適塾

緒方洪庵

(*1)
(*2)

 

「マア今日の学校とか学塾とかいうものは、人数も多くとても手に及ばないことで、その師弟の間はおのずからおおやけなものになっている、けれども昔の学塾の師弟はまさしく親子の通り、緒方先生が私の病を見て、どうも薬を授くるに迷うというのは、自分の家の子供を治療してやるに迷うと同じことで、その扱いは実子と少しも違わない有様であった。」

「これまで倉屋敷に一年ばかり居たが、ついぞ枕をしたことがない、というのは、時は何時なんどきでも構わぬ、ほとんど昼夜の区別はない、日が暮れたからといって寝ようとも思わず、しきりに書を読んでいる。読書に草臥くたびれ眠くなって来れば、机の上に突っ臥して眠るか、あるいは床の間の床側とこぶちを枕にして眠るか、ついぞ本当に蒲団を敷いて夜具を掛けて枕をして寝るなどということは、ただの一度もしたことがない。その時に初めて自分で気が付いて『なるほど枕はない筈だ、これまで枕をして寝たことがなかったから』と初めて気が付きました。これでも大抵おもむきがわかりましょう。これは私一人が格段に勉強生でも何でもない、同窓生は大抵みなそんなもので、およそ勉強ということについては、実にこの上にようはないというほどに勉強していました。」

――― 福沢諭吉、『福翁自伝』

幕末の大阪に、 続きを読む

  1. (適塾(photo by Reggaeman at Wikimedia Commons))[↩ Back]
  2. (緒方洪庵)[↩ Back]