「あの時 あなたは 僕を守ってくれなかったじゃないですか」 「あなたが正しいと言うのなら なんで守ってくれなかったんです」

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「あの時 あなたは

 僕を守ってくれなかったじゃないですか」
 
「あなたが正しいと言うのなら

 なんで守ってくれなかったんです」

――― 瀬田宗次郎、『るろうに剣心』 (*1)

閉ざされたドアの向こうで吹きあれる戦争で、どれほど多くの子どもたちが不具にされているかということに、だれも気づかない。そしてだれも、魂を失った人々を助けるすべを知らない。

――― 『母に心を引き裂かれて』 (*2)

「これで・・・

 これでもう・・・

 戦わなくて済む

 殺し合いの螺旋から

 俺は降りる」

――― 辻風黄平、『バガボンド』 (*3)

in this waking hell I am
witnessing more than I can compute
この燃え盛る
理解をこえた地獄の目撃者

pray myself we don't forget
lies, betrayed and the oppressed
嘘や裏切り
虐げられた人々を決して忘れない

please give me the strength to be the truth
真実であるための力を私の手に

people facing the fire together
if we don't, we'll lose all we have found
この炎に立ち向かう
そうしない事は全てを失う事だから

――― ORIGA、「rise」 (*4) (*5) (*6)

これからお話する話の登場人物についてですが、あるいは、今、あなたのすぐちかくにいる、あなたがとてもよく知っているその人、ということになるかもしれません。

ですが、ここでは話の都合上、舞台となる時代と場所は、今ではないいつか、ここではないどこか、ということにしておきます。

正確には、「いつの時代でもあり得る」し、「どこの場所でもあり得る」といえます。

過去のことかもしれないし、現在のことかもしれないし、未来のことかもしれません。

地球の裏側で起こっていることかもしれないし、名前くらいは聞いたことがあるあの場所で起こっていることかもしれないし、あなたのすぐそばで起こっていることかもしれません。

ですが、とりあえずそのことはおいておいて、今ではないいつか、ここではないどこか、ということにしておきます。

そして、登場人物はその、今ではないいつか、ここではないどこかにいる、ある子どもです。

ここでは、その子がどのような名前で呼ばれているのか、ということも、その子の性別が男性か女性か、ということも、とくに重要なことではありません。

なぜなら、「どのような名前でもあり得る」し、「どちらの性別でもあり得る」といえるからです。

聞いたこともないような名前かもしれないし、あの人とおなじ名前かもしれないし、あなたとおなじ名前かもしれません。

ですが、ここではとりあえず、その子の名前を「宗次郎」と呼ぶことにします。

この「宗次郎」という子どもは、深刻な問題を抱えている「親」と、幼い頃からともにいることを強いられることになるために、自身もこころに傷を負うことになります。

これは、そんな「宗次郎」たちのお話です。

 

「親」- 我が子を食らうサトゥルヌスたち

『我が子を食らうサトゥルヌス』(Saturno devorando a un hijo)

(『我が子を食らうサトゥルヌス』、フランシスコ・ゴヤ) (*7)

「そう、よくある事だ
 
 これまでも、
 
 そしてこれからも」

――― 比古清十郎、『るろうに剣心』 (*8)

世の常、人の性(さが)

Hodie mihi, cras tibi.
(今日は私、明日はあなた)

――― 墓碑銘の言葉

「ご用心、ご用心」

――― 一休宗純 (*9)

「人は変わらない。
 
 そして、おそらく人間のひき起こすことも。」

――― 山田風太郎、『戦中派不戦日記』 (*10)

時代を経るごとにしだいに人間がより人間らしく生きられるようになってきている原因は、
ヒトの遺伝子が進化しているからではありません。

生物学的な意味でのヒトは、いつの時代もおなじヒトです。

それでも、しだいに人間がより人間らしく生きられるようになってきているのは、
その時代時代の人々が、これまでの知恵の集積を学んできたからです。

もしも、それらの知恵を学ばないのであれば、
これまでとおなじ惨劇が
これからも何度も繰り返し起こることになるでしょう。

過去の惨劇を見て、

「現代では考えられない」

「現代の自分には関係ない」

「そのような暗黒時代は、もはや遠い過去のことで、現在のわたしたちは無関係だ」

「現在はもう、昔のような狂った時代ではない」

とおもうのは、あなたの勝手ですが、
これらの異常な事態は、今でもあなたのすぐ近くで起こっていますし、
当然、これからもいくらでも起こる可能性があります。

ヒトの性質はいつの時代もおなじです。

あなたが「理解できない」「異常なこと」は、
これまでもよくあることだったし、
今でもよくあることだし、
これからもよくあることなのです。

ちょっと気を緩めて、過去に学ぶことを怠れば、
これからもいくらでも起こる可能性があることなのです。

数千年前に生まれた子どもも、
今日、生まれた子どもも、
数千年後に生まれる子どもも、
みなおなじ可能性をもっています。

いつの時代の子どもも、
これまでにたくさんの人々が幾多の苦難を経てつかみとってきた知恵を
学ぼうとする人々がつくる社会に育まれれば
より人間らしく、自分以外の人も幸せにできる人になっていきます。

いつの時代の子どもも、
これまでにたくさんの人々が幾多の苦難を経てつかみとってきた知恵を
学ぶことができない人々や、学ぼうとしない人々がつくる社会に育まれれば
非人間的で、自分以外の人も不幸にしてしまう人になってしまいます。

知恵を学ぶことができない人々や、
知恵を学ぼうとしない人々がつくる社会は
これからも何度も何度もおなじような悲劇を
繰り返すことになるでしょう。

過去に起こった悲劇は
現在もどこか見えないところで起こっていて
未来にも必ず起こり得るのだということを
忘れてはいけないとおもいます。

「尊属殺人」の理解されざる悲哀

孤独

(孤独) (*11)

「てめえのものさしで語るんじゃねェよ」

――― 志々雄真実、『るろうに剣心』 (*12)

If you'd have been there
あんたがもしあそこにいて

If you'd have seen it
あたしと同じものを見たら

I betcha you would have done the same!
きっとあんたも同じことをしたはず!

――― 「Cell Block Tango」、映画『Chicago』(『シカゴ』) (*13) (*14) (*15)

一夫紂を誅せるを聞けるも、
未だ君を弑せるを聞かざるなり。

――― 梁恵王章句下 八、『孟子』 (*16)

「いま、父親を紐で絞め殺したんです」

「本当にオレがいけないのか?

 どっちなんだ?

 オレと

 この世界と

 狂ってるのはどっちだ?」

――― ロイ・ブライアント、『プラネテス』 (*17)

ロイ・ブライアント(おいちゃん)

(ロイ・ブライアント、『プラネテス』) (*17)

 昭和43年10月5日夜10時ごろ、栃木県の農村部で異様な事件が発生した。
 「いま、父親を紐で絞め殺したんです」
 3人の子を持つ29歳の浅見文子が、日ごろから親しくしている雑貨商を訪れて、そう言ったのである。仰天した雑貨商は、ただちに所轄署に通報。文子は逃げも隠れもせずその場で緊急逮捕された。
 殺されたのは、文子の実の父親で、植木職人の浅見睦男、52歳。
尊属殺人である。

この事件は、手に負えない不良息子の親殺しなどではない。事件の背景には実の父と娘の、長年にわたるドロドロとした性関係があった。
<父に犯されたのは、14歳(中2)のときでした。当時の家は、2部屋で、母と寝ていた父が、夜中に寝床にはいってきて、無理に犯されてしまったのです>(法定での文子の供述)
 文子は長女で、妹2人、弟4人。9人家族が狭い家で、折り重なるようにして寝ていた夜のことだ。
 父親の要求を拒否しては、家族を起こしてしまう。文子はそう考えて、父親を受け入れてしまったようだ。
 もともと父親の浅見睦男は、農業に従事するかたわら、町役場にも勤めていたときに、ヒサと結婚。ヒサは文子以下、7人の子をつぎつぎと産んだ。睦男は精力家で、酒を好むが、器用な男でもあった。食料品店を開くために、一家は宇都宮に移ったことがあるが、これは失敗。元の土地へ戻って、小さな家で暮らしはじめたのだった。
 ひとたび性関係ができると、睦男はヒサの目を盗んでは、文子の体を求めた。週に1度ぐらいだったのが、5日に1度、3日に1度、となっていく。
 文子が、この秘密を母親のヒサに訴えたのは、約1年後のこと。
「どうりで私のところへ来なくなった。おかしいな、とは思っていた」
 ヒサは動揺するふうも見せなかったというが、子供たちのいないところで、夫を難詰した。
「実の娘にそんなことをするなんて、あんたはケダモノだよ!」
 すると、睦男は狂ったような目付きで、包丁をヒサに突きつけた。
「ガタガタぬかすと、殺すぞ・・・・・・」
 夫は人間が変わった、とヒサは思った。それまでは、やさしい夫であり、父親でもあったのだ。
 ヒサは、子供たちを連れて、北海道へ逃げてしまった。家出に際して、文子のほか、次女の房江を夫のもとへ置き去りにしたのは、どういう心境か、いかなる事情があったのか、不明である。
 残された一家3人の、文子は主婦の役割を果たした。やがて、房江は中学を卒業して、東京・荒川区の工場へ就職。
 それ以後、睦男と文子は夫婦のような生活に入る。ひとつ布団で寝た。

<父は、酒を飲んでは私の体を要求し、母が止めにはいって喧嘩になり、そんなゴタゴタを繰り返しているうちに、私は妊娠してしまったのです>(文子の供述)

睦男は、都市部に近い県営住宅を借り、文子と2人きりで暮らすようになる。古びた平屋建て、3軒長屋の1軒である。
 17歳の文子は、ここで長女を出産する。子を産んでから、いっそう、父から逃げられない、という諦めが深くなった。

 この古びた県営住宅で、12年の歳月が流れた。
 文子は次女、三女と続けて産み、3人の子供は幼稚園に通うようになる。

 悪いことに、文子は妊娠しやすい体質だった。実際には、5人の子供を産んでいるが、2人は生後間もなく死亡。中絶手術を受けること5回。6回目に、大田原市の産婦人科で中絶したとき、医師は体をこわすと忠告し、不妊手術を受けるようにすすめている。
 これには睦男も賛成。42年8月、文子は入院して不妊手術を受けた。

 43年に入ってから、文子は印刷会社へ働きに出るようになった。
 文子は、29歳。勤め先の印刷工場で、初めて恋をした。

<勤めに出て、普通の女の生活は、こんなに明るく楽しいものか、と思いました。職場の女性が、恋愛だとか、デートだとか、青春だとか、幸せそうに話し合っているのです。でも、そういう職場から、いったん家へ帰れば、恐ろしい父と、子が待っているのです>(文子の供述)
 文子が恋した相手は、22歳。7つも年下の岸本史郎という工員だった。

「おれの家へ嫁に来てくれないか」
 文子は別世界へ誘い込まれるような思いで、青年の求婚の言葉を耳にした。
<ほかの従業員たちの噂で、浅見文子さんに子供があるのを知っていました。複雑な家庭だということも聴いていました。それでも、私は浅見さんと結婚したいと思い、勤めの帰りに、2回ほど喫茶店へ行き、休日には一緒に宇都宮の東武デパートへ行って食事をしたり、「白馬」という喫茶店で、結婚の話をしました。浅見さんは、“お父さんに話してみるけど、許してくれないかも知れない”と言って涙ぐみました>(岸本史郎の供述)
 その夜、文子は父親に岸本と結婚したいと打ち明けた。
「父ちゃん、いまからでも私を嫁にしてくれるっていう人がいたら、行ってもいい?」
 さりげなく打診してみたのだが、文子にとっては必死の思いだった。
「そういう相手がいるのか」
「うん」
「その男は幾つだ」
「まだ若いのよ。22よ」
 とたんに睦男は怒り出した。
「おまえは母親なんだぞ。子供たちはどうするんだ!」
「母ちゃんに頼むわ」
「何を言う。そんなことをしたら、おれの立場がなくなるじゃないか。おれをコケにするつもりか!」
 睦男は、焼酎のガブ飲みをはじめ、酔った勢いでわめきたてた。
「その野郎をぶっ殺してやる!」
 文子は岸本にまで迷惑が及んだら大変だと、睦男を懸命になだめ、
「もう、印刷工場を辞めて、毎日、家にいるから」
と約束。ようやく睦男の興奮を押さえることができた。

<翌朝、浅見さんは出勤せず、会社に電話がありました。“いまから駅へ行くから、すぐ来てくれ”と言うんです。それで、駅へ行きましたが、浅見さんは姿を見せませんでした>(岸本史郎の供述)
 文子は逃げる決心をしたのだ。
 そっと衣服を持ち出し、近所の親しい家で着替えた。ところが、酔った父親が文子を探して、その家に現れた。
「どこへ行く気だ」
「笠山(睦男の実家)へ行って話してくる」
 文子は、裏口から逃げ出したが、すぐに睦男に捕まった。
 着ている衣服は裂かれた。シュミーズや下着まで破られた。
 文子の悲鳴で、近所の人たちが集まり、睦男を取り押さえた。その間に、文子は半裸姿でバス停まで走った。が、バスは発車したあとだった。

 それからというものは、文子は、1歩も外へ出られなくなった。睦男が、仕事へも出ず、終日、焼酎を飲みながら監視しているからだ。
「おれは仕事をする張り合いがなくなった。どこへでも行くがいい。おれは一生涯、お前に付きまとってやるぞ」
 睦男は同じセリフを繰り返した。
 しかも、睦男は52歳になっているというのに、精力は衰えなかった。酔っては、毒づき、文子の体を求めてくる。
<岸本さんとの話があってからは、1晩に3回、少ないときで2回、セックスをしました。不妊手術以来、私は不感症になってしまい、セックスは本当に苦痛でした>(文子の供述)
 それでも、文子は睦男の隙を見て、いつかは東京へ行こう、と考えていた。岸本が一緒に来てくれなければ、1人でも行こう。文子はさりげなく、新聞の求人広告へ目をやったりしていた。が、父親の怖い目付きと、セックス責めとで、文子は頭がおかしくなりかけていた。
 問題の10月5日夜も、睦男は酔い痴れ、
「おれはおまえを苦労して育てたんだ。なのに出て行くんなら、3人の子供は始末してやるぞ!」
 さんざんセックス責めにした揚げ句のこの罵声である。
 1つの布団の中で、激しい言葉のやりとりを交わしあったすえ、家の中にあった睦男の作業用の縄で文子は父親の首を絞めた。
 29歳の浅見文子は、実父殺しをやってのけたことで、ようやく女の自由を取り戻した。泥沼から足が抜けたのだ。

(松村喜彦、「栃木の実父殺し―尊属殺人罪違憲判決を導いた娘の悲劇―」) (*18)

「被告人の女としての人生は、父親の強姦からはじまっている。実父によって、子としての人権は踏みにじられ、希望のない毎日を送った。その人生の中で恋をし、本来なら祝福してくれるべき父親が、逆に監禁状態にして、被告人の肉体をもてあそんだ。そういう状況での殺害は、やむをえない行為である。正当防衛、または、緊急避難と解すべきだ。

(「尊属殺法定刑違憲事件」の裁判の際の、宇都宮地裁での大貫大八弁護士の言葉、出典:松村喜彦、「栃木の実父殺し―尊属殺人罪違憲判決を導いた娘の悲劇―」) (*19)

 そのとき、裁判長が急に乗り出して質問してきた。

裁判長 被告人は小さいときに、心ならずも父親に手をつけられたのであるから、もとはといえば父親のほうが悪いといえるかも知れない。しかしその後被告人は父親と十何年間も、夫婦同様の生活をしてきたのに、父親が働きざかりをすぎた年頃になって、被告人が父親のところを去り若い男といっしょになると言えば、父親としては被告人が男一人を弄んだことになるのだというような趣旨のことを言ったようにも取れますが、被告人もそのように考えたことがありますか。

 弁護人席で大八は絶句した。本末転倒もいいところだ。裁判長は何を考えているのだろう。裁判長のつぶやくような声が、大八の耳に残った。
「被告人とお父さんの関係は、いわば“本卦(ほんけ)がえり”である。大昔ならばあたりまえのことだった・・・・・・。ところで、被告人はお父さんの青春を考えたことがあるか。男が三十歳から四十歳にかけての働き盛りに何もかも投げ打って被告人と一緒に暮らした男の貴重な時間を、だ」
「ともかく正当な罪の償いをしたうえで、きれいな身になって考えてみることだね」
 ふみにじられた綾子の青春は、どこへ消えたのだろう。判決内容が察知できるような裁判長のひと言だった。
 大八は閉廷後、憮然として、待ちかまえる記者団に語った。
「あれは裁判なんかじゃない。一審の判決を覆すつもり以外の何物でもありません。裁判長は上級審にいくほど頭が硬直化してくる。“本卦がえり”とは、一体なんですか。被告人の意思でそうしたわけではないのだから、どう考えてもおかしな理屈ですよ」

 昭和四十六年五月十二日の控訴審の判決は大八の予感が的中した。判決は刑法二〇〇条は合憲であるとし、さらに綾子の過剰防衛も認められないとして原判決を破棄した。

 綾子は被告人席に立ったまま、すすり泣いていた。大八はすぐに上告手続きを取った。舞台はやがて最高裁の大法廷に移されることになる。

(谷口優子、『尊属殺人罪が消えた日』) (*20)

 綾子の事件で、かつて東京高等裁判所の裁判長は、段上から綾子を、こう非難した。
「被告人はお父さんの青春を考えたことがあるか。男が三十歳から四十歳にかけての働き盛りに何もかも投げ打って被告人と一緒に暮らした男の貴重な時間をだ」
 戦後二十六年を経て、高度に発達した文化社会の中で生活をしているはずの裁判官からのものは、およそ思えない発言である。

(谷口優子、『尊属殺人罪が消えた日』) (*21)

1968年10月5日、被告人の女A(当時29歳)は実父B(当時53歳)を絞殺した。殺害の日まで被告人Aは被害者Bによって10日間にわたり自宅に監禁状態にあり、最終的に口論の末に殺害したものである。

検察が被告人Aの家庭環境を捜査したところ、被告人Aが14歳の時から実父Bによって性的虐待を継続的に受けており、近親姦を強いられた結果、親娘の間で5人の子(うち2人が幼いうちに死亡、他にも6人を妊娠中絶)を産む夫婦同様の生活を強いられていたことが判明した。さらに、被告人は医師からこれ以上妊娠すると身体が危ないと諭され、不妊手術を受けていた。

被告人Aがその境遇から逃げ出さなかったのは、自分が逃げると同居していた妹が同じ目に遭う恐れがあったからであった。そうした中、Aにも職場で7歳年下の相思相愛の相手が現れ、正常な結婚をする機会が巡ってきた。その男性と結婚したい旨をBに打ち明けたところ、Bは激怒しAを監禁した。その間BはAに性交を強要した上、罵倒するなどしたため、Aは思い余って腰ひもでBを絞殺するに至った。なお、報道機関はこのような事情を把握していたが、内容が常軌を逸していたためか、事件当時にはほとんど報道されなかった。

(尊属殺法定刑違憲事件 - Wikipedia) (*22)

14歳のとき実父に犯されて5人の子を産んだ娘の殺意。1973年、最高裁大法廷は、尊属殺人罪の違憲判決を下した。わが国刑法の歴史を塗り替えた画期的判決の背後に、過酷な運命を背負って生きようとしたひとりの女性の痛哭の涙があった。

(内容(「BOOK」データベースより)、『尊属殺人罪が消えた日』、Amazon.co.jp) (*23)

He had it coming
当然の報い

He had it coming
当然の報い

He only had himself to blame
全部あいつが悪いのよ

If you'd have been there
あんたがもしもあそこにいて

If you'd have seen it
あたしと同じものを見たら

I betcha you would have done the same!
きっとあんたも同じことをしたはず!

(「Cell Block Tango」、映画『Chicago』(『シカゴ』)) (*13) (*14) (*15)

「一夫紂を誅せるを聞けるも、未だ君を弑せるを聞かざるなり」
(「殺しはしたけど、罪じゃない!」)

He had it coming
当然の報い

He had it coming
当然の報い

He took a flower
In its prime
あいつは美しい花を摘み取って

And then he used it
And he abused it
都合良く利用して、踏みにじったのよ

It was a murder
But not a crime!
殺しはしたけど、罪じゃない!

(「Cell Block Tango」、映画『Chicago』(『シカゴ』)) (*13) (*14) (*15)

斉(せい)の宣王(せんのう)がたずねられた。

「殷(いん)の湯(とう)王は夏(か)の桀(ちゅう)王を[南巣(なんそう)に]追放し、周(しゅう)の武(ぶ)王は殷(いん)の紂(ちゅう)王を討伐したときくが、ほんとうにあったことだろうか。」

孟子はお答えしていわれた。

「いかにも、そう伝えられております。」

王がいわれた。

「家来の身でありながら、自分の主君をあやめてもよいものだろうか。」

孟子はいわれた。

「[もちろん、家来がその主君をあやめてもよろしいなどという道理はございません。]

 いったい、仁をそこなうものは賊(ぞく)といい、義をそこなうものは残(ざん)といいます。

 残賊の人はもはや君主ではなく、ただ一人の普通(なみ)の男でしかありません。

 だから、紂という一人の普通の男が武王に殺されたことは聞いておりますが、家来がその主君をあやめたということはいっこうに聞いておりません。」

(梁恵王章句下 八、『孟子』) (*24)

刑法199条の(一般の)殺人は、死刑または無期懲役、もしくは3年以上の懲役となっている。
 これが、200条の尊属殺人となると、死刑または無期。
 傷害致死も、2年以上の有期刑だが、尊属傷害致死となると、無期または3年以上の懲役と、いずれも罪はぐっと重くなっている。
 ここで言う、尊属とは、直系尊属のことで、自分や配偶者の、父母、祖父母、曾祖父母のことで、たとえ養子に行っても、実の父母は直系尊属なのである。
 一般的に、親は子をいつくしみ育てる。その親愛関係を裏切って殺すなどは、言語道断で、人非人のすることであるから、罪は重い、というのが、刑法200条の基本精神なのであろう。
 しかし、睦男の場合、文子の尊属ではあっても、子の幸福を願い、いつくしみ育てた、とは言い難い。尊属の資格なしだ。

(松村喜彦、「栃木の実父殺し―尊属殺人罪違憲判決を導いた娘の悲劇―」) (*25)

「決して、異常で特殊な事例ではない」

 私は綾子に関する調査を終え、幾度となく開いてきた綾子の事件記録を閉じた。
 こうしてこの事件を追っていくうちに「親娘相姦」そのものは決して、異常で特殊な事例ではないのではないかと思えてきた。それは男と女の結びつきを前提とする限り、私たちの周辺で、起こりうる話なのである。

(谷口優子、『尊属殺人罪が消えた日』) (*26)

子どもの人生を食い物にする「親権という錦の御旗」

 昭和五十四年五月十六日、東京家庭裁判所八王子支部で一つの審判が下りた。△△児童相談所長が申立人となって佐藤聡子(仮名)の父親の親権喪失宣言を申し立てた稀有な事件である。
 しかも、申立てから審判があるまでの、わずか数ヶ月間でさえ待ちきれず、所長は父親の職務停止及び代行者選定の申立まで行っている。これは父親の聡子に対する蛮行がいかにひどかったかを物語るものである。

 相談カードには、次のように記されている。

 ① 相談日 昭和五十四年三月三十日
 ② 児童名 聡子 十三歳 中学一年生
 ③家庭状況
  父(四十六歳) 高小卒 無職 生活保護受給中 親権者
  母(四十一歳) 中卒 昭和五十一年離婚 現在、再婚
  姉(十九歳) 中卒 スナック店員
   ※父から身を隠している。
  兄(十五歳) 中卒 大工見習 住み込み就職

 父親は東北の農家の出身で十人兄弟の八番目。祖母は祖父の酒乱を理由に、いったん離婚したが、祖父からの働きかけで引き続きずるずると夫婦関係を持つ。聡子の父親を含め三子を非嫡出子として出産。その後復縁したため、父親は五歳で嫡出子となる。
 高等小学校卒業後、地元で大工の年季奉公、二十一歳の時、年季が明ける。すぐ東京の近県に出て大工として独立。三十一年ごろから上京。S区の工務店に就労中、近くで家政婦をしていた母親と知り合う。同棲後三十四年五月、姉の妊娠を機に入籍。
 母親も東北の農家出身。五人兄弟の長女。中学校卒業後、家業の手伝いをする。その後上京し、ウェイトレスや家政婦をしていた。子どもたちによると「男がいなくては過ごせないような母」だとのことである。父親は母親を「強情で勝気な女」だと称していた。
 結婚した翌年、父親は傷害罪で服役。その間に姉が誕生する。三十九年ごろから父親は怠業、酒乱、母親の家出・・・・・・。家庭破壊への道をたどる。
 母親はそれでも家計を支えるべく働いていたが、父親が勤務先までやって来て執拗ないやがらせを重ねるため、四十八年一月に三人の子を残して家出をする。
 五十一年に裁判離婚成立。申立人は母親である。子どもの親権者は父親。五十二年五月、父親は都営住宅入居のため兄と聡子を連れ、D市に転居。すでに五十一年ごろから父親は病気を理由に生活保護を受けていた。
 父親は四十八年ごろ、母親の家出後、姉(中学一年生の三学期)に対し性交を強要。姉は家出し△△児童相談所で一時保護された。姉が不在となると、今度は聡子に対し父親と同じフトンに寝るように強要し始める。聡子も逃げ出し、△△児童相談所に駆け込んだ。しかし、親権者であることを盾に取った父親の強引な返還要求に、児童相談所は折れて聡子を父親に引き渡す。
 父親はその夜から聡子を全裸にすべく乱暴を働き出した。聡子をかばう兄と共ども殴られながら、警察に駆け込む。聡子は再度同じ児童相談所で保護される。ところが父親は、またあらゆる手段を使って児童相談所から聡子を引き取っていく。連夜暴行を受けながらも、兄は聡子をかばい、二人は父親のもとから学校に通う。
 五十四年二月、兄は中卒後大工の住み込みとして家を出ることになった。その機をとらえて、ついに聡子を自分の手中に収めてしまう。翌朝、聡子は担当の教諭宅に逃げ出し、教諭は警察に通報した。その結果、また児童相談所に保護されることになった。
 親権という錦の御旗が、聡子の人生を奪う結果となるのであれば、その親権を父親から取り上げる方法はないか。△△児童相談所は父親の親権剥奪を真剣に考える。その結果、東京家庭裁判所八王子支部へ、父親の娘に対する虐待の事実を根拠に親権喪失の申立を行ったのである。

 ここでも父親は暴君として君臨しようとしている。娘は親娘のつながりを逆に支配の具にされている。事情は多少異なってはいるが、綾子も、つまるところ父親から逃げきれなかった。
 聡子を担当した児童相談所の相談員は、なぜ親から逃げ切れないのかという私の疑問に、こう語った。
「父と未成年の娘との関係は、逃げ出せるか、逃げ切れるかどうか、というような単純な次元で捉えられるような問題ではないのではないでしょうか。聡子のようにすばしっこく逃げても、親権という法的建て前で連れ戻されてしまいます」
「他人からの暴行なら逃げ出せると思うのですが、親に対してはそのようなわけにはいかないのです。法的にはもちろん親の監護の下で生活しなければならないのですが、それを別にしても、家族で生活することを義務付けられた本能が人間の社会にはあるのではないでしょうか。年少の未成年者であれば、なおさらもたもたしているのです」

(谷口優子、『尊属殺人罪が消えた日』) (*27)

「むしろ、ごく普通の平凡な」

 私はさらに、新宿区にある福祉事務所を訪れてみた。
「私どもが扱うのは、どこにも行き場がなくてやって来るという最後のケースが多いです。それは氷山の一角ですね。むしろ実態は暗数だと思います。暗数になる原因はいろいろあるでしょうが。私の感じでは、日本に以外に多いのではないかと思います」
 応対に出た婦人相談員は、大人の配慮からか、多少言葉を濁しながら語った。
「そこに登場する父親像は、暴力的に迫っていくタイプなのでしょうか」
「娘さんの年齢は、小学校高学年か中学の初潮が始まった頃が多いようです。ただ、父親を見ますと、粗暴で粗野だとは決していえないような感じです。むしろ、ごく普通の平凡なサラリーマンタイプのような方が多いように思われました」

そういえば、この福祉事務所をたずねる前に訪れた新宿区市ヶ谷の「思春期保護相談センター」の相談員も同じようなケースを私に紹介してくれた。そこは電話相談が主だが、時には訪問客もある。電話での相談は、むしろ母子相姦に関する相談が多いという。しかも電話をかけてくるのは、息子らしき者が大半ということである。
 相談員にどのような救いを求めて来るかはわからないが、電話のベルは一日中鳴りっ放しである。ところで、私が聞いた父娘相姦の事例は、相談者が直接、相談センターに訪れたケースだった。
 それは母親の夜勤中の出来事だった。中学校一年生になったばかりの娘に父親の手が伸びた。父親は娘に優しかった。娘は自然に父親のものとなっていった。平凡なサラリーマン家庭であり、母親は看護師をしている。長男、長女の四人家族、四DKのマンション暮らし。父親は勤勉で、仕事を終えるとまっすぐ家に戻る。友人は、ほとんどいない。酒は晩酌程度。
 長女が中学校二年生になった時のことだ。母親は娘の下腹部の膨らみに女を感じ、娘を問い詰める。相手の正体を知ろうとするが、娘はかたくなに拒否をする。うろたえる母親を横目に父は、そ知らぬ振りをしている。中絶の話をするわけでもない。
 母親は同じ年頃の男子を想像しながら、善後策を講ずるため、相談センターの門をたたいた。その時、娘の体は妊娠七か月に入ろうとしていた。その後、彼女の妊娠中絶は母親の勤めている病院で行われた。
 相談員は、母親と並んで坐っている娘の目をじっと見た。娘は沈黙を守り通そうとしているかのように、態度を硬直させていた。
 相談員の質問にも一切答えようとはしない。相談員は、ある事態を直観した。
「お兄ちゃんは知っているの」
「知らない」
 そのひと言で、相談員は自分の直観が当たったことがわかった。
「お父さんね」
 娘は、かすかにうなずいた。
「いつからなの」
「中学校一年生のころから」
「お父さん、なんて言っていらしたの」
「みどりが好きだって。俺どうかしているねって言って、みどりの手を取ったの」
「お父さん好き」
「うん・・・・・・」
「生理が無くなったの、いつから覚えている」
「忘れちゃった」

 ここでは父親と娘は睦み合っている。今まで、私の目に映っていた父親像から全くかけ離れた、どこにでもいそうな父親像が、浮かび上がってきたのだった。「被害者は娘」という鮮明な図式は崩れつつあるのだろうか。そうだとすれば、どのような社会的背景がその流れを変えつつあるのか。

(谷口優子、『尊属殺人罪が消えた日』) (*28)

 ある老齢心理学者は、その背景を次のように分析する。
「昭和三十五年ぐらいが、日本の文化に一つの変化をもたらした時期と考えます。つまり高度経済成長期と相応するのです。高度経済成長が社会にもたらしたもの、それは郡市化であり工業化であり、都市への人口集中なのです。その結果、都市部では家族制度が崩れ、家父長制度が家庭内から消えていきました。その頃は、都市化していない地域とか、父親の精神異常者、性的倒錯者や、アルコール中毒者などの極端な崩壊家族に、近親相姦がみられました」
 では三十五年以降はどうなのだろうか。
「それ以降は、力で娘を犯してもいいという感覚は、都市化の進んだ地域では少なくなってきているようです。しかし最近では、都市部でも、勤勉に働く父親が会社などで人問的付き合いが出来なかったり、仕事がコンピュータ化されるにしたがって疎外現象が生じる結果、慰め的に手近な娘を求めるケースが増えていることも事実です」
 仮りに社会で疎外されたとしても、父親はどうして妻を心の中に取り込んでいかないのだろうか。ある精神医学の専門家は、夫婦自体のあり方に問題があるケースが多いと説明する。
「戸籍上は確かに夫婦かも知れませんが、実生活では夫婦でない場合が多いです。夫婦としての絆はとっくに断ち切られているんです。夫も妻も自らの精神の慰めを求め合わない。疎外感と孤独感が徐々に心の中で膨らんでくるのです。それを明確に自覚しないまでも、あるすきま風を感じてくるものなのです。それをいやす方法として、父親であれば、浮気か、それができなければ娘に手をかけるということになります。母親も夫へ求めず外へと向かってしまうのです」

(谷口優子、『尊属殺人罪が消えた日』) (*29) (*30)

「父―娘インセストを誘発する家族力学」

※「インセスト」(「incest」)というのは、「近親相姦」という意味の言葉です。

 力学要因=家族力学――娘インセストへの寄与(誘導)要因

 親族によるインセスト的虐待が非親族による家族外的性的虐待に比べてよりトラウマ的であることは経験的に確証さていないが,父親ないし父親的人物(継父など)によるインセスト的虐待経験が他のあらゆるタイプの加害者による性的虐待経験よりもトラウマ的であることは,一貫して検証されてきたところである。たとえば,ラッセル,フィンケルホー,ブリアーとランツは,父親ないし継父による虐待が犠牲者にとって家族内および家族外に生じる他のどの虐待よりも有意によりトラウマ的であることを見いだしている[Russell 1986 ; Finkelhor 1979 ; Briere & Runtz]。バグレイとラムゼイも父親ないし継父による虐待が他の全てに比してより深刻であることを発見している[Bagley & Ram-say]。のみならずラッセルは,親族によるインセスト的虐待の中で,父親および父親的人物による虐待が最もトラウマ的であることを確認している(極度/かなりのトラウマの報告率は継父・養父・里父による場合82%,実父による場合81%であり,他のどのタイプの親族による虐待における報告率に比べてもはるかに高かった。[Russell 1986 : 148-149]。[Browne & Finkelhor : 167-168]
 このように性的虐待の最高のトラウマ形態である父―娘インセストは,フィンケルホーの調査で1.3%,ラッセルの調査で4.5%,ワイアットの調査で8.1%の普及率を示す[Russell 1986 ; Finkelhor 1979 ; Wyatt]。わが国の場合も,表5-15に見られるとおり,1.2~5.7%の普及率を示している。わが国については,子どもや女性への人権意識が未成熟で,家族や社会の集団的秩序のほうを優先する傾向が強く,また性の問題を公開することに対する特に強いタブーの残存などにより,とりわけインセスト的虐待を隠蔽するメカニズムが強力に働いているため,既存の調査に表れたのは氷山の一角と見るべきであろう。
 父―娘インセストの発生においては,すでに述べてきた諸変数に加えて,あるいは主としてこれら諸変数間の相互作用システムの特殊ケース(サブシステム)として固有の力学が働く。これまで述べてきたものは,父―娘インセストを含みつつも,性的虐待一般の発生メカニズムであったが,この一般的メカニズムを父―娘インセストへと誘導する固有の諸条件間の力学が作用するのである。

① 父―娘インセストを犯す父親のタイプ

 ジャスティス夫妻によると,父―娘インセストを犯す父親のタイプは,共生的性格,精神病質人格,幼児愛タイプ,精神病者の4タイプに分かれるが,現在では共生タイプが圧倒的割合を占めると言う[Justice : 62-92]。共生的性格(symbiotic personalities)とは,子ども時代の育てられ方や両親のタイプの故に,愛情飢餓感にあり,温かみ,触れ合い,労りなどへの強い願望をもつが,その願望を日常の親密な人間関係を通して満たす能力をもたず,しかもそうした願望をセックス以外の手段で満足させる仕方を知らない性格類型のことである。

② 諸条件間の相互作用のダイナミズム

 このような共生タイプの父親が娘とのインセストに踏み込む場合,次のような諸条件間の相互作用のダイナミズムが働く。(1)父親は,子ども時代に親に愛されたという感情の経験がないため,慈母幻想に固執し,妻に母的な期待をかけるが,妻の方も依存欲求が強く彼の母となることを欲していないと分かり,失望した父親は母親的な愛を求めて娘に志向する(情緒的適合)。しかも,その愛への願望を性的欲求と混同してセックスによって満たそうとする(情緒的要求の性行為による充足・表現←男子の社会化パターン)。(2)父親が,上のような傾向を顕在化させる働きをもつストレスに砲撃される(脱抑制)。(3)父親と母親との間に緊張と敵意が生まれセックスが中止される(妨害)。(4)母親が,夜仕事を始めたり病気になったりで,父親と娘が2人だけになる機会ができる(外的抑止力の低下)。(5)娘が,母親や仲間との関係の希薄さ・欠落から世話や愛情への飢餓状態にあり,また父親を不幸から救い出したいと思っている。つまり,娘の側に父親からつけ込まれやすい危険条件が生まれる(抵抗力の圧殺)。(6)家族の性文化がだらしなくルースであるか,逆に抑圧的である。また家族が世代境界の不鮮明化を特徴とする性文化を持つ場合も多い(脱抑制,妨害,情緒的適合)。(7)家族状況が孤立状態として刻印され,愛情飢餓はいよいよ家族内セックスへと内攻する(妨害,情緒的適合,外的抑止力の低下)。[Justice : 109-152]
 以上は個人的・家族的条件であるが,(8)社会的条件も重要である(社会・文化要因)。すなわち,ⓐ共生タイプにおける日常的接触を通しての愛情飢餓の克服能力の不足をいっそう深刻にする現代社会の人間関係の希薄さ,ⓑ大人―子どものセックスに対する受容的態度を醸成する開放的な性的風潮,ⓒとりわけ子どもとのセックスを禁止する内的禁制を掘り崩す子どもポルノの氾濫,ⓓ男女平等への反動として成人女性を忌避した男たちの子どもへの志向傾向,ⓔ家族間の孤立化の趨勢(中間集団の弱化),ⓕ離婚率の増加に象徴される父母間の敵対関係の強化,ⓖ過剰な変化に伴う過剰なストレスなどである(こうした社会・文化要因の寄与は図5-1で家族力学に向かう矢印によって示される)。
 以上の諸条件の力動的な相互作用の中で父―娘インセストが胚胎してくる。もっとも全てのそれがこのメカニズムに従うわけではないが,これこそ現代型の父―娘インセスト発生を誘導する基本メカニズムと言えよう。
 なお,以上の家族力学は,加害者である父親によって主導されていることに注目する必要がある。たとえば,(4)の母親の状態は夫の扶養責任の放棄や妻への暴力などを通しての父親の主導に負うところが大きいし, (3)の夫婦関係も家父長たる父親の力に左右される度合いが高い。(5)の娘の状態も,父親の娘への愛情の掛け方,育て方に起因している。(6)の家族文化や家族状況はまさしく父親によって作られたものである。(2)のストレスによる砲撃すらも父親自身の社会生活のあり方に由来する側面をもつ。(1)の父親の共生的傾向は,父親自身被害者という側面を含むが,これはまさに父親自身の問題であろう。
 このように見てくると,父―娘インセストを誘発する家族力学は,「父親に主導された家族力学」であると言うことができる。母親や犠牲者たる娘の役割がこの力学において言及されていることは,決して彼女たちが責任の一端を担っているという意味ではないのである。
 構造要因の大枠の中で,(その一部をも取り込んだ)性的虐待の発生の一般的ダイナミズムの特殊ケースとしての以上のような固有の力学が慟くことによって,父親たちは,その被害者の人生を破壊しつくす父―娘インセストへと大きく踏み込むことになるわけである。

(石川義之、『親族による性的虐待―近親姦の実態と病理』) (*31)

 インセスト的虐待の被害経験

 以上の諸要因問のダイナミックな連関により性的虐待が生じると,その被害者は,とりわけインセスト的虐待の被害者は,トラウマ生成原動力を媒介として大きな心理的損傷・長期的影響=否定的生活経験を負うことになる。こうした心理的損傷・否定的生活経験は,被害者である子どもの権力構造上の地位を一層低め,加害者の側の当該子どもとの情緒的適合を促し,当の子どもに向かう性的喚起を促進し,彼らのその子どもに対する脱抑制を顕著なものにする。また,子どもの孤立化を深め,外的抑止力を低下させる。なによりも,そうした心理的損傷・否定的生活経験は,被害者の性的虐待への回避・抵抗能力を剥奪し,彼女たちのそれへの無防備性を決定づける。家族力学も,これによって父―娘インセストに向かって大きく胎動させられることになる。イデオロギー=神話要因を中核とする社会・文化要因も,心理的損傷を負い,否定的生活経験に苦しむ被害者の再被害化に向けて否定的な影響を強めるのである。
 こうして結果変数である性的虐待の発生は,被害経験という観点から眺めるならば原因変数に転じ,再被害化という形で性的虐待の発生に大きく作用するのである。

(石川義之、『親族による性的虐待―近親姦の実態と病理』) (*32)

魂を切り刻まれた「宗次郎」たち

誰も守ってくれないのなら

(誰も守ってくれないのなら) (*33)

瀬田宗次郎
文久元年
神奈川県に生まれる

八歳の時
自分を虐待した養父母とその息子たちを斬殺

以来 元・維新志士
志々雄真実の片腕として
内務卿 大久保利通をはじめ
大勢の人間をその手にかけてきた

(瀬田宗次郎の来歴) (*34)

所詮この世は弱肉強食

弱い人のために剣を振るうなんて
あの人が言っている事もやっている事も
間違っているんですよ

だって もしあの人が間違っていないなら
あの時 僕を守ってくれたはずなんだから

(瀬田宗次郎) (*35)

脇差

(脇差) (*36)

「所詮この世は弱肉強食

 強ければ生き

 弱ければ・・・」

「不殺(ころさず)とか

 弱い者を守るとか

 あなたの言うことは間違いなんだ」

(瀬田宗次郎) (*1)

瀬田宗次郎

(瀬田宗次郎) (*1)

「あの時 あなたは

 僕を守ってくれなかったじゃないですか」

「あなたが正しいと言うのなら

 なんで守ってくれなかったんです」

(瀬田宗次郎) (*1)

「あのとき 誰も僕を助けてくれなかった

 僕を 守ってくれなかった」

(瀬田宗次郎) (*1)

精神崩壊こころこわれる - 「閉ざされたドアの向こうで吹きあれる戦争」

『ゲルニカ』(Guernica)

(『ゲルニカ』、パブロ・ピカソ) (*37)

 「タイム誌の今月号で、胃がむかつくような記事を読んだ。『戦争の傷跡』と題したその記事には、シエラ・レオネの反乱組織に両腕を切り落とされた十三歳の少女の写真が掲載されていた。家族は彼女の不運に涙を流し、彼女がまにあわせの義手で食事ができるように、介助をしている。少女のこんな発言が引用されていた。『どうしてあの人たちがわたしにこんなことをしたのか、さっぱりわかりません』と。わたしはこの少女に手紙が書きたくなった。それでもあなたは幸せだ、と。だって、まだ魂を失ったわけではないのだから。そして、あなたには、愛してくれる家族がいるのだから、と。
 彼女はわたしに、姉を思い出させたのだ。ただし、姉は彼女のような支えや優しさには恵まれなかった。姉もまた、アメリカの郊外の、閉ざされたドアの内部で吹き荒れた、家庭内戦争によって魂を不具にされた犠牲者だった。わたしには、なぜ母が、見る影もなくなるほど、姉の魂を、切り刻んだのか、さっぱりわからない。母は子どもの一部を、二度ととり返しのつかないほどに、だめにしてしまったのだ。あれから四十年経った今、姉はまだ生きることに四苦八苦している。だって、人間の魂を補う装具はないのだから。
 けれどだれも気づかない。腕を失ったわけではないから。この種の戦争の物語は、だれ一人読みたがらない。今この瞬間にも、アメリカ全土の閉ざされたドアの向こうで吹きあれる戦争で、どれほど多くの子どもたちが不具にされているかということに、だれも気づかない。そしてだれも、魂を失った人々を助けるすべを知らない」

(ジョアンナの日記の抜粋、『母に心を引き裂かれて』) (*38) (*39)

 発達の初期段階に大きなトラウマ―親の喪失や、親からの無視や拒絶、身体的・性的虐待など―がある場合には、後の青年期や成人期にBPDが発生する可能性が高くなると考えられます。実際、BPDの患者たちの既往歴は、崩壊した家庭や慢性的な虐待、愛情の剥奪など、荒涼とした戦場のような様相を呈しています。

(『境界性人格障害(BPD)のすべて』) (*40)

それらはもろく、バラバラと、
壊れた人形のように、
『フェイ』の周囲に
転がっていた……

その光景は、
地獄だった。

母は父の前では
普段と変わりなく振る舞った。

『フェイ』が母の奇行と
自分の体験を話しても、
仕事に追われる父は
聞く耳を持たなかった。

幼子の空想としか、
思わなかった。

(イド、『Xenogears』) (*41) (*42)

フェイ

(フェイ、『Xenogears』) (*43)

憎しみは破壊衝動へと
自然と変化した。

俺は全てを壊したかった。

母も、父も、
世界も……

やがて父は母の行動が
おかしいことに気がついたが、
すでに遅かった。

俺は、元の俺自身、
その臆病者と
完全に解離していた。

人形達は壊れ……
そして……、

『フェイ』の心も
壊れた……。

(イド、『Xenogears』) (*41) (*42)

イド(フェイ)

(イド(フェイ)、『Xenogears』) (*44)

 私はウッと吐きたくなりました。息がつまりました。私はぎゅっと目をつぶりました、見なくてすむようにと。パパは私の身体を引きよせて自分のペニスをかぶせました。ママは靴下の孔をつくろうために卵形の台にその靴下をかぶせますが、ちょうどそのようでした。ババッチイ、ババッチイ、放して、ヒドイ、ヒドイ、ババッチイ、パパハ私ガキライナンダ、愛シテクレナインダ、キタナイ、ババッチイ、パパ好キ、パパキライ、コワイ、ハナシテ、パパ、キタナイ、ババッチイ、スキ、キライ、ハズカシイ、ハジヲ知レ、コワイ、コワイ、コワイ、コワイ、コワイヨー、コワイヨー、・・・・・・   (ジュディス・L・ハーマン 『心的外傷と回復』 中井久夫訳)

 こうした過酷な虐待に共通することは、その子が愛され、守られるべき子どもとしてどころか、人間としてさえ扱われず、まるで心をもたないモノのように扱われていることである。心を汲み取られる体験とは、まったく正反対に、皿やボロキレのように投げ捨てられ、汚されるのである。そうした扱いを繰り返し受けた人は、自分が他者から独立し、かつ、安全を保証された存在として、自己と他者の境界を確立し、基本的安心感を育むことが困難になる。自分の体や心は、いつなんどき、他者の気まぐれな欲望や怒りの捌け口にされ、土足で踏みにじられるかわからないものとしてしか体験されないからである。
 そうした人では、情動的体験はコントロール不能のハリケーンのようなものであり、自分の気持ちは自分の気持ちとして統合されずに、正反対な気持ちがバラバラに入り交じる、断片化した状態に陥ることも珍しくない。アイデンティティ云々のレベルよりもはるかに深刻な、自己崩壊の危機を抱えることになる。解離症状は、その端的な徴候である。

(『境界性パーソナリティ障害』) (*45)

「立ち昇る血」と「白梅香の匂い」 - 合わせ鏡の二人を分かつもの

Fork in the road

(運命の分かれ道) (*46)

「今まで宗次郎のために
 暖かい涙を流してくれる者が
 いなかったのでござろう
 
 そんな人間と出会えていれば
 まったく違った人生になっていたはずでござるよ・・・」

――― 緋村剣心、『るろうに剣心』 (*47)

「よくある事だ
  
 立ち昇る血と白梅香の匂い
  
 野盗に犬のように殺されるも地獄
  
 売り飛ばされて女郎になるのもまた地獄
  
 そう、よくある事だ
  
 これまでも、
  
 そしてこれからも」
 

――― 比古清十郎、『るろうに剣心』 (*8)

それは拙者にも分からぬ

 

ただ・・・

宗次郎は決して幸せではなかった、

ということでござる

 

弱い人間は死に

強い者だけが生き残る

宗次郎はそう言った

今まで宗次郎のために

暖かい涙を流してくれる者が

いなかったのでござろう

そんな人間と出会えていれば

まったく違った人生になっていたはずでござるよ・・・

(自分の過去と宗次郎の過去を重ね合わせて語る緋村剣心、『るろうに剣心』) (*47) (*48)

薫る「白梅香」 - 「心太」の守り人

白梅の香り

(白梅の薫り) (*49)

「お願い
 この子だけは!」

「見ちゃだめ!」

「お姉ちゃん その子だけは・・・」

「心太 心太
 あんたはまだ小さいから
 あたし達みたいに自分で生き方を選ぶことはできないの

 だから今死んじゃだめ
 あんたは生きて

 生きて自分の人生を選んで
 死んだ人たちの分まで

 心太 生きて・・・」

「生 きて・・・

 心太・・・

 あたしの・・・分まで・・・」

(霞さん、茜さん、さくらさん、『るろうに剣心』) (*50)

「親だけでなく
 野盗どもの墓まで作ったのか」

「親じゃなくて人買い

 親は去年、虎狼痢(コロリ)で死んだ

 でも
 野盗だろうと人買いだろうと
 死ねばただの骸だから」

 

「その石は?」

「霞さん
 茜さん
 さくらさん

 会ってまだ一日だったけど
 男の子は自分一人だったから
 命を捨てても守らなきゃって思ったんだ

 でも・・・

 みんな自分をかばって
 「この子だけは」って

 自分が子どもだったから

 だから、せめて墓くらいはと
 いい石探したんだけど

 こんなのしかなくて

 添える花もないんだ」

 

「美味い酒の味も知らんで成仏するのは不幸だからな

 俺からの手向けだ」

「ありがとう・・・

 あの・・・」

「俺は比古清十郎

 剣を少々やる」

「剣?」

「坊主

 お前は かけがえのないものを守れなかっただけではなく

 その三人の命をも託されたのだ

 お前の小さき手は
 その骸の重さを知っている

 だが、託された命の重さはその比ではない

 お前はそれを背負ってしまった

 自分を支え
 人を守れる強さを身につけることだ

 お前が生き抜いていくために

 大切なものを守り抜くために」

 

「守り抜くために・・・」

 

「坊主、名は?」

「心太」

「優し過ぎて剣客にはそぐわないな

 お前は今から「剣心」と名乗れ」

 

「剣・・・心・・・」

「お前には
 俺の飛天御剣流(とっておき)を
 くれてやる」

(比古清十郎と心太、『るろうに剣心』) (*51)

 たとえさまざまなトラウマにさらされても、ある一定の環境が整っていれば、子どもは健全な人格を形成しうる。研究によって、子どもの内面的な弾力性に影響を与える、ぬきんでて重要な要因は、「愛されているという確信」であることが示唆されている。両親による遺棄や虐待やネグレクトの影響は、子どもの感情に寄り添ってくれる教師や聖職者や隣人や親戚など、愛情深い大人との関係をもつことができれば、軽減されうるのだ。

(『母に心を引き裂かれて』) (*52)

「頭巾」と「あけび」と「頬の傷」

あけび

(あけび) (*53)

「・・・・・・」

「あ」

「・・・・・・」

(辻風黄平(宍戸梅軒)と龍胆、「#123 あけび」、『バガボンド』) (*54)

「#123 あけび」、『バガボンド』

(辻風黄平(宍戸梅軒)と龍胆、「#123 あけび」、『バガボンド』) (*54)

「・・・・・・

 なぜだ―

 なぜあのとき龍胆を殺さずに

 今また救う?」

(辻風黄平、「#124 つながり」、『バガボンド』) (*55)

「#124 つながり」、『バガボンド』

(辻風黄平、「#124 つながり」、『バガボンド』) (*55)

「お前もまた憎しみのうちに生まれ

 争いのもとに育ったのか」

(辻風黄平、「#124 つながり」、『バガボンド』) (*55)

「#124 つながり」、『バガボンド』

(辻風黄平、「#124 つながり」、『バガボンド』) (*55)

「血」の呪い - 「宗次郎」の「家族」

「稲妻の狂宴」

(「稲妻の狂宴」) (*56) (*57)

 こうした過酷な虐待に共通することは、その子が愛され、守られるべき子どもとしてどころか、人間としてさえ扱われず、まるで心をもたないモノのように扱われていることである。心を汲み取られる体験とは、まったく正反対に、皿やボロキレのように投げ捨てられ、汚されるのである。

――― 『境界性パーソナリティ障害』 (*58)

こいつをお前にくれてやる

ここの宿代代わりだ

志々雄真実、『るろうに剣心』 (*57)

志々雄真実の脇差

志々雄真実、『るろうに剣心』 (*57)

(志々雄真実、『るろうに剣心』) (*59)

やっぱり・・・・・・

刀で斬られるのって

すごく痛いんだろうな・・・

殴られただけでも

こんなに痛いんだから

きっと・・・

やっぱり

あの刀は返そう

僕は志々雄さんみたいに強くないもん

弱くても今まで通りでいいよ

「宗次郎!!」

「どこにいる宗次郎!!」

「なんだろ
 こんな夜更けに・・・」

「宗ォー次郎ォ!」

「てめえ
 よくもこの俺を
 騙しやがったなァ!!」

「宗次郎!!

 この御時世に
 政府の意志に背く真似をするとは
 貴様 わしの店を潰す気かァ!

 そうは させんぞ!!」

「吐け!

 反逆者はどこだァァ?」

「このガキ
 もう勘弁ならねェ!」

「ブッ殺してやる!!」

「ちょっと~
 いくらなんでもさァ
 それはまずいんじゃないのォ」

「な~に
 大丈夫さ

 ここには凶悪な犯罪者が潜んでるんだ

 子供が一人殺された所で
 不思議に思う奴なんていないよ

 殺った後で警察を呼べば済む」

「そうだわァ
 反逆者の情報提供するんだから
 私達 報酬もらえるわよ きっと」

「この米問屋は潰させんぞォォ!」

「育ててやってる恩を忘れて
 ウチに迷惑かけるなんて!!」

「兄さん
 殺っちゃいなよ」

「ああ!
 ブッ殺してやる!!」

「助けて!!」

「誰でもいい!」

「誰か!」

「誰か・・・」

「誰か助けて!!」

「殺される・・・
 
 助けて・・・
 志々雄さん・・・」

「見ィつけた!」

「こんな所に入り込みやがって」

「お・・・

 なんだ その高そうな脇差」

「米蔵の中にでもあったのか?」

「どれどれ?」

「ショセン
 コノヨハ

 ジャクニク
 キョウショク」

「ツヨケレバ
 イキ」

「ヨワケレバ・・・」

「シ」

「所詮この世は弱肉強食・・・」

「強ければ生き・・・」

「弱ければ・・・!」

「・・・泣いて

 いるのか?」

「・・・・・・・・」

「いいえ・・・」

「ついてくるか?」

「うん」

「ねえ 志々雄さん」

「あん?」

「僕・・・
 強くなれるかな・・・」

「そうだな

 お前なら
 俺の次に
 強くなれるさ―」

(宗次郎の過去、『るろうに剣心』) (*60) (*61)

輪廻する「怪物」と犠牲者

果てしない輪廻の輪

(果てしない輪廻の輪) (*62)

「怪物とたたかう者は、
 みずからも怪物とならぬようにこころせよ。
 
 なんじが久しく深遠を見入るとき、
 深遠もまたなんじを見入るのである。」

――― フリードリヒ・ニーチェ、『善悪の彼岸』 (*63)

「おそらく、わたしたちはだれもがカインなのだ。
 
 知らずしらずのうちに、荒野で、
 自分にとってのアベルを殺しているのだろう」

――― プリーモ・レーヴィ (*64)

「解放戦争において、
 植民地化された人民は(peuple colonisé)は
 勝たねばならない。
 
 しかも《蛮行》なしに、きれいに勝たねばならない。
 
 拷問するヨーロッパ人民は堕落した人民であり、
 その歴史を裏切っている。
 
 拷問する後進国人民は、〔後進性という〕自己の本性を肯定し、
 後進国人民としての仕事を行っていることになる。
 …
 フェア・プレーを行わねばならない、
 敵が平然として新しいテロ手段の
 無限な開発へと進んでいくその間にも。」

――― フランツ・ファノン、『革命の社会学』 (*65) (*66)

 

「呪い」によって「怪物」にされてしまった元犠牲者たち

 

「俺はお前を助けた時のように
 何百人もの悪党を斬り殺してきた

 が、奴らもまた人間

 この荒んだ時代の中で
 精一杯生きようとしていたに過ぎん」

――― 比古清十郎、『るろうに剣心』 (*8)

 

「…………剣が欲しいか トルフィン
 
 剣は人を殺す道具だ
 
 
 お前はこれで
 
 誰を殺すつもりなんだ
 
 
 お前の敵は誰なんだ
 
 
 よく聞け トルフィン
 
 お前に敵などいない
 
 誰にも 敵などいないんだ」

――― トールズ・スノーレソン、『ヴィンランド・サガ』 (*67)

 

「われわれは彼らを理解するが、
 かといって彼らを許すことも拒むこともできないのである。
  
 われわれは、民主的で革新されたアルジェリアを望んでいるがゆえに、
 また人間が一つの領域で自己を高め、自己を解き放ちながら、
 別の領域では埋没してしまうということはありえぬと信じているがゆえに、
 長期間にわたる抑圧が生み出し、育んできた、
 ほとんど生理的ともいえる乱暴さで革命的行動に身を投じている
 これらの兄弟たちを、悲痛な心をもって非難しているのだ。」

――― フランツ・ファノン、『革命の社会学』 (*68) (*66)

 

 ここでひとつ忘れてはならないのは、親にもまたその親がいるということだ。あたたかくて愛情にあふれ、建設的な心をはぐくんでくれる親を持った子供が「毒になる親」になるということはない。つまり「毒になる親」というのは、その親もまた「毒になる親」だったのである。かくして、そこには「毒になる家系」とでもいえるものができあがってしまっている。ちょうど、高速道路で事故が起きると、後ろからくる車がつぎつぎと玉突き衝突してしまうように、「毒になる家系」においては後からくる世代につぎつぎと被害が伝えられ、毒素は世代から世代へと伝わっていく性質を持っている。
 そういうわけだから、もしあなたの親が「毒になる親」だったとしても、その問題は彼らがはじめて作り出したものではないということを忘れてはならない。その前からずっと続いてきたネガティブな感情、ネガティブな家のルール、ネガティブな家族内部の人間関係、ネガティブな考え方などが何世代にもわたって伝わり、つぎつぎに積み上げられてきた結果なのである。この流れは、だれかがどこかで意識的に止めないかぎり途切れることがない。

(『毒になる親』) (*69)

 もしあなたの親がコントロールばかりする親だったとしても、問題は彼らから急に始まったのではありません。問題は何世代も前から続いてきているのです。コントロールばかりする親のほとんどは、彼ら自身が子どもの頃に周囲からひどい扱いを受けたり、家族の死や、一家の危機や、親からの虐待によるトラウマを体験した人たちです。そういう時に、だれからも助けてもらえなければ、彼らにとって世の中とは危険で信頼できないものとなり、自分は一人ぼっちで虐げられている非力な存在と感じるようになります。さらにひどい目に遭うことのないように、必死になって自分の人生をコントロールしようとするのは、ごく自然のことだったでしょう。こうして、他人をコントロールすることは、彼らの身にしみついた生きざまとなったのです。
 彼らが深く傷ついたのは悲しいことですが、その傷を隠したり、傷ついた事実を否定しているかぎり、彼らの人生は過去の亡霊から逃れるために費やされていることになります。そして彼らの子どもたちは、そのお陰で自分にはまったく責任のないことに大きな代償を払わされることになるのです。
 けれども、あなたはそのような親とは違った道を歩むことができます。親から負わされた心の傷を、彼らのように隠したり否定するのではなく、あなたは癒すことができます。そして有害なコントロールの輪廻を次の世代に伝えるのではなく、断ち切ることができるのです。

(『不幸にする親』) (*70)

 このアンダーソン家の物語は、さまざまな意味でBPDの人の典型的なケースを表しています。BPDを形づくる要因は、このように世代を超えて受け継がれる場合が多いのです。BPDの人々の家系は、自殺や近親相姦、薬物乱用、暴力行為、喪失感、孤独感など、長期にわたる根深い問題を抱えていることが少なくありません。
 BPDの人には、BPDの母親をもつ人が多く、その母親の母親もまたBPDであるケースが多いことも観察されています。

(『境界性人格障害(BPD)のすべて』) (*71)

 コントロールばかりする親のルーツは、しばしば子どもが生まれるはるか以前にまでさかのぼります。ある女性はこう言いました。

「母の過去を知って、少しは自分が被害者だという気持ちが薄らいだ。母は突然私を虐げるようになったわけではない。彼女自身、子どもの時には母親に虐げられていたし、その母親も、そのまた母親も、みんな同じだったのだ」

 いみじくもこの女性が言ったように、コントロールばかりする親は、子どもの時にトラウマを体験していることが多いものです。もちろん、トラウマを体験した人がみなコントロールばかりする親になるわけではありませんし、コントロールばかりする親がすべて子ども時代にトラウマを体験しているわけではありません。しかし彼らの多くには、次のふたつの共通点があります。

①子ども時代に、複数の深刻なトラウマを体験していることが多い。
②そのために引き起こされた結果に対してほとんど助けを得ることができなかった。

(『不幸にする親』) (*72)

 私は、自分の子どもを不健康なやり方でコントロールせずにはいられない親になってしまった人たちに対して、深い同情と哀れみを禁じ得ません。彼らは子どもの時に、苦しみと喪失感で魂が引き裂かれる思いをしたのかもしれません。考え違いを起こし、自分の子どもをコントロールばかりする大人になったのも、自分自身の子ども時代が反映しているのです。

(『不幸にする親』) (*73)

 ボーダーラインの母親に育てられた子どもは、悲劇の淵を手探りで歩きながら子ども時代をすごし、残りの生涯をずっと、その不安に苦しみながらすごす可能性がある。
 ボーダーラインを発達させる背景はさまざまだが、ボーダーラインの母親に育てられることは、子どもをその危険にさらす。こうした母親が、子どもの精神的な経験を否認し「くずの」子どもの人格を否定し、「完璧な」子どもを過保護し、精神的・物理的に子どもを見棄てる場合があるからだ。この悲惨な障害の広がりを阻むためには、ボーダーラインの母親と子どもに対する早期の介入が必須なのである。

(『母に心を引き裂かれて』) (*74)

 たとえあなたの親が「毒になる親」だったとしても、あなたはその流れを変え、自分の子供の運命を変えることができる。あなたが「毒になる親」から伝えられた「罪悪感」「自己嫌悪」「怒り」などの遺産から自分を開放すれば、それは同時にあなたの子供を同様のことから開放することにもなるのである。こうしてあなたは「毒になる家系」の流れに介入し、輪廻を断ち切ることによって、あなたの子供に、そしてその子供に、そしてまたその子供に、かけがえのない贈り物をすることになる。そうやってあなたは未来の子孫にポジティブな遺産を残すことになるのだ。

(『毒になる親』) (*75)

ぼくは絶対に父のようにはならないと数え切れないほど自分に誓ってきたけど、よく考えてみれば、まさに父がぼくを扱ったのと同じように妻を扱っていたんだ。ぼくは妻に暴力を振るったことは一度もなかったから、自分は父のような人間とは違うんだと思っていたけれど、実は言葉の暴力を振るい、不機嫌になることで彼女をいじめていたんだ。家を出て、社会に出たつもりでいたけれど、相変わらず背中に父を担いで歩いていたようなものだったのさ。

 それまでの彼は、自分が父親の虐待的な行動パターンをくり返していることを否定していたため、自分に意志さえあればそのパターンから抜け出せることに気がつかなかったのである。くり返される輪廻というのは、その存在に気がつかなければ断ち切ることはできない。もし妻が出ていかなかったら、彼が事実を知ることはなかっただろう。
 彼はさんざん苦しんだが、幸運にも努力がむくわれた。彼の変化を認めた妻は、試験的に戻ってみることに同意したのだ。彼が変わることができたのは、内面にたまった怒りを彼女に向けて発散するのではなく、その原因となっている根源(=父親)に向けることができたからである。

(『毒になる親』) (*76)

 不幸にも、人格障害は、犯罪などの加害者的状況で注目され、クローズアップされることが多かった。「人格障害」という烙印を押し、自分たちとは異なるものという排除の論理に利用されてきた一面もある。そのため、「人格障害」という言葉を使うこと自体に抵抗を示す人もいる。また、「人格障害」という用語には、誤解を生みやすいニュアンスがあり、かつての「精神分裂病」と同じような語感の問題があると思う。「認知行動障害」「持続的適応障害」といった、まったく別の用語を用いることも検討されるべきだろう。
 こうした事情によって、人格障害の被害者としての側面は、なおさら忘れ去られがちである。だが、すでに見てきたように、人格障害は、その出発点において被害者としての面を持つのである。人格障害が示す認知や行動のゆがみは、傷を受け、傷つきを抱えていることによって生じた脆弱性を、補おうとする結果なのである。さらに、人格障害は、その傷つきやすさによって「被害者」となる。すっかり健康な人なら傷つかなくてもいいことで、人格障害の人は傷ついてしまうのである。
 それだけではない。実は、人格障害の人が陥る被害者的状況にはもう一つある。特に、一部のタイプの人格障害は、信じることしか知らない子羊のように、狼のような別のタイプの人格障害の餌食となりやすいのである。自己評価の低い人格障害の人は、自分を安売りしたり、狡猾な者に利用されたり、明らかに不利益なことに献身して、自分の一生を無駄にしてしまいやすいのである。
 一方、人格障害の加害者的側面は、いかに生み出されるのだろうか。実は、その多くは、被害者的側面を生み出したのと同じ要因によってもたらされるのである。たとえば、人格障害の人を「被害者」にする同じ傷つきやすさが、人格障害の加害者的側面を生みだす最大の要因ともなっている。人格障害の人は、妄想・分裂ポジションに陥りやすく、欲求不満や傷を与えるものを敵とみなし、突如、逆襲に出るのである。たとえ、それまでずっと保護と愛情を与えてくれている相手であろうと、今この瞬間に満たしてくれない者は、その人にとって、悪なのである。こうした加害行為において、本人は、自分こそが「被害者」だと思っている。それは、人格障害の犯罪の特徴でもある。
 さらに、人格障害の加害者的な状況についても、子羊と狼の喩えで述べたものと、逆の関係を見ることができる。人格障害のあるタイプは、人を信じたり、愛することをやめるという選択によって、この世界に生き延びようとする。このタイプの者は、仮借なく他人を利用し、収奪し、他人の人生や生命さえも、つかの間の快楽のために犠牲にしても心痛むこともない。他者を利用し、搾取することに、良心の痛まないタイプの人格障害が、信じやすく、利用されやすいタイプの人格障害を餌食にしているという現実がある。ただし、誤解のないように言えば、同じ人物が、状況や、時間の経過の中で、ときには加害者的だったり、ときには被害者的だったりということもあるのだ。
 このように、人格障害の被害者と加害者の側面は、表裏が背中合わせになり、立場が入り乱れながら、どちらとも見分けのつきにくい混沌を作り出している。それは、たまたまそうなったのではなく、人格障害というものの本性に由来する必然の結果なのである。というのも、この「加害者-被害者」という構造自体が、人格障害に特徴的な世界認識の様相なのである。人格障害の心理構造の特徴である「妄想・分裂ポジション」の構造そのものなのである。
 こうした人格障害の特性を、よく踏まえておくことが、人格障害の本質を、一面的に見誤るのを防ぎ、立体的に理解することにつながるのである。

(『人格障害の時代』) (*77)

「螺旋」の外へ

螺旋

(螺旋) (*78)

 

「兵士ほど平和を祈る者はほかにいない。
 
 なぜなら、戦争の傷を最も深く身に受け、
 その傷痕を耐え忍ばねばらないのは兵士だからである。」

――― ダグラス・マッカーサー (*79) (*80) (*81)

 

強ケレバ生キ

(強ケレバ生キ)
強ければ生き

弱ケレバ死ヌ

(弱ケレバ死ヌ)
弱ければ・・・死ぬ

志々雄さんが教えてくれた
真実のことば

 

でも 弱いってことは
そんなに悪いことなの?

ぼくは人を殺したけど
ほんとは殺したりなんか・・・

殺シタリナンカ

(殺シタリナンカ)

殺したりなんか・・・

シタクナカッタ

(シタクナカッタ)

 

そうだ・・・

ぼくは あの雨の中で笑っていたけど

ほんとは・・・

ホントハ

(ホントハ)

ホントハ 泣イテ

(ホントハ 泣イテ)

ホントハ 泣イテ イタンダ

(ホントハ 泣イテ イタンダ)

宗次郎

(瀬田宗次郎、『るろうに剣心』) (*82) (*83)

 

自分は虐待なんてされていないと、目を逸らすことは、いくらでもできる。
自分は虐げられてなんていない。
ネグレクトなんて受けていない。
そんなことは、身に憶えがない。
親として最低限のことはしてくれた――
そんなのは詭弁にもならない。
最低限のことしかしてくれなかった。
最低のことしかしてくれなかった。
そう考えるべきだったのです。
『愛さない』という最悪の虐待を、私は受けていた――彼らの言い分も、もちろんあるでしょう。
けれどそんな言い分、子供にはまったく関係がない。
親が子を愛することは果たすべき義務ではなく気持ちであり、それができないなら結婚などするべきではなく、子を持つべきではない。
辛さを感じず、悲しみと無縁でいられるなら、勉強にしたって運動にしたって、倫理にしたって道徳にしたって、ストレスレスで常に最高のパフォーマンスを発揮できますよね。
失敗するプレッシャーも感じずに、酷い目に遭う不安も感じずに、肉体的にも精神的にも痛みを感じずにいられるのであれば、人はどこまでだって完璧でいられるでしょう。
優等生・羽川翼の、これが真実です。

私はもう心を決めました。
切り崩し続け、もう芯の部分さえ残っていない私の心を、決めました。
もう全てを終わらせようと。
いえ、今になってようやく始めようと、思います。
苛虎のことだけではなく、あなたのことも。
逸らしていた目を正面に向けます。
閉じていた目を開きます。
十八年間眠り続けていた眠り姫は、もう、目覚めなければなりません。
だからお願いします、ブラック羽川さん。
私の中に。
私の心に、戻ってきてください。
苛虎と一緒に帰ってきてください。
どうか、どうかお願いします。
私の心はあなたの家です。
あなたをひとりにはしませんから、私をひとりにはしないでください。

消えないでください。いなくならないでください。
帰ってきて、ください。
バラバラに暮らすのはやめましょう。
私の心は狭いですけれど、そんな中でぶつかり合いながら、家族のように生きましょう。
眠ければ寝ればいいのに、なんてもう言いません。
ストレスも嫉妬も、不安も苦痛も、悪い可能性も深い闇も、すべてを愛することをここに誓います。

私の中の私。
もうひとりの私、と呼ぶべきでしょうか?
なんだかそれも違いますよね。
私にとってあなたは、きっと妹のような存在なんだと思います。

駄目なお姉ちゃんでごめんなさい。
本当に、これが最後のお願いです。
辛い役目を押し付けるのはこれが最後です。
私達のもうひとりの妹を、助けてあげてください。
家出中で火遊びに夢中の、まったく手の焼ける妹ですが、私は彼女の帰りをいつまでだって待ち続けます。
私はあなた達を愛し、私を愛します。

現実から目を背けて。
あなた達に汚れ役を押し付けるのは、真っ平だ。
それは私がされてきたことを。
あなた達にしているも同じじゃないか。

「帰っておいで。もう――門限だよ」
一緒にごはんを、食べようよ。
私はそう言って、苛虎に手を差し伸べた。
過去に手を差し伸べた。

(羽川翼、『猫物語 (白)』) (*84)

私はあなた達を愛し、私を愛します。

(「つばさタイガー 其ノ伍」、『猫物語 (白)』)(*85)

 

「植民地主義の死とは、
 被植民者の死であると同時に植民者の死である、
 …
 新しい諸関係とは、
 一つの蛮行が他の蛮行によってとり変えられることでも、
 一つの人間破壊が他の人間破壊に置き換えられることでもない。
 
 われわれアルジェリア人が望んでいることは、
 植民者の背後から人間をひき出す〔発見する〕ことである。
 
 その人間は、自分を窒息させ、自分に沈黙を強いていた
 一つの体制の構成者であると共に犠牲者であったのだ。
 
 われわれはと言えば、長い月日を通して
 アルジェリアの植民地化された人間を回復する努力を続けて来た。
 
 われわれは、
 長い、仮借のない抑圧からアルジェリアの人間を奪い返して来た。
 
 われわれは立ち上った。
 
 われわれは今前進している。
 
 だれが一体、
 われわれを再び奴隷状態にひき戻すことができるだろうか。」

(フランツ・ファノン、『革命の社会学』) (*86) (*66)

 

「剣すら・・・

 握れなくなった・・・

 

 これで・・・

 

 これでもう・・・

 戦わなくて済む

 

 殺し合いの螺旋から

 俺は降りる」

(辻風黄平、「#125 螺旋」、『バガボンド』) (*3)

「たけぞう・・・・・・

 血止めを・・・・・・

 血止めをしてくれ

 俺を・・・

 (俺たちを――

 助けてくれ

 (救ってくれ)」

(辻風黄平、「#125 螺旋」、『バガボンド』) (*3)

「#125 螺旋」、『バガボンド』

(辻風黄平、「#125 螺旋」、『バガボンド』) (*3)

 

「・・・お主の言う

 「あの時守ってくれなかった」という言葉

 

 いくら考えても
 当の拙者には皆目 見当がつかぬ・・・

 

 だが・・・

 

 ひとつだけ分かることは

 封じ込めた意識のその底で

 お主は・・・

 

 悔いてきたのではないか?

 
 
 本当のお主は
 誰も傷つけずに生きたかったのではないか?

 そんな気がしてならぬ
 
 
 
 まだ 手遅れでなくば
 今からでもやり直しは効くのではないか・・・?」

(緋村剣心、『るろうに剣心』) (*87)

(瀬田宗次郎、『るろうに剣心』) (*82)

 

  1. (瀬田宗次郎(声優 日髙のり子)、和月伸宏(脚本 島田満、監督 古橋一浩)、第55話「嵐の夜の惨劇・宗次郎の過去」、『るろうに剣心 -明治剣客浪漫譚-』(アニメ)) [↩ Back] [↩ Back] [↩ Back] [↩ Back] [↩ Back]
  2. (ジョアンナの日記の抜粋、クリスティーヌ・A・ローソン(Christine Ann Lawson)(訳 遠藤公美恵)、7章「迷える子どもたち―「完璧な」子どもと「くずの」子ども」、『母に心を引き裂かれて―娘を苦しめる“境界性人格障害”の母親』、196~197ページ) [↩ Back]
  3. (辻風黄平、井上雄彦、「#125 螺旋」、第13巻、『バガボンド』) [↩ Back] [↩ Back] [↩ Back] [↩ Back]
  4. 作詞 Tim Jensen、ORIGA作曲 菅野よう子、歌 ORIGA、「rise」、『攻殻機動隊 S.A.C. 2nd GIG』オープニング主題歌) [↩ Back]
  5. 攻殻機動隊 S.A.C. 2nd GIG) [↩ Back]
  6. rise : 歌詞・訳詞 : CMSB) [↩ Back]
  7. 『我が子を食らうサトゥルヌス』(Saturno devorando a un hijo)、Painting by フランシスコ・ゴヤ(Francisco Goya) on Wikimedia Commons) [↩ Back]
  8. (比古清十郎、和月伸宏(監督 古橋一浩)、『るろうに剣心-明治剣客浪漫譚- 追憶編 第一幕「斬る男」』(OVA)、1999年) [↩ Back] [↩ Back] [↩ Back]
  9. 一休宗純、Wikipedia) [↩ Back]
  10. (山田風太郎、「あとがき」、『戦中派不戦日記』、講談社文庫、講談社、1985年、531ページ) [↩ Back]
  11. (孤独、(Photo by Ragesoss on Wikimedia Commons)) [↩ Back]
  12. (志々雄真実、和月伸宏、第百四十四幕「由美・愛の形」、『るろうに剣心 -明治剣客浪漫譚-』(マンガ)) [↩ Back]
  13. (Velma and the Murdresses、「Cell Block Tango」映画『Chicago』(『シカゴ』)、2002年) [↩ Back] [↩ Back] [↩ Back]
  14. Cell Block Tango / Chicago|プーログ) [↩ Back] [↩ Back] [↩ Back]
  15. Cell Block Tango (Chicago) - Pasiontango) [↩ Back] [↩ Back] [↩ Back]
  16. ((訳注 小林勝人)、巻第二 梁恵王章句下 八、『孟子(上)』、岩波文庫、1972年) [↩ Back]
  17. (ロイ・ブライアント(おいちゃん)、幸村誠、「PHASE.23 疾る犬」、『プラネテス』第4巻) [↩ Back] [↩ Back]
  18. (松村喜彦、「栃木の実父殺し――尊属殺人罪違憲判決を導いた娘の悲劇――」、『悪女たちの昭和史』、ライブ出版、1992年、164~173ページ) [↩ Back]
  19. (「尊属殺法定刑違憲事件」の裁判の際の、宇都宮地裁での大貫大八弁護士の言葉、出典:松村喜彦、「栃木の実父殺し――尊属殺人罪違憲判決を導いた娘の悲劇――」、『悪女たちの昭和史』、ライブ出版、1992年、173~174ページ) [↩ Back]
  20. (谷口優子、「有罪」、「九章 第二審判決」、『尊属殺人罪が消えた日』、筑摩書房、1987年、207~211ページ) [↩ Back]
  21. (谷口優子、「終章」、『尊属殺人罪が消えた日』、筑摩書房、1987年、233ページ) [↩ Back]
  22. (事件の概要、尊属殺法定刑違憲事件 - Wikipedia) [↩ Back]
  23. (内容(「BOOK」データベースより)、谷口優子、『尊属殺人罪が消えた日』、Amazon.co.jp) [↩ Back]
  24. ((訳注 小林勝人)、巻第二 梁恵王章句下 八、『孟子(上)』、岩波文庫、1972年、p.90-91) [↩ Back]
  25. (松村喜彦、「栃木の実父殺し――尊属殺人罪違憲判決を導いた娘の悲劇――」、『悪女たちの昭和史』、ライブ出版、1992年、174~175ページ) [↩ Back]
  26. (谷口優子、「終章」、『尊属殺人罪が消えた日』、筑摩書房、1987年、223ページ) [↩ Back]
  27. (谷口優子、「終章」、『尊属殺人罪が消えた日』、筑摩書房、1987年、223~226ページ) [↩ Back]
  28. (谷口優子、「終章」、『尊属殺人罪が消えた日』、筑摩書房、1987年、226~230ページ) [↩ Back]
  29. (谷口優子、「終章」、『尊属殺人罪が消えた日』、筑摩書房、1987年、229~230ページ) [↩ Back]
  30. (「 ところで、このような「相姦」という事実を刑法の世界からのぞいてみると、父親はどのような処罰の対象となるのであろうか。
     わが国には「近親相姦」罪という刑罰法規はない。十三歳未満の子に対する性交その他わいせつ行為については、仮りに子どもの承諾があったとしても、強姦罪(刑法一七七条)や強制わいせつ罪(刑法一七六条)が成立するからである。
     ある刑法学者は、近親相姦罪がない以上、加重強姦罪の特別規定を設けるべきだと指摘する。
    「綾子の殺人事件や聡子の親権剥奪事件などを見ていますと、その本質は、近親相姦という性の相手の選択の問題ではなく、むしろ性的虐待そのものだという気がします。従って近親相姦そのものは不可罰だとしても、その実態をまず見て、父親の娘に対する異常な性行為は、加重強姦、強制わいせつ行為として重く罰すればよいと思います」
     その意見に添うものとして、スウェーデンでは近年全面的な改正案が考えられている。それは親が未成年の子を犯す場合だけ、強姦・強制わいせつの加重類型とするというものである。成人間で合意がある場合は、仮りに近親者の相姦ということであっても、それは自由な恋愛として考えようということなのだろうと思われる。その意味では近親相姦という言葉の意味は、さきほど述べたように性行為の相手がたまたま近しい親族だった、ということぐらいにすぎなくなっているのだろう。
     だが、スイス、デンマーク、オーストリア、アメリカなどでは、「近親相姦」それ自体を犯罪として刑罰の世界まで引き込んでいる。それは、宗教的な戒律がからんでいることもあるのかも知れない。」、出典:谷口優子、「終章」、『尊属殺人罪が消えた日』、筑摩書房、1987年、230~231ページ) [↩ Back]
  31. (石川義之、「力学要因=家族力学――父―娘インセストへの寄与(誘導)要因」、「4 インセスト的虐待の発生の説明モデル」、「第5章 インセスト的虐待の加害者たち―近親姦の発生メカニズム」、『親族による性的虐待―近親姦の実態と病理』、ミネルヴァ書房、2004年、242~244ページ) [↩ Back]
  32. (石川義之、「インセスト的虐待の被害経験」、「4 インセスト的虐待の発生の説明モデル」、「第5章 インセスト的虐待の加害者たち―近親姦の発生メカニズム」、『親族による性的虐待―近親姦の実態と病理』、ミネルヴァ書房、2004年、245ページ) [↩ Back]
  33. (誰も守ってくれないのなら、(26:365、Photo by KayVee.INC on Flickr)) [↩ Back]
  34. (瀬田宗次郎の来歴、和月伸宏、第百三十四幕「天翔龍閃其之弐」、『るろうに剣心 -明治剣客浪漫譚-』(マンガ)) [↩ Back]
  35. (瀬田宗次郎、和月伸宏、第百三十二幕「宗次朗の過去―氷雨の笑顔―」、『るろうに剣心 -明治剣客浪漫譚-』(マンガ)) [↩ Back]
  36. (脇差、(Photo by Wikiwonder on Wikimedia Commons)) [↩ Back]
  37. ((『ゲルニカ』は、パブロ・ピカソがスペイン内戦中に空爆を受けたゲルニカの町を描いた作品です。「死んだ子を抱き泣き叫ぶ母親、天に救いを求める人、狂ったようにいななく馬などが戦争の悲惨さを訴えている」(「ゲルニカ (絵画) - Wikipedia」より)。)『ゲルニカ』(Guernica)、Painting by パブロ・ピカソ(Pablo Picasso) on Art News Blog) [↩ Back]
  38. (ジョアンナの日記の抜粋、クリスティーヌ・A・ローソン(Christine Ann Lawson)(訳 遠藤公美恵)、「他の兄弟への罪悪感」「7章 迷える子どもたち―「完璧な」子どもと「くずの」子ども」、『母に心を引き裂かれて―娘を苦しめる“境界性人格障害”の母親』、196~197ページ) [↩ Back]
  39. (この文章のなかの「シエラ・レオネの反乱組織に両腕を切り落とされた十三歳の少女」というのは、おそらく、マリアトゥ・カマラ(Mariatu Kamara)さんのことだろうとおもいます。(参考:『両手を奪われても―シエラレオネの少女マリアトゥ』)) [↩ Back]
  40. (ジェロルド・J・クライスマン(Jerold Jay Kreisman)、ハル・ストラウス(Hal Straus)、(監修 星野仁彦)(訳 白川貴子)、「幼いころのトラウマ」「第三章 BPDの原因」、『境界性人格障害(BPD)のすべて』、ヴォイス、2004年、100~101ページ) [↩ Back]
  41. (イド、「はるかに遠き 夢の形見は……」、『ゼノギアス』(Xenogears)、1998年) [↩ Back] [↩ Back]
  42. ゼノギアス台詞集 - はるかに遠き 夢の形見は…… -) [↩ Back] [↩ Back]
  43. (フェイ、(『ゼノギアス』(Xenogears)、1998年)) [↩ Back]
  44. (イド(フェイ)、(『ゼノギアス』(Xenogears)、1998年)) [↩ Back]
  45. (岡田尊司、「3.幼い頃の過酷な体験が要因となる」「第四章 境界性パーソナリティ障害急増の本当の理由」、『境界性パーソナリティ障害』、幻冬舎新書、2009年、122~123ページ) [↩ Back]
  46. (運命の分かれ道、(Fork in the road、Photo by Laura on Flickr)) [↩ Back]
  47. (自分の過去と宗次郎の過去を重ね合わせて語る緋村剣心、和月伸宏(脚本 島田満、監督 古橋一浩)、第55話「嵐の夜の惨劇・宗次郎の過去」、『るろうに剣心 -明治剣客浪漫譚-』(アニメ)) [↩ Back] [↩ Back]
  48. (緋村剣心の過去と比古清十郎との出会いの場面、和月伸宏(監督 古橋一浩)、『るろうに剣心-明治剣客浪漫譚- 追憶編 第一幕「斬る男」』(OVA)、1999年) [↩ Back]
  49. (白梅の薫り、(Photo by +- on Wikimedia Commons)) [↩ Back]
  50. (霞さん、茜さん、さくらさん、和月伸宏(監督 古橋一浩)、『るろうに剣心-明治剣客浪漫譚- 追憶編 第一幕「斬る男」』(OVA)、1999年) [↩ Back]
  51. (比古清十郎と心太、和月伸宏(監督 古橋一浩)、『るろうに剣心-明治剣客浪漫譚- 追憶編 第一幕「斬る男」』(OVA)、1999年) [↩ Back]
  52. (クリスティーヌ・A・ローソン(Christine Ann Lawson)(訳 遠藤公美恵)、「ボーダーラインはいかにはぐくまれるか―暗闇の源」「2章 母親の心の闇」、『母に心を引き裂かれて―娘を苦しめる“境界性人格障害”の母親』、50ページ) [↩ Back]
  53. (あけび、(Photo by A. Barra on Wikimedia Commons)) [↩ Back]
  54. (辻風黄平(宍戸梅軒)と龍胆、井上雄彦、「#123 あけび」、第13巻、『バガボンド』) [↩ Back] [↩ Back]
  55. (辻風黄平、井上雄彦、「#124 つながり」、第13巻、『バガボンド』) [↩ Back] [↩ Back] [↩ Back] [↩ Back]
  56. (「稲妻の狂宴」、(Photo by Thomas Bresson on Wikimedia Commons)) [↩ Back]
  57. (志々雄真実、和月伸宏、第百三十一幕「宗次郎の過去―稲妻の狂宴―」、『るろうに剣心 -明治剣客浪漫譚-』(マンガ)) [↩ Back] [↩ Back] [↩ Back]
  58. (岡田尊司、「3.幼い頃の過酷な体験が要因となる」「第四章 境界性パーソナリティ障害急増の本当の理由」、『境界性パーソナリティ障害』、幻冬舎新書、2009年、123ページ) [↩ Back]
  59. (志々雄真実、和月伸宏(脚本 島田満、監督 古橋一浩)、第55話「嵐の夜の惨劇・宗次郎の過去」、『るろうに剣心 -明治剣客浪漫譚-』(アニメ)) [↩ Back]
  60. (宗次郎の過去(瀬田宗次郎、宗次郎の養父母とその息子たち、志々雄真実)、和月伸宏(脚本 島田満、監督 古橋一浩)、第55話「嵐の夜の惨劇・宗次郎の過去」、『るろうに剣心 -明治剣客浪漫譚-』(アニメ)) [↩ Back]
  61. (宗次郎の過去(瀬田宗次郎、宗次郎の養父母とその息子たち、志々雄真実)、和月伸宏、第百三十二幕「宗次朗の過去―氷雨の笑顔―」、『るろうに剣心 -明治剣客浪漫譚-』(マンガ)) [↩ Back]
  62. (果てしない輪廻の輪、(Image by Gwenael.forestier on Wikimedia Commons)) [↩ Back]
  63. (フリードリヒ・ニーチェ、(訳 竹山道雄)、第四章「箴言と間奏曲」146、『善悪の彼岸』、新潮文庫、1954年、112ページ) [↩ Back]
  64. (アウシュヴィッツ強制収容所からの生還者プリーモ・レーヴィの言葉、クリスティーヌ・A・ローソン(Christine Ann Lawson)(訳 遠藤公美恵)、「著者まえがき」、『母に心を引き裂かれて―娘を苦しめる“境界性人格障害”の母親』、iiiページ) [↩ Back]
  65. フランツ・ファノン(Frantz Fanon)、(翻訳:宮ヶ谷徳三、花輪莞爾、海老坂武)、「序」、『革命の社会学 新装版』、みすず書房、2008年、6ページ) [↩ Back]
  66. (「アルジェリア戦争は、1954年から1962年にかけて行われたフランスの支配に対するアルジェリアの独立戦争。」、「アルジェリア戦争 - Wikipedia」) [↩ Back] [↩ Back] [↩ Back]
  67. (トールズ・スノーレソン、著者:幸村誠、「第7話 剣」、『ヴィンランド・サガ (2)』、アフタヌーンKC、講談社、2006年) [↩ Back]
  68. フランツ・ファノン(Frantz Fanon)、(翻訳:宮ヶ谷徳三、花輪莞爾、海老坂武)、「序」、『革命の社会学 新装版』、みすず書房、2008年、7ページ) [↩ Back]
  69. (スーザン・フォワード(Suzan Forward)、(訳 玉置悟)、「第八章 「毒になる親」はなぜこのような行動をするのか」、『毒になる親―一生苦しむ子供』、講談社+α文庫、2001年、176~177ページ) [↩ Back]
  70. (ダン・ニューハース(Dan Neuharth)、(訳 玉置悟)、「この問題はいつどうして生まれたのか」「序章 親の有害なコントロールとは」、『不幸にする親―人生を奪われる子ども』、29~30ページ) [↩ Back]
  71. (ジェロルド・J・クライスマン(Jerold Jay Kreisman)、ハル・ストラウス(Hal Straus)、(監修 星野仁彦)(訳 白川貴子)、「世代を超えて」「第三章 BPDの原因」、『境界性人格障害(BPD)のすべて』、89ページ) [↩ Back]
  72. (ダン・ニューハース(Dan Neuharth)、(訳 玉置悟)、「コントロールしたがる親のルーツ」「5章 彼らはなぜ子どもをコントロールばかりするのか」、『不幸にする親―人生を奪われる子ども』、151~152ページ) [↩ Back]
  73. (ダン・ニューハース(Dan Neuharth)、(訳 玉置悟)、「同情と哀れみと理解」「5章 彼らはなぜ子どもをコントロールばかりするのか」、『不幸にする親―人生を奪われる子ども』、159~160ページ) [↩ Back]
  74. (クリスティーヌ・A・ローソン(Christine Ann Lawson)(訳 遠藤公美恵)、「ボーダーラインはいかにはぐくまれるか―暗闇の源」「2章 母親の心の闇」、『母に心を引き裂かれて―娘を苦しめる“境界性人格障害”の母親』、57ページ) [↩ Back]
  75. (スーザン・フォワード(Suzan Forward)、(訳 玉置悟)、「子供に謝れる親になる」「第十四章 「毒になる親」にならないために」、『毒になる親―一生苦しむ子供』、講談社+α文庫、2001年、303ページ) [↩ Back]
  76. (スーザン・フォワード(Suzan Forward)、(訳 玉置悟)、「「自分の親のようにならない」という決意」「第十四章 「毒になる親」にならないために」、『毒になる親―一生苦しむ子供』、講談社+α文庫、2001年、297~298ページ) [↩ Back]
  77. (岡田尊司、「被害者と加害者の側面」「第二章 人格障害とは」、『人格障害の時代』、平凡社新書、2004年、43~46ページ) [↩ Back]
  78. (螺旋、(Photo on Image * After)) [↩ Back]
  79. (デーヴ・グロスマン(Dave Grossman)(訳 安原和見)、「私的な覚書」「はじめに」、『戦争における「人殺し」の心理学』、ちくま学芸文庫、35ページ)) [↩ Back]
  80. ("the soldier, above all other people, prays for peace, for he must suffer and bear the deepest wounds and scars of war."、Soldier prays for peace Sound Clip and Quote - Hark) [↩ Back]
  81. ("the soldier, above all other people, prays for peace, for he must suffer and bear the deepest wounds and scars of war."、Douglas MacArthur, Duty-Honor-Country, 1962、Words of Visionary Leaders) [↩ Back]
  82. (瀬田宗次郎(声優 日髙のり子)、和月伸宏(脚本 島田満、監督 古橋一浩)、第56話「極限の勝負! 瞬天殺対天翔龍閃」、『るろうに剣心 -明治剣客浪漫譚-』(アニメ)) [↩ Back] [↩ Back]
  83. (瀬田宗次郎の回想、和月伸宏、第百三十三幕「精神崩壊(こころこわれる)」、『るろうに剣心 -明治剣客浪漫譚-』(マンガ)) [↩ Back]
  84. (羽川翼、著者:西尾維新、イラスト:VOFAN、『猫物語 (白)』、講談社BOX、講談社、2010年、231ページ、241~242ページ、244ページ、262ページ) [↩ Back]

  85.  ブラック羽川さん。
     なんて呼び方も、考えてみればよそよそしいですね。
     私の中の私。
     もうひとりの私、と呼ぶべきでしょうか?
     なんだかそれも違いますよね。
     私にとってあなたは、きっと妹のような存在なんだと思います。火憐ちゃんと月火ちゃんを見ていると、そんな風に思えました。
     駄目なお姉ちゃんでごめんなさい。
     今まで心配ばかりかけてごめんなさい。
     本当に、これが最後のお願いです。
     辛い役目を押しつけるのはこれが最後です。
     私達のもうひとりの妹を、助けてあげてください。
     家出中で火遊びに夢中の、まったく手の焼ける妹ですが、私は彼女の帰りをいつまでだって待ち続けます。
     私はあなた達を愛し、私を愛します。
                       草々不一》

    「ただいま」

    「つばさタイガー 其ノ伍」、原作:西尾維新、『猫物語 (白)』) [↩ Back]

  86. フランツ・ファノン(Frantz Fanon)、(翻訳:宮ヶ谷徳三、花輪莞爾、海老坂武)、「序」、『革命の社会学 新装版』、みすず書房、2008年、14ページ) [↩ Back]
  87. (緋村剣心、和月伸宏(脚本 島田満、監督 古橋一浩)、第56話「極限の勝負! 瞬天殺対天翔龍閃」、『るろうに剣心 -明治剣客浪漫譚-』(アニメ)) [↩ Back]

2 Responses to “「あの時 あなたは 僕を守ってくれなかったじゃないですか」 「あなたが正しいと言うのなら なんで守ってくれなかったんです」”

  1. 暇人 より:

    言いたいこといやというほど分かります

    • 倉田 幸暢 より:

      暇人さん

      はじめまして、このブログの運営者の
      倉田幸暢です。

      ご覧いただいてありがとうございます。

      そう言っていただけると本当にうれしいです。

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