太

『プラネテス』 ―人間たちの物語―

By Yukinobu Kurata (倉田幸暢)

突然ですが、アニメ『プラネテス』を紹介したいと思います。

 
このアニメは、笑いあり、涙あり、シリアスありと、
アニメの域を超えたおもしろさです。

 
表題の『プラネテス』(ΠΛΑΝΗΤΕΣ、PLANETES) の意味は 続きを読む

生産者と消費者

By Yukinobu Kurata (倉田幸暢)

 (Photo by Kelvin Kay at Wikimedia Commons)
Photo by Kkmd on Wikimedia Commons

最近ふと思った。

大人になるってことが、年を重ねるってことが、
消費しかしなくなるってことと同義になっていってるんじゃないか、って。

映画とか、演劇とか、音楽とか、料理とか、本とか、絵とか、
観賞したり、聞いたり、味わったり、読んだり、鑑賞したり、
よいものを消費するのはとっても楽しい。

でも、本当はクリエイターである、つくる側が一番楽しいんじゃないかって。

手からこぼれ落ちる砂みたいに、
やった先からどこに行ってしまったのか分からなくなって、
誰からも忘れ去られてしまうような日々の作業じゃなくて、

カタチに残せること、
たしかにそこにあって、自分がつくったんだって胸を張って言えるもの。

よいものをつくるのはきっと大変だろうと思う。

徹夜したり、煮詰まったり、期日に間に合わなかったり、意見がぶつかったり、
身も心もボロボロで、
自分はなんでこんな苦しいことやってんだろ、ってなときもあるだろう。

でも、なによりも、

誰かに言われたからじゃない、
その過程自体が楽しいから、
自分の心が求めることをカタチにしていくことができるから、
持てる力のすべてをかけてそれに没頭できるから、
そして、その努力が時として自分自身が予想していた以上のものを見せてくれるから、

やっぱり一番楽しいのは生産者じゃないかな。

生産者は本当は心のなかで思ってるんじゃないだろうか。

あーあ、消費者ってかわいそうだよなー、こっち側はこんなに楽しいのに、って。
ほんとうの「楽しい」はこっち側にしかないのに、って。

そんなこんなで、
自分も生産者でいたいなぁ、なんて思っとります。

ほんとは、みんな心のどっかで
何やらつくってみたくてうずうずしてるんじゃないかなぁ。

2007年1月14日2:36
倉田幸暢

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