WisdomMingle.com(ウィズダムミングル・ドットコム)
WisdomMingle.com(ウィズダムミングル・ドットコム)

ぼくは、「センス・オブ・ワンダー」というのは「目を輝かせて夢中になること」だとおもいます。たくさんの人が、目を輝かせて生きている社会は、きっと、いい社会なのだろうとおもいます。

「まなぶ」の記事一覧

青き鬼の霊木と、比叡山の水神たる酒天童子

青き鬼の霊木と、比叡山の水神たる酒天童子

香取本『大江山絵詞』の絵巻物に記されている「酒天童子(酒呑童子)が変化した楠」を出発点として、それに関連する叡山開闢譚の霊木や、その守護者であった青鬼、そこからさらに、酒天童子の水神としての性質などについてお話します。
酒天童子(酒呑童子)と護法童子の類似性

酒天童子(酒呑童子)と護法童子の類似性

「酒天童子なる存在も、当然、護法という視点から見直される必要があろう。すると、酒天童子こそ護法の属性をことごとく備えた存在であることに気づくのである。〔中略〕諸絵巻に描かれた酒天童子の姿は葛川明王院の碑伝に描かれた護法と驚くべき類似を示している」(天野文雄「酒天童子と護法童子と」,「「酒天童子」考」)
三尾明神と、継体天皇を出した三尾氏の一族と、その旧跡地が点在する滋賀県高島

三尾明神と、継体天皇を出した三尾氏の一族と、その旧跡地が点在する滋賀県高島

近江国(滋賀県)の高島(高嶋)にある、三尾神社や水尾神社に祀られている三尾明神は、三尾氏の氏神であったようです。このことから、三尾氏は、『長谷寺縁起絵巻』の物語とのつながりがあるのかもしれません。もしそうだとすると、三尾氏と、香取本『大江山絵詞』の絵巻の酒天童子(酒呑童子)の伝説のあいだにも、つながりがあるのかもしれません。
『長谷寺縁起絵巻』の詞書と絵図

『長谷寺縁起絵巻』の詞書と絵図

『長谷寺縁起絵巻』に登場する、三尾明神と、祟りをなす霊木(御衣木)の楠と、香取本『大江山絵詞』に登場する、平野山(比良山地)の地主神(比良明神)としての酒天童子と、酒天童子が変化した姿である祟りをなす楠の巨木との、類似性についてお話します。
かくれ里の明王院 : 葛川坊村の息障明王院 (天台修験の密教行者の三大聖地のひとつ)

かくれ里の明王院 : 葛川坊村の息障明王院 (天台修験の密教行者の三大聖地のひとつ)

天台修験の密教行者の三大聖地のひとつである、葛川坊村の息障明王院を紹介します。なお、現存最古の酒天童子(酒呑童子)の伝説が描かれている香取本『大江山絵詞』の絵巻の誕生には、中世の比叡山延暦寺や、天台修験(天台宗の修験道)の密教行者(修験者、山伏)などが深くかかわったとされています。
『石山寺縁起絵巻』の詞書と絵図

『石山寺縁起絵巻』の詞書と絵図

『石山寺縁起絵巻』の詞書と絵図を紹介します。この絵巻には、香取本『大江山絵詞』の絵巻に描かれている、鬼王である酒天童子(酒呑童子)の原型のひとつとなったとおもわれる、比良明神という神が登場します。
酒呑童子の赤い鬼瓦(?): 比叡山延暦寺の根本中堂の屋根にある酒呑童子のような色をした赤い鬼瓦

酒呑童子の赤い鬼瓦(?): 比叡山延暦寺の根本中堂の屋根にある酒呑童子のような色をした赤い鬼瓦

酒呑童子(酒天童子)の伝説の一部は比叡山延暦寺で作られました。そのため比叡山には、酒呑童子の伝説とのつながりを感じさせるモノがいろいろあります。それらのなかから、延暦寺の根本中堂の屋根に設置されている、まるで酒呑童子のような色をした赤い鬼瓦について、お話してみたいとおもいます。
NFT(ノンファンジブルトークン)をつくって「値打ちのあるもので、ファンと、たのしく!」: ブロックチェーンによるトークンエコノミーと、みんなのためのキャピタルマーケット(資本市場)

NFT(ノンファンジブルトークン)をつくって「値打ちのあるもので、ファンと、たのしく!」: ブロックチェーンによるトークンエコノミーと、みんなのためのキャピタルマーケット(資本市場)

NFT(ノンファンジブルトークン)とはなにか?、NFTでなにができるのか?をくわしく説明します。また、NFTとブロックチェーントークンエコノミーによって、個人が活動資金をマーケット(市場)から調達する方法などについて考えてみました。
加藤秀俊さんについて

加藤秀俊さんについて

   わたしは、オーケストラの指揮のできる首相だの、考古学的発掘をみずからこころみる実業家だの、といった、はばの広い大きな人物のいる社会は、ほんとうに学問だの知識だのがたのしく生きている社会なのではないか、と思 […]
「適塾」とは

「適塾」とは

実は、幕末当時の蘭方医というのは医者であるということにとどまらず、西洋から入ってくるさまざまな近代的な知識を身に付けた総合的な知識人だったのです。
「独学のすすめ」の主旨

「独学のすすめ」の主旨

人間の知識の歴史のうえでは、「独学」こそが唯一の学問の方法であったのではないか。(…)人間が、なにかを学ぼうとするとき、たよりになるのはじぶんじしん以外にはなにもないのがふつうなので、「独学」以外に学問の正道はなかった。 […]