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ハロハロでフロフロなごちゃまぜ体験と、自動生成でお名前入れちゃいました画像

By Yukinobu Kurata (倉田幸暢)

ハロハロ!
(≧∇≦)ノ〃

とつぜんですが、「ハロハロ」(Halohalo、Halo-halo)というのは、タガログ語で「ごちゃまぜ」を意味する言葉だそうです。(※ タガログ語というのは、フィリピンでつかわれている言語です。)

なにを隠そう、ぼくは、ある本のなかにあった、「ごちゃまぜ」という言葉をきっかけにしてブログをやり始め、

しかも、そのブログのタイトルを、「(いろいろなものを)ごちゃまぜにする」というニュアンスを込めた、「mingle」(ミングル)(まぜる)という言葉を入れた「WisdomMingle.com」(ウィズダムミングル・ドットコム)というタイトルにし、

おまけに、メタバース(仮想世界)のなかにつくった2つの図書館にも、「Mingle Mangle Library」(ミングルマングル・ライブラリー)(ごちゃまぜ図書館)という名前をつけてしまうほどの、ごちゃまぜ好きであり、

なおかつ、なにかと、おもしろおかしいかんじの、ファンキーなあいさつの言葉が好きなぼくとしては、

「ごちゃまぜ」という意味をもっていて、しかも、なんだかウキウキするような語感のある、この「ハロハロ!」という言葉は、まさに、あいさつの言葉としてつかうのに、うってつけな気がします!
d(≧∀≦)b

これからは、ことあるごとに、なにかと、意味もなく、「ハロハロ!」「ハロハロ!」言ったりするかもしれませんが(笑)、どうか、あたたかく見守っていただければうれしいです。
m(_ _)m

 

ちなみに、この記事の冒頭にあった画像は、(本来は、)ちょっとしたプログラムによって、元の背景画像のうえに、任意のテキスト文字を表示させる、というかたちで自動生成された画像なのです。(ですが、この記事では、諸事情により、ただの画像にしています。)

その自動生成画像の仕組みをつかうことで、実際にどんなことができるのか、ということを確認するには、この下のURLにアクセスしてみてください。すると、プログラムのはたらきによって、このURLの末尾のところについている、「●●さん_こんにちは!_(o≧ω≦)O」という一連の言葉が、背景画像の上に追加されて、ひとつの画像として生成されます。(ちなみに、「_」(アンダースコアの記号)は、「改行」に変換されます。)

https://wisdommingle.com/lab/text_on_image/index.php?v=●●さん_こんにちは!_(o≧ω≦)O

たとえば、この上のURLのなかの、「●●さん」という文字のところを、好きな文字に変えてから、このURLにアクセスしてもらうと、背景画像の上に、そのとおりの文字が表示されます。

 

この自動生成画像の仕組みの用途としては、たとえば、HTMLメール形式のメルマガのなかで、そのような、「任意のテキスト文字を表示させた画像を自動生成する仕組み」をつかう、という使い方があります。そうすることで、メルマガの読者さんごとに、それぞれの読者さんのお名前がはいった画像(たとえば、「●●さん、こんにちは!」という文字がはいった画像)を自動生成して、その画像をメルマガのなかに表示させることができます。それによって、ちょっとした、パーソナライズされたメルマガを届ける、といったことができます。

つまり、べつのメルマガ読者さんが、そのメールを目にするときには、そのメールのなかの画像のなかに表示されるお名前の文字は、べつの人の名前になる、ということなのです。

この仕組みは、以前からずっと「やってみたいな」とおもっていた仕組みなのですが、今日、その仕組みをつかって自動生成した画像を掲載したメルマガを送ることができたことで、ついにその夢がかないました!
o(≧∇≦)/"

 

その仕組みついてのくわしいことは、機会があれば、またいつかお話できればとおもいますが、もし、あなたがメルマガをやっているなら、こうした仕組みを、うまくつかうことで、ほかにも、いろいろとおもしろいことができるんじゃないかな、とおもいます。

なにかのご参考になればうれしいです☆
(๑˃̵ᴗ˂̵)」

 

今日は「こどもの日」なので、ここぞとばかりに、「こども心」を炸裂させ、「春はあげぽよ」とばかりに、テンション爆上げで、いろいろなことをつめ込んだ記事にしてみました!(笑)
(o≧ω≦)O

 

そんなこんなで、「ハロハロ!」という、「ごちゃまぜ」好きなぼくにとって、あいさつとしてつかうのに、うってつけな言葉を知ることができたうれしさと、

ずっとためしてみたいとおもっていた、「プログラムによる自動生成でお名前入れちゃいました画像」の仕組みを、実際にメルマガのなかでつかってみることができた興奮とで、

現在、フロー状態なフロフロ体験まっただなかなかんじです(笑)。
(畄w畄)

 

ちなみに、さっき、ふと、「フロー体験」という言葉からの連想で、今日のメルマガにつめ込んだ、いろいろなものをつくる過程で感じたことについて、いろいろとおもいをめぐらせていました。

そして、だんだんと、いろいろ気になりはじめたので、ミハイ・チクセントミハイさんの『フロー体験 喜びの現象学』の本を、あらためて、ちょっとながめてみました。

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ミハイ・チクセントミハイ『フロー体験 喜びの現象学』

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「第6章 思考のフロー」
ミハイ・チクセントミハイ『フロー体験 喜びの現象学』

そうするうちに、今日のメルマガにつめ込んだ、いろいろなものをつくる過程でぼくが感じたことと、フロー体験や、こども心・遊び心や、まなぶことや、探求心や、「アマチュア」ということについて、などなど、いろいろとかんじるものがありました。

せっかくなので、このいきおいに乗って、今回、ぼくが、『フロー体験』の本からかんじるものがあったところを、この下に書き出してみました。

もし興味があれば、なんとなしに、ながめてみたりしていただくと、あなたにとっても、なにか、感じるものがある言葉があるかもしれません。

こちらも、なにかのご参考までに。

 オランダの偉大な文化史家ヨハン・ホイジンガによれば、体系的な知識の最も重要な先駆けは謎掛け遊びであった。ほとんどの古代文化で、種族の年長者は一人が意味の隠された歌詞を歌い、他の者がその歌に暗号化された意味を解釈するという勝負を競った。謎掛けに熟達した者どうしの勝負は、その地域で見ることのできる最も刺激的な知的行事であることが多かった。謎掛けの形式は論理のルールを先取りしたものであり、その内容は我々の祖先が保存しなければならない実際上の知識を伝えるものであった。

〔中略〕

 ドルイド教〔古代のブリテン、アイルランドでキリスト教よりも前にあったケルト人の宗教〕の僧や吟遊詩人が記憶のために用いた謎掛けはより長く複雑であり、巧妙な詩の中には秘密の知識の重要な部分が含まれていた。

〔中略〕

 偉大な思想家は、思想から得ることのできる物質的な報酬よりも、むしろ考えることの楽しさに動機づけられてきた。古代の最も独創的な思想家の一人であるデモクリトスは、故郷のアブデラの人々から高い尊敬を得ていた。しかし彼らはデモクリトスが何をしているのか分からなかった。何日も座ったまま思索に耽っている彼を見て、彼らはデモクリトスが正常ではなく病気であるに違いないと考えた。そこで彼らは何が自分たちの聖人を悩ませているのかを知るために、著名な医者ヒポクラテスを呼んだ。優れた医者であるばかりでなく賢人でもあったヒポクラテスは、デモクリトスと人生の不合理について論議した後、アブデラの人々に彼らの哲学者は強いて いえば、あまりにも正気にすぎるだけなのだといって安心させた。デモクリトスは精神を喪失していたのではなく、思考のフローに我を忘れていたのである。
 断片的に残っているデモクリトスの著作は、思考の実践がいかに楽しいものであるかを彼が知っていたことを示している。「何か美しいこと、新しいことについて考えることは崇高なことですらある」「幸福は力や金銭にあるのではない。それは正しさと多能とにある」「私はペルシャ王国を得るよりも、一つの真の原因を発見する方を選ぶ」。彼と同時代の何人かの文化人が、デモクリトスは明るい性向をもっていると考え、彼を「陽気者、またしばしば自信家、恐れを知らない最も優れた精神の持ち主」と評したのは当然である。言葉を換えれば、彼は自分の意識を統制できたので人生を楽しんだのである。
 デモクリトスは、精神のフローに我を忘れた最初の思想家でもなく、最後の思想家でもない。哲学者は「ぼんやりしている」とみられることが多いが、それはいうまでもなく彼らの精神が空虚であることを意味するのではなく、彼らが時折、彼らの好みの知の領域の象徴的形式の中に留まるために、日々の現実を閉め出してしまうからにほかならない。カントが自分の時計を沸いている湯の中に入れ、ゆでる時間を計るために卵を手に持っていた時、おそらく彼の心理的エネルギーのすべては抽象的思考を調和あるものにするために投入され、現実世界での付随的な必要に対応する注意の余裕をもっていなかったのだろう。
 要するに、観念の遊びは気分を極度に高揚させるということである。哲学ばかりでなく新しい科学的観念は、学者が現実を記述する新しい方法を創造する楽しさからエネルギーの供給を受けて生み出されるのである。思考のフローを成り立たせる手段はすべての人の共有財産であり、学校や図書館の書物に書かれている知識から成り立っている。

〔中略〕

この分野で真に自律的になるためのより優れた方法は、パズルを解く代わりに、自分自身のクロスワードを作ることである。そうすれば外から課せられるパタンを必要としなくなり、完全に自由になる。そして楽しさはより深いものになる。

〔中略〕

重要なことは、少なくとも心が歌い始める一行または一節を見つけ出すことである。わずか一語ですら新しい世界への窓を開き、心が内面的な旅を始めるのに十分な場合がある。

〔中略〕

新しい発見は、市場の広場に座り込み、思考に我を忘れたデモクリトスのように振舞う人々から生まれる。新しい発見は、思考と遊ぶことを深く楽しんでいるので、結果として既知のものの限界からさ迷い出て、未踏の領域を探険していることに気づく人々の上に訪れる。

〔中略〕

科学者が、「それはゲーム、人がなし得るきわめて楽しいゲームだった」という言葉で一九二〇年代の量子力学の発展を表現した物理学者P・A・M・ディラクと同じように感じることは不思議ではない。

〔中略〕

 思考の過程の型が打破されるのは、このような思いもよらない状況の下で、人々がアイデアとの遊びに没頭している時である。

〔中略〕

偉大な科学者は数世紀の間、なすべき仕事であるからとか、高額の政府支給の研究費を使うためであるからというより、自分が生み出した方法に魅せられ、自分の研究を趣味として行っていたということを認識することが重要である。

〔中略〕

科学の領域でアメリカで最初にノーベル賞を獲得したアルバート・A・マイケルソンは晩年、なぜ光の速度の測定に人生の多くの時間を注ぎ込んだのかという質問に対し「とても面白かったからさ」と答えたといわれる。

〔中略〕

容易に思い浮かべることのできるこれらの、また他の多くの偉大な科学者は、それぞれの領域での「専門家」ではなく、世間に認められ公的な援助を受けた人々ではなかったが、だからといって思索するうえで不利な条件にあったわけではない。彼らはただ楽しいことをしたにすぎない。

〔中略〕

科学を楽しいものにする知的枠組はだれにでも開かれている。

〔中略〕

元来、ラテン語の動詞 amare 「愛する」に由来する「アマチュア」は、自分のなすことを愛する人を意味していた。同様にラテン語の delectare 「……に喜びを見出す」に由来する「ディレッタント」は与えられた仕事を楽しむ人を意味した。したがって、これらの言葉の初期の意味は、業績よりもむしろ経験への関心を描写するものであった。それらは、どれだけ巧みに成し遂げるかに焦点をおくのではなく、ものごとをなすことから人が得られる主観的な報酬を記述するものであった。これら二つの言葉の運命以上に、経験の価値に対する我々の態度の変化を明瞭に示すものはない。アマチュアの詩人であること、ディレッタントな科学者で あることが尊敬された時代があった。それはこのような活動に従事することによって生活の質が向上することを意味していたからである。

(ミハイ・チクセントミハイ「第6章 思考のフロー」, 『フロー体験 喜びの現象学』) (*1)

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バイちゃ!

それでは、また。
m(_ _)m

 

 

「これ好奇のかけらなり、となむ語り伝へたるとや。」


脚注
  1. 出典: ミハイ・チクセントミハイ(著者), 今村浩明(翻訳) (1996年) 「第6章 思考のフロー」, 『フロー体験 喜びの現象学』, 世界思想社; 152ページ, 153ページ, 158ページ, 161~162ページ, 164ページ, 168ページ, 16 9ページ, 170ページ, 170~171ページ, 171ページ, 172ページ, 175ページ. [↩ Back]

加藤秀俊さんについて

By Yukinobu Kurata (倉田幸暢)

  

わたしは、オーケストラの指揮のできる首相だの、考古学的発掘をみずからこころみる実業家だの、といった、はばの広い大きな人物のいる社会は、ほんとうに学問だの知識だのがたのしく生きている社会なのではないか、と思う。そして、そんなふうに多面的な人間をそだてる社会は、きっと、いい社会なのだろうと思う。

――― 加藤秀俊、『独学のすすめ』 (*1)

  

ここでは、社会学者の加藤秀俊さんについての情報を、ご紹介させていただきたいとおもいます。
m(_ _)m

(参考)
加藤秀俊 - Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/加藤秀俊

  

目次
  1. 『独学のすすめ』
    1. 「「独学」とは、主体的に学ぼうとする姿勢のことにほかならない」
    2. 「「専門」とはなにか」
    3. 「情報時代の自己教育」
    4. 「「問題」とはなにか」
    5. 「創造性というもの」
    6. 「「しごと」の意味」
    7. 「読書について」
    8. 「わがままな期待」
  2. 『生きがいの周辺』
  3. 「縁の考察」
  4. 「二宮金次郎が薪を背負って歩きながら読んでいた本はいったいなんだったのだろうか」
  5. 『なんのための日本語』
    1. 「「通じる」ことがことばの基本」、「第二章 ごちゃまぜ言語」
    2. 「基礎語をしっかり」、「第三章 日本語のくみたて」
    3. 「半分以下に減った和語」、「第六章 日本語の責任」
    4. 「わかりやすさを第一に」、「第六章 日本語の責任」
  6. 『加藤秀俊著作集』
    1. 『加藤秀俊著作集 1』(1巻「探求の技法」)
    2. 『加藤秀俊著作集 2』(2巻「人間関係」)
    3. 『加藤秀俊著作集 3』(3巻「世相史」)
    4. 『加藤秀俊著作集 4』(4巻「大衆文化論」)
    5. 『加藤秀俊著作集 5』(5巻「時間と空間」)
    6. 『加藤秀俊著作集 6』(6巻「世代と教育」)
    7. 『加藤秀俊著作集 7』(7巻「生活研究」)
    8. 『加藤秀俊著作集 8』(8巻「比較文化論」)
    9. 『加藤秀俊著作集 9』(9巻「情報と文明」)
    10. 『加藤秀俊著作集 10』(10巻「人物と人生」)
    11. 『加藤秀俊著作集 11』(11巻「旅行と紀行」)
    12. 『加藤秀俊著作集 12』(12巻「アメリカ研究」)
  7. 『加藤秀俊社会学選集』
    1. 『加藤秀俊社会学選集 上巻』
    2. 『加藤秀俊社会学選集 下巻』
  8. 加藤秀俊データベース
  9. 加藤秀俊さんについての関連記事

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脚注
  1. (加藤秀俊、「「専門」とはなにか」、『独学のすすめ』、文春文庫189-1、文藝春秋、1978年、190ページ)[↩ Back]

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