順々に説明したカーディアスは、六枚目に視線を移したところで微かに目を細くした。「そして最後、『天幕』と名づけられた一枚。これがなにを象徴しているのかは、いまだに結論が出ていません。それまで身に付けていた首飾りを外し、侍女が捧げ持つ箱に収める婦人。背後には『私のたったひとつの望み』と書かれた天幕があり、ユニコーンと獅子がその入口へと誘っている。この天幕が象徴するものはなにか。『箱』はなにを表しているのか」
―― 「貴婦人とユニコーン」のタペストリーについて語るカーディアス
「ユニコーンの日」『機動戦士ガンダムUC』 [2]
尊像(貴人)と一角獣と獅子
「我が唯一つの望みに」(À mon seul désir)〔一部分〕 [3]
(「貴婦人と一角獣」(La Dame à la licorne)の6つの連作のタペストリーのうちの最後のひとつ)
香取本『大江山絵詞』の麒麟無極と邪見極大
香取本『大江山絵詞』の絵巻物のなかに、源頼光たちによってだまし討ちにあってしまった酒天童子(酒呑童子)が、寝込みを襲われたうえに、両手足を押さえつけられて、いまにも首を切り落とされようとする場面があります。その場面で、酒天童子(酒呑童子)は、助けを呼ぶために、おそらくは酒天童子の側近であるとおもわれる、「麒麟無極」と「邪見極大」という二人の者の名前を叫びます。下記の文章は、香取本『大江山絵詞』の絵巻物の詞書のなかの、その場面が描写されているところです。
この「麒麟無極」と「邪見極大」についての記述は、下記の文章しかありません。そのため、「麒麟無極」と「邪見極大」という二人が、どんな存在であるのかはよくわかっていません。
下記の文章は、香取本『大江山絵詞』 [7]の下巻のなかの第6段の詞書の文章の一部を釈文にした文章です。赤文字や太文字や黄色の背景色などの文字装飾は、筆者によるものです。 [8] [9] [10]
狛犬と、中国の霊獣であるさまざまな一角獣たち(獬豸や、兕や、天禄や、白沢や、角端、など)との混同
狛犬と、中国の霊獣であるさまざまな一角獣たち(獬豸や、兕や、天禄や、白沢や、角端、など)との混同
中国の霊獣である一角獣の獬豸
中国の霊獣である一角獣の兕
獅子狛犬の狛犬の方に角を有するのは、延喜式治部省式の祥瑞の部に、「兕」があり、「有一角」と見える。更に延喜左衛門式に、「几大儀之日、居兕像於昌門左。」とあるように、狛犬を中国の霊獣である一角獣の兕と同じ姿と考えたことによると見られる。
(上杉千郷「戌年に当り狛犬のルーツを探る」, 『式内社のしおり : 撰輯』) [11]
獅子狛犬は御帳台の前に置かれ、その位置は左側が獅子、右側が狛犬であり、更に獅子は黄色で口を開け、狛犬は白色で口を閉じているが角があると、位置及び形態色彩まで決っていることが判る。更に注目すべきことは、その位置より獅子の方が狛犬より上位であるとされていることである。
〔中略〕
獅子狛犬の呼称から、獅子狛犬は違う動物と考えられていたことが判る。しかも両者とも我国にいない動物と見ていたことは当然である。
〔中略〕
狛状については、その名称の把握には混乱が見られる。更に一角ありとしていることが、中国に於ける需獣の兕とか、天禄・獬豸等の一角獣を狛犬の同種と考えていたふしが見られる。
〔中略〕
践祚大嘗祭の儀においても、左右衛門府によって会昌門の左右に一対の兕像が据えられたことが判る。
〔中略〕
大師祭、即位などの大儀に、獅子・狛犬が調度として用いられており、『延喜左衛門式』の兕像は獅子狛犬であることは間違いないことが判る。
ここで、何故獅子狛犬を兇像と呼んでいるかについて簡単に推察を述べよう。
〔中略〕
兕は牛に似た一角獣と考え、『延喜治部省式』の祥瑞条に上瑞の一つと見えることにより、狛犬の概念を確立するうえで、兕と同類としたものであろう。
我国には獅子も一角獣も棲んでいない。従って当時の我国の人達は、それらを身近の犬と同種に考え狛犬の呼称が生れ、更に後世になり獅子狛犬を総称して狛犬とのみ呼ぶようになったものであろう。しかし現在山陰地方では今日でも「シシコマサン」と呼んでいるところもある。
以上獅子狛犬について述べたとは、従来の説として、獅子狛犬は宮中の御簾や几帳の裾におかれたあおり止めの鎮子が、神社に移されたものだと云われていることに対して、獅子狛犬が宮中儀式に於いて大きな役割りをもっており、たんなる鎮子ではないと云うことを説明するためである。
〔中略〕
これらの祥瑞類の中には、狛犬の祖と見られる獬豸、白沢、角端、一角獣などが見られる。これは中国本来の霊獣と考えられるが、獅子については西域との交流が始まってからで、漢の武帝の時に中国に入って来た。『漢書』西域伝に武帝の宮廷の外囿に珍らしい西域の動物が飼われていたことが見え、その中に鉅象、大雀などと共に獅子の字もある。
〔中略〕
中国戦国時代の青銅製の一角獣に、その体の皮膚には餃の膚のような模様が見られるものがある。それは「気」の現れであり、その獣の神聖を強張したものと見られる。
(上杉千郷「神社と狛犬」, 『式内社のしおり : 撰輯』) [12]
狛犬(麒麟)と獅子から、麒麟無極と邪見極大へ
これは根拠のない妄想でしかありませんが、ぼくは、「麒麟無極」と「邪見極大」というのは、麒麟(狛犬)と獅子なのではないかと、ぼんやりおもっています。
もともとは、地主神として祀られていた酒天童子(酒呑童子)を守護する狛犬(麒麟)と獅子のような存在であったものが、地主神(酒天童子(酒呑童子))が落魄して化け物にされてしまったことにともなって、それを守護していた狛犬(麒麟)と獅子もまた、落魄して化け物にされてしまったのではないか。そして、そうして落魄し、化け物にされてしまった狛犬(麒麟)と獅子のなれの果てが、「麒麟無極」と「邪見極大」なのではないか、とぼんやりおもっているのです。
狛虎(虎の狛犬)(大江神社, 大阪市天王寺区)
大阪市天王寺区にある大江神社には、狛虎(虎の狛犬)があります。
この狛虎は、江戸時代に祀られていた毘沙門天の守護である虎をかたどったものだそうです。現在では、この狛虎は、阪神タイガースの守り神とされているそうです。そのため、この狛虎の石造のまわりには、阪神タイガースのファンのみなさんによる必勝祈願などがたくさんかざられています。
それと、虎ではありませんが、この大江神社には、猫がたくさんいました。もしかすると、虎と、猫が、どちらもおなじネコ科の動物であることにあやかっているのかもしれません。
(参考)
大江神社(大阪市天王寺区)
摂末社と境内
http://www.ooejinja.net/keidai.html
「狛虎のお話」
京都熊野神社の有角の狛犬
熊野神社(京都熊野神社)の有角の狛犬
(京都府京都市左京区聖護院山王町)
岡崎神社の狛兎(ウサギの狛犬)
岡崎神社(東天王)の狛兎(ウサギの狛犬)
(京都府京都市左京区岡崎東天王町)
東京日本橋の麒麟像と獅子像
「東京駅と日本橋を結ぶ物語 : 日本橋を飾る「麒麟」と「獅子」、意匠に込めた官僚建築家・妻木頼黄の思いとは」
柴崎信三
(参考)
東京駅と日本橋を結ぶ物語 : 日本橋を飾る「麒麟」と「獅子」、意匠に込めた官僚建築家・妻木頼黄の思いとは|書誌詳細|国立国会図書館オンライン
https://ndlonline.ndl.go.jp/#!/detail/R300000002-I025551629-00
写真集: 東京日本橋の麒麟像
写真集: 東京日本橋の獅子像
写真集: 東京日本橋の周辺
「これ好奇のかけらなり、となむ語り伝へたるとや。」
- 注記:《麒麟無極と、酒呑童子の霊木と、邪見極大》の画像は、2023年に倉田幸暢がMidjourneyなどをつかって作成した画像です。 [Back ↩][Back ↩]
- 出典:福井晴敏 (著者), 矢立肇 (原案), 富野由悠季 (原案) (2014年) 「2」, 「0096/Sect.1 ユニコーンの日」, 『機動戦士ガンダムUC 1(ユニコーンの日 上)』(Kindle版), 角川コミックス・エース, KADOKAWA, 位置No.3638/3785. [Back ↩]
- 画像の出典:"The Lady and the unicorn Desire" (unattributed) on Wikimedia Commons (Public domain). [Back ↩]
- この写真は、2019年4月に筆者が撮影した写真です。 [Back ↩][Back ↩]
- 画像の出典: "日本橋" by othree on Flickr (License: CC BY 2.0). [Back ↩][Back ↩]
- 画像の出典: "Tokyo HDR - 250" by Kabacchi on Flickr (License: CC BY 2.0). [Back ↩][Back ↩]
- 注釈:香取本『大江山絵詞』(現在は、逸翁美術館に所蔵されています。)[Back ↩]
- 参考文献:(1993年) 「大江山絵詞」, 小松茂美(編者), 『続日本の絵巻 26』(土蜘蛛草紙 天狗草紙 大江山絵詞), 中央公論社. [Back ↩]
- 参考文献: (1984年) 「大江山絵詞」, 小松茂美(編者), 『続日本絵巻大成 19』(土蜘蛛草紙 天狗草紙 大江山絵詞), 中央公論社. [Back ↩]
- 参考文献: (1975年) 「大江山酒天童子(逸翁美術館蔵古絵巻)」, 横山重(編者), 松本隆信(編者), 『室町時代物語大成 第3』, 角川書店. [Back ↩]
- 出典: 上杉千郷 (2009年) 「狛犬の阿吽と雌雄」, 「戌年に当り狛犬のルーツを探る」, 「21 上杉千郷」, 式内社顕彰会(編集), 『式内社のしおり : 撰輯』, 神社新報社, 482ページ. [Back ↩]
- 出典: 上杉千郷 (2009年) 「神社と狛犬」, 「21 上杉千郷」, 式内社顕彰会(編集), 『式内社のしおり : 撰輯』, 神社新報社, 484ページ, 485ページ, 486ページ, 490ページ. [Back ↩]
- この写真は、2017年10月に筆者が撮影した写真です。 [Back ↩][Back ↩][Back ↩][Back ↩][Back ↩][Back ↩][Back ↩][Back ↩][Back ↩][Back ↩][Back ↩][Back ↩][Back ↩]